ボニボニ

 

フライト 5

 




・・ハルモニさんって、 正真正銘の お姫様なんだな。



ハルモニさんのスウィートルームで 豪勢なディナーを前にしながら

純正庶民のアタシは しみじみ 感心してしまった。




ジョナがいるから スウィートのリビングルームへ食事を運んでもらったんだけど

チェックイン以来 ハルモニさんにまとわりついている(?)
執事みたいなおじさんが 

そりゃぁもう嬉しげな顔をして ルームサーヴィスにくっついて来た。



・・執事おじさん きっと やりたかったんだ。

メートル・Dみたいに指示しながら うっとり ハルモニさんの椅子を引いて
女王様へ申し上げるみたいに メニューを説明しちゃってる。

まるで一流レストランが丸ごと ルームサーヴィスでやって来たみたいで
アタシは 自分のTシャツ姿に ちょっぴり引け目を感じちゃったよ。 




その点 ハルモニさんは「別格」だった。

引かれた椅子に座ったり ボーイさんがサーブする時って
誰でもやっぱり ほんの少しは 緊張するもんだと思うけど。


ハルモニさんの動きときたら 周りに人なんかいないみたい。

そのくせ 用事があるときは クリスタルのベルを振るように
「当然そばに控えているだろう」と言わんばかりに 声をかける。


あぁ この人は生まれた時から 「仕える人」に囲まれてたんだ・・

感心して見ていたアタシは その後の言葉にシビレてしまった。




「ありがとう。 ここはもう良い」

凛と ハルモニさんの声が響いて 執事おじさんの眉が上がった。

「マダム?」

「後は息子たちと気楽にやろう。 下がりなさい」
「は、はい!  そ・・れでは お言葉に甘えて」
「うむ」


うっわ、 すげ・・

執事おじさんも たまげてたけど アタシは口があんぐりだった。
「下がりなさい」なんていう言葉を 何の嫌味もなく使うなんて。


ハルモニさんの言い方は まるでねぎらいのように聞こえた。

食事の世話が焼けなくて おじさんは 少し残念そうだったけど
純正お姫様なセリフに感激したのか ぽぅ~っとした顔で引き上げて行った。




だけど おじさん達が行ってしまうと ハルモニさんは言ったもんだ。

「茜 薄毛のオヤジは引っ込んだよ。 いつもの調子でお食べ」 



げ・・・?



「馬みたいに食べるお前が 遠慮したのかい?」
「い・・ぇ・・ あの・・」

まったく オヤジが悠長にメニューを紹介するから 手を付けにくかったんだね?
ハルモニさんは気の毒そうに ウンウンとミンジュさんとうなずき合う。


トホホ・・。 

どうやら最初の「馬食い」が アタシの印象になっちゃったらしい。

-------




「大奥様! ジョナ様のお世話は私がやりますから どうぞおくつろぎください」

「いーや、お前こそ疲れただろう? 休んで良いから。ジョナ~♪ ヨチヨチ・・」  


「・・・」
「・・・」


ディナーが終りコーヒーになって 皆 のんびりと過ごしていた。

ジュニは 珍しくジュニパパと数学かナンカの話をして

“大魔女”ハルモニとその弟子は 熾烈な出し抜きバトルを展開しながら 
でかいカウチにちょこんと座らせた ジョナの世話に夢中になってた。




「ユナさん ・・いいんですか?」

言い争う2人を呆れて見ながら そっとユナさんに囁くと
エスプレッソのダブルを飲みながら ユナさんは キュッとウィンクしてみせた。


「うふふ。 有り難いわ」

「え?」
「大事な、大事な、ベビーだけどね。  赤ちゃんの世話は一瞬も眼が離せないから
 時折 ほんの少しだけ誰かに替わってもらうと 休めて嬉しい」
「ふぅん」

はぁ・・。 
「エスプレッソをゆっくり飲むなんて 久しぶり♪」


お義母様とミンジュさんなら ジョナを置き忘れたりしないしね。

いたずらそうにユナさんは笑うと にこにこと2人のバトルを見てる。
アタシは やっぱ子育ては 大変なんだなーって思った。






「・・・?・・」

ん? 

微笑んでいたユナさんが ゆっくり怪訝な顔になって 振り向いた。
アタシもつられて眼を向けると 

ジュニとジュニパパが向かい合って “猛烈に” 話し込んでいた。



・・・な・・に? 

いったい 何の話をしてるの? 
韓国語と英語がチャンポンだから 話の内容が見えないけれど。 

2人が なんかすごく・・マジ。  ううん マジなんてもんじゃない。 



ジュニだ。 ジュニが どうしたの?って言いたいくらい真剣だ。

ジュニパパを見すえる奴の眼は 牙をむきだした獣みたい。
青い焔こそ見えないけれど 本気で ジュニパパを追い詰めてる。

ジュニパパもジュニパパで 今までアタシが見たこともない顔をして

身体の内側から光が放射するように ぱあーっと 言葉を吐き出している。



ユナ・・さん? 



「あのぉ 2人は 何の話をしているんですか?」 
「・・専門用語が多すぎて 私にもよくはわからないのだけれど」 

ユナさんは 思わぬ事のなりゆきに戸惑っているみたいだった。

「物理数学・・のことみたい。 とても・・高度なレベルの話」

「物理数学ぅ?」

それは火星のクレーターくらい アタシには遥かな地平じゃん。
なんだってジュニは こんな時に そんな話をおっぱじめたんだ?





「・・すごいわ。 ジュニさん」

「え?」

これは プロフェッサー同士が“議論”と呼んでいるような対話よ。
ジウォン教授の秘書である ユナさんは 心底感心したみたいだった。

「プロフェッサーがすごく集中しているでしょう? まるでトランス状態ね。
 普通 プロフェッサーがああなると 相手は拝聴するしかなくなるの」
「はぁ・・」
「だけど ジュニさんは更にその先を・・いっけない!」
「え?」



やめてやめてやめて!! 

ユナさんの びっくりするような大声に ハルモニさんたちも顔を上げた。

ユナさんは部屋を光速移動して バッグからビニールシートをひっつかむと
ペンを取り出してテーブルへ向かうジュニパパの手元に滑りこませた。

「ここへ書いてください! プロフェッサー!」
「ん」



そして プロフェッサー・ジウォンは 憑かれたように書き始めた。

セサミストリートのモンスターが描かれた ビニールシートの裏の白地に
多分・・数式らしきものを まさに飛ぶようなスピードで。



ジュニパパは まるで交響曲のクライマックスを指揮するマエストロみたいに
片手でシートを押さえたまま 激しく数式を書いてゆく。

ジュニは 噛み付くような視線で書かれる数式を読んで 叫んだ。

「How about WKB!」
「?!」

一瞬ジュニパパはペンを止め ジュニを見上げてにっと笑った。

それから 息を吸い込むと 一気に式を書き上げた。




・・・ワォ・・・

ジュニが ゆっくりつぶやいた。 「・・ワーォ」



まったく。 一体全体ナンなのよ! こっちの方が“ワーォ”だよ。 

訳のわからない展開に アタシがジュニをにらみつけていると 
何度も数式にうなずいた後で ジュニが まっすぐこちらを見た。

「茜さん?」

「?」
「決めました」
「え・・」



そして ジュニはにこにこと アタシへ向かって歩いて来る。

「?!」


あの あの アタシの経験から行くと この雰囲気はまずいんだけど。

ジュニパパがいるから! ハルモニさんも! いたいけなベビーも見ているし!
まさか 皆の見てる前でトンでもないことしないよね? ジュニ・・。



わたわたアタシが慌てても ジュニはまったく知っちゃいない。

きれいな頬を紅潮させて アタシの腰を抱き寄せて
指先でアタシの顎をつかむと 思いっきりのキスをした。


んくんくんくんくんくんく・・・



「ぷぁっ!」

「茜さん」
「・・・」
「僕 決心がつきました」


「将来は ビジネスの世界に行こうと思います」

「へ?」
「僕と一緒に 生きてくれますね?」




ねえ ジュニ?  物理数学の話から どんだけ急転直下なの?


アタシは思考がフリーズして 水から出された金魚みたい。
パクパクを口を動かしてたら ジュニのヤローってば勘違いして

「ふふ 甘えん坊ですね。もっとですか?」って 嬉しそうにまたキスをした。

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