ボニボニ

 

JUNI 15

 



圭太が 脚を折ったそうだ。


「・・・なんで?」
「試合でラフプレーになって 相手もろとも転んだんだって。」

あいつ スポーツ推薦で進学狙いだったじゃん。だめになっちゃったんだって。
さすがの奴もさ 凹んでるらしいんだ・・・。



ぐび・・と 特濃緑茶を飲みながら かなりシリアスに 真由が言った。

真由の弁当には 必ずハムカツが入っている。  なんでも彼女の「命」らしい。
あんた チョン・ウソンが命だって言ってたジャン。
そうよ! ウソンは私の命。  そして私の命は ・・・三河屋のハムカツ。

「だから チョン・ウソンは ハムカツなわけよ。 これがアタシの三段論法♪」
「真由っぺ。 進学枠 落とすよ・・。」
「ねぇマジな話。 圭太は今週いっぱい入院してるんだけどさ。・・見舞いに行けば?」


なんで アタシが見舞いに行くのよ。弁当箱のすみっちょを掻きながら言うと
アンタ恩知らずだと 真由が責めた。


「“もう付き合えない” そんな話に ハイソウデスカって言ってくれたんでしょ?」
「・・・・・。」


今は 別れ話持ち出したからって カレシにめった刺しで殺されるご時世だよ。
何にも聞かず あっさり引いてくれるなんて イイ奴じゃん 圭太。
「ん・・。 ・・・感謝しているよ。」
「ホントは 未練たらたらだって 言ってたんだ。・・・圭太。」
「!」
「茜は 言い出したら絶対変わらないから 引くしか なかったんだってさ。」
「・・・・・。」 

ジュニがいるんじゃ ヨリ戻してくれとは言えないけどさ。
「友達として 元気づけるくらいしても バチあたらないんじゃない?」
「・・・・。」


-----




「・・・僕も ついて行きます。」


明日 圭太の見舞いに行くというと ジュニは 即座にそう言った。
「・・・あのね・・・ジュニ。」

圭太にとって ジュニは 会いたくない奴リストの上位だと思うよ。
「アタシ ・・・自分もそうかな って思うんだけど。」
それでも見舞いに行ったほうが 圭太は絶対喜ぶって 真由が言うから・・。


「・・・まあ 行ってくる。」

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駒沢公園の隣にあるその病院は やたらとロビーが明るくて 
県だの市だのの 多目的ホールかと思うような場所だった。


圭太が入院しているという 整形外科の病室も 何だか 奇妙に陽気だった。
切れたり折れたりってケガの場合  いつかは治るから 明るいのかもしれない。

圭太はここの病棟の 一種アイドルになっているらしく
アタシが お見舞いを抱えてゆくと 周りのベッドからぴゅーぴゅー言われた。


「ばーか おっさん! こいつは彼女とかじゃ ねーっつの!」
それでも圭太は 嬉しそうに 義理堅いじゃねーかと言って 迎えてくれた。


「お見舞い。 モン・サンクレールのタルトだよ。」
「お!すげ! 張りこんだねえ・・。」
「圭太 これ1回ホールで食べたいって言ってたからさ・・。」

憶えてたんだ・・。 
何だか妙にしんとした顔で 圭太がケーキを受けとった。
同室のおじさん達が皆して キングギドラみたいに 首を伸ばして覗き込む。
ココ おやじ臭ぇから談話室に行こうぜと 圭太が言った。



「推薦・・・だめになっちゃったんだって? 残念だったね。」
「ああ。 まったく“聞いてないよ”だよなあ・・。」

よっこらしょっと ベンチに腰かけて 松葉杖を抱えた圭太が笑う。


「でもオレ この先考えたら 良かったかなって思ってんの。」
「・・ふうん?」
「スポーツ推薦ってさ。 結局こうして脚の骨一本で パーになる訳じゃん?
 俺の人生考えたら ちゃんと学力で入って部活するほうが いいかなって。
 この時期からだから1浪するかもだけど ナニ 大した回り道じゃないさ。」

オレ・・ちょっと Jリーグには 行けないレベルだもんなあ。
サッカー以外の可能性作るのも 大事だよ。オレって結構 成績いいんだしさ。


「そうかぁ・・。圭太は ホント モノの考え方がしっかりしてるよね。
 アタシなんかまだ全然 将来が見えないけど。 圭太なら・・上手くやれるよ。」
「・・・・・・。 何の根拠もない励ましを ありがとう。 嬉しいよ。」
「絶対上手くやれるって アタシ圭太を信じてる。そりゃ・・根拠はないけどさ。」



今週いっぱいで退院するの? うん ちょっとリハビリに通うけど。
アタシと圭太は隣り合って座って なんだかほのぼの 話をした。
「・・・圭太 パジャマで寒いでしょ? もう病室へ帰ろうか。」
「そうだな。 あ・・そうだ。檄文書いてくれよ せっかくだもん。」


そして圭太は ギプスで固めて ミイラみたいな脚を出す。
「Love」だの「Sex」だの とんでもない絵だのが びっしり書かれて。
「圭太の脚。 まるでサイン帳みたいだね。」

じゃあ この辺に 控えめに。
『圭太がんばれ! 砂かけババアも応援しますじゃ。 茜』
「なんだよ・・色気ねえなあ。 うっふん♪ とか書けよ。」


アタシ そういうのが苦手なの知ってるじゃん。
ギプスのひざにつかまって圭太の顔を見上げて笑う と
いきなり圭太が抱きしめて 逃げる間もなくキスされた。

「!!!」


圭太! アタシは必死で避けるけれど 圭太が痛いほど腕をつかむ。
「や・・圭太!・・」
バタバタと2人で もみ合っていたら 
ガターン! と 派手な音がして 松葉杖が転がった。

パタパタとサンダルの音がして 看護師さんがやってくる。
圭太が慌てて手を離したから アタシは鞄を引っつかんで 部屋から出た。


「茜!」

圭太の叫びに足が止まる。 だめだ。ここで 振り返っちゃ・・。
「ごめん・・。アタシ 用事があるから。」
圭太は どんな顔してる?  アタシはそのまま 逃げ出した。




「・・・・・。」

なんでこの病院のロビーってば こんなに開放的なんだろう。
エスカレーターで 降りながら アタシは涙をこらえてた。
圭太が 悪いわけじゃない・・。
まだアタシを想っているって 真由に 聞いてたはずじゃない。


元カレの弱り目に なにをアタシ いい友達ぶってんのよ。
なんだか 自分のいい加減さが辛くって ドアから出たところで涙がこぼれる。


病院の前は 広いロータリーになっていてタクシーが何台か人待ちしてる。 
運ちゃんに泣き顔を見られないように 顔を斜めにして歩いていたら
10メートル位先に ぽつんと ジュニが立っていた。


「茜さん。」
「・・・・なんで こんな所にいるの。」
「すみません。 茜さんが 心配で。 ・・・何で 泣いているんですか?」


無視してすり抜けようとするアタシの腕を ジュニがそっと 押さえて止める。
「離してよ!」
「そんな格好では ・・道を歩けませんよ。」
「え・・・?」

ジュニは ふっと ため息をひとつ。私の襟元を留め カーディガンの肩を引き上げる。
髪留めが 片方 毛先にぶらさがって。
アタシってば 「襲われて逃げてきた女」そのまんまじゃないの。


ぽんぽん・・と 服の乱れを整えて ジュニが切なそうに微笑む。
「どうしたんですか?」


アタシは 悲しいんだか 恥ずかしいんだか 腹立たしいんだかわからない。
来るなって言ったのに ついてきていたジュニにも すごく腹が立つ。
抑えきれない暴力的な気分で アタシはジュニに言ってやる。


「圭太と キスしたんだよ。」
ぴくりとジュニの肩が動く。 ジュニはうつむいたままで聞く。
「茜さんが いいと言ったんですか?」
「そうだよ。」

すうっと ジュニが眼をあげて まっすぐアタシを覗き込む。

「・・・悪い?」
「茜さんがそうしたかったのなら 仕方ありません。」
「・・・・・・。」
「じゃあ どうして 泣いていたのですか?」


アタシより アタシの涙腺は正直だ。 
ぼろぼろぼろと涙がこぼれて それを見たジュニが アタシを抱きしめた。
ふんわり抱かれる大きなジュニの腕。痛いほどの力で押さえつけた圭太を思い返す。
「少し・・・ 待っていてください。」
「え・・・?」


そっとジュニがアタシを離す。 その顔を見上げて アタシは総毛だった。
見たこともない ジュニの顔。 身体中から 氷のような焔が立つ。
「ジュニ・・。」
「すぐ・・帰ってきます。」


だ・・だ・・だめ!

アタシは 思わずジュニに抱きつく。 圭太が 殺されちゃうよ。
「茜さん? ・・・すぐ戻ります。」
「・・・やめて! 圭太が悪いんじゃない。」

アタシは ちょっと驚いただけ 傷ついてなんかいないから!
「だから・・・やめて。  アタシ これ以上圭太に 酷いことしたくない。」
「・・・・・。」


アタシが悪かったんだよ。 絶対に 絶対に やめて!
「圭太には会わないって ・・約束して。」
「・・・・・・。」



約束しないならもう 恋人をやめる。 アタシが 死ぬ程本気で言ったら 
こくり・・と ジュニがうなずいた。

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