ボニボニ

 

My hotelier on his Birthday 2007 

 




夏の終わりを惜しむことはない。
この世には 常夏と呼ばれる国があるんだ。

ジニョンと共にそこへ行き 水上のコテージに時を過ごそう。
通常のホテルとはかけ離れたその宿は 彼女の職業意識を刺激することなく 
僕たちは ・・・くつろいだ甘い時間を送る事が出来る。



「ふふ・・・」
シン・ドンヒョクは眼を伏せて モニターへ柔らかく微笑んだ。
Bloomburgの株価データ比較表に 愛しげな視線を送る上司を
薄気味悪げにレオが盗み見る。

―おいおいおい、ボス。 大丈夫か? 

「ボォス・・」
「うん?」
「後は俺たちでやっておくから 仕事につかまらないうちに帰ったらどうだ?」
ボスの上機嫌が崩れることを考えるだけで 気弱な部下は背筋が凍る。
「いや。 でもそれは・・」

そうですよ ボス!
皆 先にバカンスを取って元気一杯なんですから・・・。
スタッフの本音は誰も同じで どうぞどうぞと帰社を促す。
「う・・ん・・」
周囲の期待に押されたように ハンターはPCのモニターを伏せた。



「レオ?」
「Yes Boss?」
「・・・呆れているか?」

丸顔メガネの忠実な部下は 一瞬 言葉を失った。
―呆れているかだって?ボス。 もちろん 俺は呆れているさ。 
 氷のフランクが「幸せって何だ?」などと たわ言をほざいた瞬間からね。

「ボス?」
「うん。」
「Happy Birthday to you. 早く行けよ。」
ジニョンさんと僕のことを祝福して欲しいと 言っただろう?
あんたの相棒はあの時以来 ボスの幸せを祝福しているんだぜ。



エントランスホールを 真直ぐに 背の高い男が歩いてゆく。
わずかに視線を下げて歩くハンターは 口の端だけに笑みを浮かべていた。

「行ってらっしゃいませ Mr.Sin」

オフィスビルを出てゆくVIPに そう声をかけるのが習いの受付嬢が
いつものように声をかける。 シン・ドンヒョクの足が 止まった。
「・・・・」
「?! ・・・・あ・・の・・行ってらっしゃいませ・・」


―な、な、なに? 私ってば何かミスった?!“氷の”フランク・シンを相手に?」

普段なら軽くうなずくだけで歩調も変えない彼が今 
ロビーの途中で立ち止まり  ゆっくりこちらへ視線を向ける。
総毛立つような怖じ気をこらえ 女は ブースの中で立ち上がった。

ふ・・わ・・・
怜悧な美貌が表情をゆるめ 突然 柔らかな笑顔になった。
「行ってきます。」
「・・・あ? ・・・は!・・・ あの ・・・お気をつけて。」


呆然。 白い歯までこぼれた相手に 受付嬢の心拍数は上限を超えた。
―な、な、なんなの?! その笑顔はっ!!
「ありがとう。」
まばたきを1つ。視線を戻して ドンヒョクがロビーから去ってゆく。
彼の姿が消えると同時に 受付の女性がへたりこんだ。





ホテルを正面に見あげるように 1台のジャグワーが坂を上ってくる。

ソウルホテル。 
愛しい僕のhotelierを つかんで離さない最大のライバル。
今回ばかりは僕の勝ちだ。 ジニョンは・・・僕と来ることになる。
「寂しいだろうが ま 我慢して待つんだな。」



今年の夏は シン・ドンヒョクにとって特別な夏になった。

ソ支配人は 永年勤続のリフレッシュ休暇取得対象となり
2週間の休暇を取ることが「義務付けられる」。
くくく・・・

愛しいジニョン。 これはホテルの「命令」だから 君は従わなくてはいけないね。
2週間。ハネムーンの時だって 君にそんな休暇を取らせることは出来なかった。
「最高の誕生日プレゼントだな。」

君と一緒に海を越えて 南海の孤島に時間を過ごす。
グラステーブルの下は コバルトの海。
カヌーが 朝食を運んでくる。
南の島の開放感がジニョンを少し大胆にして そこへ甘いカクテルでも飲んで・・。



「主任・・。理事が 怖いほど笑っています。」
「見ない振りしていろ。誕生日だからって まさか車はぶつけないだろう。」
真直ぐ前を向いて立ちながら ドアパースン達が内緒話をする。
エントランスの目前を ドンヒョクの車が駆け抜けて行った。

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「オモオモ!ソ支配人? まだ退勤しないんですか?飛行機は何時?」

オフィスに来たスタッフが ジニョンの姿に眼を丸くした。
私服に着替えたソ支配人が書類を前に慌てていた。
「う・・ん。来週の医師会セミナーのことで運営会社に連絡を忘れちゃって。」

機関銃のような勢いで 電話のプッシュボタンを叩き
コールする音を聞きながら ジニョンは唇を噛んでいた。

ドンヒョクssiは もう帰って来たかしら。
エントランスに置いておいたラゲッジ 車に積んでくれるかな。
ああ・・向こうの担当がつかまらなかったらイ支配人に引継ぎをして代わりに。

プツ・・・・
「?!」
いきなりコール音が途絶え  電話がツー・・とオフサインを出した。

「・・・・イ先輩。」
見上げれば片手を腰に 肩をそらしたイ支配人が 気取った指でフックを押していた。
「い・き・な・さいよ。 理事はもう 坂道で待っているって。」

・・でも・・・・
「大事な仕事に関する連絡を“慌てた人”にやって欲しくないの。ミスが起きるわ。」
「!!」
うっふん♪ してやったりのスンジョンはつんと顎を天井へ向ける。

ふんだ。 笑い出しそうなふくれっ面で ジニョンがバッグを肩にかけた。
「・・・先輩。お土産を 狙っているでしょう?」
「いっちば~ん 大きな南海パールでいいわよ。」
あ!それからね! 理事にお誕生日おめでとうございますって。

「とっとと行かないと遅れるわよ。」
置いてきぼりになったって 出社なんかさせないからね。
澄ました顔のスンジョンは念を押すことを忘れなかった。

「理事に忘れないで言ってよね! “優しいスンジョンさんが代わってくれた”って。」

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ソウルホテルの坂道に 一台の車が停まっている。

車の横には ラフにジャケットを着こなした肩幅の広い背中がひとつ。
腕組みをして立つハンターは まっすぐ 坂道を見詰めていた。
ジニョン・・・まったく。

僕だけでなく飛行機まで 君は 待たせるつもりなのか?


晩夏の陽射しは強いけれど 漢江から駆け上がってくる風が救いだった。
車中で待てばいいものを。 ドンヒョクは 自分を笑っていた。

My hotelier,   どうやら僕は フォビア(恐怖症)らしい。
高所恐怖症の人間が 落ちもしない高みに怯えるように。
ただ君を待つこんな時間にも 君を失うことに怯える。

「・・・・・・・・?」

じっと遠くを見る瞳が 何かを見つけて眼をつぶる。
ふ・・  細身のメタルフレームの中で もう一度 朗らかに眼が開いた。


遠めにもあたふたして見える 愛しい慌てんぼうの姿。
転ぶなよ。 そんなヒールで しかしまあ よくその坂を駆け上るな。

悪戯心が湧きあがり ドンヒョクは車のドアを開ける。
“きゃー! 待ってよ!ドンヒョクssi!!”
吹き上がる風が 悲鳴を届けた。

くくく・・・
君を残して どこへ行こうと言うんだ?
うつむいて笑いをこらえながら 少し不機嫌を装ってみる。
狙い澄ましたハンターは 怜悧な横顔を見せながら獲物との距離を測っていた。

はぁはぁはぁ・・・ ド!・・・
「うぷ・・・」 
ゴールを切ったランナーは いきなり大きな腕に抱かれた。
「遅刻だ。」
「ドン・・ヒョクssi・・。」


君が来た。 当たり前のそんなことが 僕には 今も奇跡に思える。
重病だな。
手放せない温もりを抱きしめて シン・ドンヒョクが溶けるように笑った。

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ポウ・・ン・・♪

機体が水平飛行に移り シートベルト着用のサインが消えた。


“花を浮かべたジャグジーに入ってね エステもしたいの”
まったく興味を引かない話を ジニョンはわくわくと喋り続ける。
南の島でもお目当ては風呂? まあ何でも 好きなことをすればいい。

聞いているふりのドンヒョクは 口元に柔らかい笑みを浮かべていた。



“フン ニヤけておる”
“鼻の下を伸ばしおって。あれでもレイダースか?”
“まあ しばらくは放っておいてやるか”

「お客様? 室内の温度が低すぎますか?」

ブランケットを盛大にかけて 眼だけで覗く巨体の2人に
キャビンアテンダントが声をかけた。
しぃっ・・!!
「は?」
「いいから 放っておいてくれ。」

ユ支配人にワイロを掴ませて 調べた奴の行き先だ。
「チンピラにだけ いい眼を見せるわけには・・」
「行かないからなあ お互いに。」

くっくっく・・
毛布の小山が ゆさゆさ揺れる。
数列前のシートでは ジニョンが そっとキスをした。


「ジニョン・・」
「Happy Birthday to you. お誕生日おめでとうドンヒョクssi。」
「・・ここじゃ 抱いてあげられないよ。」

な!何を馬鹿なこと言っているのよ! まあでもキスと抱きしめるくらいはいいか。
“ちょ・・ちょっと 人が見るってば”



こそこそ声の奥さんは 悪戯なハグから逃げようとする。

がっちり獲物を捕まえて 35歳のハンターは陽気に笑った。

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