ボニボニ

 

My hotelier181 - A good problem - 

 




キーボードを叩き続けながら、ファイルを手渡したドンヒョクは

一瞬遅れて、ファイルを受け取ったのがレオでないことに気がついた。



「・・レオは?」

声をかけられたスタッフは、普段なら緊張で凍りつくところだが
今日に限っては、余程のことがない限り、ボスの機嫌が崩れないのを知っていたので

精一杯にこやかに Mr.パクは宗廟へ行かれましたと答えた。


「宗・・廟? 何をしに」
「アメリカからのお客様に案内を頼まれたそうです」
「ふぅん?」

アメリカのクライアントなど いたかなとドンヒョクは眼を上げる。
そう言えば、レオが数日前、ブロンド達の友達が遊びに来てうるさいと・・

“!?”



息を吸ったドンヒョクは 猛烈なスピードでデータのセーブを始めた。

万が一という事がある。出来るだけ早くオフィスを出るに越したことはない。

音速で身じまいをするボスを スタッフは眼を丸くして見つめた。
・・ボスが5月15日に 早く帰るのは毎年のことだけれど。


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ジャグワーのステアリングを握り ドンヒョクはやっと 人心地ついた。

親愛なるレオは ボスが決して電話して来ない日を選んで
ブロンド達に(多分)ねだられた 市内観光の予定を入れたのだろう。

「Thank you,レオ♪  お互い ファミリーデーと言うわけだ」


つぶやいたドンヒョクは 笑い出してしまう。
フォミリー? レオと僕ときたら その言葉からもっとも遠い人間だった。



「宗廟、か」

ジニョンと最初にデートした場所。 

馬鹿馬鹿しい色の綿菓子を 好きですか?と聞いたジニョンに
好きなのは君だと言いたかったのに テジュンの話を聞かされた。


“19人の王に、王と王妃の位牌が49位。計算が合わないですね”

彼らは本当に愛したのだろうか? 一生に1人の人を愛すのも難しいのに。
そう言ったあの時 ジニョンは何と答えたっけ?



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車を置いて温室へ行くと ガーデナーの隣にドンヒョクの娘がいた。

「アンジー?! どうして」 



ジニョンがホテリアーに復帰して以来 
アンジーとカイは ホテルの中にある社員用保育園に通っている。

ドンヒョクが 市内の自分のオフィスに保育所を作ると言い張ったが

ジニョンは そして悲しいことにアンジーまでが ホテルの方を選んだのだ。



「・・保育園はどうしたんだい?」

「ガーデナじいじにおねがいしたの。 アンジがママのバラをきりたいの」
「・・・」

横目でガーデナーを見ると 老いた庭師は陽に焼けた顔をゆるませていた。
そりゃあアンジーに「お願い」されて 断れるガーデナーではないだろう。



3歳半になった娘は 恐るべき破壊力を持っていた。

彼女の場合 聞き分けの良さが問題だった。

子どもらしく駄々をこねることのないアンジーが 時折 何かを望んだ時
大人はそれを「駄目」と はねつけるのが難しい。


ドンヒョクの場合 アンジーの望みを聞かないという選択肢は 皆無だった。


「でもその・・アンジーがバラを切るのは 危なくないかな?」

「ガーデナじいじが ハサミ アンジにとくべつのやつって」
「・・・ほぉ・・」

見れば花切りハサミではなく 両手で持って使う枝切バサミが
それも 随分と小型のものが アンジーの横に置かれていた。

ガーデナーがわざわざアンジーの為に 最新の枝バサミを買っただろう事は

ピカピカの商標シールを見るまでもなく 1%も疑いようがなかった。



「ホレ・・ハサミは切れ味が悪いと危ないで」

これはアレだ 刃が手元から遠いし 最高級のセラミックだ
モグモグと ガーデナーは言い訳がましい。

「・・じいじと一緒に持たないと 切れないって言ってあるで・・・」


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「これが ぜったい きれいのいちばん」

アンジーは 選びに選んだ1輪を見ながら 枝切ハサミに手を伸ばした。
ガーデナじいじも いっしょにもって。 おぅおぅ持つともさ・・

「あやぃや アンジー嬢ちゃん もっと下だで」
「ここかな! えい!」
「いゃ もっ・・」


パチン! と軽やかな音を立てて 1輪のバラが地面に落ちた。

花の下は10㎝程の長さしかなく はしゃいでいたアンジーは 黙りこんだ。

・・きれいのいちばん・・・・



「・・・」


足元の小ジャリが 小さく鳴った。

ドンヒョクは静かにしゃがみこむと 地面に落ちたバラをつまみあげて
そっと スーツの胸ポケットへ挿した。

「最初は パパの分」

「・・・」
「次は ママの1番目」
「・・・」
「どれがママの分?」
「・・・」


これ・・・

最初の1輪に似た花を ちょっぴり無口なアンジーが切る。
こんどは ちょうど良い長さに切れて 少女はやっと笑顔になった。


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子どもを持つということは いつ何時でも 不測の事態が起きるということだ。



ソ支配人の今日の勤務は あと10分で終わりになる。

バラと愛娘の手を両手に握って にこやかにロビーへ歩くドンヒョクは
突然 アンジーが カイがいないと言い出したことに絶句した。

「ぇ・・?」

「カイだけいないのかわいそうじゃない? パパ」
「アン・・」
「いっしょでなくていい?」

「・・・」


そうだとも。 

アンジーを抱き上げたドンヒョクは スタッフヤードを目指して駈け出す。

李朝歴代の王達よ。 妃は 1人で充分じゃないか。
一生1人を愛するので 僕は今 精一杯だ。






「あら!」

ちょうど電話を受けていたジニョンは ドンヒョクの姿に気づかなかった。
ソワソワしていたフロント係が はじけるような笑い声になった。


「ソ支配人。 今年のチェックインは 団体さんになりましたよ」

「?」

眼を上げると ロビーの向こう側で ドンヒョクが苦笑いをしている。
右腕にバラの包みを持ったアンジー 左腕にはカイを抱いていた。

「オモ!」

ジニョンが 少し急ぎ足に進む。 カイがキャーと声を上げた。


「コホン・・たくさんのお荷物ですね? お客様」
「A good problem.(嬉しい悲鳴だな)」
「チェックインを? 」

「はいっ!ママ! パパから!」


ここぞとばかりアンジーが ジニョンへMy hotelierを差し出す。

ジニョンの笑みに眼を丸くしたカイが 僕もと ドンヒョクの胸元にあった
バラをつかんで振り回した。



「チェックインを。 ファミリー向けのヴィラはあるかな?」

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