ボニボニ

 

My hotelier side story - ガーデナー -

 




しとしと柔らかな小雨の日。それでも、ガーデナーは庭を歩く。
水を遣らない日でも、ソウルホテルの庭には、無数の仕事が待っている。

いつものようにガーデニング用のツールボックスを手に、
枝を切り、
落ちた花を拾い、
彼は手際よく仕事を片付けていた。


そして、もう一人。 軽い足音。
雨でも変わらず走るシン・ドンヒョクがいた。

フードをかぶり、カーブを周る。
うつむいたままで大股に走る、周りを見ないでいるのだろう。

―フン、もったいないことをする奴だ。
老ガーデナーは、気に食わないと言わんばかりに鼻を鳴らす。

“小雨に濡れた緑の美しさを知らんのか、気の毒にな。”

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アスファルト舗装の道を外れて、ドンヒョクが植え込みに入ってくる。
靴の紐がゆるんだらしい。縁石に片足をかけて紐を結びはじめた。

「理事さん、悪いが、ちいと動いてくれ。 そこには種を蒔いたんだ。」
「ああ、失礼。 ・・・・・?。」

周りを見回したドンヒョクは、花壇らしきものが見えない植え込みに
少々けげんな顔をした。

「まあ、蒔いたといっても雑草みたいな奴だから。勝手に生えて来るんだが、ね。
まだほんの小さな芽だから、どうか踏まないでやってくれな。」


庭師の言葉に、草花への愛情を読み取って、ドンヒョクが柔らかく微笑んだ。

黙っていると冷酷そうだが笑うといきなり柔らかくなる男の表情を、ガーデナーは、
なんだか珍しそうに見ていた。


「俺は、口が下手でよ。お偉いさんにもこんな言い方だが、気を悪くしないでくれ。」
「・・・・かまいませんよ。」

「あんた、大株主の理事さんだろ? ジニョンの婚約者の・・。」
「・・・ジニョンと、親しいんですか?」

「俺は ここで勤めて永いからな。ここの奴らとは、たいがい親しいんだよ。」
「あのな 理事さん。」
「・・・ええ。」

ガーデナーは、陽に焼けて皺の焼きついた顔をほころばせた。

「そこに蒔いた種は、ジニョンみたいな奴だよ。」

意外な言葉にドンヒョクが 眉を高くする。
「なんという植物ですか?・・・・」

「すぐ伸びてくるさ。自分で見な。草花もなぁ、見ていてやると可愛いもんだ。」

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その日から、ドンヒョクのジョギングが少しだけ変った。
うつむき加減に走る彼が、時折目を上げて周りを見る様になった。

そうしてみると、ソウルホテルの庭は実に美しかった。

ソウルホテルの庭の美しさは、「隙」があることだった。
ぴしりと管理しすぎない、緩やかな優しさ。


「雑草」と言われる野草が、所々に生えている。
しかしそれが決して怠慢から生えているものではないことは、
野草の生えた部分の景色が、絵のように美しいことであきらかだった。


そして、「ソ・ジニョンのような奴」が実をつけた。

ふわりと明るい緑色の、軽く小さい風船のような実が、愛らしくふるふると揺れる。


「可愛いな、これ。なんというものですか?」
思わずにっこりと微笑みながら、ドンヒョクが問う。

「へっへっへ。可愛いかろ? これはな、『風船かずら』、さ。」
「風船・・かずら?」

老ガーデナーは、可笑しくてたまらないというように、眼を細めた。
「なあ・・理事さん、ジニョンはな。・・・ふくれっ面が可愛いかろ?」


これには、こらえきれずにドンヒョクが吹き出した。
―ジニョン。ここにも一人、君のふくれっ面を大好きな人がいたよ。

楽しそうに笑う男を、庭師は微笑ましく見ていた。
こいつなら、いいあんばいだ。ジニョンも可愛がってもらえそうだな。

「理事さん。手を出して。『風船かずら』の種をやろう。」


ドンヒョクは、掌にまかれた胡椒粒ほどの種を、信じられないように見つめた。
「本当に? これが種なんですか?」
「ああ。・・・なぁ?やっぱり、ジニョンに似ておろう?」


その小さな種のひとつひとつには、くっきりとハートの模様が付いていた。

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