ボニボニ

 

JUNIな生活  クラックーひび割れ― ⑫(終)

 





ジュニの 筋肉質な胸が ゆっくりしなって離れてゆく。

幸せそうな息を吐いて ジュニは静かに身体を抜くと
すりすりと頬を撫でてから その手を アタシのお腹へ置いた。


たぶん それはジュニの祈り “茜さんがベビーを宿しますように”

恥ずかしいからやめてって 言いたい気持ちになるんだけど
まつげを伏せて微笑むジュニが きれい過ぎて 言葉に出来ない。



「そのままでいてください」

アタシが起き上がらないように ジュニはアタシの世話を焼く。
自分でするからって言ってるのに いそいそ パジャマも着せてくれる。

「寒くないですか?」
「ぜんぜん」


それでも冷えるといけませんと 腕の中へ引き込まれる。

子どもを作ると決めてから ジュニがアタシを大事にすることと言ったら
羽を拡げて メスの周りでダンスを踊るあずまや鳥並みだ。



「僕の茜さん」は「ベビーを産んでくれる僕の茜さん」になって

もとから過保護なラピュタロボットが 今では MAX抱えこみモード。


腕で抱えるだけじゃ足りずに 腿を回して脚でも抱える。

いいけどね。 そーすると 確かに温かい。
東京よりもずっと寒いこの街の冬に ぬくぬくのジュニは有難い。 


だけどアタシは ライナスの毛布の気持ちが(そんなものがあるとしたらだけど)
ちょっと・・解る気がしてしまうよ。


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腕が使えないものだから 顎で アタシを撫でていたジュニが
ああそう言えばとつぶやいて 腕の中のアタシへ話しかけた。


「アランに 聞いてくれましたか?」

「あぁ・・うん。 あのね ゼリービーンズが嫌いだって」


ゼリービーンズなんて 料理に使わないじゃないですか。 

「他のものはどうです?  苦手な香辛料とかは 聞きませんでしたか?」
「好き嫌いはないと言ってたよ。 “4本足は椅子以外なら何でも食べる”そーだ」

「あはは! そういうところは 彼もチャイニーズなんですね」




今度の週末 アランが我が家へやってくる事になった。

ホームパーティーを開くと言ったら ヤツめ ジュニを独占したいものだから
「騒がしいのは疲れるので 僕だけを食事に招いて」と言った。



「では メニューはやっぱり韓食と和食がメインで 後は多国籍に」

「そぅだね」

「お酒はビールとワインと。 カクテルの用意をしておけば大丈夫でしょうか?」
「充分だよ」 
「ケーキとフルーツ・・アイスクリーム。 チーズやナッツも要りますね」

「・・・」



普段はぜんぜん そんなこと気にしたりしないアタシだけど

アランがやってくる週末へ向けて 準備をしているジュニを見ると

ジュニって やっぱり外厨房(パクジュバン)を司っていた
“おもてなしの名門”イ家の御曹司なんだなって思う。



アランのアトリエでの歓待に ジュニってば すごく感心しちゃったみたいで
素敵なおもてなしを返さなければ!と ゴゴゴの闘志(?)を燃やしている。

ハルモニさんや うちのママにメールや電話でレシピを聞いたり

これはと思う食材は なんと 空輸で取り寄せた。




自分のために こんなにも一所懸命に準備をするジュニを見たら 

きっと アランは喜ぶだろうな。  ・・って。 

よく考えたら自分のオットは 恋敵のために懸命になっているのだけど。 
なぜかな 不思議にそのことを 嫉妬する気が起こらない。

これって 余裕かましてるって事かな?  それだとアタシは 嫌なヤツだ。



だけど アタシの正直な気持ち。 
あんなにもピュアなアランの恋が 届かないにしても報われたらいい。

・・とはいえ ヤツの恋が実ったら アタシの方は困るんだけど。


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金曜日の夜。  ジュニのヤローは どでかい荷物を抱えて帰った。

その頃我が家には ジュータンみたいな長くて大きい包みが届いていた。



「ただいま帰りましたー!」

ああ ちゃんと間に合いましたね。 「良かった! 心配していました」


「ねぇジュニ。 この巻物は なに?」
「フフ 明日の飾りつけです」
「かざ・・・」


アランほど卓越したデザイン力はありませんから アカネの門は作れないけれど
そう言いながら ジュニは腕まくりして 盛大に荷物を解きだした。

出てきたのは真っ赤な楕円が ダイナミックに連なるモビール。


「でか・・」

「うふふ アレキサンダー・カルダーです。
このサイズのレプリカを手に入れるのは けっこう大変だったんですよ」
「・・・」


ジュニは リビングダイニングの天井から カルダーのモビールを吊り下げると

ウォールウォッシャーライトを調整して 壁へモビールの影を映す

それから 反対側の壁の絵を外して ジュータンみたいに巻いていた物を
壁いっぱいに広げてから アタシに「貼るのを手伝ってください」と言った。



「ジュニ・・・こ・・れって・・・」

「どうです? 展覧会用の内装業者さんに頼んで 出力してもらいました」
「すっごい・・よ。 でも なんでこれ?」
「明日のテーマは “カラー”と“バランス”です」


アランさんはその2つを とても大事にしているようですから。

「そっか。 アラン きっと喜ぶね」
「そうだと良いのですけれど」


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・・喜ぶなんてモンじゃなかった。


緊張のせいで(多分) いつもよりむっつりした顔でやってきたアランは
リビングの空間にゆったりと浮かぶモビールを見て 口が開いたままになった。



「凄いね 茜んち。 ミュージアムみたいなインテリアなんだな」

「ううん。 これはアランの為に ジュニがデコレートしたんだよ」
「・・・ぇ?」



どうですか?って ジュニのヤツは アタシの隣でニコニコしている。

あ~あ~アランってば 色が白いから。 冷たい顔してるのに 頬が紅いよ。



怒ったように眼をそらしたアランは テーブル向こうの壁を見て
壁いっぱいに貼られた 黒地に様々な色が踊る巨大な画像に絶句した。


「こ・・れ 何?」

「ミューオンイベントです」
「ミューオンイベント? って・・宇宙・・線?」

「本当によくご存知ですね。 ええ これは僕が記録した中でも面白いものです。
 3つ同時に検出されたイベントデータをプリントアウトしました」
「あなたが? 記録したの?」


ビジネスの世界に入る前。 僕がニュートリノの研究をしていた頃のものです。

「これは“宇宙の色”です。 アランさんは 色が好きでしょう?」

「!」




“アカネ色がテーマなんだ。 あなた 好きだろう?” 

ああそうか これは 本当に返礼なんだ。 アタシは やっと気がついた。


アランがジュニの為に創り上げてみせた 切ない位きれいなアカネ色へのお礼。

ジュニはニコニコ笑ったまま 片手でアタシを抱き寄せる。
アランはその手をチラリと見てから フ・・と笑って 眼を伏せた。



「“宇宙の色”か。 ・・きれいだな」

「気に入ってもらえましたか?」
「うん」
「ああ 良かった!」


僕 ファッションやモードに関しては 情けない位解らないけれど。
アランをテーブルへ誘いながら ジュニは嬉しそうに説明をする。


「アランさんの作品には “カラー”と“バランス”の力を感じました」


「?! あの もしかして・・それでモビール?」

「ヒネリのない展開ですが ええ。 バランスのアートって 他に何かなと思って」
「ジュニさん・・」
「ジュニでいいですよ」

「!? じゃあ! 僕もアランと呼んでよ。 だいたい僕が年下なんだし!」
「あ、そうか! あはは じゃあアラン? 気に入った?」

「!!!!!」




・・轟沈だよ。 

アタシは自分がワニ眼になって 全身から後れ毛が出てるのを感じた。



ジュニは アランに年下だと言われて すっかり遠慮がなくなったらしく

いつもの人懐っこさ全開で 冬空に夏の太陽が出たみたい。

とびきり陽気なキラキラの笑顔で アランの肩を叩くから
クールビューティーで鳴らしたアランは ひとたまりもなく溶けてしまった。


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その晩 アランが酔ったのは 作戦だったに違いない。

楽しかったーってアタシと握手して くるりとジュニへ向き直ったヤツは
いかにも男同士って感じで がっつりハグしてくれたもんだ。



しかし・・あんたもねえ ジュニ。 

アランは「そっち」だと言ってるんだし 少しは気づけと言いたいよアタシぁ。




アランを見送ってドアを閉めると ジュニは満足そうに息を吐いた。
〝おもてなし返し”は大成功で ジュニには それが嬉しかったんだと思う。


「うふふ 楽しかったですね 茜さん?」

「うん 楽しかった」

「アランはいいヤツです。 ね?」
「そ・・だね」
「ゲイだから茜さんを盗られる心配もないし 僕には最高の男友達です」

「・・・」




自分の魅力に対するジュニの鈍感さってのは 犯罪級だ。

今夜 アランは絶対 「やっぱりジュニが大好き」と思ったはずで


アタシは 今後も超美形の恋敵(男)と 夫を争うに違いない。

人生はなかなかスパイシーだ アタシは心の中で思った。



fin

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