ボニボニ

 

My hotelier X'mas story06 

 




2006年 クリスマスの朝。


ランニングを終えたドンヒョクが シャワールームから出てきた時
ジニョンは横顔を枕に埋めて 柔らかな寝息を立てていた。

ふくり と紅い唇はわずかに開かれて 
白い頬が幸福そうに うっとりと眼をつぶっている。



-My hotelier。  聖体拝領のパンでも 待っているのか?

薄く笑ったハンターが 開かれた唇へ指を挿すと
愛しい人はピクリと震えて 慌てて 口を引き結んだ。
「・・・ん・・。」


溶けるように笑むハンターはいそいそとシーツの間へすべり込む。

眠るジニョンはシーツの上へ なめらかな裸身を横たえていた。
ただ 自分の温もりだけをまとって 繭玉の様に丸くなっていた。



-僕の“クタクタ”支配人。 今朝はもう 回復したかな。


昨夜 誘ってはみたものの ジニョンがとても疲れていたので
ドンヒョクは イブの甘い夜をあきらめて 
眠りの淵へと 彼女をリリースした。



「ソ・ジニョン?」

期待のままに ドンヒョクは愛しい人の身体を背中から包む。
大きな手が大事な愛を確かめるように 半身の肌を優しく撫でる。
君がいいと言うのなら 僕は今からでも 欲しいものがあるのだけれど。



目覚めと 快感と まどろみの中で ジニョンが甘く息を吐く。

「・・ド・・ヒョクssiな・・の・・?」
「もちろん。」
君の首筋にキスする男なんて 他にいるわけがないだろう?



「寝ていてもかまわないよ。アクセス許可だけもらえたら・・。」
「ん・・ 今 何時?」
「今日は遅出だ。 まだ 時計を気にしなくていい。」


だけど何時?と白い手が ベッドサイドのアラームに伸びる。
もう少しで時計に届くという寸前に
華奢な指は ハンターの手に絡めとられた。




「ドンヒョクssi・・・。」

「ジニョン♪ Merry Christmas.」
「もぉ・・。」


せっかくのイヴなのに 昨夜の僕は 目の前のご馳走を我慢したんだ。
心優しい夫には プレゼントを要求する権利があると思うな。


それではイヴの続きを ね。

心を決めたネゴシエーターは もう反対弁論に耳を貸さない。
パタパタと叩くねぼすけ女の拳など 恋する虎の障害ではなかった。

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この12月。 

シン・ドンヒョクは あたかもヴィラに住んでいた頃のように
多くの時間を ソウルホテルで過ごした。


アメリカからやってきたM&Aの専門家が いささか閉鎖的なこの国で 
瞬く間に驚異的な人脈を作り上げたという事実は
2006年の韓国経済界の ちょっとしたトピックになっていた。

多くの企業人が 彼の知己を得ようとやっきになっても
シン・ドンヒョクは気難しく  
彼のアポイントを取ることは 至難の技だった。



そして ・・・1つの 噂が流れた。


“どうやら「彼」は ソウルホテルが会場の時に限って
パーティに出現する確率が 高くなる。”


かくて ソウルホテルのバンケット担当は かつてないほどの予約を受け
シン・ドンヒョクは 連日のように
ゲストとしてソウルホテルへ通う羽目になった。




「ジニョン!  ソ・ジニョン!」

は・・・・ と ソ支配人が立ち止まる。
まったくもお ドンヒョクssiってば。
「仕事中なの! 気安く呼ばないで!」


今夜は粋なディレクターズ・コートの フランク・シンが肩をすくめる。

「つれないな。 言いたくないけれど 僕は今日・・。」
「“君の大好きな お客様だぜ”でしょ?」


はいはい。 「お客様」 何かご用でしょうか?
唇を噛んだソ支配人は 周りに視線を配りながら
いたずらっ子のような恋人を 上目使いでにらんでみせる。

「仕事中のジニョンは やっぱりいいな。・・キスしませんか?」
「お客様と私的な時間を過ごす事は・・。」
「“規則で禁じられております。”」

わかっているくせに。

フン! と形のいい脚が カーペットを蹴って ターンする。
望みどおりに 可愛い人のふくれっ面を味わって
クリスマスのハンターは 満足したように微笑んだ。


レオの奴が 山のようにバンケットのアポを入れた時は
絞め殺してやろうかと思ったけれど。 ・・・こういうのも悪くないな。

今となっては ジニョンに「お客様」と呼ばれるのが 楽しい。
「お客様」と呼ばないで欲しいと かつてあれほど願ったのに。




クックック・・

-でも 結構怒っていたな。後でご機嫌を取らないと・・・。
 せっかくのクリスマスなんだから 今夜は 家で仲良くしたい。


シルバーフレームを押し上げて ハンターがゆっくり画策する。

静まり返ってうつむく姿は 近寄り難い気配すらして
まったく何と見栄えのする男だと テジュンは呆れて 鼻を鳴らした。
「外見からは とても カミさんの事を考えている男には見えないな。」
「!」



「理事のお陰で山程バンケットを抱えて ジニョンも大変なんですから・・。」
(忙しいのに うちの支配人にじゃれてるんじゃないぞ この野郎)

「僕のお陰? ソウルホテルのバンケット需要を掘り起こした功で表彰を?」
(だ・か・ら・ 僕の妻だ! 呼び捨てにするな。)

「理事なんですから。貴方が我がホテルに貢献するのは当然でしょう。」
(冗談じゃねえぞ。お前に会いたいと言うスーツおやじばっかり集めやがって。 )

「その割には 僕の分の食事代もゲストとして請求されている様ですが?」
(こっちは大株主だぞ。働くのはそっちの仕事だろう?)

「・・・・・・。」


ふん・・と 冷たい眼を流すドンヒョクの口元が 少し 笑った。
どうして僕はこの人に会うと こうして角を突き合いたいのだ?
そしてどうして 小突き合う度に 愉快な気持ちになるのだろう。





「ところで社長に お話があるんですが・・。」


ジニョンの疲労が酷いんだ。少し 負担が大きすぎませんか?
真顔になったドンヒョクに テジュンの笑いもすうっと引いた。

「・・・そうなんだよな。本当に申し訳ないんだ。」


実際 ビジネスバンケットが増えて エグゼクティヴも多くなった。

そういう客の対応は 誰でもが出来るというものではなく
英語の堪能なソ支配人の負担ばかりが どんどん増え続けていた。


「何かいい方法がないかと思っているんだが・・。」
「質のいいコンパニオンを派遣するような会社は この国にないのですか?」
「・・・コンパニオン?」

「英語が話せて パーティで客あしらいが出来るような 
 接客担当を派遣するキャスティング会社が?」
「お前なぁ・・・。ソウルホテルは特級ホテルだぞ。」
「だから 特級レベルの客をあしらえる接客・・・。」


ゴ・・クン・・。


ドンヒョクの喉が 音を立てた。

-こ・・の・・発言は まずかった・・ かも・・・ しれない。
 しかしテジュンが 気が付かなければ 事態は多分 まずくはならない。


「・・・と・・ともあれ 何か・・方策を考えてもらおう・・。」
(これ以上 ジニョンの負担が増えては こっちの私生活に響くんだ。)

さて そろそろパーティに顔を出さないとな。
パンッとジャケットの襟を引いて シン・ドンヒョクが取り繕う。



すらりとした長身が 大股に歩いてロビーの奥へ消えてゆくと
待ち構えたように テジュンが吹き出した。

「助かったぜシン・ドンヒョク! いいアイデアをくれたものだ。」


いるじゃないか 格好の接客担当が。
英語の他に数カ国語が出来て VIPですらも 悠然とあしらえる。
とびきり陽気で容姿端麗・・・ いや。

「容姿超絶だな “あいつら”は。」


今夜の 2回転目のバンケットに? ひょっとしたらいけるかもしれない。

口いっぱいの笑顔になって ハン・テジュンが廊下を行く。
行き逢ったヒョンチョルのインカムを奪うと 
勢いこんで ソ支配人にコールを入れた。

「ジニョン! 聞こえるか?」
「ガガ・・! はい。ソ支配人です。テジュンssi? 忙しいのよ!」
「わかってる! だから バーバラの電話番号を教えろ。」
「・・・え?」


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ソウルホテルの Bバンケットルームは
クリスマスの夜だというのに ビジネスマンであふれていた。

投資系企業が集まるこのパーティが かくも盛会になったのは
華やかな衣装をさらりと着こなしたフランク・シンのせいで
会場中の注目を集めるレイダースは 憮然と 紹介攻めに遭っていた。



「やや! やっぱり来たな! チンピラ。」

嬉しそうなデブ2に ドンヒョクがうんざりとため息をつく。
・・・来ると思ったんだよ この河馬は。

周囲の耳目が2人に集まる。どうしてレイダースが金融のドンと親しい?


「頭取・・。今日はクリスマスですよ。お宅で飯喰わなくていいんですか?」
「ドンヒョクが寂しかろうと思ってなあ・・。ジニョンは?」
「あいにくでしたね。 家で 僕のために七面鳥を焼いています。」


うほほほ・・・。

「嘘の下手な男だな。ジニョンがそんな事をした日には お前はオーブンの横に 立って 鼻の下を伸ばしてるだろう?さぁて ジニョンはどこかな♪ うほほ・ ・・」


嬉しげな顔で会場を見回していたデブ2の 耳障りな笑い声が途絶える。
「?」
けげんな顔で振り返ったハンターは ・・そして ゆっくりと眼を閉じた。


-やりやがったな。 ・・・ハン・テジュン。


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きらめくブロンド。 迫力あるバスト。 
すらりと伸びた長い足。 くびれたウエストから 
男なら誰でも触りたくなるような豊満なヒップラインへと
素晴らしいカーブが続く。


まるで天から降ってきたような2人が サーヴィス担当の衣装を着ていた。

1人は高く髪を結い 1人はゴージャスなゆるめの巻髪。


ブロンディーズは アメリカ人らしきビジネスマンの
賞賛と問いかけに完璧な笑顔と英語で応じ 
韓国企業の重役には 愛らしいハングルで話しかけた。



「な・・なあ・・ドンヒョク? あれは そのなんだ。」
「・・・・・。」
「彼女達だよな? その 君の。」
「“レオ”の! ・・です。」


「Wao! キョウハ Frankモ ゲスト?」
「So nice!“お客様”? シャンパンハ イカガデスカ?」
「お前達・・。」

「Oh! トリドリサン? オヒサシブリデス♪」
「いやあ~・・ジェーンさん。韓国語上手くなったねえ。
 でも 私はトリドリじゃなくて 頭取ね?トウドリ♪ you know?」


何が you know?だ この河馬は! 仮にも財界のドンのくせに。
シン・ドンヒョクは目まいをこらえ 眼鏡をそっと押し上げた。

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悪夢のようなバンケットルームからやっとのことで抜け出して

カサブランカのカウンターに座ると 隣で飲むのはテジュンだった。



「クリスマスですよ。 稼ぎ時に社長が・・いいのかな?」
「今日の社長なんか消火器みたいなもんさ。」

何かあった時にだけ 出て行けばいい。

いささか疲れているのだろう。テジュンらしくない 投げた口調に
心配そうに眉を上げて シン・ドンヒョクはグラスを干した。


「シャツに口紅ついてるぞ。」
「え?!」
「冗談だよ。 どうだった?あいつら?」

ハンターは憮然と2杯目を受け取る。 そりゃ見事なものでした。
「元は トップ・プロですからね。」
「お前と同じか。」
「ある意味 僕以上です。・・・ところで。」


テジュンへ振り向く理事の眼に 面白そうな色が浮かんだ。
「いくらで契約したんですか?あいつら。」
「あ? ああ うちの派遣の給与基準に準じて ・・まあそれなりに。」



あっはっはっは・・・!


突然笑い出すハンターを きょとんとテジュンが見つめる。 

ブロンディーズ 君達は随分幸せになったらしいな。“僕と同じく。”



「何だよ?」

「くくく・・ 社長。理事として貴方の交渉力を称えますよ。」
「あ?」
大変な 費用対効果ですね。

「バーバラ達を1時間雇ったら そうですね 結構な車が買えます。」
「!!」
「そして彼女達を1時間だけ雇うということは・・出来ません。」
「!!!!」
「アラブの王様が来ても 接客できる女達です。」



ソウルホテルという場所は 本当に不思議なところだな。

その給与基準で買えるものが 途方もなく 大きいんだ。




あいつらが“パート”で働くなら 
ジニョンも少しは 仕事が減るかな。
・・少なくともパーティ会場で ブロンディーズは無敵だろう。


クリスマスナイトもあと少し。ジニョンの退勤時間も近い。
仕事が引けたら 二人して 深夜のミサに教会へ行こうか。


カサブランカの22時。

ドンヒョクは蝶タイを ほどいたままで。
愛しいジニョンの靴音が響くのを 耳の後ろで待っていた。

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