ボニボニ

 

My hotelier side story - フローリスト -

 




花束を作ってくれないかと そのお客様は言った。 


「どなたに送られるのですか?」
「母親に。」
来月ここで誕生パーティーをする時に渡したいから。
ビジネスマンはそう言って 少しだけ照れくさそうな顔をしてみせた。

「普段 放ったらかしだから ・・・ちょっと点数を稼ぎたいんだ。」

金に糸目はつけない。 バラでもカトレアでも 高い花をごっそりつかっていい。
一生の思い出に残るような 最高の花束を作ってくれ。

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ソウルホテルのエントランス。

フロントを抜けて ギフトショップに向かう手前に 小さな花屋がある。



フローリスト。 花屋という存在は 一流ホテルには欠かせない。
たくさんのパーティー お祝い ウエディング 発表会
お客様の 様々な時間を飾る為に フローリストは店頭に立っていた。

「一生の思い出に残るような 最高の花束ねぇ・・・。」


そこそこ年齢はいっているけれど フローリストは若く見えた。

化粧っけのない中性的な容貌。 髪を きりっとポニーテールに結んでいる。
一瞬少女と見まごう華奢さを持っているが
水と花がごっそり入ったバケツを 軽々と持つ腕はスリムで筋肉質だった。


―予算は無制限だと言うし フローリストにとっては願ってもないオーダーだわ。




ん~・・・・・・・。


「先輩ぃ~! 難しい顔してにらまないで下さいよ。お客さんが逃げちゃう。」
「あ・・・? ごめん。」
「まったく 花のことになると入れ込んじゃうんだから。」


・・だからいい年して彼氏もいないんですよ 後輩は 背中を向けて舌を出す。
フローリストとして 尊敬する先輩ではあるけれど
―あたしは 仕事よりカレシを見つける方が大事だモン。


「あ~っ 悩むっ!」
―悩む事ないじゃない。極楽鳥花でも何でも使って 豪華に作ってやればいいのよ。


ねえ? お店番ちょっといい?

「私 “師匠”の所へ相談に行ってくる。」


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ぺたんこヒールの動きやすい靴が スロープをぱたぱたと駆け上がる。

この辺にいる時間なんだけどなあ・・・

唇を尖らせて キョロついていたフローリストは
バラの温室の中に お目当ての人影を見つけて走り出した。



「俺はよぉ 忙しいんだから! 娘っ子の相手している時間はねぇよ。」


まったく若い奴ぁ 仕事が嫌になると すーぐサボりに来やがるよ。
葉裏へ抜かりない視線を送りながら 愛想のない老庭師は それでも嬉しげだった。


「相談に乗ってよぉ・・ ねえガーデナー。」
「知らねえよ。 俺は園丁なんだから 花のことなんかよ。」
「だって~。 ねえ サフィーアをどっさり使うのって どう思う?」
「まったく目上への言葉使いを知らねぇ娘っ子だな! ・・高ぇもんにつくぞ。」


お金の方は 青天井なんだモン。


おい。 ちょっとそこのピンセット取ってくれ。
「貧乏人だな。 金に糸目がないと言われると すーぐに高ぇ物を使いたがる。」
ちまちまと葉裏の虫を除きながら 老ガーデナーは口をひしゃげた。



花ってのはよ。 “呼びかける想い”なんだよ。

一所懸命に 芽ぇ出して 葉ぁ出して 茎をのばして
準備の出来た蕾が恋に向かって花弁を拡げるから 花ってのは綺麗なんだよ。
ブーケは その呼びかけている花に自分の想いを託して 相手に贈るもんだろ?

豪華な花をどっさり使って 何を言わせようってんだ?

こんなに金がありますってか? そんな花束は 貧乏くせえよ。



「・・・・師匠ってさあ。 顔はガマみたいだけど すごい良い事言うね。」
「おめぇもう出てけ。」
「ねえ? このバラ何ていう品種? サフィーアに似てるけどオレンジっぽい。」
聞いちゃいねえなこの娘っ子は 出てけって言ったろ? そりゃ・・秘密のバラだ。

「秘密?」
「図体のでかい星の王子さんのバラだよ。」
「は?」



カチャリ・・・


温室のドアが開き 男は入り口をくぐるように入ってきた。
トレーニングウェアに 黒く光るフレーム。 少しだけ 息が弾んでいる。 
サングラスを外しながらまっすぐ歩み寄る長身に フローリストが怖気づいた。

「いいかな?」
「ひっ!  あ・・はい! ・・師匠・・・ガーデナー!ちょっと!」


理事さんか。あんたも毎日毎日 熱心なこった。
「咲いたぜ。ほらこれだ。」
「ええ。」


ふ・・

鋭い眼が柔らかくほどけて いきなり 花咲くような笑顔が開く。
愛しげな眼でバラを見つめるハンターを フローリストは 呆然と見た。

「・・・きれいですね。陽気な色合いがとてもいい。」
「あのはねっかえりにぁ ぴったりだよ。」
むっ。 
「ジニョンも この頃は 結構落ち着きがありますが?」


へやっ へやっ へやっ・・・

「この前むこうずねに でっけぇ青タン作ってたな。」

はあぁ・・・
「どうして あぁぶつかるんでしょうね? 車幅感覚がないのかもしれない。
 ところでこのバラ 今咲いてしまって当日まで大丈夫ですか?」
「うんにゃ。咲きの遅いのが他にあるから いいのを選ってやるさ。」
「そうですか。」


大きな手を蕾にかざして 男は優雅に微笑んでいる。
ビジネス時の怜悧な表情を知るフローリストは 眼がくらむような思いだった。

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ねぇねぇねぇ! このバラ 理事さんの注文で新種交配したの?

「だからおめぇは出てけってば。そうだよ。“My hotelier”って名前で登録だ。」
「きゃー! カッコいい! 何百本贈るの?」
「おめぇなあ・・・。」


1本だよ。 あ!おめぇ その1本包装しろよ。女が喜びそうな按配にな。

「1本?! 新種交配までして1本だけ?」
ロビーに毎回毎回でけえ花束持ってくるなって ソ支配人に言われたんだとよ。
「それで。 新種作って1本かあ・・・。」
「豪華だろ? 金のことじゃねえぞ。託した想いが豪勢なんだよ。」


理事さんはなぁ 冷たそうに見えるけどな 呆れるほどに一途だよ。
「ジニョンも まぁ いい亭主を持ったもんだ。」
おめえもがんばれよ? いい加減 行き遅れているじゃねえか。

「う~、る~、さ~、いっ!」

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「うーん・・・まいったな。」


たった1本の 「My hotelier」かあ・・。
そういうコンセプトもあるんだねぇ。
フローリストとして 私 そんな提案ができるかなあ?

“花ってのはさ 呼びかける想いなんだよ”

・・考えたら私 お客様のこともお母様のことも 何も聞いていないじゃない
「それじゃ 花に何を語らせたらいいか わかるわけがないよ。」


よおし! 

フローリストは立ち上がり 予約台帳を取り出す。
目当てのページを見つけると エプロンのポケットから携帯を取り出した。

「ヨボセヨ? あの 私 ・・ソウルホテルのフローリストです。」


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古ぼけた 籐で編まれたバスケットに きれいなリボンが結ばれている。
バスケットからこぼれるほどに 紅茶色のオールド・ローズが覗いていた。

「ま・・あ お前・・・。 これ・・。」


ゆらゆらと 婦人の目に涙が浮かぶ。
照れくさそうなビジネスマンは その手を バスケットに差し入れて
バラの隙間に差し込まれた 小さな塩ビのクマを 握った。


ぷう・・ と クマの頭から 軽やかにシャボン玉がこぼれ出る。

シャボン玉ごしの母親は 遠い時間の中にいる 若い母親の顔をしていた。

「どこだっけ? よく行った・・。」
「鳥山公園よ。 ・・・憶えていたの?」
「いや。 思い出したんだ。」
たった1つの花束の為に さんざん 昔の記憶を絞り出す花屋がいてね。


「ソウルホテルの花屋はね 大したもんだよ。 母さん。」




初老の婦人とビジネスマンは 何度も振り返りながら 帰って行った。
フローリストは2人の姿を ずっと店頭で見つめていた。


え・・・へへ・・

「世界最高の花束だ」って お客さんに言われちゃったよ。

ちょっと 干し柿でも買っちゃって  師匠と一緒に食べようかな。
またきっと お前はウルセぇから出ていけって言うんだよ。
「若い女と遊べて楽しいくせに」  生意気フローリストが にんまり笑った。


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あの・・・。


ためらいがちの声に フローリストは振り返った。

「あ! お客様。 先日はご用命ありがとうございました。」
今日は何を差し上げましょう。 
愛想のいいフローリストに ビジネスマンが頭をかいた。


「ええと 今日はその 花じゃなくて・・。」
「はぁ。」
「あ・・いや! 花を 花束をお願いします。」


やった! ちょっとぉ お得意さん獲得だわと フローリストがにんまり笑う。

「どんな 花束にいたしましょう?」
「・・ええと ちょっと 食事に誘いたい人がいて・・・。」
「はいはい! じゃあ ロマンティックな感じですね。」
「すごく花に 詳しい人だから・・・。」
「あーっじゃあ難しいですね! どんな雰囲気の方ですか? 服装とか?」


化粧っ気がなくて 髪は後ろで結んでいて ・・ボーイッシュな感じです。
仕事熱心で 眼がきらきらしていて 心を大事にする人で
・・・「花束」と言うものを 僕に 教えてくれました。


「・・・・・・・・・・・・・・・・。」


豆鉄砲。 
喰らったように丸い眼で フローリストが立ちすくむ。

―ねぇ師匠。 あんまり経験ないんだけど こういう場合はどうすんの?




「今日のお仕事は その 何時までですか?」

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