ボニボニ

 

My hotelier side story - ガテマンジャー -

 




いやんなっちゃうよな・・・


ガテマンジャーなんていったって 毎日毎日 サラダばっかりでさ。
きちんとした料理を 作らせてくれよ。
ほら あそこで
スー・シェフのイ主任が 派手にフランベの焔を立てている。 格好いいよなあ・・。

「俺ぁ あれがやりたくてコックになったんだぜ。」
ソウルホテルの厨房で 年若い彼は ふくれっ面をしていた。

『ガテマンジャー』
「コールド」と呼ばれる、パテやサラダなどの冷製料理を 専門に作るコック。
比較的 若いコックが担当する場合が多い。
彼の場合は手が器用で アイスカービングが上手かったのが 抜擢の理由だった。※


「ガテマンジャー! サラダの用意は 大丈夫なんだろうな!」

ノ料理長の声が飛ぶ。
ウィー・・ ムシュー。   うんざりと応えながら ガテマンジャーは少し 気持ちを腐らせていた。


「ノン! ムシュー!!」
「?!」

コールを遮る 強い声。
声のするほうを 慌ててみると むっつり口を結んだ男が
ガテマンジャーを 見つめていた。

うわ・・・。
やべ。 今日は “アイスマン”が いるんだっけ。
若きガテマンジャーは うろたえる。 ・・・今日 料理長に応えるのは 俺じゃなかった。

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“アイスマン”と 呼ばれる彼は  新館カジュアル・フレンチレストランのシェフをしている。


国内外のアイス・カービング・コンテスト で 数多くの賞を取る彼は
本館に大きなパーティが入ったときなど 
メイン・ダイニングの ガテマンジャーを務めることが しばしばだった。

その昔 芸術家を目指したこともあるという その造形力はずばぬけたもので
彼の手になる氷のオブジェは パーティの華と謳われる。
ソウルホテルのコックたちは 尊敬を込めて 彼を“アイスマン”と呼ぶのが 慣わしだった。


― やっべえ・・なあ。

若きガテマンジャーは 目立たないほどに 顔をしかめる。
「・・・あのぉ チーフ。 すみません! つい僕が 返事をしてしまって・・。」

“アイスマン”は 怒りの見えない顔をしていた。
深々と謝まる後輩に むしろ 不思議そうな顔をしてみせた。
「いや? 答えてくれるのは構わないけれど・・。 サラダは まだOKじゃないだろう?」 
「・・・はい?」

― ただの グリーンサラダだろう? もう 出来ているじゃねーか。
首を傾げる若きガテマンジャーを 一顧だにせず “アイスマン”は バットを取り出した。

「それは・・・。」

大根を 羽根のように薄く切った花が サラダの上に 1輪咲く。
「梨の花だよ。」
今日 同窓会をする学校の校章だ。 女性のお客様が多いから・・・。 気づいてくれるといいけどね。

「他のサラダにも 1つずつ置いてくれ。」
無造作に “アイス・マン”は バットを手渡す。
「ただのグリーンサラダを ・・作っていたって つまらないだろう?」
「はあ。」

“コールド”は お客様が まだまっさらな気持ちでいる時に サーブされる一皿なんだ。
「そこで ガテマンジャーが お客様を魅せられなくてどうする。」
「!!」

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― ・・・・これは 素直に 反省するべきだ。


サラダばっかり作るのなんか つまらないだぁ?
俺は サラダ1つ きちんと作れていなかったじゃないか。
「はあぁ・・・。」
若きガテマンジャーが うなだれる。 俺って サイテー。 

それでも 元来陽気な彼は ほんのわずかな時間へこんだだけで すぐに 元気を取り戻す。
―・・・まあな。 それが 新米ってもんだよ!
大事なことはさ 今日の失敗を忘れないことだ。 

“アイスマン”!  俺 今日からアンタを「先輩」って 呼ばせてもらうっす!

気のいい 若きガテマンジャーが 夜更けの厨房を片付けながらの 密やかな決心。   
何も知らない“アイスマン”は 更衣室で一人 目立たないようにくしゃみをしていた。

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ソウルホテルの 早朝。  “アイスマン”が 庭を歩く。

スケッチブックを 小脇に抱え 植栽に眼を配って歩く。
やがて 紫陽花に眼を留めると スケッチブックを開いた。

“先輩~~!!”

ドカドカと けたたましい足音がして 若きガテマンジャーが 走って来る。
「今日はもう 個別休でしょう? こんなところで 何を しているんすか?!」

― お前が来ると 梅雨までふっ飛ぶみたいだ・・・。

うつむいて苦く笑う“アイスマン”は それでも律儀に 後輩に答えた。
「アイス・カービング用の 素材を探しているんだよ。」
アメリカン倶楽部の月例会が 来週 入っているから・・。

「紫陽花にしようかと思うんだけど。 なんだか ピンこないんだ。」
「なんだっ。 そんなことっすか!」
「?」
「氷の彫刻でしょう?! 彫刻って言ったら先輩! やっぱ女! 女の裸っす!」
 
こう きゅーっとウエストが締まって イイ脚してる女の像が いいんじゃないですかね!
ガテマンジャーの陽気な声に 遠くを歩く客までが こちらを見ている。

お前なあ・・ お客様に迷惑だよ。
途方にくれた“アイスマン”が 周囲をはばかって眺めまわす。
その時 紫陽花の向こうの道を ソ支配人が歩いていった。
「!」

きりりと上げた髪が  ほんの一筋 風にほつれる。

すんなり なめらかな首筋と スカートからのぞく 伸びやかな 脚。
通りかかった宿泊客の問いに にこやかな笑顔で答えながら
ソウルホテルの妖精は それは楽しげに 通り過ぎた。

一瞬。 アイスマンが 立ちすくむ。

やがて あわててスケッチブックに向かうと 素早いタッチで ペンを走らせた。

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その夜 パーティは 盛会だった。


久しぶりに 注目の2人が現れるという情報が流れ
多忙を極めるVIP達が 巨体を揺らして 集まっていた。

「本当か? あの ちんぴらレイダースが? 名門モーガン&スタッド・・・。」
「しー! 噂だよ。 ・・ただ どうやら信憑性がある話らしい。」
「で? じゃあ ジニョンはどうするんだ?! N.Y.に行っちまうのか。」

冗談じゃない! 行くなら あいつ1人で勝手に行け! と言うんだ。
「まったくだ。私の ダーリンを・・。」
「何で 君のダーリンなんだ! 細君に頭が上がらないくせに。」
「何だと!」
「まあまあ・・。我ら『Jin-Yeong Crusades 』(ジニョン十字軍) 内輪もめは やめましょうや。」


ざ・・わ・・・


入り口近くに どよめきが起こる。
周囲に散らばる女性達が そわそわと髪を撫でつけて その2人の来場を教えた。

「お! 僕のジニョンだ。 今日もまた可愛いなあ・・。」
「だから何で “僕の”がつくんだ! まったく政治家は ゴリ押しばかりする。」
「まあまあまあ・・。」

会場の一番 奥。 ごたごた揉めるトドとデブ2に チラリとハンターが視線を流す。
― チッ まったく・・。 ジニョンがゲストで来ると聞きつけて 現れたな。
  ガタイの割に フットワークのいいデブどもだ。

仕方ない。 それではせいぜい 見せつけてやることにしよう。

自慢のジニョンの腰を抱いて シン・ドンヒョクが 優雅に歩き出す。
ホール中央のテーブルを ちらりと見やったハンターが  撃たれたように 立ちすくんだ。
「・・・こ・・れは・・・。」
「え?」


氷柱をかこんで 湧き上がるように 大輪の紫陽花が群れている。
下からライトで照らされて 花々は たっぷりと紫に揺れる。

花の中心には ミューズが1人 恍惚の笑みで竪琴を弾く。
こぼれる胸元。 風にローヴの裾が乱れて 美しい脚があらわに伸びていた。

「どう・・して こんな・・・。」
「どうしたの? ドンヒョクssi?」


きょとんと 不思議そうなソ支配人は 首を傾げてアイス・カービングを見る。
「わあ! “アイスマン” 今夜の作品もまた素敵ねえ。」
「ア・・イス・マン?」
「ええ♪ うちの 名物ガテマンジャーよ。 アイス・カービングの名手なの。」

すごいでしょ?
自分のホテルが何より自慢の ソ支配人が 胸をそらす。
愛しい妻の ドレスの胸に視線を走らせながら 夫の眉根が寄っていく。

この・・胸元。 この 腰。
間違いない。 “これは ジニョン”だ。
だけどどうして 僕しか知らないはずの身体のラインが こんなにリアルに 再現されている?
「ジニョン・・。 君 まさか・・・。」
「ん?」


その時 後でダミ声が2つ。 やあやあレイダース! 久々に穴から出てきたな。
「!!」

おぉ ジニョ~ン! ダーリン 大丈夫かい? またまたやつれたみたいだぞ。
「生活が辛いんだな。 ・・・可哀そうに。」
「ちんぴらハンターと暮らして苦労が耐えないんだね? 無理をすることはない。」
「そうそう。」
我々は温かく君を迎えるから いつでも 帰ってきていいんだよ。

「ま。 ミスター・ジェフィー。」
ご心配なく幸せに暮しておりますからと ジニョンが笑い VIP達をがっかりさせる。
懲りない奴らをにらみながら ドンヒョクの眼は そわそわとテーブルへ泳いでいる。

「うん?」
宿敵の視線を見とがめて デブ2がテーブルを 振りかえった。
「おおっ 今日はまた 見事だな!」
それからしばし 一同はアイス・カービング談義。 これはもう立派な芸術だ。誰が作ったんだ?

VIP達の 賑やかな賞賛を聞きつけて ギャルソンが 厨房へ呼びに行った。
程なく コックコートの “アイスマン”が現れる。
どんな奴だ? 困惑と 僅かな怒りと共に ドンヒョクの眼は 相手を見ていた。


思いのほか小柄な彼は 多分 歳よりも 若く見えるのだろう。
口下手らしく ぼそりと挨拶をすると 照れくさそうにうつむいて帽子を握った。

「素晴らしい芸術品だよ! これが溶けてしまうなんて 惜しいな。」
「いえ・・・。 アイス・カービングは消えるから いいのです。」

― そうそう・・。 消えてもらわないと困る。



顔に似合わず 芸術好きのデブ2が しげしげ 氷柱を見上げる。

「本当に素晴らしい。 しかし・・・この女神・・・誰かに 似ていないか?」
「!!」
「ええそれは・・・。」
口を開きかけた“アイスマン”は 視線を感じて 眼を向ける。
射殺すほどの凶暴な視線で ハンターが “アイスマン”を見ていた。


「!! ・・ええ・・・あ・の・・。ローマ時代の ヴィーナス像を・・・参考に・・。」
「ああ なるほどなあ。 実に リアルに出来ている。」
特にこの美しい脚がなあと デブ2は ニコニコ像を見つめる。


「ガテマンジャー・・。」
他の者に 聞こえないほどの小さな声で シン・ドンヒョクが 恫喝する。
君のデッサン力と 造形力には心底感服した。 だがな・・


「二度と・・・そのヴィーナス像を モデルに使わないように お願いしたい。」 


         *         *         *          *

※アイスカービングは通常ガテマンジャーの仕事ですが
この頃は 業者がやる場合もあるかもしれないです。

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