ボニボニ

 

デビルマニア 2

 




ヤモリの黒焼きとか何か まさか 入っていないよね・・・?



ビクビクしながら マグをにらむ。
ままよ!と1口飲んでみたら 教授のコーヒーは文句なしの絶品だった。

「・・う・・わぁ・・・美味しい」


そうだろう、そうだろう。
酒崎教授は当然至極と言わんばかりに 片眉を絞り上げて見せる。
「生豆を炒り方から指定した 私のスペシャルブレンドだ」



悪魔の如き漆黒の美味と 天使の如きこの芳香。
それは デモーニッシュな魅惑に満ちて 私の心をかき乱す・・

「・・あのーぉ アタシ もう帰っていいですかぁ?」

「?!」



やばい。 ムッとされちゃったよ。
だって いくらコーヒーが美味しくても カラスと並んで飲みたくはない。
・・・ュニ君・・・・・

「は?」

「いや。 ジュニ君はその 仕事をしている人かね?」
「あ? いえ学生です。大学院生」
「神学だなっ?!」


そうなのだ。 聞くまでもなく 解っていたとも。
天に選ばれしあの美しき者は 神の愛に縛られている・・。

「進学? ええまぁ大学院で “にゅーとりの”天文学とか・・量子のなんとかを」
それ以上は 説明させないで。 アタシじゃよく判らないよ。

「天・文・・?」
おぉ!そうか。 彼は月読であったのか それもまた美しい。




「君は彼とは仲が良さそうだ。 だが 恋人ではないなっ?!」
「え? ええ・・恋人でなくて。 あの私た・・」
「そうだろう!」



彼の求める対象は 卑俗な地上になど ないはずだ。
アーキエンジェル、孤高の大天使。
君は 羽を忘れて地に立つ 奇跡の存在・・・。

「あ のーぉ 先生?」
「なんと・・・美しい」
「!!」



・・・まさか アタシの ことじゃないよね?

やたら大袈裟に指をくねらせて思索に浸るセンセが 怖い。
アタシはバッグを握りしめて 逃げるタイミングを窺っていた。




コン、コン・・・ 

「いらっしゃいますか 酒崎先生?」
シスターテレサだ! じ、地獄(?)で仏。 教授室でシスター。

ドアを開けてアタシを見つけると
シスターは 何故かぎこちなく笑って後ろのジュニへ声をかけた。

「あ・・の こちらにおられましたよ」

戸惑い 引きつったシスターの笑顔。 なんだか お顔の色が悪い?
「先生? 高坂さんにお迎えがまいりましたの」
「なに。 ジュニ君かっ?!」


ジュニ~ィ・・・ 


一瞬 すがりそうになったアタシは 途中で ビクリと凍りついた。
シスターテレサがヒクついていた理由は ・・これか。 

礼儀正しくシスターを見送り 部屋の入口に立ったジュニは
静まり返ったその肩先から 青い焔を立てていた。


げ・・・、ま、まずい。

真由っぺてば ひょっとして
「茜が デモーニッシュ教授に連れ去られた」とか 
大袈裟なことを 言ったんじゃないの?



ジュニの周りには陽炎のように 狂気の熱が揺らめいている。
あっちゃー・・・これは かなり心配したよね。
トホホな気分で 教授を見る。



酒崎先生はのけぞって ジュニの凝視にビビッっていた。

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「・・・入ってもよろしいですか? “酒崎教授”」

「う・・・? あ、ああ。もちろん」
「失礼します」



ジュニがゆっくり足を運ぶ。 まっすぐ 尖った針のような視線で
教授の瞳を射抜いたまま。
まるで ラピュタの戦闘ロボットが 光線発射する直前みたいだ。


「イ・ジュニ君と言ったか。その 君・・」

「・・・茜さん 大丈夫ですか?」


しどろもどろの教授の言葉を ジュニは キレイに無視してみせた。
アタシの頬をつかまえて 心配そうにのぞき込む。
「平気ですか?」

普段だったら 人前でって 怒って振り払うところだけど
そうも 言っちゃいられない。
お願いジュニ。 こっちは 美術の単位が要るんだから。


アタシは頬へ置かれた手に 自分の掌を重ねてつかんだ。
ピクリ・・とジュニの表情が揺れて 
イッちゃってた眼が ピントを合わせ始める。


「ねえジュニ? 今ね プロジェクターを片付けて コーヒー頂いてたの」
「・・・コーヒー・・」

そうそう。

アタシは 伸ばされたジュニの腕を取って
抱きつくように 立ち上がる。
腕の中へすべり込んだアタシに ジュニが びっくりしたのがわかった。



デモーニッシュ酒崎は まだ 呆然と立っていた。

そりゃあ ジュニのあの眼ときたら・・ 
初めて見た人は びっくりするよね。

「あの 先生。 あのぅ アタシはジュニと結婚しているんです」
「!!!」
ジュニは その 大変な心配性で・・・
「このお部屋に怖そうな物が多いので 驚いたんだと思います」



ねっ!ジュニ? そうよね?! 

アタシは奴に顔を近づけて そうだと言えビームをガン飛ばす。
ジュニは クンと顎を引いて きょとんと眼を丸くした。
「・・・・そうです」

僕の茜さんが 怖い眼に合っているかもしれないと聞いて。

「ちょっと・・誤解だったみたいです。失礼しました」

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教授はコーヒーを勧めたけど ジュニはあっさり断った。

また来なさいと言う教授を まだ疑わしそうに睨みつけて。


「ね~ぇ アタシの単位がかかっているんだからさぁ・・」

愛想良くしろとは言わないけれど 
喧嘩ごしでメンチ切るのは 止めて欲しいよ。


「コーヒーぐらい 付き合っても良かったじゃん」
「嫌です。 カラスと並んでコーヒー飲んでも美味しくありません」
それは そうだけど・・。

「ともかくさ。 アタシの先生なんだから 失礼しちゃ困るの!」
「・・・すみません」


茜さんは可愛いから 教授が眼をつけたかもしれないと思って。

叱られたジュニは縮こまって ぼそぼそ 言い訳を口にする。

“亭主焼くほど 女房モテもせず”だよ。
アタシはそう答えながら 違うことを考えていた。



酒崎教授が興味を持っているのは アタシじゃなくて 多分 ジュニだ。

キレイなものが 大好きなセンセ。
そりゃ ジュニくらいキレイな人は 女性にもあまりいないもん。

「でもまさか ホ○・・じゃないよね?」
「何ですか?」
「な、何でもない。 ねえジュニ 甘い物でも食べて帰る?」


甘いものなら 茜さんがいいです。 「ケーキは買って帰りましょう」

そうだ! 胸にクリームをつけたら 茜さん舐めてくれるかな。
「ば・・ばかやろぉ・・・」
「うふふ。照れなくてもいいです。僕たちはまだ新婚さんですから」

いい加減にしろおぉ! と怒っても
ジュニのヤローはもう上機嫌だ。
怒っているアタシの手をつかんで さあ帰りますよとずんずん歩く。


そしてその頃 酒崎教授は 窓からアタシたちを見送っていた。

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「素晴らしい・・・・」

アーキエンジェルの微笑と 白百合の気高さを持ちながら
一瞬にして吹き上がる あの狂気。
なんと美しくも 凶暴な魔獣だ。


高坂 茜。 あの娘が 魔物に捧げられし生け贄か。

いささか妖艶さに欠けるけれど まあ贅沢は言えん。
女子大の講師など かったるいと思っていたが
思いがけなくも 収穫があった。

「イ・ジュニ君。 じっくり 研究させてもらうよ」



あーっはっは・・ と酒崎教授のデモーニッシュな笑いが構内に響く。

チャペルの前ではシスターテレサが その声を聞いて 十字を切った。

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