ボニボニ

 

フライト 1

 




コトの起こりは ソウルのお屋敷。



FedExの書類パックに 眼一杯詰め込まれた写真を ハルモニさんは眺めてた。






“・・・”

「何でも 生後半年だか経たないと 飛行機に乗せてくれないんだそうだ」

“・・・”

「その間にアタシがぽっくり逝ったら 一体 どうしてくれるのかねぇ」


“・・・くす・・”

空気を震わす小さな笑いに ハルモニさんは眉を吊り上げる。

“貴女は まだまだ私のそばへ 来てくれそうにありませんよ”




「ふーん、だ! あぁ でもやっぱり ジウォンのややこを抱いてみたい」

“・・・”

「行こうかな」

“?!”

「どうせ飛行機が堕ちたって お前の所へ行くだけだ」

“こ・・こら”

「そうだ!ジュニに案内させよう。 これはいい考えじゃないか!」



ミンジュ! どこにおるミンジュ!  「私は アメリカへ行くことにしたぞ!」
ハルモニさんはうきうきと 「魔女弟子」ミンジュさんを呼ぶ。

ハルモニさんの背中のあたりで ハァ・・と 小さくため息が揺れた。


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「“あめじか”、・・って? ゆないてっどあろーず?」

「それは洋服屋さんでしょう? “America”、United Statesです」

「・・に、行くの? ハルモニさんが? 飛行機嫌いじゃなかったっけ?」
「大嫌いです。 「でも行く」のだそうです。 ・・僕たちと一緒に」
「へっ? 僕・・たちって?」



僕たちは 僕たちです。 質問はもう終りです。

「茜さん そのままでは脱げません。 お尻を上げてください」
「でも僕たちって アタシとジュ・・きゃあっ!」


ひっどぉぃ・・。 えいやって抜き取るから アタシはでんぐり返しじゃない。

ジュニのヤローはアタシを転ばして ショーツごとデニムを脱がせると
「はい剥けました」とミカンみたいに言って いそいそ アタシへかぶさってきた。



あぁ 心から愛しています。 「ふふ 茜さんも?」

・・む・・ぎゅぐ・・・

「・・返事がないですね」


それではコッチで聞きますよなんて 片方の眉を吊り上げちゃって。
2つに折りたたまれたこんなカッコじゃ アタシ 口が聞けないじゃん!

「あ、すみません。 苦しいですか?」
「・・畳まれた布団になった気分」
「うふふ すみません。 でも茜さんは どんな羽根布団より気持ちいいです♪」




ゆっくり ゆっくり 泳ぎながら ジュニはアタシに話しかける。
他の事に気をそらして 「出来るだけ長く愛し合いたい」んだって。


・・・じゃあ・・・ぁ・・ジュニ・・アメリカ行きの話・・・

「それは 後です」


せっかく茜さんと愛し合っているのに ハルモニを思い出したくありません。

ジュニはつんと澄まして言うと あむ・・とアタシの胸を噛む。
ぎりぎり 痛くないジュニの噛み跡。 

自分のものーって 付けた印を確認してとても満足そうだ。



跡つけないでよ。 一応 文句を言ってみるけど

ジュニのヤローは溶けるように笑って ・・アタシがヤじゃないの バレバレだし。


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「絶対君主」。

イ家の場合 その文字には「ハ・ル・モ・ニ」って ルビが振られてる。


ハルモニさんが「行く」と言えば それは 最優先かつ最重要決定事項で
ジュニとアタシは ハルモニさんのお供でアメリカへ行くことに「なった」らしい。



再婚したジュニパパ、 プロフェッサー・ジウォンと愛妻ユナさんの間には 
この6月 元気な男の子が産まれた。

赤ん坊は なんとアタシの「弟(義理の)」だよ。
なかなかぶっとんだファミリーじゃない?



齢84にして めでたく2人目の孫を得たハルモニさんは

も~ぉ・・ややこが見たくって ウズウズ星人。


ジュニパパはベビーにメロメロらしく 山と写真を送ってくるものだから
これがまた 会いたさをかき立ててしまい・・  

ついにハルモニさんは 花も嵐も 大の飛行機嫌いも踏み越えて
アメリカまでベビーの顔を見に行っちまう決心をしたらしい。

お供に 犬とキジならぬ ジュニとアタシを引き連れてだ。




「今年の僕の誕生日は 向こうで過ごすことになりますね」

ジュニは すっかり満足して 枕にもたれかかってた。
アタシを胸に抱き寄せて の~んびり 背中を撫でている。


「実は僕。 近いうちに向こうへ行きたいと思っていたので 丁度いいです」

「ふぅん? 何で・・? 研究のこと?」
「いいえ。 ちょっと将来について 確かめたい事があるのです」
「・・・」



「将来の」 こと?  アタシは 胸がドキンとした。

そうだ。 ジュニは大学院を終えたら どんな道へ進むんだろう。
何を専門に選んでも トップサイエンティストになれるって聞いた。

アメリカへ・・移住したいのかな?



“研究は 後からでもできます。 でも茜さんは 今捕まえないと
 手に入らないかもしれないですから・・“

アタシの為に 用意されていたスカラシップも放り投げて来たジュニ。

ジュニは それで後悔はないと言うけど
客観的に見たら きっとそれは大事なチャンスを逃してるんだよね?



大きな犠牲を払っても アタシの元へ来てくれたジュニ。

奴が 道を歩き出すなら ・・今度は アタシが協力する番かもしれない。


「・・・・」

「どうしたんですか 茜さん?」
「?! ・・ぅうん。 じゃあ今年の誕生日は賑やかだね」
「ええ! ジョナの 誕生祝いも一緒にしましょう」



イ・ジョナ。 それが赤ちゃんの名前。

ジュニパパ 女の子が欲しかったらしくて 凛々しい名前は考えなかったそうだ。

名門イ家の血を引いた 一番 新しい人間なわけだけど。
これがまぁ なんとドビックリ。

・・・ジュニを ちびっちゃくしたみたい。


大体 ジュニとジュニパパだって 呆れる程よく似た父子だけど

きっと あそこんちのじっちゃんは すんげー強力なDNAの持ち主だ。
どこまでいっても同じ顔の 男の子が生まれてくるんだもん。



ジュニは 背中にあてた枕の一個を抜き取って 大事そうに胸に抱えた。

「赤ちゃんは これくらいの大きさでしょうか?」

「生まれたばかりだから もっと小さいよ」
「ワォ・・ドキドキします。 きっとすごく可愛いでしょうね」
「んふ そうだね」


ジュニは枕をナデナデして 何だか とても幸せそうだ。

・・ねえ ジュニ?  
アタシに赤ちゃんが出来たら やっぱり そんな風に喜んでくれる?


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それからの数日間というもの ジュニは すんご~く大変だった。

なんてったってハルモニさん。 「イ家のお姫様」 初の海外渡航ともなると
アタシ達みたく H.I.Sで格安チケット取ってゴー!とは行かないらしい。



ジュニとアメリカのユナさん(ジュニパパは役立たず)は 

エアチケットやホテル(トーゼン:スィート)の予約やら 
現地で乗るリムジン(トーゼン:運転手付き)の手配やら


あれやこれや バタバタと 忙しく準備に追われまくった。




出発の日。 仁川空港まで迎えに行ったアタシとジュニは
ミンジュさんを従えたハルモニさんの姿に ぽかんと口が開いてしまった。


銀鼠と渋茶のチマチョゴリ。

つぅんと高く上げた眉に 氷の瞳が鳥肌モノの存在感。
80過ぎてこの容色なんて まったく・・この人 バケモノだ。


周りの人も彼女のオーラに 「何者?」なんて振り返る。

ジュニがハルモニさんの手を取って 優雅に搭乗口へ進んでゆくと
そこだけ 世界は『超豪華!大作宮廷映画』で CAさんまで口を開けてた。


でもって 後から付いて行くミンジュさんとアタシの 
「オーラ無し 一般ピーポーコンビ」ときたら

さしずめ女優のメイクさんとアシスタントで。 ま、分相応だけどさ。トホホ・・



しっ・か・し。  やっぱ財閥って・・財閥だ。(何言ってんだか)

アタシ達一行、全員が、当然の様に、ファーストクラス。

ハルモニさんは このエアラインの大株主で
偉いさんから現場スタッフに 特別の連絡が行ったらしく 

CAじゃない「オジサン社員」が かしこまって挨拶に来た。




そしてこの日のハルモニさんは 最初こそ機嫌が悪かったけれど
それはどうやら 生まれて初めて乗る飛行機が内心怖かったらくて。

だけどシートに座ってみれば 「ちょっと揺れる応接室」だし


機内でシャンパンが飲めると知って いきなり上機嫌になるのが可愛かった。

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