ボニボニ

 

JUNI 1

 




“伏せたまつげが長くて きれいな男だなァ・・・”


それが ジュニを最初に見たアタシの 印象。
電車の向かい側の席はガラ空きで あいつだけが ぽつんと目立つ。
ジュニはうつむいて音楽を聴きながら 背中に柔らかい秋の陽を浴びていた。

「・・?・・・」
「!」

あいつってば いきなり顔を上げるものだから 
ぽーっと見ていたアタシは けっこう 不自然に眼を逸らした。
だけど アタシだけじゃなかったんだよね あいつに見とれてたの。

隣のおばさんもどうやらご同様だったらしい。 格好悪いことに 
アタシが斜め右前45度 おばさんが斜め左前45度に眼を逸らしたもんだから
おばさんとアタシ 出来損ないのシンクロみたいになっちゃって。

「くす・・・。」
ああ もう  あいつに笑われてしまった。
今でも時々あの時の 本当にきれいだったジュニを 思い出す。

ジュニは 確かに女のアタシなんかより ずっときれいだ。
中身は 間違いなく 悪魔だけど・・。 

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同じ駅で降りたあいつは アタシと 進む方向が一緒だった。
この辺に こんなカッコイイ奴いたっけなあ?
あいつの後ろ10メートルを歩きながら アタシはちょっとドキドキしてた。

世田谷区って言っても アタシの家の辺りは けっこうのどかなもんだ。
等々力渓谷が近くにあるから 蛇が道をにょろにょろしていたり
キャベツの植わった野菜畑が あったりする。

「すみません。 この辺の方ですか?」
いつのまにか あいつが目の前に立っている。 アタシ? アタシに聞いてんの?
見回せば 確かに アタシと彼以外 人がいない。



この時 初めてジュニの声を聞いたアタシは
深くて柔らかな声の素敵さに ぞくり と肌が粟だった。

「はい・・。そうです。」
「良かった。 あの 高坂さんというお宅をご存知ありませんか?」
「へ・・?  それは アタシの家ですけど。」

そう答えると あいつの眼が2倍になった。 うわ・・吸い込まれそう。
「茜・・さん?」
「・・・え? どうしてアタシの名前?」
茜さん! という声が耳元で聞こえて アタシの目の前が暗くなった。
ナニ?何が起きたの? アタシ・・・見知らぬハンサムにハグされていた。


「ち、ち、ち、ちょっと!」
「あ・・。どうもすみません。 茜さん。
 僕 今日から茜さんのお宅のアパートにご厄介になる イ・ジュニです。」

ジュニ と言います。憶えていないでしょうけど
僕たち会うのは 3回目なんですよ。

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アタシの父親とジュニのパパは 大学の専攻が同じだったという。
いわゆる大親友とかいう奴で。 だから ジュニが日本に留学することになった時
アタシの父親は 全面的にジュニをまかせとけって話になった・・らしい。

「まあまあまあ! ジュニちゃん。こんなにハンサムになっちゃって。」
「なあ! 昔から可愛いかったが・・ 俳優になれそうだな。」

あ~もう・・恥ずかしい! ママときたら 顔が赤い。
超イケメンが 自分の世話焼き対象になったものだから
そりゃあもう 嬉しそうに舞い上がっちゃって  見ちゃいられない。

パパはパパで ジュニがアタシと2つしか違わないのに 
飛び級して大学2年生だと聞いて 盛大に褒めまくっている。
「大したもんだなあ!ジュニ。 さすがは秀才ジウォンの息子だよ。
 あ、これが うちの出来損ないの茜。17なんだ。憶えているか?」

なによ出来損ないって! とアタシがふくれた時 
ジュニは にっこり笑って とんでもない事を言い出した。
「もちろん憶えています。 おじさんは僕に 茜さんをくれるって言いました。」

は? ・・・アタシをやるって? 何だそれ。

「僕の オンマが死んだ時 僕が茜さんを欲しいと言って・・。」
「ああ!ああ! そうだよ。 なあママ ソニンさんの葬式で。」
「まあ・・そうだったわねえ。あの時は・・ジュニちゃん本当に辛かったわね。」

涙もろいママが ぐすん なんて洟をすすって パパも 切なそうな顔をしてる。
「茜がなあ・・。もっとおっぱいが大きくって美人だったら
 ジュニに是非ともお願いして 貰ってもらうんだけどなあ・・。」
「な・な・・何 勝手なこと言ってんのよっ。パパ!」

アタシは 真っ赤になって抗議した。そりゃあ アタシは貧乳だけど
顔は ええと 十人並みくらいは・・・いってるつもりなのに。

パパとママはもう この 出来のいい親友の息子に夢中になっている。
ジュニがまた お国柄なのか 目上の人に思いっきり礼儀正しくて
それがまた2人には 嬉しくってしょうがない。 あ~あ・・もう 何だかなぁ。

「いいえ。 茜さんは あの時と変わらず可愛いです。 高坂のパパが
 もしも許してくださるなら 僕は 茜さんを欲しいです。」
(な・・アンタもね・・)
「まあ! ジュニちゃんったら優しいのね。おばさん達を 嬉しがらせて。」

ちょっと待て! そ・・その会話は一体何だ?!
アタシが 万が一でもジュニに貰われたら 大幸運ってわけ?
止めよう 自分が情けなくなってきた。 ・・これは冗談だ。


その日夕食後まで ジュニはアタシの両親に これ以上ない程ちやほやされた。
ジュニは 時々私を見て にこにこと笑う。
その完璧な笑顔に アタシは ちょっと呆然とした。

「さあさあ パパ。 ジュニちゃんも疲れているから。」
「そうだな。君の部屋は204号だよ。日当たりがいいぞ。 ・・あれ家具は?」
「昨日引越し屋さんが きれ~いに整えて行ったわ。掃除も完全。」

じゃあ問題はないな。ジュニ 今日はもう休みなさい。
朝食は7時だよ。 気詰まりでなければ 出来るだけこの家で食事してくれ。
「じゃないと 俺がジウォンに顔向けできないからな。」

部屋は 茜に案内させるからと またもやパパが 勝手を言う。
「バスの乗り方とか ちゃんとお教えするのよ! 茜。」
ママも鍵を渡しながら言う。 アタシは・・小間使いなんでしょうか?

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アタシの家は 昔々は農家だった。曾じいちゃんが しつこく農地を持ち続け
今では そこにアパートを何軒か持っている。

パパがジュニに用意したのは その中でも 一番きれいなアパート。
銀行にそそのかされて建てた デザイナーズハウスとかいう小洒落た造りだ。
「はい。 ここが ジュニさんの部屋。」
「わお・・。可愛い お部屋ですね。」

「じゃあ 私はこれで  おやすみなさい。」
アタシだって 花の17歳だ。 若い男と 2人で彼の部屋ってのは
やっぱりちょっと・・問題あるだろう。さっさと 逃げにはいる。

「だめです。まだバスの事とか 街のこと。説明をしてもらっていません。」
「・・・。」
「少し話しましょう。 さあ ここに座って。」

ぽんぽん とジュニはソファを片手で叩く。
アタシったら 呼ばれた犬みたいに ジュニが示した場所に座った。


そして・・  思えばそれが 間違いの始まりだった。

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