ボニボニ

 

My hotelier180 - ハッピーホリディ - 

 




ほんの少し 自信が揺らいでいるかも と感じる時は 

鏡の中の自分へ向かって、TVドラマの主人公が最終回に見せる様な、
完全無欠の笑みを浮かべて 「あぁ、幸せ」と言ってみる。 

ほら やっぱり大丈夫じゃない。



だって私は美人だし、ヒールが似合う足はすんなり長いし。

ブルガリのセルペンティはクリスマスに 男がくれたプレゼントだし。


拘束されるのは嫌いだから 男は“彼”でも“恋人”でもなくて

男が家族と過ごす 大晦日なんていう面倒な時間 
私はホテルのヴィラに泊まり のんびりエステでもして自分を磨くの。


---------


ソウルホテルの大晦日


ミランはルブタンの赤を閃かせて ホテルのフロアを歩いていた。

ソウルホテルを選んだのは ここにはカジノがあるからだった。

カジノは外人専用だけど 海外永住権を持つミランは入ることが出来るし
カジノなら煩い子どもを連れた家族とも 一緒になる心配もない。


「まぁシン理事! ・・カジノルームですか?」

“?”

「うん。彼女いるよね?」
「午後はずっと詰めています。ふふふ 何だか久しぶりだわ」
「“大晦日らしい”だろう?」

「うふふ ええ♪」


振り向くと 背の高い男が 通りがかりにホテリアーと話していた。

渋めのディナージャケットが見事に似合うその男は 眼を惹くほどに端整だった。


ホテリアーと分かれた男は 大股でこちらへ歩いてくる。

3段ばかりのステップを 軽く跳ねるように下りながら
男は口の端を上げて ディナージャケットのボタンをはめ直した。


・・ドキ・・ン・・・


冷たく見える整った顔立ちに 悪戯そうな表情が浮かんだ途端
いきなり ミランの鼓動が揺れた。

大抵のことを斜めに見て 分析する彼女には珍しい事だった。


ミランの手から チュールの手袋が落ちた。

彼女が何かを落とすとしたら 完璧な計算の上のことなのに
この時手袋が落ちたのは 指先から無意識に力が抜けたからだった。



「?」

カーペットに落ちた手袋を見て シン・ドンヒョクは眉を上げた。

親切なレオはホリディだし ・・これは僕が拾うのが妥当だろうな。
手袋の持ち主はソウルタワー級のルブタンのヒールを履いているから。


ジニョンで遊ぶ楽しい時間を ほんの少し先送りして

ドンヒョクは静かに膝を折り ミランの手袋をすくいあげた。


「どうぞ」

「ぁ・・りがとう」
「どういたしまして。 それでは」

やれやれ紳士の義務は果たしたと ドンヒョクは素早く立ち上がる。

カジノルームのドアパースンへ指を立てて ドアを開けさせた。


---------



カジノのフロアを歩くミランに ギャンブルをしていた男達が

1人2人と手を止めて ミニからのぞく長い脚へ羨望の眼差しを投げかけた。


「モデルみたいな脚だね 彼女。 でも僕は ソ支配人の方がいい♪」

「ちょっ・・! 止めてったら」

「“お止め下さいお客様”だろう? チップを替えに来た客だぞ、僕は」
「ディーラーに替えてもらえばいいでしょ!」
「客に遊び方を指示するのか ここのスタッフは?」

「~~~~~~!」



やっぱり ジニョンで遊ぶのは楽しい。

必要以上にカウンターへ身を乗り出して ドンヒョクはにんまり微笑んだ。

この年末にインフルエンザに罹った部下に代わって 産休中のジニョンが 
1日だけ出勤すると言い出したのを 許可して良かった。


「カイはどうしたの?」

「“勤務中の私語は、規則で禁じられております”」
「~~~~~!」


ジョンミン先生と君のママが これ以上ない程ちやほやしてるよ。

あれじゃカウントダウンパーティーの頃は きっと爆睡しているだろうな。

僕のリトルプリンセスは カウントダウンをしたいからと言って
夕方過ぎから寝てしまったんだ エルサの長ーいドレスのままでさ。


「淋しくてね。 だから 君に慰めてもらおうと思って」

「私は勤務中」
「“勤務中ですお客様”だろ? いいな 久しぶりでゾクゾクする」
「・・・もぉ・・」


ぷうっと膨れたジニョンを見て ドンヒョクはそっと微笑んだ。

カイが産まれてから 2人の子を育てつつホテリアーが出来るのかと
少し自信を無くしかけていたジニョン。


My hotelier、君が仕事を続けるために 僕が手伝わないと思っているのか?
僕は ホテルを愛する君のために ここを手にいれた男だぞ。

「制服を着ると 気が引き締まる?」

「そうね。 やっぱりシャンとするかも」
「似合うよ。 本当に 君にはホテリアーの制服が似合う」
「・・ありがとう」



何なの?いったい あの男?!

ギャンブルをしに来たのかと思ったら カジノのフロントカウンターで
担当の女支配人を せっせと口説いているみたいじゃない?


ミランは柳眉を吊り上げて 遠目に女支配人を睨みつけた。

視線を感じた支配人は にこやかにミランへ会釈をすると
カウンターにへばりついていた男を フロアの方へ追いやった。

「もうドンヒョクssi・・お客様、遊ばないなら帰ってもらいます!」

「やれやれ冷淡な妻だ」


仕方ない、ジニョンの交代時間まで少し 小遣い稼ぎでもするか。

肩をすくめたドンヒョクは カジノのフロア全体を見まわす。

するとなったら どんなゲームでも負けることは絶対しない。
眼の底を白く光らせたハンターに ジニョンの頬が引きつった。


----------



“もぉ~!! ソ支配人たら 何だって理事をカジノに放したのよ!”


ブラックジャックのテーブルで ディーラーは内心半泣きだった。
ギャンブルでディーラーが大負けするなんて チーフにどやされるじゃない!

テーブルの向こうで静まり返り ひたとこちらを睨む理事は

苦も無くこちらの手を読んで ジリジリとバストへ追い込んでくる。

同じテーブルの客は 畏れをなして少しずつ去り
ミランと名乗る若い女性が 何とか残っているだけだった。


「ヒット」

「!」
「え~・・私はぁ ステイ」

「AプラスT、J、Q、K・・」
「?!」

“ブラックジャック?!”

ディーラーは ガックリと肩を落とした。

さっさとソ支配人を退社させないと 理事にカジノを喰いつくされちゃう。



椅子にもたれて寛ぐドンヒョクに ミランが呆れて話しかけた。

「凄いわね。 貴方ギャンブラーなの?」
「いや? ハンターとは言われるけれど」
「? ねぇこの後 Barで一杯どうかしら?」

悪いが・・

「ここへは 妻を迎えに来たんだ」
「え?!」
「ああ もう交代時間だな。 それでは 良い年を」


ディーラー♪  君もね、よい年を。

ぐったり半眼のディーラーに 特上の笑顔で挨拶をすると
ドンヒョクはチップを残したまま ブラックジャックのテーブルを離れた。


ジニョン、ジニョン、もう終わりだろう?

困り顔の支配人に ドンヒョクがにこやかにまといつく。

ポカンとその姿を見つめるミランは 2人が指に同じデザインの
指輪をはめていることに 今さら気づいた。


それよりも・・

彼は 何と愛しげな眼をして 彼女を追いかけるのだろう。


家族と過ごす大晦日を 「義理を果たす日」と言っていた男は

とはいえミランを あんな眼で見つめることも やっぱりないのだ。


バッグを探ってコンパクトを出し 鏡の中の自分へ向かって、
完全無欠の笑みを浮かべる。 

シン理事と呼ばれる男の笑みとは 別物にしか見えなかった。



「そろそろ 本物の恋をするかな」

ブルガリもいいけど 自分だけを追う あんな瞳が欲しいかも。
だって私は美人だし ヒールが似合う足はすんなり長い

リセットしたら きっと新年には 素敵なことがやって来る。

ミランは 何だか楽しくなって 「あぁ、幸せ!」と本気で言った。


--------


ソウルホテルの21:00:

ジニョンとドンヒョクが揉めている。


「ショップでチョコレートを買って行こうか?」

「だめだめ! もぅ!クリスマスからこっち お菓子多すぎ!
 アンジーを虫歯にしちゃうわよ ドンヒョクssi?」
「それは困るな。 じゃあ ぬいぐるみ・・」
「いい? これ以上 子ども部屋にぬいぐるみは入りません!」

「冷淡なつ・・」


ドンヒョクの声が 途中で消えた。

唇を離したジニョンが 冷淡じゃないでしょと睨みつける。

「ジニョン・・」


9回目の結婚記念日の夜。 ドンヒョクの笑顔が花火のように弾けた。

 ←読んだらクリックしてください。
このページのトップへ