ボニボニ

 

holy night

 





12月は 嫌いだ。

したり顔の奴らが 聖誕祭が近いからって 慌てて善人になりたがる。

急に周りを見回して 自分たちを善人にしてくれる羊を探し始める。

“ 恵まれない可哀そうな人たち” って奴を。


12月の俺は おかげで大忙しだ。 皆に善行を積ませてやるために 
くだらないテディベアだの 時代遅れの木のおもちゃだのをいただきに行く。

自分の子どもが欲しがってるのは TVゲームだろ?
同じ位の年齢の孤児が モノポリーを喜ぶと 本気で思っているのかよ?
TVゲームは 今年のクリスマスに善人でいる代金としては 高いからな。

・・・・ばっかやろう。

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少年は あくびをしながら 礼拝堂の扉を開けた。

生暖かい 中の空気が耐えられなかった。
切るように冷えた戸外の空気が いっそ気持ちいいと思う。

「お! すげ ジャグワーじゃん!」
教会の横に停められた車に 少年は子どもらしい声をあげる。
弾むように駆け寄って シルバーメタリックの ボディにわくわくと手を滑らせた。
ガチャ・・・

試しに引いてみたドアに 鍵が かかっていない。
「・・・・・。」
しばらくのためらいの後 少年は 車に滑り込んだ。

「Merry Christmas.」
ひっ!・・・・

いきなり深い声がして 少年は危うく天井に頭をぶつけそうだった。
運転席に 人影が沈んでいた。
「・・悪いな。 この車は タクシーじゃない。」

運転席の男は 唇の端だけで薄く笑って そんなことを言った。
・・どうやら車を撫でたのを 怒鳴られることはなさそうだな。
抜け目なく身構えながら 少年は「営業用」の声を出した。

「ごめんなさい・・。勝手に入っちゃって 僕 車が好きなんです。」
可哀そうな子どもにぴったりの おずおずしたお詫び。
ちらりと眼を上げると 男は関心もなさそうに煙草に火をつけていた。
―ちぇっ・・ 何だよ。 せっかく羊になってやったのに。

さも旨そうに ふうっと 煙草を吹かした男は 
一瞬動きを止め 慌てて ウィンドーを下げた。

―いけない! 煙草の匂いがこもっていると ジニョンが嫌な顔をする。

ぱたぱたと煙を追い出している男は まったくこちらを気にしていない。
かといって冷淡でもない感じに 少年は好感を持った。
・・何か いいな こういう感じ。 

「ああ これはちょっと風通さないとだめかな・・。おい降りろ 車出すから。」
男はイグニッション・キーを回しながら 投げるように言葉をかけてくる。
その ぞんざいな物言いに魅せられて 少年は 本当の声を出した。
「帰るの・・?」
「いや ちょっと走らせて換気をする。」
「・・・俺も 乗せてくんねーか?」
「?」

男は 初めてそこに少年がいることに気づいたような顔で 眉を上げた。
「ミサに来たんだろう? 親はどうした?」
「そんな洒落たもんはいねーよ。 俺 孤児だもん。」
「ふうん。」

―ふうんって? ・・・それだけか?
けっこう緊張して自分の正体を告げたつもりの少年は 拍子抜けする。
頭良さそうだけど この男ってば ひょっとしたら鈍いんじゃないかと思う。

お前を乗せて行って 誘拐犯扱いされるのはごめんだ。
大丈夫だよ。 シスターには 退屈だから遊んでくるって言ってきた。
「しょうがない・・。 クリスマスにガキとドライブじゃ 冴えないな。」

言葉とは裏腹 迷惑そうでもなく 男は車を出した。
「クリスマスに・・一緒に過ごす女もいねーの?」
つい軽口をきく少年に 男が眼鏡を光らせる。

「こんなハンサムに恋人がいないわけないだろう? 
 僕の彼女はマリア様だからな。 クリスマスは繁忙期なんだよ。」
おかげでこっちは クリスマスホリディに暇つぶしだ・・。

「暇つぶしに教会来たのかよ。 不信心だな。それで中に入らなかったの?」
「入ったよ。だけど 今日はなんだか・・中が 生暖かい。」
「!」
「いつもの キンと冷えた礼拝堂の方がいいんだ。」
「・・わかってるじゃねえか おっさん。」

すうっと 長い指が空をすべる。
「いててててっ! 何するんだよ!!」
思い切り頬っぺたを ひねりあげられて 少年は悲鳴を上げる。
「“おっさん”・・・? 口の聞き方に気をつけたほうがいいな。」
・・・こいつ 手加減なしだな。 だって名前知らねーもん。 
「シン・ドンヒョクだ。 お前の方から名乗るのが 礼儀だ。覚えておけ。」
「俺 フランクって言うんだ。」

キキィ!
車が止まる。

「ふざけているのか? お前 どこからみても韓国人だろう?」
「嘘じゃないよ・・。シスターがアメリカ人で 韓国の名前知らなかったんだよ。
 それに・・・。」
「それに?」
「海外に養子に行くから 向こうで通じる名前を付けておいた方がいいだろうって。」

さすがに同情されちゃったかな? フランクがドンヒョクを盗み見る。
ドンヒョクは しかし 気にもしてない風に 後方確認をすると車を発進させた。 

「おい坊主。そっちの窓開けろ。 換気が出来ない。」
「坊主じゃねえよ。 ・・フランクだって言っただろう?」
「自分と同じ名は 呼びにくい。」

同じ名? おじさ・・あんたはシン・ドンヒョクだって さっき言ったじゃないか。
「アメリカン・ネームは フランク・シンだ。」
「アメリカ国籍なのか?」
「ああ。」
「ふうん・・。」

シン・ドンヒョクはそれ以上何も言わず 車を走らせた。
フランク少年は しばらくその横顔を見つめ やがて車に興味を移した。
重厚なデザインのコックピット。 いかにも英国車らしくエグゾーストが低く聞こえる。 
ほんの少しの煙草の香りと 大きな手をした男・・・。

―居心地のいい空間って こういうものかな。

孤児院で育ったフランクにとって それは 初めて間近に見る大人の男だった。
「なあ・・あんた金持ちなんだろ? 同じ名のよしみで 俺にプレゼントくれよ。」
フランク少年は そんな事を言ってみる。
プレゼントが欲しかったわけではなく もう少しだけこの男のそばにいたかった。

「甘ったれているんだな。 ・・・何が 欲しい?」 
「でっかいチキン。丸ごとのやつ。」
あははっ そりゃいいや。 少年の要求は ドンヒョクの気に入ったらしい。

ハンドルを切ると ドンヒョクは市内へと 車を走らせた。

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いったいこのオヤジはなに考えてるんだ? バッテリー?ロープライト?なんだそれ?

ものすごい勢いで買い物をする男に フランク少年は呆然とする。
「なあ・・ 欲しいのはチキンだぜ?」
「黙って運べ。チキンは 食わせてやる。」

訳もわからないまま 車に乗り込む。 
しばらく走って ドンヒョクは漢江からほど近い高台の空き地に車を入れた。
「さて この辺にするか。」
「・・・なんだよ この辺って? なあここ 人の土地とかじゃねえの?」
「今は使っていないみたいだからいいだろう。お!お誂え向きに もみの木もある。」

ガシャガシャと梯子を出して もみの木に固定する。
「さあ これを持って登れ。」
一抱えのロープライトを差し出したドンヒョクが 少年に言う。
「チキン食うなら クリスマスツリーがいるだろう?」
・・・ばっかじゃねえの? フランク少年はあんぐりと口を開ける。
「嫌ならいいぞ。 チキンは無しだ。」

しぶしぶライトを受け取って 梯子を登りはじめる。
 
しかしそれは とんでもない重労働だった。 こんなこと出来ねえよ・・。
「出来ない? 情けないんだな。じゃあ僕がやろう。お前はただ見ていればいい。
 力のない可哀そうな子羊に 僕が チキンを施してやるよ。」
「!」

フランクは かっと 赤い眼をしてドンヒョクをにらむ。
「・・・やってやらあ・・。」
重いロープライトを肩に掛けて梯子を登り もみの枝に這わせてゆく。
右だ左だとドンヒョクが言うままにかけて やっと全部の枝にロープが這った。

「じゃあ今度は これだ。吹きっさらしじゃ風邪引くからな。」
「げ・・・。」

次にドンヒョクが持ち出したのは 大型のアウトドア用テントだった。
「そんなもんまで 作るのかよ・・・。」
とほほ・・えらいことになっちまったな。少年フランクは 肩を落とした。

最新式のテントは 意外と楽に組みあがり 
小さなログハウスくらいの空間に オイルヒーターを置くと 
それなりに快適な 隠れ家が出来上がった。

しかしこれだけの作業の間に 早い冬の日は暮れてしまって
少年は いくらなんでも 教会のことが気になってきた。
「なあ・・。 俺・・そろそろ帰んなきゃ。 シスターに怒られちゃうよ。」

―こりゃ チキンは食い損ねたな・・ 
がっかりしている少年に 事も無げに ドンヒョクが言った。
「シスターには シン・ドンヒョクがお前を借りる と電話してある。
 あの教会の寄付は 僕が最高額だからな。 シスターは大喜びで許可をくれたよ。」
「すげえな・・。あんた 金持ちなんだ。」
「ああ そうだ。」
さあ 点灯式だ。 お前が飾ったんだからスイッチを押せ。

パチン。
バッテリーにつながれた 小さなアダプタのボタンを押すと
空き地にぽつんと立つもみの木が  ぱあっ・・・と まばゆい光を放った。

うっわ・・
 
こ・・んなきれいなツリー 俺 見たことねぇや。
フランク少年は呆然と 光の木を 見上げている。 世界一のツリーだな。
「・・・きれいだな。 お前が飾ったからだ。」
「えへへ。」

なあ でも チキンどうすんだよ? 鶏も焼くのか?
「さすがにそれは出来ないからな マリア様にねだったんだ。」
「え?」
「・・・もうすぐ 来るさ。 ああ あの灯かな?」
ドンヒョクの指す方を見ると 空き地向こうの茂みのあたりから
ライトが ちらちらと近づいてくる。
やがてスーツにボウタイをした美しい女性が ベルボーイを従えてやってきた。

「ジニョン!」
―な・・んだ? このオヤジ。 いきなり甘ったれた声を出して。

もぉドンヒョクssi。 忙しいのにケータリング注文なんて。あら?こちらはお友達?
『フランク・クラブ』のメンバーだよ。なあに それ?
「フランクって名前の 海外養子の集まり。」
「!」
何だかわからないけど ドンヒョクssiと遊んでくれる人がいて 良かったわ。

スチール製のアウトドアテーブルに ふわりとクロスがかけられる。
巨大なチキン、マッシュポテト、ローストビーフのサラダに 色とりどりのパテ。
そして いい匂いのチョコレートがたっぷりのブッシュ・ド・ノエル。

「じゃあ また後でね。」
ねえ今夜は遅くならないで・・来てくれるだろう? はいはいがんばります。
にっこりと それは素敵な笑顔を見せて ソ支配人が去ってゆく。
「きれいな・・人だね。」

そうだろう? でも見るだけだぞ。もうすぐ僕と結婚するから 変な気は起こすな。
「起こすわけないだろ? ・・・なあ 海外養子って? あんた金持ちなんだろ?」
「金持ちだよ。 養子に行って 自分で 金持ちになったんだ。」

お前が ロープライトを抱えて木に登ったみたいに がんばってな。
「・・・・・。 何か 俺に 言おうとしてる?」
「ああ。 “チキンは 熱いうちに喰ったほうがいい。”」

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ソウルホテルの料理長が腕によりをかけて焼き上げたチキンは 驚嘆すべき美味だった。

両手から何からべとべとにしながら フランク少年はチキンを貪る。
ウィッシュボーンに行き着くと ドンヒョクと引きあってフランクが勝った。

「なあ・・あんたは 喰わないのか?」
にこにこ笑って見ているドンヒョクに フランク少年が問いかける。
「ふっふっふ・・ 僕は後で マリア様とディナーだからな。うらやましいだろ?」

―このオヤジの唯一の弱点は あのきれいなお姉さんだな。

空き地の中に まばゆく立つ クリスマスツリー。 
テーブル1つでいっぱいになるテント。
これは 誰に施されたのでもない。俺が 自分の力で作り上げた空間だ。

俺 多分このチキンの味を 一生憶えているだろう。
そしでフランク・シンという男のことも。
“俺は いつまでも羊じゃない。 フランク・シンみたいになってみせる。”

Silent Night, holy Night
All is calm , all bright


少年フランクは この日初めて 自分の行く道に輝きを見つけた。

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