ボニボニ

 

フライト 2

 




「トーチを掲げた女神様を 海から見たい」と ハルモニさんが言ったので 



アタシ達はニューアーク空港から 東へ 車を走らせた。





アタシ アメリカに来るのは これで3回目なんだけど(1回はハワイだ・・)

自由の女神像は 日本だってあちこちに いーっぱい立っているし
ウルトラ縦断クイズでもなし 「ま・見なくていいかな」って思ってた。


それでもやっぱリバティ島へ向かって フェリーが波頭を切っていくと
抜けるような青空を背景に 女神像は ケッコウな迫力だった。




だけど・・・。  自由の女神より ハルモニさんこそ見事だった。


ネイビーブルーの波の向こうに ブロンズの女神が近づいてくるのを
ハルモニさんは デッキの手すりにそっと手を置いて見つめてる。




少しまぶしそうに眼を細めて ・・ハルモニさんってば すんげーキレイ。

川風をはらむチマチョゴリが 貴婦人のドレスみたいに見えて
独りたたずむ姿なんて 陽の中で溶けてしまいそうだった。




見とれていたのは アタシだけじゃないよ。

結構 回りの観光客も 何だかぽかんと彼女を見たり
さりげにフレームに入れ込んで 写真を撮ったりしていたもん。



きっとこの人は生まれながらに 人の眼を引くオーラを持ってる。

そしてきっと そのオーラが ジュニにも受け継がれているんだろうな。






・・そうだねぇ・・・

「ん?」


何か言った? まさかアタシに言ったんじゃない・・よね? 
ジュニやアタシに声を掛けたにしては ちょっと距離が離れてる。



ハルモニさんはクスッと小さく笑うと 前を見たままうなづいた。 
・・・なんか 誰かが耳元で囁く声に笑ったみたい。

「??」


ハルモニさんのまとう張りのある絹が 陽に映えてきらきら光る。

ゆったり微笑むハルモニさんは 光に抱かれているように見えた。


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湿気の多い日本からやってくると プリンストンの夏は 
天国のように爽やかだった。

陽射しは明るく陽気だし カラリとしてすごく気持ちがいい。


・・しかし このお姫様ときたら「ジンベイザメクラス」しか 車じゃないと思ってるね。

どでかいリムジンは 当然の様に韓国人ショーファーが運転していて
ひょっとしてカーゴで連れて来た?って アタシはちょっとあ然とした。




ジュニパパの家へ行く前に ホテルにチェックインして荷物を置く。

街の名物(・・というか大学の近くには めぼしいホテルがココ位しかない) 
「ナッソー・イン」は 端整でこじんまりしたホテルだった。


「ジュージワシントン・スウィート」だの「アインシュタイン・スウィート」だの

どこかで聞いたことのある名前が お部屋の名前になってるし

バーにも 有名人らしい誰かさんの名前が付いて
“アカデミックな歴史がございます~”って バリバリ主張してる。




そして 年代物のこのホテルに ハルモニさんは見事に似合った。

ジュニにエスコートされたハルモニさんが 建物に入った瞬間から
ベルキャプテンからコンシェルジェまで V.I.P.を迎える態度になる。

彼らも接客のプロだから きっと一目で判ったんだろうな。

だって アタシも感じたモン。「ハルモニさんって王室の人みたい」って。



一行の男はジュニだけだから 彼女のエスコートは当然 奴の役目。

ジュニはどうやらその事を 私に申し訳なく思っているらしくて
ハルモニをラウンジのソファへ座らせると ダッシュでアタシに駆け寄ってきた。



「大丈夫ですか?! 茜さん」

別にいいのに。 荷物は リムジンの運転手さんがホテルの人へ渡してくれたし。
ジュニを従えたハルモニさんの姿は なかなかイケてて見ごたえがあったよ。

「アタシは平気。 ・・つーかジュニはこの機会にハルモニさん孝行をしなよ」
「すみません・・」


だけど この後ホテル内では ジュニはお役御免になった。

好奇心旺盛なハルモニさんがミンジュさんを連れてホテルの中を歩くと

どこからともなく 公爵家に使えてそうなオジさんバトラーがすり寄って来て
何か言いつけてもらおうと イソイソもんでつきまとうから。


幾つになっても 美人はモテるってことだよ。けっ・・


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いよいよ皆でジュニパパのお家へ 赤ちゃんジョナに会いに行く。

考えてみたら ジュニにとっては 「もう一つの実家」へ帰る訳だ。
大してない距離をリムジンで行きながら アタシはつい 言っちゃった。


「なんかすごいね・・ジュニって」

「何ですか?」



だってさ。ソウルの“あの”お屋敷で育って ティーンエイジはアメリカじゃん?
世田谷の畑の近くでず~~っと育ったアタシとは 違う世界の人だなって。




「・・環境格差に 呆然としちゃうよ」

「茜さんっ!」
「イデデデデ!」 
「まさか 僕と別れたいとか そういう事を考えた訳じゃないでしょうねっ?!」

「デデデデ! ・・ンがえてないって! ジュニ!痛い!」


あああ しまった。 放ったらかしのアタシが拗ねていないかと
心配しているジュニに こんなこと言っちゃ 火に油だ。

ジュニのヤローは青ざめて アタシをぎゅうっと抱きしめる。

ぐぐ、グルジイから放して~っ!って アタシは必死でジタバタした。





・・もーぉ うるさいねぇ・・・

「お前達は 見りゃイチャついているんだから。 車ん中だよ」

そんなに年中つがってるくせに ちっともややこが出来ないよ。
まったくなんたる役立たずと ハルモニさんってば口が悪い。


「“出来ない”んじゃなくて バースコントロールしているんです!」

ぎゃあああ! ジュニってばっ!

「ハルモニが育ててやるって言ったろ? ボロボロお産み!」

ぎゃあああ! ハルモニさんはっ!!

「そ、そんな干渉は ハラスメントですっ!」
「“考”って言葉を知らないのかい? 年寄りの願いを!」

  
ゴゴゴ・・・って。 

竜虎はアメリカくんだりまで来て 火を吐き牙をむく戦いだよ。トホホ・・
アタシは真ン中でうろたえてたけど ミンジュさんは 落ち着いたものだった。

「大奥様ぁ? あの方 違いますか? 芝生の所」
「ん?」
「ジウォン先生じゃありませんか?」


・・え?

ミンジュさんの一言で 皆の視線が窓外に行って
ジュニパパの姿を見つけると 一堂 ポカーンと口が開いた。


♪ My pretty little baby, jolly good baby, hum hum hum・・

「・・あの下手くそな鼻歌は 息子に間違いなさそうだね」
「・・アボジってば 何て格好をしているんでしょう」



リムジンのちょっと前の芝生を ジュニパパ、プロフェッサー・ジウォンは歩いてた。

きれいなロン毛を後で束ねて素敵なコットンジャケットで ・・ハンサムだ。

・・だけど背中に 何て言うの? シェルパみたいな“しょい子”を背負って。 
キャンバスバスケットの中からは フワフワのベビーの頭が見える。


「・・・」

メンズ雑誌のグラビアにそのまま出そうなスタイルで “しょい子(ベビー入)”。
・・・まったく。 相変わらずジュニパパは ファンキーだよ。



「・・・」
「・・・」「・・・」

リムジンは ジュニパパに追いつくと 横へ滑りこんでピタリと止まった。

後部座席のウィンドウが下がると ジュニパパは それは素敵な笑顔になった。



「ワォ! 皆お揃いでいらっしゃい!」
「・・アボジ 何をしているのですか?」
「あー、うん。 散歩 かな」

「僕達が着くのは ご存知ですね?」
「もちろんだ! ユナがお迎えにはりきっていてね。僕は 追い出されたわけなんだ。
 “ポーチでジョナをあやしていて”って・・」

だけど天気が良かったから 散歩したらジョナが喜ぶかなって。



「僕たちが来るのに?」 
「・・・」
「忘れたんですね?」
「・・・」

・・・はぁ・・・


ともあれここで会えたから 結果オーライって言う事で。
ジュニパパとジョナも一緒に乗せて アタシ達はジュニパパの家へ行った。




家の前では 気の毒なユナさんが 思いっきり困った顔で待っていた。

リムジンから 最後にジュニパパ+しょい子(ベビー入)が降りて
ジュニパパが「ただいまー」と 平和に言うと


ジュニは 自分の非の様に もう一度深くため息をついた。

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