ボニボニ

 

JUNIな生活 ―Manhattaner's―

 




ワイワイにぎやかな部屋の中で 奇跡的にジュニからの着信音に気がついた。


『着きました!』って 駅からのメール。

アタシは窓に飛びついて アパート下のストリートを覗きこむ。
ひゅうぅっ・・と 風が吹き上がった。


14階から見る地上は 向かいのビルとの近さもあって まるで深い谷に見える。

だけど 谷底は川じゃなくストリートで ゴマ粒くらいの人が歩いてる。
どんなものよりこの「谷底感」が マンハッタンっていう感じ。



2011年のクリスマス・イヴ。


ジュニとアタシは びっくらすることに マンハッタナー(Manhattaner)

つまり N.Y.はマンハッタン島の住人になっていた。


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突き出し窓から覗いたら 素早く動くゴマ粒・ジュニが アタシを見つけて手を振った。


「アカネ? ダーリンの到着かい?」

手を振り返してるアタシを見て クラミクさんがからかうように眉を上げる。

クラミクさんは インド人らしくメリハリの効いたイケメンで
ただでさえ大っきい彼の眼が そんな顔をするとより派手になった。


・・・美形 だよねぇ。

アタシは思わず感心しちゃう。 
濃い目の顔が好きな人だったら 彼を世界一の美男だと思っちゃうに違いない。


そして自分の顔以外に関して 極めて美男に敏感なジュニは

アタシがよろめくんじゃないかって ・・きっと 心配するんだろうな。





アタシは皆にことわって 玄関へジュニを迎えに行った。

ジュニがドアから入ってくるなり 飛びつくように頬へキスをする。

「アカネのハズ?」って パーティーに来た皆がリビングから首を出して覗くから
すんげー恥かしいけど 仕方ない。 ジュニを 安心させなくちゃだもん。  


「茜さん? ワォ・・」

「えへへ お帰り! 遅かったね」
「すみません。 あの・・茜さん 僕を待っていたのですか?」
「うん」

ジュニはいつものアタシらしくない 大胆さにびっくりしたみたいだけど
すぐにはじける笑顔になって 片手でアタシを抱き寄せると思いっきりのキスをした。

んくんくんくんんくんくんくんくんく・・・・




ジュ、ジュニ! あのちょっと お客さんの前デス。


背中の方で誰かがぴゅううって 口笛を吹いているのが聞こえる。

アタシは顔がゆでダコになって ジュニの胸を押し返す。

ジュニはしぶしぶ唇を離して 真っ赤になっちゃったアタシを見ると
ああ茜さんが赤くて可愛いと もう1回キスしてから皆に笑いかけた。

「ハイ 初めまして。 僕はジュニ 茜さんの夫です。 楽しんでますか?」



ぴっかぴかの ジュニの笑顔。

リビングから覗いていた女友達の 少なくとも4人の眼がハートになった。


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2011年はジュニとアタシにとって いろんな意味で もの凄くハードな年だった。


3月の始めに渡米して ジュニはウォール街のビジネスマンになり
アタシはF.I.T.での授業に備えて 秋まで語学スクールへ通う。

そんな予定だけでも大騒ぎだったのに 渡米してすぐに3月11日が来た。




子どもの心についた傷って DNAにまで刻まれるんじゃないかな。

ある日突然 大事なママを 運命に奪われてしまったジュニの場合
「喪失」に対する大きな恐怖が 退治出来ない魔物のように心の中に巣食っている。


そんなジュニにとって TVから流れる信じられない程の惨劇は 

永い時をかけて封じ込めた魔物が 炎を吐いて噴き出してくるような衝撃で。


・・アタシは正直 3月の頃は ジュニが完全に壊れると思った。




ジュニが何とか正気を保てたのは 多分 アタシが心配だったからだ。

生まれ育った日本を離れて その日本が大きな災害に遭って
途方に暮れて泣くアタシを護らなくてはという思いだけが ジュニの命綱だった。


そしてアタシは自分という存在が ジュニの気を引くことが出来ることを

この時ほど 神様に感謝した事はない。  


ジュニとアタシは互いにすがりつく様にして 今年の春夏を乗り越えた。


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「彼女がジョアナ それから・・クラミクさん」

「ハァ~イ♪」 
「お会いできて嬉しいです」
「こちらこそ 初めまして」


・・やっぱり イケメンに眼が止まるんだ。

アタシの腰へ回されたジュニの手に ちょっと力が入った。
アタシは慌てて 自分からも腕を巻きつけてジュニにもたれる。

ジュニは 人前で盛大に甘えるアタシに 少々驚いたみたいだけど

いちゃつくことに異存のないヤツは すっかり機嫌を良くしたみたいだった。




「じゃあ 僕はちょっと失礼して着替えてきます。どうぞそのまま楽しんで」


すごく感じ良くことわりを入れて ジュニがベッドルームへ消えていくと
女友達がいっせいに ジュニの素敵さを話し始めた。

「アンビリーバブル! アカネってば 素敵なプリンスと結婚していたのね?!」

「プリンスって そんな・・」

「ウォールストリートのビジネスマンなんでしょ?」
「リッチじゃない。 だから こんなに家賃の高そうなアパートに住んでるのね」
「ち、ち、違うよぉ・・。 ここは 彼のお祖母さんが以前に買ったものなんだ」


今夜アタシは F.I.T.で仲のいい友達を招いて 自宅でイヴのパーティーを開いた。

ジュニとアタシが住むアパートは チェルシーとウエストサイドの中間にあって

チェルシー7番街にあるF.I.T.からは ほんの数ブロックという近さだから
ホリディ前のパーティーに うってつけの場所だった。



「そういや アカネ。この前まで 川向こうのホーボーケンに住んでいたよね?」

「う・・ん。 だけど夏のハリケーンで あの辺一帯浸水したじゃない?
 それで ここなら14階だからって 先月越して来たんだよ」
「ふぅん」




それにしても 今年の神様は なんて残酷だったんだろう。


夏の終り。 

ようやくジュニが少しだけ 笑顔を見せるようになった頃 
もう一度ジュニを青ざめさせる事件が アタシ達を襲った。


ジュニとアタシはその当時 マンハッタンの西を流れるハドソン川の対岸
ホーボーケンというシティのタウンハウスに住んでいた。

ジュニパパの住むプリンストンまで 車で行きやすいこの街は

いかにもN.Y.郊外らしい住宅街で アタシは結構好きだったんだけど。




その頃ジュニは 次の月曜の誕生日を休みにしようと仕事を詰めていて

シリコンバレーへ出張していた週末に ハリケーン「アイリーン」がN.Y.を襲った。


N.Y.に避難命令が出されると ジュニは慌てて仕事を切り上げたけど
空港が閉鎖されちゃって アタシ達はアメリカ大陸の 西と東に切り離された。

その状態でハドソン川があふれ ホーボーケンが洪水になったもんだから・・。


幸い我が家は無事だったし 浸水した地域の水位も膝くらいだったけど。

ジュニは アタシが独りぼっちでハリケーンの夜を過ごすことになると
ほとんど錯乱状態になってしまって。 

・・・アタシは この時「アイリーン」より ジュニの狂気が怖かった。 




そんなこんなのドタバタの後 ジュニがマンハッタンへ越すと言い出した。
マンハッタンは半島だから 交通が分断されると職場から川向こうの家に帰れない。

“マンハッタンに住めば どんなことをしても 茜さんの元へ行けますから”

ジュニの意志は鉄より固く アタシは何も言えなかった。



幸い ハルモニが投資の1つで持っていたアパートがタイミング良く空いて

かくて ジュニとアタシの2人は マンハッタナーになったのだ。


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「それじゃあ 良いホリディを!」

「じゃあね! また来年!」



友達が全部帰ってしまうと ジュニはアタシを抱きしめた。

パーティーはとても楽しいけど 茜さんといちゃいちゃ出来なくて辛いです。

「いいや。 アタシ達は今夜 ヨソ様の前で充分いちゃついていたと思うよ」
「ふふふ 茜さんもアメリカナイズされてきたのかもしれませんね。
 人前で僕にもたれかかるなんて。 あぁ仲の良い夫婦らしくて 素敵な気分でした」
「そ・・そお?」



それは 良かった。 

ともかくジュニはまだ不安定で 禁句は「アタシと離れる」だから
アタシは それこそ細心の注意を払って ジュニを安心させなきゃなのだ。


「ねえ 茜さん。 お友達のクラミクさんは とてもハンサムな方ですね?」

「あぁうん。 あのね ジョアナは彼が気になっているみたいだよ」
「そうですか」
「アタシは ジュニの方がずっとハンサムだって思うけどね」
「・・そんなこと ありません」


ああ やばい。 ちょっとジュニの機嫌が怪しい。

自分がとびっきりのイケメンだなんて 全っ然 自覚していないジュニは
アタシがヤツの容姿をほめると お世辞を言われたように感じるらしい。



ちょっぴりワニ眼になったジュニに アタシは とうとう覚悟を決めた。

ええい! ボロボロになったって 明日からホリディなんだからいいか。


「ねえジュニ 今日は疲れちゃった。 片付け物は明日にしない?」

「? ・・そうですね」
「もう寝たいな。 ね?」
「?!」


ピクン! とジュニが反応した。

アタシのご機嫌を窺うように ちょっとだけ横目になっている。
知らんぷりして歯みがきを始めると ジュニも隣へやってくる。


周りをウロウロするジュニは すっかりクラミクさんを忘れたようだ。

ひょっとしたら茜さんは ベッドへ誘っているのだろうかと 
センサーのメモリを最高にして サーチしている音が聞こえてきそう。



ぶくぶくぺーして タオルで拭いて チュッとジュニにキスをする。

ジュニは アタシを抱き上げると マッハスピードでベッドへ駆け出した。



アタシを大きく開けたジュニは みっちり奥まで自分を埋めた。

ゆっくり中を行き来しながら アタシの首筋を甘く噛んで吸う。

もう学校は休みだから 跡がついても平気ですねって
ジュニパパんちへも行くのに 恥かしいよう。


「大丈夫です。 タートルネックというものは その為にあります」
「いや “その為に”はないだろう ジュニ」
「学生は黙ってください。 うふふ」




いっぱい。 僕の印をつけて 僕のものって思いたいです。

だんだん強く動きながら ジュニはあちこちへ吸いついている。
この分じゃあアタシ 明日には水玉模様になっちゃうかも。



・・だけどそれでもいいかって ジュニの笑顔を見て思う。


耳元でジュニがメリークリスマスと 甘い声で言ったけど 

アタシは思い切りイッちゃってて 返事することが出来なかった。



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