ボニボニ

 

ベイビートラップ 2

 




どうせソウルまで来ちゃったから 週末遊んで帰ることにした。


アタシ ソウルは3回目だけど いつもジュニのお家へ行ってたから
考えたら 市内観光って初めてだ。


ニュースで聞いてびっくりしたけど 南大門は 10日に放火されて焼けた。

現場を通ったらホントに門が黒こげで アタシたちは あ然とする。
周りは まだきな臭いが立ち込めて 
焼失を惜しむ人たちが 焼け跡に花を捧げたりしていた。


ジュニは じっと焼け跡を見つめて 痛ましそうな眼をしている。
韓国の 宝物だったんだよね・・・。
アタシも何だか切なくなって ジュニの指先を そっと握った。

「茜さん・・」
「ヒドいね。 日本でも金閣寺が放火で焼けちゃったんだよ。今あるのは再建した奴」
「・・・そうですか」

取り戻せないものなのに。 
どうして どうして こんなことするんだろう。



ちょっとしんみりしたけれど 南大門市場は惨禍にめげず 賑わっていた。
初めて この市場を歩いたけれど 
アタシはここの アジア!って感じのパワフル・ワンダーランドぶりが気に入った。

「市場で買わなくても いいお店がありますよ」

ジュニのヤローはため息まじりで 困ったようについてくる。
ソウルにはお洒落なショッピングスポットもありますって 不満げだ。

・・・だ~って! そんなの 東京にだってあるじゃん。 

「韓国海苔に、唐辛子に、ゆず茶にお菓子に、えーとえーと・・・」
「お土産の食材なら 出入り業者に特級品を持って来させます」
ま~! 「ジュニおぼっちゃま」ったら セレブみたいな事言っちゃって。 

「ア・タ・シ・は ここで買いたいの! ・・・これ ナンだろ?」 



ワクワク覗いているアタシは お店の人には 格好の餌だ。

お兄さんがイソイソ寄って来るのを ジュニが慌ててガードする。
「茜さん、茜さん! ・・ね?もう身体が冷えますから 帰りましょう」
「え~っ? 来たばっかりじゃん。 あ!じゃあ 屋台でオデンかトッポッキ・・・」
「ダメですっ!!」

ひっ!!
びっくりした~あ。 な・・に? ジュニ? 今の一喝。

特大の豆鉄砲を喰らったみたいに アタシはキョトンとジュニを見る。
きれいな顔を少しだけ上気させて ジュニが アタシを睨んでいた。


ド・・キン、  

・・・あのぉ ジュニ? 何か アタシに怒っている?

もしかしたら 大学院のあれやこれやで忙しいのに 
アタシのせいで お気楽ソウル観光につきあわされたからかな。

「帰りましょう。 今日は とても寒いです」
「ん・・・」
「暖かい季節に また来ましょう。ね?」
うん ジュニ。 春になって 大学院が決まったらね・・・。

ジュニはマウンテンパーカの前を開いて アタシを包むように抱き入れる。

そんなに寒くないのに 恥ずかしいよ。
アタシはちっちゃく文句を言ったけど 奴は 完璧に聞き流した。

-----



「・・・・・」「・・・・・」

ハルモニさんの怜悧な視線が ジュニの動きを追っている。


ポン、ポン、パフパフ・・
「こんなもんかな? さ 茜さん。 ここへお座りなさい」
いや あのジュニ・・・。 それじゃ まるでアラブの王様のソファだから。


ハルモニさんの前だってのに ジュニが盛大にアタシに甘い。

そ、そ、そんなにしないでよ。
アタシにも一応 嫁の体裁ってもんがあるじゃん。

「まぁったく お前のベタ惚れは見ちゃいられないね。」 プーッ・・・
ハルモニッ!!
「ひぇっ!」

煙草はダメですっ!! 消してくださいっ!
いきなりゴウッとジュニの全身から 青い焔が 吹き上がった。
キョトンと固まったハルモニさんは それでも 慌てて煙管を片付けた。


「それでは お茶の用意をしてきます。 チビ 来い」
お前は感激屋で 見張っていないと茜さんを押しつぶしそうだから。

ワフワフのチビを従えて すらりとしたジュニの背中が 去って行く。
彼の後姿が消えるまで見送ってから ハルモニさんは アタシへ振り返った。
「・・茜・・?  お前・・ひょっとして 本当にややこがお出来かえ?」

「えっ?!」
ぼっ と顔に火がついた。
あの・・いえ・・そんなことは・・・ない・・と・・思う・・んですが・・

え? ・・・ジュニってば。 ひょっとして 今朝の事を気にしていたの?




「どーだろ あの子の緊張ぶり。 ジウォンが出来た時のジホに そっくりだよ」

“お降りなさい 姫様! 何を馬鹿なことを・・ご懐妊中です!”
“ジホ? あぁ ちょっとこれを棚にね・・”
“とんでもない!転んだらどうします!  お降りなさい!ひぃ様!”


イ家の懐刀と言われた男。
主家への忠義の塊。 ソウル一の知性と 豪胆緻密な気性で有名を馳せた。
「あの “氷のジホ”がまあ オロオロと・・」

うふふふ・・って ハルモニさんってば。 マイメモリーに浸っちゃってる。

これはちょっと・・チャンスじゃな~い? アタシは ハルモニさんにすり寄った。


・・・・書生さんの頃から好きだったんですかぁ?・・・
好きなんてそんな 愛だの恋だのって時代じゃないよ。 大体 身分違いだし。
「そんな時代に 好きな人と結婚出来て良かったですねぇ」
「まぁ あんな事でもないと・・・はっ!」

Victory♪   アタシは ニッと歯ぐきまで見せて笑う。

なるほど なるほど そういう事でしたか。
お姫様とナイトの恋ね。 なーんてロマンチックなんでしょう♪

「お前・・意外と技を使うね。 ずいぶんと うまく話を聞き出すじゃないか」
「女子高仕込みですから」
アタシにやられたハルモニさんは プンとふくれて 赤くなっている。
・・くくく、ハルモニさんたら 可愛いじゃん。



「ねっねっねっ! ハラボジさんって ハンサムだったんですか?」
「煩いねぇ・・」

ウルサイなんて言う割に 手元の文箱から すぐ写真が出た。 くくく・・・
ひえー立派な彫りの額だね。 香木なのかな? いい匂いがする。
「う・・・わあ・・・」

すっげーえ 美男子。  
ジュニってパパ似だと思ってたけど 2人ともお爺ちゃん似なんだ。
だけど ものすごく怖そうな顔。 触っただけで切れる刃みたい。

韓服かな? 渋い絹のローヴを着て 後ろへ上げた長い髪を 一筋頬へ垂している。
水晶妃と言われたハルモニさんと並んだら こりゃ凄い迫力のカップルだよ。


「ふん ジホは頭が良すぎてねえ・・。 嫌味で冷たい男だったよ」

取り澄ましちゃってさ、辛気くさいったら。 それで武術だって誰より強いんだ。
ハルモニさんってば ふくれっ面で 端から悪口を並べている。
ぐぐぐ・・アタシ判っちゃったかも。 

“ベタ惚れだったんだな きっと”



残念ながら 時間切れ。 チビの荒い息が聞こえてきた。
今のこと ジュニには絶対言うんじゃないよ。
「あ・・それから」

“ややこが出来たら いつでもハルモニが育ててあげるからね”

ハルモニさんは まだちょっと赤い頬をごまかすように アタシの耳元へ囁いた。

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“本当に赤ちゃんが出来てたら どうしよう・・・”

ソウルから帰って2週間。
アタシはちょっぴり 考え込んでいた。
1、2、3、と指を折って 多分 大丈夫なはず・・なんだけどなぁ。



「また!茜さん! そんなスパッツで」

あぁまたジュニが 小言親父みたいに ひざ掛けを持って迫ってくる。

ただでさえアタシを心配でたまんない奴が こうなるともう・・
生活指導のシスター・テレサが 乗り移ったんじゃないかって位やかましい。


「ジュ・・ジュニ。 大学院の方はどうしたの?」
「え? 行きますよ」

教授と春からの研究内容を話していますって 
奴の場合 院に「受かるか」とか、そーゆーレベルは かっ飛ばしな訳ね。
は~ぁ・・・・
何で アタシみたいなパンピーが こんな人と結婚したんだろ?


ジュニはラグに腰を下ろすと 脚を開いて “ココ ココ”って呼ぶ。
アタシを脚の間へ閉じ込めて にこにこで髪を梳きはじめた。
ねえジュニ? ・・これじゃあまるで 猿の毛づくろいみたいなんですけど。

この数日。 
ジュニは部屋にいる限り ず~~っと アタシにまとわりついている。
知ってるよ 聞きたいことがあるんでしょ?
・・・・アタシが 考えないようにしていること。 

「茜さん。 その後 その 来ましたか?」
ドキ・・・
「・・・・ぇ・・う~ん・・まだ」


そうか~!!!! 

ぎゅううううううう!
「・・・ぐぇ・・ジュニ・・・じにぞう」
「あ、すみません。つい興奮して。 これは 本当にそうかもしれませんね!」

明日 検査薬を買ってきましょう♪

きれいな頬を 紅潮させて ジュニは本当に嬉しそうだ。
大事な初めてのベィビーを 寝ぼけて作ってしまったのは失敗でしたが
でも 僕たちのたからものです。 大切にしましょうって・・


ねぇジュニ? やっぱアタシ ママになっちゃうのかな?

「・・・・嫌 なんですか?」
「嫌・・ってわけじゃ・・」
嫌ってわけじゃ きっと ない。
だけど嬉しいかって聞かれたら 正直「うん」と言えない気持ち。

だってアタシはまだ何も 本当に何も できてない。

大人にだってなれてなくて 勉強も何も中途半端で 
自分の夢が何なのかさえ まだ ちゃんとわかっていない。
人生をちゃんと歩き出してさえいない。 そんなアタシが  ・・ママなんて。




アタシが沈んでしまったので ジュニが途方にくれている。

「・・茜さん・・・? 僕 ちゃんと育児します」
学校も通ってください。僕が主夫をしてもいいです。
「・・そんなことじゃない」

お金のことだったら平気です。
キャッシュフローの勉強に 資産運用を始めたのですけれど 
「キャピタルゲインが結構あって 去年はアボジの援助も貰っていないです」
「・・・そんなことじゃない!」
「!」

じゃあ “どんなこと”なんだろう? アタシは自分の気持ちを探す。
何だか泣いてしまいそうになって パフンと ジュニにもたれかかる。

「茜さん? ・・悲しいのですか?」
「・・・・・」
悲しいのかな? それも 何だか解らない。
アタシはぐりぐり身体を回して ジュニの胸に頬っぺを埋めた。



ジュニはもう何も言わないで アタシの髪を優しく撫でる。

控え目に腕が回されて・・ 
アタシは奴の繭の中で サナギになって少し 眠った。

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