ボニボニ

 

ハルモニ  3

 




「ハ・・ハルモニさんの家だよっ!」

「大丈夫・・です!」


逃げるアタシと 捕まえるジュニの腕が あっちこっちへからまって
アタシとジュニは まるで「人間ちえの輪」状態だ。
「ここは・・・奥まっているし・・呼ばないと・・人は・・来ません。」


ハルモニだって そんなに無粋じゃありませんよ。

「ねぇ? 少しだけしましょう。 僕 こんなになってきました。」
ジュニのヤローってば アタシの手をつかまえて とんでもない所へつれて行く。
「だめってば! ジュニ! 嫌っ!」
「え?!」

びっくりしたようなジュニの顔。 瞳の中が揺らめいて 怯えた色が淡く浮かぶ。

「・・・“だめ”じゃなくて “嫌”なんですか?」
「い・や! 怒るからね!」

・・・・・じゃあ 我慢します。
怒らないでください。 ジュニはしょんぼりと引き下がり 壁にもたれて座る。
「あの・・・。 抱きしめるだけならいいでしょう? ここへ 来てください・・」



投げ出したジュニの脚の間。 いつも座る アタシの場所。

しぶしぶ身体をすべりこませると 自己主張する奴のズボンが腰に当たる。
振り返ってにらんだら ジュニのヤローは 恥ずかしげにきれいな頬を伏せた。
「すみません。 でもこれは・・ しょうがないです。」




ねえ ジュニ・・・? 

ジュニがこんなにご大層な家柄だなんて アタシ 全然知らなかったよ。

「ごめんなさい。 それは・・ 言えば 茜さんは嫌がると思ったから。」
「だからって内緒にするなんて。 結婚詐欺。」
「そんな!」
・・・だって。 僕 どうしても どうしても茜さんが欲しかったんです。



「茜さんが嫌なら ソウルの親戚とは義絶してもいいです。」
「また そんなことを言うぅ。」
ジュニの家の事を知っていたら ママもパパも 結婚なんて言わなかったと思うよ。
「・・・アタシ 本当に庶民で 一般ピープルだもん。」



“こんなにきれいで頭のいいジュニと付きあうのだって 
       ・・・ホントは すごく気おくれするんだ・・・”

それでもさ。アタシなりに 胸を張って生きて行ってやろうって思ってる。なのに・・
「財閥なんて。また 引け目を感じなくちゃいけないじゃん。」


・・・茜さん?・・・

ふんわりと  ジュニがアタシを抱きしめた。

何にも 気にすることはありません。 それに、
「高坂のパパさんは知っています。僕の家のこと。」
「え?」
学生時代に アボジから聞いていたそうです。
「・・全部知っていて 許してくれました。僕 生涯パパさんに感謝します。」


パパが?  いったい 何を考えてるんだ?! 
「さてはムコの財産に眼がくらんだか・・ あの飲べぇオヤジ!」
「こら」
コツ・・ン と 中指だけのゲンコツで 柔らかく叩かれた。
「高坂のパパさんはそんな方ではありません。 茜さんてば まったく。」

パパさん 言っていました。お前の家に嫁ぐ茜は 気苦労をするのかも知れないけれど
「アイツは俺に似て雑草みたいに強えぇから きっと 大丈夫だって。」


ドキン・・・

パパ? 本当にパパがそう言ったのかな? 
ううん・・ そんな言葉は 多分 パパしか言わない。

“自慢の娘だ。しっかりつかめ。”
アタシをジュニへ手渡しながら きっぱりした声で 言ったパパ。
パパ? 大丈夫なのアタシ? 

言葉をなくして考えこむアタシを ジュニは 胸に抱き寄せる。
コトコトとひびく心臓の音が アタシを ゆっくり落ちつかせて行く。
大事そうにアタシを撫でながら ジュニは うなじへ唇をつけた。

「茜さんのことは 僕が守りますから 心配いりません。」
「・・・・・」
「愛しています。 知って いますね?」
「ん・・・。」


そうだね ジュニ。 
洗礼クリスチャンじゃないけれど アタシはあの日 神様に誓った。

健やかなる時も病める時も  ・・・・たとえ ジュニんちが 財閥でも?





コン・コン・コン・・・
「?」「!」

扉が 密やかに叩かれて 廊下からたどたどしい日本語が聞こえた。
「お嬢様。 夕餉のお部屋へご案内します。」
「はっ!はいっ! えーと・・・。」

ど、ど、どうしよう! うろたえるアタシの耳元へ ジュニがこっそり話しかける。
大丈夫です。 入れと言われない限り 向こうから戸を開けたりはしません。
「待つように言って。」
「え・・ええと!あの! ちょっと 待ってくださいっ!」


かしこまりました。 密やかな声が了解して 人の気配が消えてゆく。
「彼女は少し離れた所で待っていると思います。 ・・・じゃ 僕は部屋へ戻ろう。」
お夕飯はきっとご馳走がいっぱいです。 楽な服に替えた方がいいですよ。

「また後で。」
ちゅっと唇をついばんで ジュニはアタシを立たせた。
窓辺に座ってスニーカーをはき 長い脚をひるがえして出て行った。

は・・・・あ・・


廊下へ出ると 5メートルくらい先に 女性が眼を伏せて立っていた。
5メートルだよ。 あたしんちじゃあ 廊下全部でもそんなにないかも。
「あのぅ お・・お待たせしました。」

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案内の人について歩きながら見ると ハルモニさんのお家は 料亭みたいだった。

立派な部屋がいくつもつながって 開け放したら かなりの大広間になりそう。
お手洗いですと教えられた場所も 10人位いっぺんに入れそうだよ。
「わ・・・ぁ・・・ すごいお屋敷。」


前を歩く案内の女性は 自分へ話しかけられたと思ったのか。
こちらの建物は ソウル市の文化財に指定されていますって 教えてくれた。
自宅が 文化財・・・・・?
「とほほ。 やっぱ 帰ろうかな。」

クスリ・・と 女性がうつむいたまま笑った。

「き、聞こえちゃいました? 何かアタシ 場違いですよね。 えへへ・・」
「いいえ。 お嬢様がお帰りになると 大奥様ががっかりします。」

茜様がお越しになるのを それは 喜んでおられましたから。
「・・・・・」
そう なんだ。
何だか アタシは赤くなる。 ・・・・来ても良かったのかな。



こちらへと 言われた部屋へ入ると
どでかいテーブルの突き当たりに ハルモニさんが座っていた。
「そこへ おすわり。」
「あ・・はい。」

・・・?・・・
黒塗りの 見事な卓の上には ナプキンひとつ置いていない。
えーと? ここでご飯を食べるんじゃないの?

精一杯 背中を伸ばして座っていたら ジュニがやって来た。

意外なくらい 乱暴な足音。 
ジュニって この家にいると「お行儀」が悪い。
いつもの端整なたたずまいじゃなくて なんだか・・・そう 子どもみたい。

・・あぁ そうか。

ここはきっと「少年ジュニ」の 懐かしい家なんだ。



「あれ? 本殿の座敷で食べるんじゃないんですか?」

お手伝いの人を手で制して ジュニは ガタガタと椅子を引いた。

・・・・・茜が・・・から・・
「え?」
「この前・・・茜が 座敷で立てなくなったからさ。」 

ぷいっと少し頬を染めて ハルモニさんが横を向く。  ・・え? アタシのため?
「あぁそうか! どうもありがとう ハルモニ!」

「れ、礼を言われる筋の話じゃないよっ。」
一番の理由は “この私が” 最近椅子の方が楽になってきたせいだからね!
「はいはい。」

・・・・・

変な ハルモニさん。 親切だと思われたくないらしい。  
ジュニにお礼を言われた彼女は やり込められたみたいに ふてくされた。



“大奥様。 よろしゅうございますか?”

横の扉の向こうから 男性の声がした。 男の使用人さんもいるのか・・。
「ああ 始めておくれ。」
イェーと小さな声がして 立派な木の襖がカラリと開いた。


う・・わ・・?!  なん・・だ これ。 

でっかいお盆というか テーブルの天板にぎっしり料理が乗って 男3人が支えている。
ご馳走は静々と運ばれて そのままテーブルの上に滑り置かれた。

「ひぁ・・・」

テーブルいっぱいに金の器。 チャングムみたいっ!
こ、こ・れ・は ママに見せたかったな~! きっと ものすごく喜ぶに違いない。
「す・・ごぉい。」

心底感心してしまったアタシは 我ながらみっともないほど 嬉しそうな声になる。
そっぽを向いていたハルモニさんは その声を聞いて機嫌よく笑った。
「気に入ったかい? いっぱいお食べ。 あぁ! ・・・残していいからね。」
「!!」

クックックック・・

ハルモニさんってば 思い出したな!  アタシの口からぶら下がったモヤシ・・
アタシはがっくりうなだれる。 ジュニが 幸せそうに笑った。



あたしゃ メクチュにしようかねぇ。

ハルモニさんは 上機嫌でコップにビールをつがせている。
「ジュニもお飲み。 いいマッコリもあるよ。」
茜もお飲み。 ほらマッコリを 杯へついでおあげ。

「あ・・いえ アタシは。」
「ハルモニ。 茜さんは未成年ですから お酒はだめです。」

うるさいねぇ・・・祝宴床だよ。 いいじゃないか お飲み。
「20才未満の飲酒は 法律で禁止されているんです。だめです!」

「ここはソウルだもーん。 さ・・お飲み。」
「あのぉ。」
「韓国では 目上に3回勧められたら それ以上固辞するのは失礼にあたるよ。」
「え・・?」
「ハルモニ!」

ジュニってば とうとう怒っちゃった。 
テーブルの向こうからアタシの杯を取り上げると 横を向いてぐいっとあおる。

クックック・・・

ハルモニさんの冷たげな眼が カマボコになって笑っている。
きっとアタシを脅して ジュニを怒らせるのが 楽しいんだ。
しかし まったくこいつらって・・ ケンカ友だちか?



お酒が少し入ったら ハルモニさんは 陽気になった。

あれこれネタを見つけては ジュニをむくれさせている。

おっかしいの。 
ジュニはこめかみに怒りマークを浮かべながら つとめて冷静を装うんだけど
ハルモニさんの方が一枚上手で すぐに「ハルモニ!」と 怒り出す。

だけどアタシ 解っちゃった。
ハルモニさんとジュニは とても仲がいい。
この2人は親子じゃないけれど きっとこんな風にして「家族」をやってきたんだ。





ぽろ・・・・

「?」

「!!! 茜さん?! どうしたんですかっ!」
ほら! ハルモニが悪戯ばかり言うから 茜さんが泣き出してしまいました!
「う・・・。」
茜さん!茜さん!大丈夫ですよ! ハルモニはね・・!
「違う! ジュニ・・・」
「・・・・え?」




アタシは なんだか すごく嬉しかった。
オモニに逝かれて置いてきぼりの きっと 寂しかった少年ジュニ。



「ジュニに・・ちゃんと家族がいたんだって思えて。 ・・・良かった。」

変なの。 
クールを自認するアタシ(?)なのに
胸が詰まって 涙が出た。



ハルモニさんは はぁ・・って安心してから 大慌てで 知らんぷりを装った。

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