ボニボニ

 

ハルモニ  2

 




こんなのやだ~~! 日本に帰るうぅ!!




「茜さん! 茜さん! 大丈夫です!」
「放せぇぇ! こ、こんの 結婚詐欺!」



筋肉こぶこぶのジュニの腕が アタシをがっちり捕まえる。
「アボジも僕も親戚から離れて 普通に暮らしていますからっ 大丈夫です!」
「やだっ!信じない! だってジュニ 今まで 何も言わなかったじゃんっ!」


ぷっ くくく・・・

「?」



後部座席で盛大に揉み合っていたら ショーファーさんが噴き出した。
早口で ジュニに向かって何かを言う。
「ンン チョンマリエヨ。」
「・・・なあに? キムさん 何を言ったの?」

なんでもありません。 ジュニはにこにこ笑いながら すんげー力で抱き寄せる。

ちっきしょう こっちは水から上げられた魚みたいだ。
バタつくけれど どうにも出来ないよぅ。
口惜しいから黙り込む。 ルームミラーの中のキムさんが 困った笑顔で覗き見た。


・・茜さん? 怒ってはだめです。

「キムさんは “やっと捕まえましたね。随分活きがいい。”と言ったんです。」
「・・・アタシのこと?」
「はい。 僕の“目標”だった茜さんのことは ハルモニの家の者なら皆知っています。」


・・・活きがいいって。 何よう マジでアタシ魚みたいじゃん。
ぶーっと運転席を睨みつけたら 鏡の中で キムさんの細い眼が糸になった。




小一時間程走って 車は 見知った住宅街に着いた。

古くて大きな家が多い ここ 多分有名なお屋敷街なんだろうな。

一度来たことのあるハルモニさんちの立派な門を ベンツは 通り過ぎてしまった。
「・・あ・・れ? ハルモニさんのお家 ここだよね?」
「はい。でも今日は ご挨拶ですから 正面玄関から入りましょう。」
「は?」

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「・・・・・・・・。」

寺か ここは? 
ベンツは 呆れるほどでかい門から ゆさゆさと中へ滑り込んだ。
正面玄関ってのが 2階分くらい高さのある扉の ものすごい威厳ある構えで。

キムさんがドアを開けてくれたけれど すっかりビビッたアタシは 腰が抜けていた。


「茜さん? さぁ・・。」
「や・・・だ。」
やだやだやだやだっ!! アタシ 全然 聞いていない。
情けないことに涙が出た。 アタシ こんなジュニとは結婚できない。



ふわり・・

切ない顔で近づくジュニが アタシを 深く抱きしめた。
ぜーんぶの視界が目隠しされて 奴の胸の 優しい匂いだけになる。
「・・・お願いです。」

茜さんが嫌なら もう二度とソウルへ来なくていい。だから
「決して 僕から離れるなんて 言わないでください。」
顔が見えるところまで身体を離して ジュニは アタシを覗き込む。
「茜さんがいなければ 僕はだめです。 知っているでしょう?」
「・・・・・・」

心から 愛しています。 まぶたでチュッとキスが鳴った。
こぼれかけた涙をぬぐうジュニの唇が 今日は ちょっと乾いていた。



“あーあ まったく。 お前ってば 相変わらずベタ惚れだ。”

玄関先でいちゃついていないで そろそろ車から降りたらどうだい?
「!」

「・・ハルモニ。」
「車が着いたのに ちっとも孫の顔が見えないから 迎えに来ちゃったじゃないか。」


部屋からここまで結構あるんだ。 年寄りを歩かせるんじゃないよ。
久し振りにあったハルモニさんは 相変わらずの貫禄で
あがりかまちの上の方から 氷のような視線を ジュニへ投げている。

「ハルモニは 健康の為に少し歩いた方がいいです。」
「やれやれ 口の減らない孫だよ。目上の者への礼儀ってものを知らないのかい?」
「ハルモニ・・」

ふふっ と笑ったジュニが アタシを押し出すように車から降りる。

ジュニは もじもじと立つアタシのウエストを抱き寄せて
2つのマリッジリングを見せるように 左手を重ねて持ち上げた。
「ハルモニ! 茜さんを 手に入れた!!」


細い筆で引いたようなハルモニさんの眉が 片方だけすうっときれいに上がる。
ぞっとする程 怜悧な美貌。 唇の端が薄く笑った。

「でかしたよ ジュニ・・・。」

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チャングムの 王様んちみたいだなぁ・・・・


天井飾りを見上げていたら 思わず口が開いてしまって
あわてて パクンと口を閉じると ハルモニさんが真正面にいた。
「・・・・あの・・・・。」

ええと まずはご挨拶だ。 お辞儀を ね・・・・


こうしておでこのトコに手をかざして そのまま 座るんだっけ?
図書館のビデオ室で韓国の風習を調べて やっとこさ憶えた クンジョル。
どうにも不器用なお辞儀を なんとかこなしてアタシは頭を下げた。

「韓流のお辞儀を憶えてきたのかい? ありがとうよ。」

頭をお上げ。
柔らかい声に顔を上げたら ハルモニさんは笑っていた。
「上手にできたね。 でも この前茜がしてくれた オガサワラ流もきれいだったよ。」

“茜”

ハルモニさんはアタシの事を 今 茜と呼び捨てた。
ジュニがすぐに聞きとがめて む~っと唇を尖らせる。
「ハルモニってば! 茜さんを 呼び捨てです・・。」

「はん? お前を呼び捨てなんだから 嫁も 茜でいいだろう?」 
結婚したら身内だろうよ。 目上が 茜ちゃんなんて呼びゃしないよ。

やだやだ まったくこの孫は。 

しとやかなチマチョゴリ姿のくせに ハルモニさんは相変わらずのべらんめえで
お陰でアタシは 気後れしていた気持ちが 少しだけ軽くなった。



この前来た時は お手伝いさんと2人暮らしかと思ったけれど

ハルモニさんのお屋敷って 結構人がいるんだ・・。


挨拶がすんだら ハルモニさんとアタシたちに 別々の人がお茶を持ってきた。
うぅ アタシ・・・ なんかもう帰りたいかも。
落ち着かない気持ちで縮こまっていたら ハルモニさんが ふ・・と笑う。

「大仰で 困っているんだろう?」

「え・・? ・・あ・・いぇ。 ・・・・はい。」
「悪いねえ。 堅苦しいのはあたしもうんざりなんだけど。」
ジュニの嫁になって挨拶に来たお前を 裏口から入れるわけにもいかないからね。



あっちの門 「裏口」なのか。
あれに較べたら家の門なんて さしずめ 「猫の通用口」だな・・。

「遠い所をよく来たね。疲れたろ? 西翼に部屋を用意させたから 食事までお休み。」
「西翼? ハルモニ 茜さんは僕と一緒でいいです。」
「何を言っているんだい。」

くい・・と眉が高くあがる。ハルモニさんは 冷たい顔がすごく素敵だ。
「こっちじゃ お前たちはまだ婚約式もしていないんだからね。寝間は 当然別だよ。」


がいぃぃぃぃん!!

・・ジュニの ショックを受けた音が ここまで聞こえたような気がした。
ヨロリと床へ手をついて 奴は ようやく身体を支えている。

「茜さんと・・別々?!」
ジュニってば。 そこまで大ショックな顔は ちょっと・・・恥ずかしい。
「だって 結婚したのに?!」
「韓国じゃまだだよ。 べぇ・・」

べぇって ハルモニさん・・。

いったいなんなんだこの2人。あまりにも見た目と 話の内容がかけ離れているから
アタシは ちょっと呆然とする。
あんたたちね・・。「音声」を消して見ていたら 宮廷ドラマみたいな美形同志なのに。



「それなら! 僕たちは 日帰りでおいとまします。」

「げ・・ ちょっと!ジュニ!」
ジュニのヤローは冗談じゃないぞって 半分マジでむくれている。
「ふぅん? 明日は皆を呼んであるけど。 茜を 紹介しないつもりかい?」

あーあー 可哀そうに。 “茜ちゃん”はこっちじゃ日陰者。「日本妻」なわけだ。

ほっほっほ・・・

ものすごい眼で睨むジュニに ハルモニさんはビクともしない。
扇子なんか広げちゃって ゆったり胸元を扇いでいる。 
竜虎の戦いだな これ。


「ハルモニは ひどい性格です。」
「何を言うのかしら。 女はね 性格が悪くてナンボなの。ねぇ 茜?」
性格のいい女なんか 信用に足りないよ ふん・・・。
「夜這いします。」

ご自由に そこまでは止めないさ。

「だから西翼にしたんだもの。お前の部屋から いっちばーん遠いんだ。」
頑張るんだよってハルモニさんは それは楽しげに扇子を使う。
アタシは口を開けたまま 2人のやりとりを ぼんやりと見ていた。



案内の人に連れられて 今夜泊まる客間へ行った。

ここは オンドル部屋なのかな? 床が 滑らかな素材で出来ている。
どこか和室に似ているようで 似ていないような 不思議な空間。
案内の人がいなくなるのを待って アタシはキョロキョロと周りを見回した。

すごく 歴史がありそうな家だなあ。
窓枠が サッシじゃないんだ。 重い木の窓を押して 開ける。
庭を覗こうとしたら いきなり植え込みから腕が出てきた。



ぎゃっ!!

「しっ!」
ジュニは 窓縁につかまると 一気に飛び上がってきた。
窓辺でスニーカーを脱いで 片手に下げて 部屋へ飛び入る。
底を上にして靴を置いたジュニは ポンポン・・ と両手をはたいた。



「ジュニ・・・何してんの。」

「え? 来たんですよ。」
当然でしょう? ジュニは 不思議そうに首を傾げる。
茜さんと離れ離れだなんて とんでもない。
「この部屋はね 屋内を通ると一番遠いのですが 庭をまわれば目と鼻の先です。」

ハルモニは あんなこと言っていましたけどね。 

人の口を気にして茜さんのために言っていたんです。 ほら日本にもあるでしょう?
「本音と建前です。 ・・・あぁ茜さん。 僕 寂しかった。」


ん~~~~~っ♪

3本指で アタシの顎をつかむと ジュニは機嫌よくキスをする。
「茜さんも寂しかったでしょう?」
「全然。 家が立派で 見とれていたところ。」

ちょっと腹を立てているアタシは できるだけそっけなく言ってやる。
だって韓国へ来てからというもの アタシってば 眼をまわしっぱなしじゃん。


だけど悪魔のようなジュニのヤローは アタシの嫌味なんか聞いちゃいないよ。
窓辺のロミオ役が気に入ったらしく もうすっかり その気だ。 

「僕 久し振りで 茜さんと離れる痛みを思い出しました。」
結婚前は 高坂のお家までの30メートルが 
「まるで 漢江の向こう岸みたいだったな・・・。」

切ない眼をして腕を伸ばしたジュニは アタシを抱き寄せて 頭を撫でる。

「一度手に入れてしまうと もう手放せないです。」
茜さんの温もりと 柔らかさと・・・この・・香り・・・・



ち、ち、ちょっと ジュニ!

「愛しています。」
低い声でささやきながら ジュニは 耳たぶへキスをする。

頬ずりをしながら 唇がやわやわとうなじを滑り下りて 
時々 愛しげに甘噛みをする。 
温かなジュニの息に アタシは ぽうっとなるけれど・・・ あっ! だめだめ!

「だめ!」

うふふ・・ 遠慮しなくていいです。
「まだ ご飯には早いですから ね?」

ね? じゃねーよっ!

それより詳しい事情を説明しろっ! 


アタシはジュニの腕の中で ジタバタもがいて逃げようとする。
「そんなにじゃれて ・・・遊びたいんですか?」
可愛いな~って笑ったジュニは アタシの頬っぺたに吸いついた。



だ・か・ら! 違うってば!

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