ボニボニ

 

Birthday story 2008

 




「ねぇ・・え ジュニ」

「・・・・・」


澄ました顔をしてくれちゃって。 融通の利かない頑固男め。
いいじゃん 英語は得意なんだから。 ちょっと訳して読んでくれても。

「課題なのでしょう? 自分で訳さなければ 意味がありません」
「だぁって タカミさんトコのお手伝いが忙しいかったんだもーん。ねえぇ・・」
「だめです」




この夏 アタシは毎日のように タカミさんのオフィスへ入り浸っていた。

バイトなんて言う程じゃなくて コピーを取ったり生地を片付けたり。
言うなら 雑用をこなしながら遊んでいるようなものだけど

タカミさんの服つくりを間近で見るのが楽しくて せっせと通って手伝いをした。


『JUNI.』はまだ ほんの小さなメーカーで 
スタッフなんか4人しかいない。
会社と言うより「アトリエ」と呼ぶのが ピッタリするような場所。

だけどそこには・・・なんてゆーか モードへの熱が充ちみちていて
アタシにとっては 未来へと続く夢の工房みたいに見える。


だから 暑い日盛りにも せっせと青山まで通い詰めて。




・・・おかげで夏も終り近く。  課題が ごっそり残ってしまった。

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「ねぇぇ、ジュニ」
「・・・・」

フン、だ。 今日は 忙しくないくせに。

アタシは 悪いコの顔になって ジュニを横目でにらみつける。
ズルと言われちゃおしまいだけど この際 綺麗ゴトなんか言ってられないよ。
だって英語のシスター・アガタは 提出物にメッチャ厳しいんだモン。

ジュニのヤローは涼しい顔で 「英語の」小説を読んでいる。
そんなの読むなら 課題図書にしてよぉ・・。

アタシはキリキリ片方の眉が 魔女みたいに吊り上がった。



ジュニのケチンボ もう頼まないよ。
「そうだ! 『JUNI.』の坂手さん。バイリンガルだって言ってたなぁ」
「?」
えへへ。 「彼」に聞いちゃうモ~ン♪

こう言えば ジュニも心配して 宿題やってくれるかな?
背を向けたままほくそえんだアタシは ちらりと流し目でジュニを見た。



ド キン・・・・

「・・・・・」


・・も・・もぉ・・・

ジュニってば いったい なんて眼をするんだろう。
奴はアタシを見つめたままで 砕け散りそうな気持ちを抑えてた。
愛しげだけど 悲しそうで・・ こ・・これは もしかしてやばい・・感じ?

「・・・・茜さん?・・」
あ、あーっ! やっぱ じ、自分でやろうかな・・宿題。
「・・・」
「ち、ちょっとは・・ジュニも 教えてくれるでしょ?!」

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「グルジア紛争を経て、ロシアは南オセチア自治州の独立を一方的に承認し・・」

待って、待って、待って。
「グルジア・・・ふん・・そ・・うを・・・?」
「こら」

そのまま写しちゃだめです。

「ちゃんと自分で読んで 辞書を引かないと身につきません」
トホホ・・やってもらおうと思ったのに “ジュニ先生”ってば 容赦ないや。

仕方ないか。  男の名前を持ち出したのは アタシが悪い。
アタシが誰かに取られないかと ジュニは 本気で怖がっているんだもん。
いたずらに 心配させちゃいけないよね。


「えーと グルジアとの・・これは“和平合意文書” でいいの?」
「・・茜さん」
「ん?」

英字新聞をにらみつけるアタシに ジュニが 淋しい笑みで聞く。
あの・・・茜さん。 「英語を勉強するのは 嫌ですか?」

「うーん。 嫌って 程じゃないけど・・」
「・・・もしも 僕がアメリカに住むことになったら どうしますか?」
「え?」


アタシは ぽかんとジュニを見た。 そんな話があるの ジュニ?

「いいえ 今はまだ何も。 ただその ちょっと聞いてみただけです」

ジュニは慌てて 取り繕うように 明るい顔を作って見せる。
「仮に」で聞いただけですから どうか 気にしないで下さい。


・・・・ふぅん・・

そうかぁ。 ついつい 忘れていた。 
ジュニの学友のアニーさんが いつかアタシに 言ったこと。
“日本とアメリカじゃ 研究者の環境って全然違うのよ!”

“こんなコの為に 将来を棒に振ったの?”
あの時 アニーさんはそう言ったっけ。



もしも アタシが行かないと言えば
ジュニはどんなにいい話が来ても 向こうでの研究を諦める。
・・・それも 多分アタシに心配させないように ひと言だって言わないんだ。

「ジュニ?」
「はい」
「ジュニがアメリカへ行くのなら アタシ 絶対 一緒に行く」
「!!」

ジュニはアタシの座った椅子を クルリ と自分の方へ向けた。

アタシを抱き上げて 自分の腿へ 向かい合せに座らせる。
「・・・本当ですか?」
「アタシ。 ジュニの奥さんだもん。 ずっと傍から離れないよ」

は・・・
ふんわりと ジュニが溶けるように笑う。 そうですね茜さんは僕の奥さんです。
「一緒に 来てくれるんですか?」



嬉しそうに抱きしめて ジュニはアタシに頬擦りをする。

あぁ僕は とてもとても 茜さんを愛したくなりました。

「あの 茜さん ・・ベッドへ行きませんか?」
「だめ」「え?」
「だって まだ 宿題終わってないじゃん」
・・・・・ぁ・・・


今度だけですよ。 
ホントはいけないのですなんて ジュニのヤローは言い訳がましい。
「宿題は ・・・ええと 後でやってあげます」

「だから・・ この先もいいですか?」
いいですかって聞きながら ジュニは アタシをもう抱き上げてる。
奴の首へ腕を回すと 顔が近すぎておでこがついた。


ねぇジュニ?  後で 宿題する時。 アタシ 真面目に訳そうかな。

だってアメリカに行くのなら 英語・・勉強しなくちゃ・・いけないよね。

------





あ・か・ね・さん・・・


ジュニはシーツへ腕を差し入れて アタシの身体をすくい取る。

力の抜けた人形みたいなアタシを見つめて 照れくさそうに笑う。
「・・あの 大丈夫ですか?」

・・・なんとか・・・・・

僕。 嬉しくなってしまって ちょっと熱中し過ぎてしまったようです。
茜さんは疲れましたか? って
できればそういう質問は もっと早く聞いて欲しいよ。  ・・・あ!!


「いけない! 夜中すぎてるじゃん!」

わたわたベッドから這い出ようとするアタシを ジュニがそっと捕まえた。
「宿題・・ですか?」 
ちゃんと 明日やります。すぐ出来ますから安心してください。
「違う、違う!」「?」

アタシは 身体を一杯に伸ばして バッグの中の包みを取る。
ジュニは訳がわからないままに アタシをしっかり支えていた。



「日にちが変わっちゃったから・・・」

はい、コレ。 お誕生日おめでとう。
ママがお誕生会やるって言ってたから これは2人の時に渡したかったんだ。
「!」



ジュニの これからの一年に 幸せがいっぱいありますように。

ジュニがいつもキラキラの顔で笑っていられますように。 ・・kiss!


「茜さん」

開けて 開けて 気に入るよ。
ジュニはアタシを抱いたまま 誕生日プレゼントの包みを開けた。
「・・ピンキーリング?」
「えへへ 内側にアタシのネーム入り。 『JUNI.』の一点物だよ」


坂手さんが試作したのを 無理言って譲ってもらったんだ~♪
はっ!!

「・・・“坂手さん”と言う方は ずいぶん親切なんですね」
・・や、やばい。
「タ、タカミさんが ジュニへのプレゼントならって言って・・くれたからだよ」


あのあのあのね、坂手さんには 彼女がいるって言ってたよ。

「茜さんには 夫がいます」
「そ、そ、そうだよぉ・・愛するジュニがね うふ」

トホホ・・ アタシってば媚び媚びじゃん。
だって ジュニのワニ眼が とーっても怪しい。
急いでジュニへ抱きついて 頭をすりつけて腕枕をねだる。

奴の片眉がまだかなり 不穏な角度で持ち上がっているから
アタシは 必殺の甘えん坊顔で キスしたいな!って可愛く言った。



くんくんくんくんくんくんくんくんくんくんくんくんく・・・・


「ぷわっ!!」
はぁはぁはぁはぁ・・
「ふふ 愛しています。 知っていますね?」

知って・・マス。 それからジュニに イルカ並みの肺活量があることも。
うっかりキスをしたいなんて この状況で言ったアタシがパボでした。

さぁ茜さんもう一度ですって 
ジュニは全身全霊で ものすごいキスを迫ってくる。
あぁアタシってば ちょっと酸欠。 目玉がウズ巻きになりそうだ。

でも・・  大好きだよ ジュニ。
アタシは ここにずっといるから
ジュニは全然 心配なんかしないで 行きたい道を行けばいい。
「愛してる」
「茜さん・・・!」




Oh, My God・・  ジュニはすっかり機嫌を直して アタシの頬を捕まえると

もう少し愛し合いましょうかと 悪魔のように素敵に笑った。

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