ボニボニ

 

My hotelier side story - デコレーター  -

 




「31番球が高いわ。20センチ下げて。」



ハンズフリーのカムに向かって デコレーターが指示を出す。

ソウルホテルのクリスマス・デコレーション。
今冬のデザインキーワードは “エンジェルズ・エッグ”になった。


館内の各所に置かれたツリーには
アクリルでできた 卵形の透明な球が飾られる。
卵には サンドブラストで描かれた 繊細なエンジェルが飛んでいた。



2006年に生まれる。 幸福の天使の 卵たち。

ソウルホテルを 訪れるゲストへ 幸せの予感を届けたい。


「いよいよ最後の メインツリーね。  ああ・・素敵!」
デコレーターのコンセプトを 一番押してくれた人。
ソ支配人がやってきて 制作中のツリーを 見上げて笑う。
「点灯式まで あと6時間ですけど ・・・時間は大丈夫?」


大丈夫です。
養生の撤収して 点灯チェックする時間も 十分取れます。
デコレーターは にこやかに きりきりにひっつめたポニーテールを揺すった。


商業施設のディスプレイ仕事は 作業時間の確保が難しい。

とりわけ大型ホテルのような集客施設は 金を呑みこみながら動く 巨大な生き物だ。
その動きを止めると 莫大な 損失が出る。


ディスプレイの仕事は だから 
ゲストの足の途絶える ほんのわずかな時間をぬって
夢の宮殿を立ち上げる そんな仕事だった。

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ホテルという華やかなショウの幕間を ツールバッグを腰に デコレーターは飛びまわる。

クリスマス・デコレーションは
国中の商業施設が妍を競う 年に一度の エキシビジョン。 
ソウルホテルのプライドにかけても ゲストの目を奪う物を 見せねばならない。

まして この若きデコレーターにとっては 自分の描いたデザインが
クリスマスという 大モチベーションの装飾計画に 初めて採用されたのだった。


―絶対 成功させるわ。
 ソウルホテルでクリスマスを迎える すべての人が 足を止めて
 わあ・・と眼をかがやかせるような 素敵なデコレーションにしてみせる。


化粧っ気もなく 地味なカットソーにワークパンツで キラキラ瞳を輝かせる。
若きデコレーターは 大舞台を前にした女優のように 高揚した時間の中にいた。

「100番台の球は もっときれいに 綾に掛けていって。」


アトリウムの吹き抜けいっぱいの 巨大なクリスマスツリー。
頂上近くの装飾を クレーン車のゴンドラに乗ったスタッフが 付けてゆく。
デコレーターは その作業にインカムで指示を出してゆく。 

トップから降りていくにしたがって 大きくなってゆくエンジェルエッグ。
透明な卵のオーナメントは 効果的に仕込んだ LEDライトの光で
シックな中にも 幻想的な表情を見せていた。


同じデザインの 小さめのツリーを スタッフがアトリウムのあちらこちらに置いてゆく。
ツリーを設置する時に 通りがかるスタッフが わあ・・と小さな歓声をあげた。
 

―アイレベル(ゲストの目の高さ)の装飾を ちょっと 直さなくっちゃ。


手早く 脚立を動かして デコレーターが上ってゆく。
その時 ワァン・・と耳が鳴って デコレーターの世界が揺れた。
「チーフ!」

ガチャーン!!

派手な音が夜中のアトリウムに響く。ロビーにいたスタッフが 全員 凍った。

「どうしたの?!」

飛ぶような足取りで ソ支配人がやってくる。
身体に乗った脚立を持ち上げながら デコレーターが起き上がる。
「す・・すみません・・。」
「大丈夫なの?! ケガは? 誰か医務室へ!」

大丈夫です。ちょっと立ちくらんだだけです。ご心配には及びません。
「徹夜続きでやっているから 自分が思う以上に 疲れているのよ。」
ふらりと立ったデコレーターの身体の埃を ポンポンと ジニョンがはらう。

「もう休んで・・と 言ってあげられないのが辛いけど。」
「いえ・・大丈夫です。 ご心配くださってありがとうございます。」

ソ支配人が インカムでカフェテリアを呼び出す。
アトリウムまで ポット一杯のカフェ・オ・レを持ってきて。
「スティックシュガーも 多めにつけてね。」

あたしの奢り。 甘い物でも飲んで。 せめて 一息だけでも。
「支配人・・・。」

チーフ!!

いきなりスタッフの 金切り声が飛ぶ。
「1700番球が・・・。」

まさにアイレベル。 もっとも目に付く位置の 卵がひとつ 
脚立が倒れるのに引き込まれて 割れていた。
「このサイズ・・・予備あったっけ。」
「他にも破損が出たものですから 予備も・・使ってしまっています。」

デコレーターの表情がくもる。 どうしよう・・・

「仕方ないじゃない。この段だけ 少し間隔を拡げてしまうしかないでしょう?
 卵1個分くらい まあ・・ そんなに 気にならないわ。」
大丈夫・・ それでもいいわ。 ソ支配人が言ってくれる。

“それでも いいわ。”

デコレーターは唇を噛む。 もちろん ゲストは気づかないだろう。
でも 私は知っている。 
このツリーは バランスが崩れた それでもいいわ というレベルのものだ。


「若い女性が 夜中におそろいだな。」
「オモ・・ ドンヒョクssi。」

どうしたの?こんな遅くにスーツのままで。 仕事が片付かなくて今帰り 君の勤務態度のチェックにね。
「ああ・・ クリスマスツリーの飾り付けか。 きれいだね。」

もちろんジニョンの方が きれいだよ。
うつむいているデコレーターの耳に 理事の 気楽なささやきが聞こえる。

「この オーナメント 何? 卵・・?」
「エンジェルズ・エッグ。 2006年の 幸せの天使が詰った卵たちよ。」
ふうん・・それはそれは  総支配人が喜ぶね。彼の天使誕生も もうすぐだ。

「今朝会ったんだけど スンジョンさんのお腹 すごく大きくなったね。
今にも パン!って 割れて出てきそうだな。」
「まあ!ひどい。 聞こえたら大変よ。」


デコレーターが 弾かれたように顔を上げる。天使・・誕生。

“今にも パン!って 割れて出てきそうだな。”

「アクリルカッターと発泡ポリスチレン、塑形材も用意して!」
バックヤードを養生して 作業場作って。はい! チーフ!

ブレイクショットでビリヤード球が散るように 
いきなり デコレーターたちが 走り出す。

アトリウムに ジニョンと2人 残されて 
シン・ドンヒョクは 不思議そうだ。
「ええと僕は 何か いけないことを言ったかな・・?」

一瞬の間に 眼の輝きを取り戻し 動き始めたデコレーターをにっこり見送って。 
ジニョンは恋人に向かって いたずらそうに眉を上げた。

「ドンヒョクssiはどうやら ・・彼女に 素敵なプレゼントをしたみたいよ。」
「え・・?」

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ソウルホテルの メインロビー。

アトリウムに 巨大なクリスマスツリーが立つ。 
きらきらと 瞬くライトに輝くのは 天使を描いた 透明な卵たち。


「ママ見て ほら! ここ1つだけ・・。」
「まあ! うふふ 可愛いわね。」
幸せそうな小さな笑みが 通りかかった親子の顔に浮かぶ。

クリスマスの夜に はじけて割れた あわてんぼうな天使の卵。
数ある卵の1つだけ。 ぱりんと割れた殻をゆりかごにして
生まれたばかりの赤ちゃん天使が ふんわり可愛いあくびをしていた。 

アトリウムの 目立たない位置に立って デコレーターはそれを見ている。
「災い転じて福 になったわね。」
ソ支配人が近づいて ポンと 小さく背を叩いた。

「あっちの方が 良かったかもよ。来年はもっとデザイン練らなきゃ・・。」
「そうですね。勉強します。」
ソ支配人。 うんなあに? あそこに 私のアイデアの神様がお見えです。
「え・・? あら!」

フロントカウンターの前に 背の高い男がやってくる。
脚のきれいな支配人は どこですか? そろそろ退勤時間でしょう?

「きゃあああ! ドンヒョクssiったら またあんな恥ずかしい事を言って!」


ばたばたばた・・・ と大慌てで 恋人の口をふさぐために
ソ支配人が 駆けてゆく。

―確かに イイ脚してるわよね。


デコレーターは晴れやかに ジニョンの後姿を見送っていた。

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