ボニボニ

 

JUNIな生活  クラックーひび割れ― ⑦

 




アラン・ウェイと友達だってことは かなり 凄いことなんだ。


F.I.Tの学生ラウンジで アタシは思い知らされた。



「あ おい お前! アカネ・コーサカ!」



「?!」

・・・あのねぇ 毎度エラソウに。 どうしてそうも傲慢なワケ?

コーヒーカップをつかんだアタシが ワニ眼で声の方を振り返ると
ラウンジにいた学生達が びっくりした顔でアタシを見ていた。

・・・ぇ?・・




アラン・ウェイは 呼んだだけでアタシが来るのが当然とばかりに

ラウンジを入ったすぐの所に立ったまま こちらを見ている。
アタシに そこまで行けってわけ?


用があるのは(あるのか?) アンタじゃないのよって
歯ぎしりしそうなアタシなんだけど。

悔しいことに アタシが学ぶF.I.Tというカレッジの中では

彼は ミューズに愛された 美しくも高慢なプリンスなのだ。



しぶしぶ歩き出そうとしたアタシへ 追い打ちみたいに声が飛んだ。

「あー 俺にはカフェ・ラテ」って。 こ・ん・の・野郎~~~! 



シカトしようかと思ったけど 周囲の視線が怖いのでやめる。

だって今 このラウンジにいて アタシを見ている学生の中には

アランが 自分にねだってくれるなら
ディスペンサーごと運びたいと 思っている人がいるに違いない。



アタシはコーヒーとカフェ・ラテを持って 偉そうなアランの所へ行った。

「何でアタシが他人のアンタに カフェ・ラテをサーブする事になるわけ?」

「は? お前って恩知らず?」
「ぇ・・?」
「ジェラート 買ってやったよな?」

「ぁ・・」



自分が食べたいジェラートの “オーディション落ち”をくれたんじゃん。

ムッとしたけど言い返せない。 確かに ジェラートは食べちゃったし。

「ぁの時は・・ごちそうさま」


お礼はその場で言ったはずだけど 仕方ないのでもう一度言う。

“美味しいもの”には “いただきます” と“ごちそうさま”。
きっと アタシの骨の髄には ママの鉄則が刺青されてる。



「うん♪ 素直なところもあるな」

「~~~~」


アランの奴は周りを見回して 外で飲もうぜと顎をしゃくった。

こいつ ジュニ以来のマイペース。 アタシは ワニ眼のままため息をついた。


--------



アランとアタシは パティオに置かれたオブジェみたいなベンチに座った。

空が秋色になったよなと アランはアーティストっぽいことを言う。

見上げれば きれいな空の青に 雲の白い刷毛目が踊っている。
ジュニが 少しも迷わずに答えた「アタシの好きなセルリアンブルー」。



「セルリアンブルーかなぁ」

「?! なっ、何がっ?」


あの人の 好きな色。 

「爽やかで きれいで 切なくて。 あの人に似合う気がするんだ」

「・・・」
「シルバーもいいな。 温かみのある まぶしい位のシルバーホワイト」
「・・・」
「何だよ お前。 まだ聞かなかったのか?」

「・・・」



聞いた よ。  ちょっぴり アタシは胸が痛い。
ジュニを「あの人」と呼ぶアランこそ まぶしい位のピュアホワイトだ。

・・・ぁの・・


「マダー」
「?」
「ぇ・・とその マダーだって。ジュニの・・好きな色」

「ローズマダー?」
「そんな・・感じ」

「・・・」



何だか ちょっと誤魔化しちゃった。

アタシが後ろめたい気持ちに なる必要はないんだけど。

アラン・ウェイは怪訝な眼で じいっとアタシを見つめた後で
突然 こっちが眼をみはるくらい艶やかな笑みを いっぱいに浮かべた。


「・・お前 けっこういい奴だな」

「?! な、何で?!」
「ローズマダーって 言ったんじゃないだろ?」

「?#%&$!」



俺を 誰だと思ってるんだ?  お前と会った場所はどこだ?

「日本に「アカネ」と言う色があること位 俺が知らないと思ってンのか?」

「・・・」
「アカネ色が好きだと言ったんだろう あの人」
「・・・」

「ん~な恥ずかしいこと よく言うよ」

「ぅ・・」



・・・ふぅん・・

「そんな ・・優しいことを言うんだ」
「・・?」


ひどく静かなアランの声。 
奴を見ないようにそっぽを向いていたアタシは 恐る恐る横をうかがう。

アランは 怠惰な天使みたいに 宙をみつめて微笑んでいた。


--------



アランの奴は 飲み干したカップを当然の様にアタシへ渡した。

まったく 我がままな男だな。 
だけどコイツの我がまま加減が 何だかアタシは懐かしい。


お嬢様中高大学卒のアタシの周りに 結構いたよ こういうタイプ

アタシはちょっとにらんでから 2つのカップをダストボックスへ捨てた。




「なあ あの人にはいつ会える?」

「へ?」


忙しいんだろ?ビジネスマンだしなんて アランは少し紅潮して言う。
アタシは 今度こそ本当に 心の底から呆れてしまった。

「どうしてアタシが アンタをわざわざジュニに紹介しなきゃなのよ」

「あ?」
「ジュ・・ジュニは夫だって言ったでしょ? アタシ達結婚してんだから」
「は?」


そりゃあ アンタはアラン・ウェイで 新進デザイナーって注目されてて
確かに 凄いカッコいい服を作るけど だからって・・

「ジュニに惚れたと言う人を紹介するなんて 訳わかんない」

「・・・」
「て、敵に塩を贈るとか。 アタシ そういうデキた人間じゃないから!」
「・・・」



結構ガッツリ言ってしまって アタシは胸がドキドキした。
だって駄目だよアラン・ウェイ。 ジュニだけは アタシのものだモン。

「・・・」

「・・・」



アランはぽかんと眼を丸くして アタシは ちょっと居心地が悪い。

ここで奴にもうひと押しされたら ジュニに紹介しちゃうんだろうな。
ギコギコ不器用に顔をそむけたら アランがハハッて吹き出した。


「お前 変わった女だな」

「は?」

「俺が 恋敵になるわけ? お前の?」
「だって! アランはジュニが好き・・なんでしょ?」
「あの人は ヘテロセクシャル(異性愛者)だろ?」

「そう・・だと思うけど」


ジュニと結婚6年の妻としては 夫はそっちじゃないと信じたい。 
だけど 問題はそこじゃない 気がする。

「アンタがゲイでも ジュニに恋する気持ちは・・アタシと一緒じゃん」

「!」




ああ 俺 参った。 

アラン・ウェイは ものすごーく素敵な笑顔で言った。


「俺 お前好き」

「えええっ?!」
「違う違う!変な意味じゃなくて。いやお前女だけどloveというか 惚れた」
「?!」

「ハグしよ」

「?!?!?!」



ぎゅうぅって。 アランにハグされて アタシは脳がフリーズした。

アタシはゲイの恋敵に 変な意味じゃなくて(?)惚れられてしまった。


---------



ジュニは ネクタイをゆるめながら アタシの方へ振り向いた。

いいのにこっちを向かないでも。 着替えしながらボンヤリ聞いてよ。


「アラン・ウェイ? この前会った デザイナーさんですか?」

「そうそう」
「だけど この前茜さんは 彼を全然知らないと言いました」
「あれから学校でまた会って・・知り合いになったんだよ」 

「・・・」


ピポゥンと小さく眼が点滅して ロボットセンサーが動いた(気がした)。

まったく・・アタシってば 何やってんだろ。

ジュニに恋した男に言いくるめられて 2人を合わせる約束をして
おかげで ジュニからこんな風に怪訝な顔で見られるなんて。




「アランの最新デザインって 見たくても普通は見られないんだよ」
「・・・」
「アランの借りてるアトリエで パーティー兼サロンコレクション」
「・・・」

これは アタシがいろいろと考えた末のシチュエーション。

そりゃあ・・。 ちょっとは 個人的な利害関係が働いてるけど
アタシにだって少しぐらいはギヴ&テイクがなくっちゃ、ね。



「“夫”が心配性だと言ったら アランが どうぞご夫婦でって」

「え? 僕も 行くのですか?」
「だから一緒にって 言ったでしょ?」
「僕 モードのことは全然わかりません」


「あのねえジュニ。 バイヤーで行くんじゃなくて 観客だから」

「それでも 何だか僕は場違いではないでしょうか?
 いいですよ 茜さんだけで行っても。危ない所ではないみたいですから」
「もぉ・・」


アタシは ジュ二の研究所やレセプションで いつも場違いだったじゃない。

「ジュニの世界にアタシは行くのに アタシの世界にジュニは来ないの?」
「!」



・・・?!・・・


自分の口から出た言葉に アタシってば 自分で驚いてしまった。

アタシの世界って 今言ったよね?  ・・「アタシの世界」?



ジュニは あぁと感激したように首を振ってアタシを抱きしめた。

「ごめんなさい茜さん。そうですね! 妻の世界に無関心はいけません」

「・・ぁの」
「分からなくても科学の話を聞きたいと 茜さんはいつも言ってくれたのに。
 僕ときたらファッションは苦手だなどと思ってしまって。 駄目な夫です」
「いや・・そんな」

「愛しています」


茜さんの言うとおりです。 僕はもっと茜さんの世界に理解を持つべきでした。

ジュニはすっかり大反省で アタシを抱いたままウンウンうなずく。
危ない所でした! 無関心は 愛を蝕む病です。

「いや そんな大げさな話じゃ・・」

「茜さん」
「・・ん」

「僕はお風呂に入りたいです」
「? 溜めてあるよ」
「では 一緒に」
「え?!」



今夜は帰宅が深夜になったので 寝るまでの時間が限られています。
これから僕はバスを使って 茜さんと愛し合ってから 就寝予定です。

「予定・・なの」
「その間に少し アラン・ウェイについて知ろうと思います」
「ええっ?! いや いいよぅ!」

「時間を有効に使うためには お風呂で話を聞くしかないです」

「?!」


そんな必要はという言葉を もちろんジュニは聞き流す。

あっという間に 着ていたものがポイポイ宙に飛んで行く。

最速脱衣&服はぎとりの世界大会があったなら
間違いなく ジュニは 2位に大差でグランプリを獲っちゃうよ。



ゆったりバスに沈んだジュニは アタシを背中から抱きしめて

胸を揉みながら アラン・ウェイの話を聞かせてくださいと言った。

 ←読んだらクリックしてください。
このページのトップへ