ボニボニ

 

JUNIな生活  クラックーひび割れ― ⑧

 




ガタイが良くて あのビジュアルだから たいてい何でも似合うけれど

服のコーディネイトに関してジュニは ほとんど興味を持っていない。



だから アラン・ウェイのアトリエへ行く日。

普段あんまりしないけど アタシは ジュニの着ていく服を選んだ。

ジュニってば 黒のデニムにTシャツ ブルーのシャツをはおるという
いつものお休み服のまんまで 出かけようとするんだもん。


「? 僕は ついて行くだけでしょう? それに普段着でいいって」

・・って あのね。 



ジュニと会う日を きっと死ぬほど待ってたに違いないアラン・ウェイ。

アタシが恋敵のために 夫の服を選ぶのもかなり変なんだけど。

それでもアタシは 高慢でガラスみたいなアラン・ウェイが
ちょっとがっかりする顔を 見たくないと思ったんだモン。



「?」

アタシの選んだ服を着たジュニは 不思議そうにウィンドーを覗いた。


黒のスリムパンツに シャツ。

結局 こんなシンプルな物が ジュニを一番引き立てる。

ジュニは これとさっきの服がどう違うのだろうと言いたげだけど
パンツはエディスリマンのDiorオムで 白いシャツは『JUNI.』なんだよ。


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アラン・ウェイのアトリエは トライベッカの端っこにあった。

河に近くて 空が 広いのが好きなんだって言っていた。

レンガ作りの古いビルの地下。 石の階段を下りて行ったアタシは
エントランスの飾りつけを見て もう少しで泣き出すところだった。




こぼれるほどの アカネ色。

いったい どれ位あるのだろう? 

アトリエ入り口にパーゴラを立てて それが見えなくなるほどの花で埋めてる。
ジュニが一番好きと言ったから きっと選んだ アカネ色。

何て奴・・。



「ワァオ! これは見事ですね! 赤い花がこんなに」

「・・・」

「バラと これは何でしょうか? いろいろな花が混ざっていますね。
 素晴らしいです。 まるで 赤いオブジェみたいに見えます」
「・・赤じゃない」
「?」


「アカネ色 だよ」

「ぇ?」


ローズマダー ブラウンマダー パープルマダー。

アランは とてつもない量の花をそれは見事に組み合わせて
哀しいくらいきれいな夕陽の色を マンハッタンのアパートに描き出していた。



ジュニの声に 戸惑いがにじんだ。

「・・茜さんが来るから これを作ったのですか?」

「絶対 違う」



ああもう! いったい何だって こんなにこんがらがった事になってんだろう。

だけどアタシは この瞬間。 アランを護らなくちゃと思った。
自分の想いが決してジュニには届かないだろうと あきらめてるアラン。

“あの人は ヘテロセクシャル(異性愛者)だろ?”


それでも 奴は精一杯の想いを こんな風に伝えたかったんだ。

そんなアランが 青い焔を立てたジュニににらまれるなんて残酷だもん。


「ジュニ」

「? 何ですか?」

「アラン・ウェイはハンサムだし ジュニが心配するのも無理ないけれど。
彼が ほんの少しでも アタシに恋愛感情を持つなんて100%有り得ない」
「・・どうしてそんな事を言うのですか?」
「アランには 好きな人がいるから」

「そうですか」


たまたま今回 彼のテーマがアカネ色だったとしても 

「それでアランを警戒するなんて 絶対 絶対 止めてよね!
 アラン・ウェイは本っ当に 才能あふれるデザイナーなんだから」



「・・わかりました」

アタシの言葉が真剣なことを ジュニは感じたみたいだった。
茜さんはアランとの縁を 大切にしたいと思っているのですね。



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アトリエの中は 外から見て思った以上に広かった。

そして アタシがビックリしたことに たくさんの人が集まっていた。

さもさも業界人デス風にお洒落した男性や モデルみたいな女のひと。
おまけになんと「マリエラ5D」の マリエラさんまでがそこにいた。


「きゃぁ!アカネ! ビューティフルプリンス・ダーリンも一緒なのぉ?」

って。 マリエラさんはいつも通りのハイテンション。


それにしてもマリエラさんは ジュニに形容詞をつけ放題だ。
ジュニは うわぁマリエラさんもいるのですかと笑顔でビビッていた。


アタシ達がやってきたのを 合図みたいに灯りが暗くなった。

ぼんやり部屋の中が見えるくらいの暗がりに 1点 パンッとスポットが当たる。
ゆったり流れる音楽の中 光の輪の中へモデルがやってきて
つまり ここがコレクションのランウェイってことになるみたいだった。





何か アタシ もの凄いことをアランにおねだりしちゃったんだな。

スポットの中でターンを決める 本職(たぶん)のモデルさん達を見て
アタシは かなりビビッてしまう。 こ・・んなに 本格的だなんて。


いきなりアランを家に連れて行ったら ジュニが疑うに決まってるから
アランのアトリエへ 服を拝見に行くってシチュエーションはどう?

気軽な気持ちで ちょっと下心もあって言ってみたことだったのに・・。

アランの本気の物凄さに アタシは鳥肌が立っていた。


30分位のショーのラストは イブニングドレスだった。

気が遠くなるほどのアカネ色。 アランってば わざわざ創ったんだ。

暗転して室内に灯りが戻った時 スポットの位置にアランがいた。
冷たい美貌が ほんの少し 戸惑うように微笑んでいた。





パーフェクト! 素晴らしいコレクションだったわ!

アランは さっきの業界おじさんや マリエラさん達に囲まれている。
アトリエはもうパーティーになって お酒やつまむものが出されていた。


アランの服がトルソに着せられて 装飾代わりにあちこちへ置かれる。

触っちゃだめって書いてないのを幸い アタシはじっくりチェックした。

「うわー・・すごいなあ!」

「素晴らしいですね」

「ジュニもそう思う?」
「茜さんの様にモード的なチェックは出来ませんが この服は何というか
 バランス?が美しくて “構造物として”とても綺麗です」
「・・・」

聞いたか アラン? 

アタシってば 世話焼きおばさんみたいに思ってしまう。
思わずアランの方を見たら アランも じっとこちらを見ていた。



ジュニがアタシの視線をたどって アラン・ウェイに眼を向ける。

ゆっくりまばたきするジュニは アランの眼を見て・・淡く笑った。


アランは吸い寄せられるように ジュニへ向かって歩いて来た。
コイツが自分から歩いてくるのを アタシは初めて見たかも知れない。

ジュニは 自分をじっと見るアランの視線に眉を上げて

不思議そうにちょっと首を傾げる。 ・・狂暴なほど イイお顔だ。




「Hi アカネ。 こちらが 君の?」

って アランってば。 ジュニをガン見のまま言ってるよ。
緊張しているのかアランの奴は ツンとした表情を崩せないでいる。


「あの そう!夫のジュニ。 ねぇアラン コレクション最高だった」

「またお会いできましたね イ・ジュニです。 素晴らしいショーでした」

「・・本当に?」
「? えぇ 本当に素晴らしかったです。 それに入り口のデコレーションも」
「あれはアカネ色がテーマなんだ。 ・・・あなた 好きだろう?」

「?!」


きょとん とジュニが眼を丸くする。 口の中で小さく「ワォ」とつぶやく。

そしてジュニは 太陽が雲間から出たような笑顔になった。

「!」

「えぇ 僕のとても好きな色です。 アランさんは いい方ですね」



ニコニコ。 

アランに愛妻ぶりをからかわれた(と思い込んだ)ジュニのヤローは
すっかりご機嫌になっちゃって いつもの人懐っこさが全開だ。


アランはジュニの笑顔を見て こっちがドキドキするくらいの緊張。 

あーあー むしろ素っ気ない態度になってしまってるじゃん。


それでも ジュニと話してたいんだろうな。

ツンとした顔のままアランは 色のスペクトルの話なんかして
ジュニは 「サイエンス系の話なら出来ます」とばかりに話をはずませる。


男相手だと気安いジュニは 笑いながらアランの腕に触れたりもして。

その度に アランは針ネズミになって・・針の先からハートが出てるよ。


何だか 不思議な三角関係。

ジュニ←アラン→(変な意味じゃなく)アタシ?



少しづつ緊張の解けたアランは 時折 小さな笑みを浮かべる。

無愛想王子が珍しいこと! マリエラさんが 笑って言った。

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