ボニボニ

 

My hotelier 169. - 興 味 - 

 





チャリン! と軽い金属音が 大理石の床の上で跳ねた。


女の財布からこぼれた硬貨は 昼休み明けのオフィスビルの
エントランスホールの一遇に 小さな騒動を引き起こしていた。


落し物をした女とその同僚達が 慌てて硬貨を拾っていると

すらりと高い背を折って 足元の1枚を拾い上げた男は
びっくりしている女達の目の前へ すっと 優雅な指を伸ばした。




「?」「!」「・・・」


瞬間 女達は息を飲む。 

このビルの有名人 Mr.フランク・シン。常にクールという形容詞で語られるその人が
まるで愛しげと言ってもいいほどに 柔らかな笑みをたたえていた。



「どうぞ?」

「?! ・・ぁ。 ・・・ありがとうご・・ざいます」
「It’s my pleasure.」


もう 落ちていないかな?  では 気をつけて。

ドンヒョクは愛想良くうなずくと 小柄な相棒の男に目顔で合図を送り
悠然とした足取りで エレベーターの方へ歩みさる。



「・・・」

「・・あれって“彼”よね? “Mr.クール”」
「笑ったわよ」
「“私を見て” にっこりしたわ。 いったいどうしたのかしら」 


何でアナタよ? 私だから。 女達はヒソヒソと言い合っては

閉まるドアの中へ消えてゆく男の姿を見送った。


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次のコンタクトは 5日後だった。


いつもの相棒と小声で話しながら エレベーターの中にいたドンヒョクは

小走りに来る女達を見つけると 慌ててレオの頭越しに手を伸ばして
操作盤の「ドア開」ボタンを押した。


「ハァハァ・・、間に合っ・・?!!」

「すみませ~ん・・?!」
「きゃっ!?」

どうも あ・・りがとうございます。

女達は自分らのために エレベーターを待たせていてくれた人を見ると
まるでしめしあわせたように 眼を丸くして押し黙った。



高層階までの わずかな時間。

こらえきれない女達は そっと ドンヒョクを盗み見る。


階数表示を静かに見つめる メタルフレームの中の端整な瞳が
視線を感じたのか ゆっくりとまばたき 

こちらを見つめて ふわり・・と 笑った。

「?!」「!」「?!」「!!」





絶・対・・!!  アレは 私達の誰かに興味があるんだと思う。


午後の社員休憩室で 女5人がかまびすしい。

「だって そうでしょ? エレベーターの中から“私達が”来るのを見てたのよ」
「・・あの“チビおじさん”が 気づくならともかく」
「いつも モバイル端末か 腕時計くらいしか見ていないワーカホリックが・・」



このオフィスビルに働く何人の女が 彼を惹きつけようとトライしたことだろう。

かなり大胆にアプローチした積極派も 1人や2人ではない。
それでも今だかって誰も 彼の興味を引くことは出来なかった。

それなのに・・


「ひょっとしたら 奥さんとうまくいっていないのかも」

「彼が結婚して何年だっけ? もう5年・・6年?」
「そりゃあ 倦怠期バリバリかも」
「・・・」





女達は 賢くも 「最重要課題」には触れない。

“ところでMr.フランク・シンの興味を引いているのは いったい誰?”


女①は ほくそえむ “今日は 私が皆の先頭を走っていたんだもの♪”
女②は 笑みを隠す “小銭を落としたのは 私だもの”
女③は 頭をひねる “④ちゃんは小銭の時にいなかったから ナイわよね?”
女④は でも思う  “結婚指輪をしているし ⑤ちゃんって線はナイわよね?”


そして 女5人の中で「最も可能性のない女」
結婚指輪をした女⑤は 自分の推測を何回も もう何回も考えていた。


“何だか Mr.フランク・シンって。 私を見ている気がするんだけどな・・」


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シーツへ放した白い肢体を ドンヒョクは嬉しげにまた引き寄せた。

背中からそっと抱きしめて ジニョンの下腹部へ手をはわせる。

服を着ていると まだそんなにお腹が目立って見えない妻も
こうして撫でると隠しようもなく 丸くカーヴを描いていた。


ふふ・・・

「もう 動く?」

「いいえ。 そろそろ そういう時期なのだけど」
「個人差があるものらしいから 検診で順調なら心配することはない」
「ぅん・・」



愛しい人を深く抱いて 寝物語にハンターが笑う。

「現金なもので 君が妊娠してから 妊娠している女性が眼につくようになったよ」
「街とかで?」
「そう。 うちのビルにも2,3人いるな」



1人は まだ外見ではわからないのだけど 何と言うのかあの・・

「“妊娠中”みたいなカードがあるだろう? あれをバッグにつけていた」

「あぁ・・」
「彼女がいると気をつけて見てしまうんだ。 困っていたら助けなきゃと思う」
「素敵。 ドンヒョクssiったら紳士じゃない」



もとより僕は 紳士だろう? まったく失礼な奥さんだな。

口では不平を言いながら ドンヒョクは 上機嫌に妻を撫でる。
まだささやかな膨らみの中に 小さな奇跡が息づいている。


「君も あのカードをつけるべきだな」

「うーん・・。 だけど 私は通勤列車で席を譲ってもらう必要もないし」
「君はすぐに無理をするから 客に気をつけてもらわないとね」
「だけどホテリアーが妊婦では お客様に気を使わせちゃうんじゃないかしら?」



ソ支配人。 ソウルホテルは 働くママを応援するんじゃなかったかい?

「支配人の君が率先して そういう例をつくるべきじゃないか?」
「オモ・・、痛いところをつくわね」
「理事として 当然の労務管理を指摘しているだけだ」


いきなり理事風を吹かせるんだから。 言い負けたジニョンが 頬を膨らます。

ドンヒョクが いそいそと背中から好物の膨れっ面に頬をすり寄せた。



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退社時間のエレベーターホールへ 女達が降りて来た時

外出していたドンヒョクが レオを従えて入ってきた。


にわかにざわめく女達へ 何気ない視線を投げたドンヒョクは
中の1人に眼を留めて 大股でそちらへ歩み寄った。


「君」

「!」「?!」「!」


「傘は 持っている?」
「え? えぇ・・はい。 オフィスのロッカーに」
「外は雨がかなり降ってきたから 取ってきたほうがいいかもしれない」

この季節とはいえ 濡れたら冷える。 風邪を引いたらいけないからね。

もしも取りに戻る時間がなければ この傘を使って。 返さなくていい。



「まぁ・・。 どうもご親切に」

「いや。私の妻も妊娠中だから 同じような人がいると気になってね」
「!」「?!」「!」

呆れただろう?と言うように 陽気に眉を吊り上げると
ドンヒョクは あ然とする女達を置いて ちょうど来たエレベーターに乗り込んだ。



階数表示のデジタルモニターが 数字を刻む。

エレベーターホールに残された女達は あんぐりと数字を見上げていた。

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