ボニボニ

 

JUNIな生活  クラックーひび割れ― ⑪

 





眼が覚めたら ジュニは両腕で抱えこんだアッパーシーツにアゴを乗せて

満腹のチビが寝てる時みたいな 幸せ顔で眼を閉じていた。



・・まったくもぉ キラキラじゃん。  


気持ち良さそうに寝返りを打って ジュニは 寝ながら笑っている。

朝陽で白く光るシーツは まるでジュニと遊びたいみたいに
筋肉の盛り上がる身体にまとわりついて 半分だけ裸を隠してる。



そのままで 羽根がついたら天使だね。

アタシが何度かまばたきをして 眠気をこすり落としている間に
いきなり眼を開いたジュニは アタシを見つけて溶けるように笑った。


「・・茜さん・・」

「おはよ」

「僕を 見ていましたね?」
「ぃゃあの。 よく 寝てるなって」
「僕が起きなくて寂しかったのですか?」
「!」


答える間もなく腕が伸びて 腕の中へ引き込まれる。

ジュニの筋肉ムキムキの胸に 鼻が埋まる寸前で
「聞くべきこと」を思い出したアタシは 迫る胸板を両手で止めた。



「?」

・・何ですか?ってジュニのヤローは 腕の中のアタシを覗きこむ。
僕が起きなくて怒ったのですかって そんな事なら起こしてるよ。


「ジュニは 昨日の質問に答えていない」

「ぇ?」 

「“仕事です”って あんなに若い女が投資のクライアントなわけ?」
「・・その事ですか」
「説明して」

「茜さんが気にすることではな・・ぅわっ!」



アタシは力いっぱい腕を突っ張って 硬い胸板を突き返す。
腕の中からもがき出ようとするアタシを ジュニが慌てて捕まえた。

「もういい」

「ちょ・・茜さんっ! 言いますっ! 説明しますから!」
「離して」
「だめですっ!」


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こいつってば。 やっぱり絶対アタシより 手足が多いに違いない。 

アタシはがっちりフォールされて ピクリとも動けない体勢で思う。

ジュニはアタシが痛くないように でも動けないように組み伏せた上に
余っている手で アタシの髪を梳いて困ったように頬を撫でた。



「あの女性は Mr.マイヤーのお嬢さんです」

「Mr.マイヤーって・・。 あの 大きい“ゴードンさん”?」
「ええ。 彼女はゴードンさんと奥様マギーさんの娘です」
「コリアンのハーフなんだ。 アジア人離れした美人だったけど」

「そうですね」 



ジュニはポフンと仰向けになると 腕を回してアタシを抱き寄せる。
茜さん? マギーさんの本当の名前は マーガレット・リー・マイヤーです。

「マーガレット・・リー・・・」

「“Lee”。 韓国読みでは “イ”です」
「!?」



それって・・と言うアタシは ポカンと口が開いたままになる。
ジュニはそんなアタシを見て小さく笑うと 素早く んくんくとキスをした。

釜山の大叔父の娘が1人 結婚してアメリカにいると聞いたことがあります。


「先日のパーティーで会った時 マギーさんの態度でピンときました。
マギーさんは釜山の大叔父の 一番下の娘です」

「釜山の 大・・叔父さん?」
「茜さんは会った事がありますよ。親戚が集まった時 ほら靴べらを・・」
「あっ!」



“この家に嫁ぐのは大変だよ。別な道を 考えたほうがいい”

流暢な日本語で言ったおじさん。敵意剥き出しでアタシを無視する親戚の中で
1人だけ アタシに声を掛けてくれた人だ。

「マギーさんって あの人の娘なの!?」




ジュニはアタシを撫でながら あの夜の話をしてくれた。

ゴードンさんに呼ばれたレストランへ行くと あの美人が待っていて
都合で来られない父の代わりと言われて 仕方なく食事をしたそうだ。


「彼女が気分が悪いと言い出したので 送ってゆくしかありませんでした。
 もちろん 彼女の言うことが 嘘なのは判っていましたけれど」

「判って・・いたんだ」
「小さい時から アボジを誘惑しようとする女性のワザは 沢山見ていますから」

ンな事言っちゃって。 ジュニ自身 ずいぶん誘われたことがあるくせに。
アタシはフンと思ったけど 話が聞きたいので黙ってた。


独り暮らしのアパートまで送ってくれと言われたジュニは 彼女を実家へ

つまりMr.マイヤーとマギーさんの家まで 送り届けたのだそうだ。




確かにお嬢さんをお送りしました。 「・・マギー“叔母さん”」

「あらぁ もうバレちゃった? ねぇどう? うちの娘 美人でしょ?」
「そうですね。 ですが僕には愛妻がいますから 関係ないことです」
「親戚披露もしていない日本人じゃないの」

「正式に結婚した妻です」


ジュニは氷の眼を向けて マギーさんにピシャリと言い放つ。

「僕と妻の間に割り込もうとするなら それなりの覚悟をなさってください」

「!」




ジュニはアタシを引き寄せて 自分の上へ腹ばいに乗せると
尻たぶをつかんでアタシを揺すり上げ 鎖骨のくぼみに鼻先を埋めた。

「叔母さんは“狼の末裔”と言われる僕に 会いたかったらしいです。 
まあでも はっきり言いましたから もう諦めると思います」

本家の“狼”に手を出したら痛い目に遭うと 分家の者は皆知っていますから。 


「“狼”?」

「ハラボジのことです。 何故かは知りませんが 親戚にそう呼ばれます。
 叔母さんは昔会ったハラボジに憧れて 僕を 婿に欲しかったみたいです」


まったく 僕にはもう茜さんと言うれっきとした妻がいるのに。
カグカグ・・ジュニは嬉しげに アタシのうなじを甘噛みする。

僕達 邪魔が入らないように しっかり結ばれていましょうね。

ジュニは朝から元気な硬いモノで アタシの入口を探しながら言った。


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「お前って変わった女だな。 普通ならあんな場面は 修羅場なのに
旦那のことを心配してすっ飛んで行くなんて」

って。 アランの奴は 毎度毎度 アタシをお前呼ばわりだ。



それでも・・ 心配してくれたんだよね。

翌日 授業が終わるなりやってきたアランは アタシの顔をじっと見て
アタシが平気!ってニッとして見せると 安心したような表情になった。


「アランこそ変なの。 だって アタシは恋敵なのに
アタシとジュニがうまく行かない方が アランには都合いいじゃない?」

「お前なあ・・。 俺は そんなにみすぼらしい愛し方はしないんだよ」


あの人には 幸せでいて欲しいんだ。

「お前といるのが幸せなら そのまま笑っていて欲しい」

「・・・」

「もちろん お前に愛想が尽きてあの人が別れたいと思えば 万々歳」
「ちょっとぉ」
「・・嘘だよ」



他の女よりは お前がいいや。 

「ゲイの俺をあっさり恋敵にする 変な女」

「だって恋心は・・同じじゃん」
「そう言われて 少し 嬉しかった」


同じ 恋する気持ちなのに 俺の気持ちはアブノーマルと言われる。

「どうして神様は男女を分けておいて 俺みたいな男を作ったんだろうな」

「・・・」




アラン命名“秋色の”空を見上げて アランは淡く ぎこちなく笑う。

アタシは 何だか切なくなった。 
アタシがもしも男性で ジュニが好きだったら・・結構辛いな。


「だけど 1つだけ救いがあった」

「ぇ?」

「あの人に告白したとして 断られる理由は 俺が男だからじゃない。
 あの人がたった1人 お前しか愛せない不器用な人間だから だろ?」
「ごめんね」

「そこで謝られても ケッ・・だけどな」



いいさ。 秘めた純愛ほど甘美な恋はないのだから。

「お前は 世俗の愛欲にまみれて 俺は 天上の恋に生きる」

「な・・・何よ! 愛欲って!」


アランは冷たく眉を上げて 下女でも見るようにアタシを見下ろす。
ところで お前んちのパーティーはいつだ? 今週末?それとも来週か?


「ど、どうしてアタシが恋敵のアンタを わざわざパーティーになんか!」


「ジュニさんが“是非”と言ったから」
「ぐ・・」

「“待っています”とも言ったから」
「ぐぅ・・」

「それに 確か 俺が先にパーティーに招待した返礼だよな」

「~~~~」




手土産 何を持っていこうか。 あの人 甘いものが好きかな。



頭の後ろで手を組んで うろこ雲の広がる空を アランは見上げる。
せいせいと笑う横顔には 刷毛で引いたように薄いあきらめが浮かんでる。


アタシは 変な意味じゃなくて 繊細なこの天才が好きみたい。

口が裂けても言わない事を アタシは心でつぶやいた。

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