ボニボニ

 

My hotelier178 - 君のいない5月 - 

 




ジニョン。

僕が思い浮かべる時 君は いつでもホテルにいる。


フロントデスクの向こう側で  スタッフヤードを風の様に歩いて
いつでも君は とびきりの笑顔を周りに振りまいていた。

君ほど このホテリアーという仕事を 愛してやまない人はいなくて

僕はだから 君を手に入れるために ここへ永遠にチェックインをした。




シン・ドンヒョクは眼を上げて 明るい5月の空を見上げた。

せいせいと広がる空の青に ソウルホテルは白く映えている。


不思議だな。 

ソウルホテルはあの日と同じく 悠然と変わらず建っているのに
そして僕も 永遠のチェックインをしたままここにいるのに

君だけが いない。



パチン・・・

静かに眼を下ろしたドンヒョクは みずみずしい茎にハサミを入れた。


ハサミが音を立てる瞬間 バラはわずかにお辞儀をする。
その愛らしさに微笑んで ドンヒョクは次の茎をつかんだ。


「もーぅ そんなでいいんじゃねぇのかな? 理事さん」

「?!」


今年は1本でなくていいからって  「何本切って行こうってんだ?」

「・・ぁ・・」
「My hotelierは大輪だから そのバラで理事さんお得意の
300本をやった日にゃあ とんでもなくデカい奴が出来ちまうぞぃ」

へやっ、へやっ、へやっ・・



バラの繁みの向こうから ガーデナーの陽に焼けた顔が笑った。

ドンヒョクは切ったばかりのバラとガーデナーを交互に見て 赤くなった。


「す、すみません。 切り始めたら つい・・」

「まあなぁ。理事さんは根が狩人だから 狩猟本能が騒ぐんじゃろが」

「いゃ・・決してそういう訳では。それにしても 見事なバラですね」
「あーぁ 今年は良ぉく咲いた。 色もいいしな」
「えぇ 香りも素晴らしい」


ドンヒョクは淡く微笑んで 切りたてのバラの匂いを嗅いだ。

ガーデナーは眉を上げて ドンヒョクの端正な横顔に呆れた。


なんとまあ・・・ 

バラの香りを嗅ぐ仕草が 似合う男なんてもんがいるんだな。


「テジュンがそんな事をやった日にゃ 向こう3日はクシャミしているな」
「? ・・ハン社長が?」
「花粉アレルギーなんだよ あいつ」

「ふぅん?」



俺が丹精込めた可愛い花っ子を「近づけるな」って 失礼だろ?

「それでホテルの社長やってんだ。ホテルったら 花は付きもんだろぉ?」

「ハン社長も ぜひ花を愛するべきですね」
「おー理事さん。わかってるじゃねえか」


へやっ、へやっ、へやっ・・・


ガーデナーの大笑いに つられてドンヒョクも吹き出してしまう。

ソウルホテルのバラの繁みが のどかな笑い声に揺れた。




「痛っ・・」

ガーデナー? ピンセットを貸してくれませんか。

「バラの棘を抜いて行かなきゃ」


へっへっへっ・・チクリとやられたかい理事さん? 

「きれいなバラにはトゲがあるってね」

歌うようにガーデナーは言い ほらよ と竹の手籠をよこした。
これに入れて ロビーにある花屋ン所へ持って行きな。

「フローリストの娘っ子が 洒落た仕上げをしてくれるで」


---------



中庭から屋内へ続くドアを開けて ドンヒョクがロビーへ入って来た。

ジャケット姿の男の手に バラの一抱えを投げ入れた籠。

いかにもミスマッチな組み合わせに 周囲のホテリアー達は眼を留めて
やがて 次々とほどけるように 温かい笑みを顔に浮かべた。



シュッ、 シュッ、 シュッ、

フローリストの手が上下すると バラの茎から棘が消えた。
ドンヒョクはまじまじと眼を大きくして 眼鏡を指で押し上げた。


「そんな・・、素手で棘を取るの? 痛くないのか?」

「あはは! 理事さん。 素手じゃないですよぉ」

フローリストは陽気に笑い 開いた手の中の器具を見せる。
握ってしまうとわからないけど 手の中の刃物で削り取っているんです。

「ああ・・。 でも それでも痛くないのか?」

「結っ構~手の皮鍛えられるんで 花屋は」
「そうか・・。 プロの手か」
「?! ええ! ふふっ」



行ってらっしゃい。

きれいなバスケットにアレンジした花を渡しながら フローリストが言う。
花束よりもアレンジの方が そのまま飾れて便利ですから。


「・・・」

手渡されたアレンジを ドンヒョクがじっと見つめる。

今を盛りと咲くMy hotelierには 小さな天使のピックが挿してあった。


「ありがとう・・最高だよ」


---------



ソウルホテルのエントランスロビーを アレンジを抱えたドンヒョクが歩く。


君のいない5月。

ここで永遠のチェックインをした時には こんな幸せは知らなかった。


“僕は幸せに なれるかな”

“なれるわよ。 だってもう私に出会ったじゃない”




「・・・」

「あ! 理事! 良かった!間に合った」
「?」


ドンヒョクが声に振り向くと テジュンが小走りに近寄って来た。

「これから病院へ行くんですよね?  ちょっとジニョンに頼まれまして」

「ジニョン・・が? 社長に? 頼んだんですか?」
(俺の妻だから ジニョンと呼ぶな!)

「ええ! これ! お客様からもらったメッセージカードです」
「・・・あぁ・・」
「それじゃ。 あ、ジニョンに僕からもおめでとうと」

「・・伝えますよ 妻にね」




あっけらかんと笑うテジュンに ドンヒョクの笑顔が柔らかくなった。
これ以上ない感じのいい笑顔で ドンヒョクは アレンジを鼻先へ差し出す。

「ところで今年のガーデナーのバラ ひときわ見事だと思いませんか?」

「え? あぁーこれは綺麗・・ッツックションッ! クション!」
「うん? 風邪ですか?ハン社長」
「あ、いゃ。 別に・・ックション!!」

「寒暖が目まぐるしいですから どうぞお大事に♪」




ほんの小さな意地悪をして ドンヒョクは気分よくロビーを歩く。
フロント横に立っていたスンジョンが からかう様な声をかけた。

「残念ですわ。今年はいつものチェックインが 出来ませんのね」

「出来ますよ」
「?」
「“僕の支配人”のいるところが 僕のソウルホテルですから」

「んま・・!」



エントランスロビーから外に出ると すでに車が廻してあった。

ドンヒョクのジャグワーの隣には ミスター・ソウルホテルが立っていた。



「病院へ行かれるのですか 理事?」

「そうだね。そろそろジニョンさんも 夫がいることを思い出してくれる頃だ」
「お2人目もご安産だったそうで 何よりです」
「うん。 どうもありがとう」


あのぅ・・ 

ところでレディ・キムから 理事とソ支配人に伝言がありまして。
モゴモゴと話すドアマンは 顔がバラ以上に真っ赤になっている。

「そのぅ ジニョンさんが落ち着いたら 赤ん坊を見に行きたいとのことです」

「恋人のあなたと一緒に・・かな?」
「●%$#“&%!」

純情すぎるミスター・ソウルホテルは ドンヒョクの軽口に絶句した。




ソウルホテルに君のいない5月。

あの日の僕は こんな時が来るとは思いもしなかった。


今年の君は僕を見つけて 「いつまでご滞在ですか?」とは聞かないけれど
代わりに 僕との間に出来た2人目の赤ん坊と病院にいる。


ドンヒョクは車の助手席に アレンジを置いてシートベルトを回した。

これを渡して 聞かなくちゃな。 今はもう「家族の行事」なのだから



「チェックインをお願い出来ますか?」

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