ボニボニ

 

My hotelier X'mas story 2007 

 




クリスマスなんて 嫌い。

浮かれ切ったきらめきも 馬鹿馬鹿しいほどの幸せも
腕によりをかけた豪華なディナーも ディーバが降臨するショウも。
ショウが ・・・何よ。

“開演10分前です。 ティナさん スタンバイをお願いします”


・・・・スタンバイ? 

こんなステージに立つために 私は準備してきたんじゃない。

私が立つ舞台は いつも最上級だった。
ラスベガスではベラッジオ、N.Y.ではプラザ・ホテル。
「the プラザか・・。」

グレート・ギャッビーが微笑んだ 宝石のようなプラザも終わったのよね。
イスラエルかどこかの企業に買われて 2005年に幕を下ろした。

「私と同じ。 過去の遺物ってことね・・。」

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ソウルホテルのクリスマス。

今冬クリスマス・ディナーシアターの話題は 世紀の歌姫だった。


ティナ・コール。 
4オクターブ半の音域と 奇跡のような表現力を持ち
悪魔の囁きから天使のファンファーレまで 自在につむぐ超絶な技巧。

稀代のディーバと呼ばれた歌手は 今夜 絶望を抱えていた。
「5分前です。 袖へお願いします。」
「・・・・・」

つまんない 舞台。 カーテンの隙間から客席を見る。
自分を待ちかまえている観客へ 歌姫は 冷めた眼を向けた。
「・・・?・・」



ひな壇状のシアターへ入ってきた 1人の客に眼が留まった。

すらりとした長身に 遠目にも上質な仕立てのスーツ。
グレーのシャツにシルバーグレーのタイを結び 
軽やかに階段を降りる姿が 水際立っていた。


ホテリアーたちが彼に とりわけ親しみを込めた挨拶をする。
おそらく このホテルの得意客なのだろう。

アリーナフロアまで来た彼を 会場係が心得たように 上席へ誘導した。



恐ろしく高額な今夜の席へ 男は 無造作に腰を下ろした。
テーブルには 連れらしい小柄な男と 女が2人座っていた。
「・・・あの女たち プロね。」

それも アメリカでもめったに見られない 超Sランクのプロ。
まるで天から降ってきたような見事な肢体と美貌のブロンディ―ズ。
「こんな辺境に あんな女がいるなんて。」

彼女たちを一晩はべらせたら プレジャーボート程も金が飛ぶだろう。

そんな女がまとわりつくのを 男は 面倒くさそうにあしらっていた。



ふいに場内が暗転して バンドがイントロを演奏し始める。
歌姫はステージへ歩を進め 最初の一節を静かに歌いだした。

♪You know it’s a sin to tell a lie・・・?
 

ぱぁ・・・  まばゆいばかりのスポットが 中央の一点に降り注ぐ。
丸く浮かびあがる光の中心は ディーバの降臨する目印だった。

客は皆 高名な歌姫を前に 上気した顔をして聞きほれている。
ステージからテーブルを視線でなめて
ティナは ちらりと彼を見た。


怜悧な美貌のその男は 悠然と足を組んで こちらを眺めていた。
小柄な男の耳打ちに応えて 時折 口の端が魅力的に上がる。
「・・・・・」
どこかで 見たことがなかったかしら?

フロアに君臨するディーバは 彼から眼が離せなかった。


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だから ウルサい。 僕にかまうな。

「大体 何で お前たちと同じテーブルなんだ?」
「Boo! Frank, Christmasハ~ Familyト~ カッチ 過ゴスネ~♪」
「ジ・ニョ~ンノォ offtimeマデ 私タチ 遊ンデアゲルヨ~!」

いつから僕は お前達と家族になったんだ?
「その変てこな韓国語を止めろ。頭が グラグラす・・」

「・・・」
すり寄るジェーンが動きを止めた。
最初のステージを終えたティナが まっすぐこちらへ歩いてきた。
「・・・座っても いいかしら?」



ゆっくり一度まばたきをして ドンヒョクは小さく指を立てた。
フロアアテンダントが飛ぶように来て 歌姫のために椅子を引いた。

「何か 召し上がりませんか?」
「ありがとう。ええと Mr・・?」
「シン・ドンヒョクです。」
「そう。 Mr.シン 歌は楽しんでいただけた?」
―こんな落ち目のシンガーのステージだけど ・・ね。


「良かったですよ。以前の貴女より歌に陰影が出て 円熟味が増したな。」
「!」
「本当ですよ。 私も 感心して拝聴しました。」
横からレオが口を挟み 揉み手せんばかりの追従を言う。

ティナはそれを聞き流して いぶかしむようにドンヒョクを見た。


「私のステージを 前にも見たことがあるのかしら?」
「何度かありますね。どこだったかな? theプラザで歌われたことは?」
「ええ。」

「後は・・あぁ ベガスかな? ベラッジオ。」
「まあ。ええ、ええ。 そこでも演ったことがあるわ。」
―・・・私の最盛期だった。 それが 今ではこの有様よ。

「あの頃は 技巧はあるけれどやや一本調子でした。今の方がずっといい。」
「!」
「テジュンが絶賛する訳だ。 貴女を招聘した ここの社長です。」



まじまじと 歌姫は眼を見開いた。 「今の方がいい」ですって?

「・・でも近頃では ベラッジオから 声もかからないのよ。」
私は何を言っているのだろう? 初めて話す相手に弱音を吐くなんて。 
ティナは 自分に驚いた。

「ああ そうでしょうね。」
あの手の商業施設は より新しいものを追う傾向がありますから。
「貴女の歌は もう少しシックなステージで歌う時期になったのでしょう。」

冷たげに見えた美しい男は こともなげに言って笑った。
その圧倒的な微笑みに ティナは言葉を失った。
「ねぇ・・Frank?」

バーバラがそっと袖を引いた。 ディーバ・ティナには 他でも会っているわ。
「・・・ほら・・ジミーの接待で。」
「え?」「あ!」



憶えているわ。いきなりティナは思い出した。

法外な札束を積まれて行った 豪華なパーティー。
主賓と紹介された男は氷のような眼をした危険なビジネスマンだった。 
確か キング・オブ・レイダースのFrank Sin。

“Sin(罰)”という名にふさわしい 陰鬱な冷たさが印象的だった。


「ああ そうか、近しくお会いしていましたね。これは失礼しました。」
「でも・・貴方さっき シン・ドンヒョクって。」
「Frank Sinは 僕のアメリカンネームです。」

歌姫は しげしげとドンヒョクを見直した。確かにあの時の彼だった。

だけど私が知っているFrankは こんなに幸せそうな男じゃなかったわ。
「何だか感じが変わったわね。 ・・じゃあ ソウルには旅行で?」
「いいえ? ここに住んでいます。」
「え?! ・・まあそれは。 何か 失敗したの?」


ぱちくり。

一座が きょとんとティナを見た。 「え? ・・違うの?」

あっはっはっは・・
ハンターが愉快そうに笑い出す。 確かに僕は ひどい失敗をしたな。
「恋に落ちましてね。 それは重症です。」
「え・・?」

クリスマスに遊んでもくれない。 ひどく冷淡な妻なんです。
「ああ あそこにいた。」
言われた方を振り向くと 年配のカップルが座っていた。
女性のホテリアーがその2人へ 愛想よく何か話しかけていた。
「????」



「・・失礼。 ソ支配人!」

明るく声をかけられて ジニョンの笑顔が引きつる。
お客様へ愛想笑いをしてから ヒールを鳴らしてやって来た。
「だ・か・ら・ドンヒョクssi! 私は仕事中だって言ってるでしょ!」

腰に手を当てて仁王立ち ソ支配人がむくれている。
愛しい人をまんまとふくれっ面にして ハンターは満足げに口の端をあげた。

「言葉がなってないな。 今夜の僕は 君の大好きなお客様だぞ。」
「ふん だ。 失礼しました!」「お客様。」
「失礼しましたっ お客様。」


ディーバは 2人のやり取りに ぽかんと口を開けていた。
やがて とてつもなく陽気な気持ちが 心の底から湧いてきた。
「・・・どうやら貴方は 随分ラッキーな失敗をしたみたいね。」

「え? オモ!Ms.ティナ?! し、失礼しました。気が付かなくて。」

稀代のディーバの同席に気づいて ジニョンがいきなり朱に染まる。
一瞬の隙を逃さず ハンターは妻のウエストを抱き寄せた。
「おかげさまで 人生の楽しみ方は会得したようです。」

「ちょ・・ちょっと ドンヒョクssi。」
「もう退勤だろ? 早く上がらないと ここでキスするぞ。」
Wao! Frank! 私ニモ~♪ ワタシモ~!

ブロンドが陽気に同調して テーブルは華やかな騒ぎになった。

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「すみません ティナさん。 そろそろ次の回です。」

進行役がやってきて 歌姫に用意を促がした。
「ええ ありがとう。 スタンバイOKよ。」
何かが少し 変わった顔で ディーバはすらりと席を立った。


「どうもありがとう Mr.シン。 今夜お会いできて とても良かった。」


「ええ こちらこそ。 あ、そうだ。もう一回やってくれませんか?
 さっきのオープニング曲。『It’s a sin to tell a lie』」
「ええ いいわよ。」


「その歌を君へ贈るよ、ジニョン。今夜は遅くならないって 約束したよね?
 “You know it’s a sin to tell a lie?”
(嘘をつくと罰があたるって 知っているでしょう?)」
「はいはい。もう 放してよ。」「お客様。」
「放してください、お客様。 ・・もぉ こんなことするお客様はいないわ。」

あはははは・・

明るい笑いが溢れるテーブルから ディーバがゆっくり立ち去ってゆく。
私も どうやら人生の楽しみ方が少しだけわかってきたみたい。
場内が暗転して静まった。 スポットがきれいな円を描く。

ディーバの降臨する目印。 私は 観客を魅了する。


― ねえ? Mr.シン。 ここは 魔法のホテルかしら?


そして 音楽が始まった。

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