ボニボニ

 

ハルモニ  8

 




夜が ゆっくり更け始めて 漢江の川面に月が浮かんだ。


蒸してきたので アタシたちは 河原の宴をおしまいにした。 
ジュニは お供の人から荷物を奪って 鼻歌まじりに運んでゆく。
アタシはハルモニさんの腕を取って 車までの道をゆっくりと歩いた。

リ・リ・リ・リ・リ・・・

夏の夜。 草むらでは虫が鳴いている。
韓国でも虫は 日本と同じ声で鳴くんだね。



「茜・・。」

今日来た親戚の奴らが 何を欲しがっているか 知っているかい?

ハルモニさんは 突然そんなことを言った。 
今では大した力も財産もないのに どうして奴らは 本家を気にするのだと思う?
「うーん? ・・わかりません。」


あいつらが欲しいのは ジュニなんだよ。

「え・・・? ジュニ?」
「ああ」
巨大企業を営む財閥にとって 喉から手が出る程欲しいのは 金なんかじゃない。 
自分らの事業の舵取りをしてくれる “有能な”“身内の”後継者さ。

「ジウォンの父親は イ家の懐刀と言われたほど頭の切れる男だったからね。」



女系と言っても“本家”の血筋だ。 加えて 並外れて優秀な頭脳。
それに ・・なんていうのかねえ。
「人を魅せるカリスマ性が ジュニにも ジウォンにもあるんだよ。」


魅力というやつは 望んで得られるものじゃない。 
人を惹きつけ 強力なリーダーシップを取れる天賦の才を 
利にさといあいつらが 指をくわえて見ているわけがないのさ。

「ジウォンの方は さっさとアメリカへ逃げ出したから。」
だから 奴らはなんとしても ジュニを手に入れたいんだよ。



“どいつもこいつも息のかかった女を押し付けて 自分の所へ取り込みたがる。”

ハルモニさんは車のシートに深く沈んで うっとおしそうにため息をついた。


・・・そう なんだ。
それじゃ アタシが完璧にシカトされるのも 無理ないな。
皆さんが狙う期待のジュニを アタシってば 横からかっさらったわけじゃん。



「・・・それでは ジュニとアタシの結婚なんか 認めてもらえないですね。」

トホホ なんかがっくり。 どっと 後れ毛が出た気分。 
頑張ればそのうち認めてもらえるなんて すごく 甘い考えだったな。



ハルモニさんは片眉を上げて 横目でアタシを流し見た。
「ふん。 お前は もうジュニの嫁じゃないか。」
・・・でもぉ・・
臆することはない。  今日みたいに まっすぐ顔を上げておいで。


「あの子はねぇ・・」  

誰がなんと言おうと お前でなくちゃ嫌なんだ。
ハルモニさんはそう言うと 満足そうに あごをしゃくる。

「“あれ”の強情を折れる者など うちの一族に いやしないよ。」



ハルモニさんは眼を細めて フロントガラスの先を見る。
そこには 荷物を片付けたジュニが 
とびっきりの派手な笑顔で こちらへ駆け出すのが見えた。

-----



屋敷へ戻ってお湯を使い 部屋へ戻ったのは遅い時間だった。

布団の上へうつぶせに倒れる。 あーっ ・・・何かアタシ疲れたな。


無理もないや。
「どんだけ・・ だよ。」
たった2日の出来事なのに 長い夢を見たようだった。
アタシはソウルへ ただ 結婚の挨拶に来たはずだったのに。



コッ・・・

小さな音がした。 ジュニかな?
そうっと窓を押し開けたら 暗がりから「下がって」と声がした。
後へさがる。 大きな影が風を切って 窓辺にふわりとジュニが乗った。

長い脚。 端整な額に前髪がかかる。
少しだけ笑っているような口元と 柔らかく伏せたきれいなまつ毛。
魔法のように現われたジュニは アタシを見て それは嬉しそうに笑った。


トクン・・ 胸がひとつ鳴った。  あぁ ジュニだ。

陽気にスニーカーの紐を解きながら ジュニは明るい声を出す。
うふふ 待っていましたか?  チビをつなぐのに手間取ってしま・・・
「・・茜・・・さん?」

・・・どうしたのですか?

いきなりアタシが抱きついたので ジュニは びっくりしたみたい。



ねえ ジュニ? 

ジュニに出会ってから アタシの世界はものすごく変わった。
変わってないのはこのアタシが 平凡で 何の特技もない小娘だってこと。
こんなアタシがジュニと生きていけるのか。  ・・・今更だけど すごく 怖いよ。



抱きつくアタシに驚いたジュニの 笑顔が ゆっくりもろくなった。
「・・・悲しくなったのですか?」

ジュニは窓から降りてきて すくい取るようにアタシを抱く。
スニーカーは床へ落ちて アタシは 奴の胸に埋まった。


「今日の茜さん。 ・・・僕の為に 辛い思いをしましたね。」

僕に会うまでの茜さんは 何不自由なく 幸せに暮らしていたお嬢さんなのに
僕と結婚してしまったせいで 苦労がいっぱいです。 
「ごめんなさい。」

こうなることは解っていたのに。 それでも 茜さんを欲しがった僕のせいです。


“・・・・本当に ごめんなさい。”
ジュニの悲しそうな声が 悲鳴のようにアタシに響く。
違うの ジュニ  そうじゃない。

「ジュニ?」
「・・・はい。」
「愛してる。」
・・・・え?・・・


愛してる。 多分最初に会ったときから。
最初に 抱きしめられたときから。 アタシは ジュニに夢中だよ。

ジュニがどんなに不器用で 怪物みたいに危険でも
呆れるくらい強情で アタシを振り回す悪魔でも ・・どうしようもなく 愛してる。
「愛してるから 捕まえていて。」
「茜さん。」
「じゃないと アタシ 逃げちゃうかも。」



あぁ まずい。

「逃げる」って言葉は禁句だった。 アタシってば 学習しない奴だよ。
ジュニのハグが万力みたいに みしみし背骨をきしませる。
痛いっ! 痛い! 痛ぁぁい!
「あ・・・ す、すみません。」

ったく! ジュニも学習しろ。
「痛くするのは やだってば!」
・・・ごめんなさい・・。 あの ではそっとしますから・・ 
「この先も いいですか?」

ねえ?この先もいいですかって ジュニのヤローは迫ってくる。
だ・か・ら! それを聞かないでよ。 どうしてコイツはこうなんだろう。



大好きなジュニの温かな手が 逃げるアタシを追いかける。

アタシは 時々逃げるのを止めて ジュニが脱がせるままにする。
「愛しています。 ・・知っていますね?」
アタシを裸ンボにするときの それは おきまりの免罪符。

奴はアタシが聞き逃さないように 甘い声で 耳元へ告げて
それから アタシの奥深くに長い指を挿し入れる。
・・・・・ぁ・・・や・・・ぁ・・・

「嫌・・ですか?」

こんの 悪魔。  神妙そうなふりをして もうすっかり 自信満々だよ。
アタシがビクビク いってしまうのを うっとり眼を閉じて味わって
身体の震えが治まると よく出来ましたって キスをする。
ジュニの愛撫はもうアタシを 完璧に マスターしてしまっている。




“・・・ねぇ・・ぇ・・”

脚を開いて 涙目で。 ・・・あぁ 今のアタシってば 奴の大好物。

「だめですよ。ちゃんと言ってください。」
柔らかく笑ういじわる顔が口惜しいけれど ねだってしまう。
「ねぇジュニ ・・・して。」
 
ジュニの笑顔が まぶしく光る。 
アタシはいっぱいに貫かれて 快感に高くあごを上げる。

はぁ・・ 危なかった。

「紅く染まって“して”なんて・・。 茜さんってば エロいです。」
僕は 今 よく耐えました。
ジュニはゲンコを握りしめて。  変なの 自分を褒めている。
 


サリ サリ サリ サリ・・

ジュニの優しい動きに合わせて 布が淡い音をたてる。
このお布団は絹かなぁ? 肌ざわりが とても気持ちいい。

猫の声で鳴くうちに 身体の奥がじれてきて
うぅん・・って ジュニへ腰を揺すると 薄闇に真っ白の歯が見えた。
「“もっと”欲しいですか? 今日は茜さん 甘えんぼうなんですね。」


うふふ 知りませんよ。 途中で止まらないです。 
ちょぴり脅かす声がして 腿を大きく開けられた。
片手で脚を持ち上げたジュニは ゆっくり 動きを強めてゆく。

・・・や・・・ジュニ・・
「だめ・・です。」
僕は 器用じゃありません。 知っていますね?
「いっぱいあげます。 ・・壊れないでください。」


壊れないでって ちょっとジュニ!
ひえ・・ アタシは 奴の胸を押し返す。
ジュニは抗う手首をつかんで ゆっくりシーツへ押しつける。

「愛しています」 ジュニの免罪符。

獣のような筋肉が アタシへ向かって泳ぎ始めた。

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・・・・・・・はほぅ・・・・・・


ハルモニさんは おさじを止めて 今朝3回目のあくびをした。
「あれ・・ハルモニ? 眠そうですね。」
昨夜は帰ってすぐに お休みだったのに。 
「よく眠れなかったのですか?」

・・・はわぅ・・・

「ああ。 チビの奴が 夜中にワンワン煩くてねぇ。」
げ・・・
アタシは もう少しでお粥を吹き出すところだった。 バレバレじゃん。

「チビにはよく言い聞かせたんだけどな・・ それはどうも ご迷惑をおかけしました。」
って ジュニ。 アナタもてんで臆面ないデス。



「・・・・・・・・・・」

だ、だめだ。耳から湯気が吹き出そう。
きっと今 アタシ 真っ赤だよ。

「・・・茜?」
「うわははい!」
「お前 熱でもあるんじゃないのかい?」
ハルモニさんはカマボコ眼。 トホホ・・ アタシってば いいおもちゃだ。

ハルモニッ! 茜さんをからかってはだめです。
「いいでしょう? 僕たちは ちゃんと結婚したんですから。」
「ふーん ・・だ。 嫁にデレデレだね。」
「新婚ですから 当然です。」

つん ときれいにあごを上げて ジュニは平然とお粥をすくう。
アタシも もじもじお粥をすくった。



「・・・で? ややこは いつ頃見られるのかい?」

ぶーっ! ・・ああ 吹いちゃった。

ミンジュさんが寄ってきて アタシの服を拭きはじめる。
「あ、あの、しますします!自分で。 ・・すみません。」
「ほらぁ・・・ハルモニ。 子どもは 茜さんが大学を出てからですよ。」
「えー、それじゃあ 私が死んでしまうじゃないか。」

ハルモニさんはぷんとムクれてから アタシに 猫撫で声を出した。
「ややこが勉強の邪魔になるのかい? じゃあ ハルモニが育ててあげるよ。」

それがいい! それがいいねえ。 「ねえ ミンジュ?」

ええ大奥さま。 赤ちゃんなんて 皆喜びます。
あーあ ミンジュさんまで一緒になって まったくなんだかコイツらは。
その手もありますとジュニまで言って アタシは・・・頭がクラクラした。


朝食後 ソウルの郊外にある ジュニママのお墓へ2人で行って
オモニに 結婚の報告をした。

ジュニは幸せそうに笑って・・。 
その顔が ママには何よりの報告だったと思う。

お墓参りを済ませて ジュニとアタシの ソウルでの予定は全部終わった。

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「・・・疲れましたか?」

空港へ向かう ジンベイザメベンツの中で ジュニがそっとささやいた。
疲れたというよりも たくさんの事が一度に起きて
まだ よく消化できていなかった。 



・・ひとつだけ 確実にわかったこと。

ジュニと生きていく限り アタシの人生は大騒ぎだ。


「だけど ・・・しょうがないよね。」
「はい?」
「それでも ジュニの奥さんをやる。」
「茜さんっ!!」 

痛いっ! 痛ぁい! 痛いってば!
感激しちゃったジュニのヤローが また 折れるほど抱きしめる。
だから学習しろってば! アンタは 頭がいいんでしょ?!

ジュニは嬉しくなったのか キスもしようと迫ってくる。
「ダメ! キムさんがいるじゃん。」
「大丈夫です。 キムさんは運転に集中していますから。・・ね?」


ね? じゃなーい!


後部座席でアタシとジュニが ごそごそ派手にもめている。

運転席のキムさんは のんびり 鼻歌を歌っていた。



fin

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