ボニボニ

 

JUNI 14

 


「茜? おじいちゃん 今度はだめだった。これからおじいちゃんを 家に連れ帰って
 その後で 1回うちに戻るから。 ・・鍵 キーチェーンをかけてるでしょ?」

「あ・・うん。」
「朝方ぐらいには 戻るから ・・外しておいて。」



ママの声は なんだかとても静かだった。 
しんしん 冷えた夜の中。 
電話線の向こうに 死んだじいちゃんが 横たわっている。



逝ったか・・ じいちゃん。

アタシは ジュニに受話器を渡す。 長い腕がアタシの上をよぎって
受話器をスタンドへ戻す。 それからそっとジュニの腕が アタシの身体を抱き寄せた。

ジュニの胸に抱かれたままで  アタシ ・・・寝てたのか。
ゆっくり 半分の眠りから覚醒すると ジュニも半分眠そうに 
うっとり笑って アタシを見てた。


ジュニの腕枕と腕布団。 アタシは すっぽり入って眠っていた。
肌と肌を重ねて寝ると こんなに 温かいものなんだね。
だけど裸んぼ同志で 目覚めると なんだかすごく恥ずかしい。


ジュニは 愛しげな優しい眼をして アタシの頬を撫でまわす。
「茜さん? ・・・ずっと 僕のものでいてくれますか?」


アタシは まだ返事ができない。 ジュニはふっと笑って 背中に手を回す。
アタシのお尻を両手でつかんでぎゅっと引き寄せ ジュニのそれを 下腹に押し付ける。
「!」
「答えてくれないなら こっちで 聞きます。」
「・・・パパ達 帰ってくるって。」
「え?」



とっても残念です。 朝までこうしていられると 思ったのに。
ジュニは 不満たらたらに アタシを 腕に閉じ込めた。
 
 
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大叔父さんが死んだと言うと ジュニは 一瞬 蒼白になった。

「そんな・・・・。 ご危篤だなんて 知らなかったです。」



知っていたら こんなコトはしなかったのに。
ジュニは すごく辛そうに ベッドに身をおこしてうなだれている。

いいんだ。  アタシ じいちゃんは “今度こそ行く”って 思ってた。


ジュニは筋肉がありすぎて 女の人くらいのおっぱいがあるね。
アタシは ジュニのバストラインに添って そっと手のひらをすべらせる。

それからずっと 思っていた事を ジュニに向かって言ってみた。



「じいちゃんはね。 ・・・もう おめでとうなんだよ。」
「おめでとう?!  どうして そんな酷いことを言うのですか?」


今は言わなくなったけど 昔はね 高齢の人が亡くなると 
「おめでとう」って言ったらしいよ。 じいちゃん102だもん 大往生なんだ。

アタシは ちょっと泣きそうになって ジュニの胸に頬を乗せる。
そうは言っても 残される身は 悲しいよね。
「・・・面白い じいちゃんだったんだよ。」


もう 生きてんの飽きたって 言っていた。
仲のいい夫婦だったのに ばあちゃんが先に逝っちゃって 息子も1人病気で死んで。
ここ2年程は 危篤ばっかで アタシが見舞いに行ったとき ブーたれてたよ。

「まぁ・・た 戻っちまった。 頑丈なのも 考えもんだ。」
そんなこと言わないで長生きしてよというと 冗談じゃない って。
俺がモタモタしているうちに 婆さんが あっちで浮気したらどうする。


「だから ・・・いいんだよ。 きっともう おめでとうで。」

頑丈だったじいちゃんの人生に 今夜は スタンディング・オベイション。
おめでとう。じいちゃんは 立派に ご長寿を全うしました。
あなたの見事だった一生に 心からの  心からの 拍手を贈ります。



「・・・ねえジュニ? 今のところ 物質は「消失」はしないんでしょ?
 人は死んだら灰と骨と煙に形を変えるだけで・・。」
「・・・・・。」
「物質じゃないけど 確かにあった あのじいちゃんの ばあちゃんへの愛は 
 そしたら どこへ行っちゃったのかな・・?」


「・・・・・。」
「ジュニ?」

ふるふる身体中を 震わせて ジュニは 無言で泣いていた。

ジュニの お母さん 若くて死んじゃったんだよね。
小さなジュニを 残して 逝きたくなんか なかったろうな・・。
じいちゃん。 ジュニのママに ちょっとだけ寿命を 都合してやれたら良かったね。



ジュニがぽろぽろ涙をこぼすから アタシは それを吸ってあげる。
あの時 アタシがこぼした涙を ジュニが吸ってくれたように。


アタシ 思うんだ。

「じいちゃんは 今日までは じいちゃんっていう個体だったけど 
 今夜からは拡散して この世界全部に・・・存在するようになるんだよ。」
「・・・・・。」
「・・・ジュニの ママだって きっと 世界に満ちてる。」
「!」
「一兆×一兆×百億年先までは ・・・・消えないよ。きっと。」

ジュニが おずおずと アタシを見る。
こんなにきれいな  置いてきぼりの ジュニ。 
アタシが ママの心残りを ちょっとくらいは 引き受けてあげる。

「ジュニ・・ そんなに 悲しんじゃだめだよ。」

その夜アタシは 生まれて初めて 自分のほうからキスをした。


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パパ達は ぐったりくたびれて 夜明け近くに帰って来た。

今夜はお通夜に行くからね。 それだけ言うと よろよろ2人は寝室に消えた。
夜中に帰ったジュニが朝食に来たとき 結局ダイニングには アタシ1人で
何だか ジュニが元気ないから ミルクと一緒にキスしてあげた。



「茜さん・・。」
「生きてる奴は 朝食を 食わねばならんのだ ジュニ。」 

茜さんは 頑丈ですね。
「そういえばよく あのじいちゃんに 似てると言われてました。」
じいちゃんで102だから 女のアタシはもっと長生き ギネスを目指すよ。

夜中に運動したから お腹が減ったな。 今朝はパンを3枚食べよう。
「・・・3枚は 食べ過ぎです。」
「うるさい。 誰のせいだと 思っているの。」


悲しい事があった時 アタシはあんまり凹まない。
その分 わしわしたくさん食べて  ・・・前に 進むんだ。

「気持ちいいくらい 美味しそうですね。」
「ジュニにも 分けてあげよう。 ほら半分こ。」
「半分こ? パンの耳と内側の半分こなんて 聞いた事がありません。」

噛みしめると耳の方が美味しいよ。ジュニには 美味しいところをあげる。
「美味しくない内側の方で いいです。」

真ん中にぎざぎざ穴の開いたトースト(耳)を 困った顔のジュニが食べる。
外側がぎざぎざのトースト(中身)を 見せびらかしていたら やっとジュニが笑った。

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今朝は ジュニと一緒に家を出る。 


門扉を閉めて振り仰ぐと 冬の空はカラリと晴れて まぶしい程に澄みわたる。
「行ってくるよ!」

上を見上げて 一体誰に言ってるのですか? そりゃジュニ 死んだじいちゃんさ。
生前わざわざ原町田に電話してまで ご挨拶する気はしなかったけど
そこら中に じいちゃんのかけらがあるとなれば 挨拶くらいいたします。

「ジュニも お母さんに ご挨拶しときなさい。」
「・・・・・行ってきます。」

ぎゅっと ジュニが抱きしめる。驚く間もなく キスされる。
「ば・・・ジュニ!」

きゃあっ!
ふわりとジュニが お姫様だっこで アタシを高く抱き上げる。
何て 言ったの? ジュニが韓国語で 何か言う。

「僕の茜さんですって お母さんに 紹介しました。」

・・・人が見るから もう下してよ。



ジュニのものって ・・まだ 紹介しないでよ。
アタシは なんだかもじもじと ジュニに抱かれて 戸惑っていた。

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