ボニボニ

 

My hotelier side story - ドア・パースン -

 




ソウルホテルの正面玄関には、
数万人もの顧客データを 頭に叩き込んでいると言われる、名物ドアマンがいる。


「お帰りなさいませ。カン社長、奥様のお加減は いかがですか?」

「いらっしゃいませ。ミスター・リー、お食事にお越しですか?
本日から 料理長が新メニューを出しております。お楽しみいただけますよ。」


彼のデータは、名前や顔、社会的地位を覚えるという ビジネスライクなものではない。
泊まったゲストを丸ごと覚えてしまう。 
家族、好み、ソウルホテルに何を求めてきたか・・・。


2代、3代にわたってこのホテルを利用する顧客ファミリーの中には、
彼に顔を覚えられたら 晴れてファミリーの一員 という者さえいるのだった。


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「いらっしゃ・・・  お帰りなさい。 ミスター・シン。」


ドンヒョクがアメリカから ジニョンの元へ戻った あの日、
ドアマンは 一瞬、絶句したものだ。

「お戻りに なられましたか・・・・。」
「戻った? ・・・・ありがとう。戻りました。」
「ソウルホテルが 僕の忘れ物を届けてくれないから、僕が ・・来たんだ。」


世界で一番大きな海を飛び越えて、恋人の元へ戻った男を
ドアマンはまぶしそうに見つめた。。
「・・・忘れ物を お持ちになるのですか? ソウルホテルも 寂しくなります。」
「ならないさ。」

そしてドンヒョクは ドアの中に消えていった。


やがてドアマンは、ドンヒョクが、永遠のチェックインをしたことを知り 黙ったままで微笑んだ。


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ソウルホテルに住み始めたシン・ドンヒョクは
通用口を使わなかった。


「ドアマンの居ない、ただの入り口なんか通りたくないっていうのよ。」

我儘なんだから・・・というジニョンの言葉を聞いて
ドアマンは静かに笑う。

本当に ホテルの好きな男なんだな・・・。

「おかえりなさい。 ミスター・シン、 今日は遅いですね。ごゆっくりお休みください。」


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ある日、正面の車寄せに、ドンヒョクの車がすべり込んで来た。

車のドアを開けようと 歩き出したドアマンの視線が、
後に続いて入ってきた車の方に流れて ・・・動きが止まった。


「お前・・・・、ミスター・シンの 車に行け。」

若いドアパースンに指示を出して ドンヒョクの車を任せると、
ドアマンは、急いで後続車へと走り寄り、
古いオースチンの後部ドアに 手を掛けた。


「ようこそ・・・ いらっしゃいました。  レディ・キム。」

車の中から 皺の目立つ手が 差し出される。
ドアマンの白手袋がそっと その手を支えた。


「ごきげんよう、ミスター・ソウルホテル。・・・・お元気そうね。」


かつて 輝くばかりの美しさだった人を 
今も 胸がつぶれる程の憧れを持って、老ドアマンが見つめる。
レディ・キムが 瞳の賞賛を受けて 嫣然と笑う。

レディ・キムの姿を見つけたヒョンチョルが、彼女の手を取りに駆けてきた。

ドアの所で 美しい人をヒョンチョルに引き渡すと 
ドアマンは 名残惜しそうに 一礼をした。

ここから中は ロビー。 そこはもう 彼の世界ではなかった。



「綺麗な お姫様だな・・・。」
アメリカ人の 冷やかすような声がする。
車寄せに ドンヒョクが立っていた。


「すみません、理事。 ・・・お出迎えを 致しませんで。」
ほんの少し 恥ずかしげな ドアマンが詫びる。

「かまわない。格式を愛する ドアマンなら 
ジャグワーの運転席よりも、オースチンの後部座席のドアを 先に開けに行く。
あっちは ショーファー・ドリブン(運転手付き)だもの かなわないさ。  
・・・・デートくらいは 誘った事が あるんですか?」


「理事!」
ドアマンが ぱっと赤くなった。

「失礼・・。 僕は欲しいものを遠慮しないアメリカ人 ですからね。」
ドンヒョクが 眼を伏せたまま口元で笑う。

「片思いもいいな。 でも・・・、人生は一度きり なんだから。
命がけで、迫ってみたらどうですか?
あの感じなら、・・・デートに誘える方に 賭けてもいいな、100万ウォン。」
「理事!!」

真っ赤になった彼に シン・ドンヒョクが にっこり笑う。
大柄なドアマンは憤然と モールの付いたコートをひるがえした。


「ミスター・ソウルホテル!」

ドンヒョクの声に ドアマンが振り返る。
涼しい眼で まっすぐこちらを見るドンヒョクが 言った。


「一生醒めない恋に出会えたら、愛しい人は 捕まえなくちゃ。」

「・・・・・・・」
「僕は そうした。 ・・・ ミスター・ソウルホテル。
愛する人のために 全てを捨てるのは とても簡単でしたよ。」

そしてドンヒョクは ドアの中へ去って行った。



ソウルホテルの玄関で 名物ドアマンが ぽつりと立っている。
「勝手なことを・・・・ 言うなよな。」

―でも・・・・、
「たった一度だけ・・・、レディ・キムをデートに誘えたら 幸せだろうな。」


“ 愛する人のために 全てを捨てるのは とても簡単でしたよ・・・。”


これだから アメリカ人は嫌いだと言いながら 
ドアマンは 

切ない恋を実らせた男の言葉を  胸の中で考えていた。

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