ボニボニ

 

JUNIな生活 ― Who is...? ― 5(終)

 




・・・はぁ・・・・


幸せそうな息を吐いて ジュニはそっと身体を抜くと
埃のついちゃったおデコをよけて アタシのこめかみに唇を押しつけた。

「愛しています。 ・・茜さんも?」

「ぅん・・」



下だけパジャマを着たジュニは 背中からアタシを抱きしめた。
あ~あ 良かった。 茜さんが冷凍になる前に温めることができて。

「まったく。 書庫で何をしていたのですか?」

「・・ちょっと。 ・・どんな本があるのかなって」




ハラボジさんに会ったこと。  やっぱり アタシは言えなかった。

昔 オンマの死に抱かれて ジュニは心に傷を負った。

ジュニはもう平気と言うけれど それでも アタシはなんとなく 
死とかそーゆー系の話を ジュニの前ですることを避けてしまう。


「寒かったでしょう? あそこは火の気を置かないから 冬はひどく寒いのです」

ハルモニなんか書庫の管理人なのに 冬場はめったに近づきません。
 
「ハルモニが知ったら また“ややこを産む身体を冷やすな”と言いますよ」
「ひえぇ~」



寒かった かな? 

ジュニのささやきを聞きながら アタシはぼんやり思い出した。
ぽう・・っと 光に包まれたみたいな時間。 寒さは 感じなかった気がした。

「そういえば ハルモニさんのお腹は大丈夫? お医者さんに診せなくて」
「大丈夫です」


イ家には 腹下しや食あたりによく効く家伝の薬湯があります。

「すごく苦いですけどね。 ハルモニには いろいろな意味で“いい薬”です。
 それを飲んだから 後はハラボジに叱られながら寝ていれば治ります」
「?!」

げ・・・

ジュニの方から ハラボジさんの話が出た。 

「ハ・・ハラボジさんって?」




アタシは思わず固まったけど ジュニはのんびりした口調で言った。 
うふふ 憶えていませんか? 以前 ミンジュさんが話していたでしょう? 

「ハルモニには “旦那様とご一緒”の時があるって」

「ぅ・・ん・・・」


光に包まれているみたいな ハルモニさんが 誰かと話しているような瞬間。

「ハルモニが体調を崩して寝ている時など よくそんな感じになります」

「そ、そそ・・それって。 あのぉ・・霊・・とかっていう話?」
「さぁ? それはどうでしょう」
「・・・」

 

ジュニはアタシを抱き直して 大きな猫みたいに頬ずりをした。
茜さん 前に言ったでしょう? “人は 亡くなると世界になる”って。

「・・アタシ そんなこと言ったっけ?」

「ほら 僕たちが初めて一緒に過ごした夜。 原町田の大叔父様が亡くなった時です」
「あぁ」

「あの時 茜さんは言いました」




生きている間 人は1つの個体だけど 死んでしまうと拡散して世界中に存在すると。

「僕のオンマも だから今は 世界中に充ちているって」
「・・ぅ・ん・・・」

きっと ジュニを見守っているよと 確かアタシは言ったんだ。

「ハラボジも。 ハルモニが逝けと送ったのだから きっと世界になったはずです」



風にも 雨にも 木の葉にもなって  世界に充ちているはずです。

「だけどハラボジは 他の何になるより 繭になりたいのだと思います」
「ま・・ゆ?」
「ハルモニを包む繭です」

「・・・」


あるいは あれはハルモニが 呼び寄せているのかもしれないな。

「どちらが呼ぶのかもわからない程 想い合った2人ですから」




ジュニってば。 

バリバリのサイエンティストのくせに すげー神秘的なことを言う。

だけど ジュニの言ったこと。 何かアタシは 「そうかも」って思った。


ハルモニさんを置いていけなくて 死んでも心臓を動かしたというハラボジさん。
ハラボジさんなら 千の風になるより 愛する人を包みたいのかもしれない。



ジュニが アタシを抱きしめる。 

背中にコトコト 鼓動が伝わる。



僕たちも 死んでもずっと一緒です。 ジュニがとんでもないことを言う。

縁起でもないこと言わないでよと 怒って腕を振りほどいたら 
ジュニは慌ててアタシを抱き直して いつか ずうっと先のことですと言った。

「うふふ♪ 愛しています」


---------




アタシは 知らなかったけど。


ジュニとアタシが2つに重ねたスプーンの形で眠りについた頃
ハルモニさんの寝台の横に不機嫌そうなハラボジさんが そっぽを向いて座ってた。





「腹が 痛い」


“・・・”




「背中もゾクゾクするようだ」

“・・慰撫せよと おっしゃるつもりではないでしょうね?”

「・・・」

“氷菓を暴食するような 無謀をなさってお加減が悪いと?”

「・・・・怒って おるのか?」




心細そうに探る 愛しい声。  ジホは 深い息を吐く。
絹に埋まるスジョンの華奢な身体が ぽう・・と 光で包まれた。

「あのジェラートが 存外に美味しかったのだもの」

“2つも食べれば冷えましょう。 まったく 周囲に心配をかけて”



もうしない。 

子どものようにしょぼくれる人を 柔らかな光が抱きしめた。
私の方は 貴女が早々に来ることは喜ばしいですけれど。

“あんなに貴女を想う娘を 泣かせるものではありません”

「?」

“ジュニの嫁に 会いました”

「茜に?どうして? あれと話をしてみたかったのか?」
“それもありますが。 貴女は ・・寒がりだから”
「ん?」


ふわり。 

ジホの光る腕が 恋人を深く胸に抱いた。
スジョンはうっとりと眼を細めて 永遠の温もりに身をひたした。


「・・ジホを見て 茜はどうした? 怖がらせてしまったのではないか?」

“挨拶されました。 ひどく下手なクンジョルでしたよ”
「!」
“この世の者ならぬ私と会うて 一番に挨拶を考えるとは変わった娘です”

「くくく・・」



初めて会ったら まず挨拶。 そんな普通のことを たくまずにする。

“あのまっすぐな娘だから ジュニの心へ手が届いたのでしょうね”


「そうさなぁ・・。 茜と 何か話したか?」
“いいえ”
「ふむ? 何故だ 何か言うてやれば良かったのに?」
“!”



はぁ・・

ジホは やれやれと肩をすくめた。 貴女が命じたのではありませんか。

お前が語ると他の者が知れば 皆が 仕事や家のことで相談をしたがる。
私は お前の生前いつだって仕事とお前を取り合っていたと。


“これからは私としか話すなと 言ったくせに”

「それで 茜と語らなかったのか?」

“・・・”
「ふふ。ジホは私を想っていたのか?」
“お、男は・・約したことは守るものです”


ジ・ホ・は・私が大事なのだ。 スジョンが甘い声でささやく。

“思い上がりを言うつもりなら しばらくお傍に参りませんよ”


無骨な男が冷淡を装っても 恋人はもう幸せそうで
ジホは結局あきらめて 胸にもたれるスジョンを撫でた。 もう おやすみなさい。


“貴女が 眠りの水際に来たら 抱いて差し上げましょう”


--------




ソウルを発つ朝。  ジュニとアタシは ハルモニさんの部屋へ挨拶に行った。

お腹をこわしたハルモニさんは 一晩寝たら回復したみたいで

髪を結わずに 三編みを片方の肩へ流した彼女は
空恐ろしいことに いつもより さらに若くて元気に見えた。



「もう お加減はいいのですかハルモニ?」

「ふん 当り前だ。 もとより騒ぐ程のことでもなかったのだから」
「まったくもう・・」

これから僕たちはアメリカなんですから 飛んで来るのも大変です。

「お身体を大事になさって 心配をさせないでください」
「・・・」


解ったよってハルモニさんは ものすごーく小さな声で言った。
 
ちょっとだけ反省したみたい。 ホントに ずっとずっと元気でいて欲しいよ。





「大奥様」

困り顔のミンジュさんが 続きの間の戸を開けて言った。

「こちらの文箱にもございません。 やっぱり書庫ではないでしょうか?」
「そうだったかねぇ・・やれやれ」


あそこを探すのは一苦労さな。 ハルモニさんは渋い顔だ。

「寒いし・・」
「なんですか? 何か困りごとですか?」 
「うん? いや茜にな。 渡米前に渡したい冊子があるのだ」



ん・・?

「イ家伝来の秘蹟でな。ぜひとも 持たせたいのだが」

え・・・?


「確か文箱に別にしておいたと思ったのだが これが どうにも見当たらなくて」


・・・・・あっ!!!



あの本だ!  アタシは思わず立ち上がった。

あの時 書庫でハラボジさんが アタシに眼差しで示したヤツ!


「茜・・さん?」


いきなりドドドッと駆け出すアタシを ジュニが 慌てて追いかける。
アタシは書庫の扉を開けて。 えーと・・この棚の 2段目のここ!

「・・これだ!」

「茜さん? どう・・して?」


アタシは胸をドキドキさせながら 立派な綴りの本を開いた。
イ家伝来の 伝えたいこと?

「・・・ぁ」




漢字で書かれた本だった。 

仮名は振っていなかったけれど 意味するところはひと目でわかった。


「クッソばばぁ」

「え? 何ですか 茜さん?」


ハラボジさん・・・。 
寒いのが苦手なハルモニさんに 書庫を探させたくなかったんだ。

心配そうなジュニを振り返る。 そういえば こいつも悪魔だったっけ。


大魔女ハルモニさんの夫だった イ家の懐刀と言われたヒト。
とろけるように微笑んだ 奇跡みたいな笑顔を思い出す。




アタシは手にした綴り本で ジュニの胸をパン!と叩いた。

ちきしょー! ここんちの奴らってば どいつもこいつも
アタシで 遊ぶな~~~~~っ!!!



「茜さん? え? これ・・? 茜さん?」

ダンダン 床を踏み鳴らして廊下を歩いていくうちに
ハルモニさんの言葉を思い出して なんだか 笑いそうになってくる。

“性格のいい女なんて 信用できないよ” 



べえ・・って 水晶妃ハルモニさんが アカンベする顔が浮かんでくる。

見てろよ。 いつか絶対アタシ 性格の悪い赤ん坊を産んでやる!!



鼻息荒いアタシの後を ジュニが首を傾げて追う。

奴のきれいな指先には 薄い綴り本が揺れていた。


『妊産婦食養大全』

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