ボニボニ

 

フライト 7(終)

 




それは 夜も更けたジュニパパんちでのこと。



ベビーベッドへ入れられると ジョナはことりと眠ってしまった。

ジュニパパは赤ん坊の平和な寝顔を うっとりと見つめて微笑んだ。

「興奮して夜泣きをするかと思ったけど とても落ち着いていますね。
 さすがは ユナの息子です」



“あなたの”息子だからでしょう? 

何事にも動じないプロフェッサー・ジウォン。

ユナさんは ジュニパパへ寄り添って そっと腕に腕をからめた。
ジュニパパは 眉をちょっぴり上げると ユナさんの額へキスをした。




・・プロフェッサー?  残念なのではありませんか ジュニさんのこと。



「あなたと同じ科学の道を 選んで欲しかったのでは?」

夫が気落ちしていないかと ユナさんは 少し心配をしていた。
だけどジュニパパはにっこり笑うと 「いいえ」と きっぱり言い切った。



「ジュニがビジネスを目指すと言った時 僕は とても嬉しかったです」

僕が護ってやれなかったせいで 心に傷を負ってしまったジュニが
あんなにしっかりと 大人になって 自分の道を歩き始めたのですから。


彼は 漫然と眼前にあった道を歩いて科学者になるよりも
科学の未来を懸命に考えて 違う道を行くことにしたのです。

「見事なサイエンティストの決意です。僕は 息子を誇らしく思います」

「ええ」
「ジョナにも いつか自分の道をしっかり見つけて欲しいです」
「・・・そうですね」


すっごく素敵に微笑むと ジュニパパは ユナさんの腰へ腕をまわした。
沢山子どもがいれば 1人くらい学者になるかもしれませんね。

「はい?」

「ユナは まだ若いです」
「え?」
「ジョナも寝ましたし」
「え・・?」


それでは と。 満面の笑みで ジュニパパはユナさんの身体を抱き上げた。

「ユナ。 ・・さっきプロフェッサーと言いましたね?」
「!!」
「なかなか可愛いおねだりです」
「ちっ、違います! ジウォンさんっ!」


だぁって。 ジュニのパパだもん ユナさんの言い訳なんか聞いちゃいないよ。

ジュニパパは ユナさんを「ぽうぅん」って。 ベッドの真中へ放り投げた。






もちろんジュニパパんちの事なんて ジュニもアタシも知るはずがない。

だけど その頃アタシ達も パパ達と似たようなことをしていた。



「あぁぁ・・ベビーって・・可愛いです。ん・・茜さん・・欲しくないですか?」

・ぁ・・・・

「あぁ僕! ・・やっぱり子どもが欲しいな。 ね・・茜さんは・・どうですか?」

・・・ぅ・ぁ・・・・



だ・か・ら! ジュニ。 

アタシを盛大に揺らしながら の~んびり話かけないで。
筋肉魔人のラピュタロボットめ。 話に夢中で 手加減を忘れてる。

・・・ジュ・・・ニ・・・助・・・


「え? わぁ! 茜さん 顔が真っ赤です」
・・・死・・む・・・
「わああぁっ! すみません! じゃあすぐ行きます!」


すぐ行きますって ちょっとジュニ。 アタシは力無く手で制止したけど

ジュニのヤローはその手を握って ゴールまで一気に駆け抜けた。


--------





ボロボロだ・・・。


ちょっと気を抜くと力も抜けて 膝カックンになっちゃいそ。

帰りの移動が エアポートまでチャターリムジンで助かった。 
アタシは ハルモニさんが金持ちで良かったと 今回だけはマジに有り難かった。



帰る前。 最後に寄ったジュニパパの家で 

ハルモニさんは最後まで 何とかジョナを持ち帰れないかと狙ってたけれど
さすがにジュニパパは ハルモニさんの性格をしっかり見抜いていて

どうぞ公園で食べてくださいって バスケットに一杯のランチをくれた。





「もう一度女神さんが見たい」と ハルモニさんが言ったから

アタシ達は 帰る前にリバティ州立公園へ寄って
アッパー湾に浮かぶリバティ島を見ながら ピクニックみたいなランチを食べた。


「ちぇっ・・。 本当ならこの中に ジョナを入れたのに」

・・ちぇって ハルモニさん。


ハルモニさんはマジで口惜しそうに バスケットの中をにらんじゃって
やがて ようやく諦めたらしくピタパンのサンドイッチを取り出した。



それにしても快晴で ピクニックにはうってつけの日。

サンドイッチを食べてしまうと ハルモニさんは煙草の時間で
アタシとジュニは 海に面したデッキウォークで風に当たった。
 

う~ん!と伸びをしたアタシを ジュニが腕をまわして抱いた。

「ア・カ・ネ・さん♪」
「う~ん」
「どうでしたか? ・・アメリカは」

ちょっと探るような 微妙な言い方。 アタシにはジュニの気持ちが解った。
ジュニは多分 ビジネスの勉強を「この国で」したいと思っている。

「ジュニ?」

「はい」



アタシは、んとね。 ファッションの事を きちんと勉強したいと思ってます。

「ジュニとアメリカへ行くのなら F.I.T.で学べないかなって 思ったりした」

「・・N.Y.・・・ファッション・インスティチュートですか?」
「うん。 デザインだけじゃなくて アパレルビジネスとかのコースもあるって。
 でも・・。 へへ、無理だよね。アタシ勉強できないし」
「そんなことありません」

だけど N.Y.とケンブリッジじゃあ 300キロくらい離れてるんでしょ?

「ケンブリッジ?」
「ハーバード大学。 ジュニは・・そこへ行くんでしょ?」
「茜さん・・」



くるんと身体を回されて ジュニのドアップが眼の前にあった。

眼のふちが赤くてウルウルで。 なんか 今にも泣きそうじゃん。

「ジュ・・ニ?」

「将来について。 僕の事まで そんな風に考えてくれていたのですか?」
「そりゃぁそうだよ。 だって・・アタシはジュニの奥さんだもん」

アタシの人生というものが もう ジュニの人生と並んでるんだから
相手を無視して自分の都合だけ考えることは出来ないジャン。



「茜さんっ!!」

「ぐえ・・」

ああ 僕 とても幸せです!! 
茜さんは 今もこれからも 本当に僕と一緒に生きてくれるんですねっ!


ぎゅうううううって・・ ちょっとジュニ 死ぬから。 


感極まったジュニのハグは ほとんどアナコンダ級だった。

アタシ。 多分 合気道かなんかを習った方がいいのかもしれない。


--------



ランチを食べた場所へ戻ると ミンジュさんがテーブルを片付けていた。


ハルモニさんは少し離れたベンチで 悠然とリバティ島をながめていた。

銀色の髪を風が揺らして 冷たい美貌がふんわり柔らかい。
アタシは 行きにフェリーのデッキで 微笑んでいたハルモニさんを思い出した。



「何を 笑っているんですかぁ? ハルモニさん」

「ん?」
「なんか 楽しい話でも聞いたみたい」
「・・・」


ハルモニさんは薄く笑うと また 女神様へ眼を向けた。
私も ひょっとしたらこの国に 住んでいたかもしれなかったんだよ。

「え・・?」

「韓国戦争の頃。もしもの時は亡命しようと思ったこともあったのさ」
「!」
「そうしたらきっと移民船の上から この女神様を見たんだろうよ」





“スジョン! アメリカの自由の女神は それは美しい像でした”

“ジホ”
“あの時 亡命していたら・・。 船から見る女神像は「希望」の姿をしています。 
 貴女もきっと気に入ります。 今度は一緒に行きませんか?”
“わ、私は 飛行機など絶対乗らぬ”



“・・ほら やっぱり気に入ったでしょう?”

“・・そうだねえ・・・”





「だからあの時言ったでしょうと ジホが自慢げに言うんだ」

「えっ?」
「え? あ、いや。 ジホが生きていたら そう言うだろうと思ってね」
「ふぅ・・ん?」

「嫌な男だよ。 いつだって 絶対正しいンだから」

あいも変わらずハルモニさんは 旦那サマのコトをブーたれる。
その時。 いきなり柔らかな風に ふわりと包まれたみたいな感覚があった。



“・・・こら・・”

「?!」


え? え? え?  誰かの・・声?

男らしくて 深くて優しい響き。 愛しくてしかたない恋人を叱る声。
ジュ・・ニ? ううん ジュニの声じゃない!



アタシは キョロキョロ周りを見回す。

ここには ハルモニさんとアタシしかいない。

ジュニは 知らない人が連れた犬に なつかれて遊んでやっているし
向こうでは 片付けを終えたミンジュさんがスリムな煙草で一服している。



そして・・・

ハルモニさんは 温かな陽の光に 抱かれているみたいに身をすくめていた。


「?」






fin

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