ボニボニ

 

JUNI 16

 



病院からの帰り道。 ジュニはアタシを離さなかった。


バスでは アタシを座らせて かぶさるように隣に立つ。
ジュニって・・・まるで ラピュタのロボット兵だ。
アタシを抱えて  たとえ世界中を相手にしても 死ぬまで 戦うに違いない。
ねえ? ジュニ。   アタシはジュニのそんな所が 本当は すごく怖いんだよ。


「ジュニのお部屋で 番茶を 飲もうかな・・。」

自分とジュニを 落ち着かせたくて そんな事を言ってみる。
ジュニは そっと手を引いて アタシを部屋に連れて行った。



コポコポコポ・・・・。

「本当に ジュニのお茶は 美味しいね。」


はあ・・ 何だか落ち着いちゃったな。 アタシって 根が単純だ。
ジュニは アタシに近寄りたいけど 今日のアタシが 圭太の事で
傷ついていると思ってるみたいで。 ・・・少し 腫れ物に触るようだ。


ジュニは静まりかえっているけど 彼の向こうに 抑えているものが見える。
アタシが ぽんとボタンを押せば きっとあの・・・氷の焔が吹き上がる。

「・・・キスしようか ジュニ。」
「え?」


いつものスゴイ奴じゃなくて 優しい 番茶みたいなのが欲しい。
子どもが抱っこをせがむ時みたいに 両手を広げて ねだってみる。
ジュニが そうっと近づいて アタシの首を後ろから支えた。


優しい 甘い ジュニのキス。

ジュニの緊張が ゆっくりと口の中で溶けてゆくのがわかって アタシは 安心する。

1つのキスが終わると ちゅっと 軽いキスをして もう1つのキスへ。
ジュニの手が髪を撫で 背中を撫で 腰を抱き寄せて また首を支える。
アタシたちは 呆れるくらい 長い時間 キスをする。


ごめんね圭太。 すごく勝手だけど 今はもうこの腕の中が アタシは好き。
ぽろんと 涙がこぼれたら ジュニが慌てて舐めにきた。

「茜さん・・。 この先・・・は?」
「今日は いや。」
「・・・・・我慢します。」

ジュニは脚を広げて座り アタシはジュニの脚の間に もたれて座る。
ジュニの腕がアタシを抱いて 耳元に小さくキスをした。


何だか  静かな静かな時間。  2人は同じ方を向いて 黙ったままで。
背中で ジュニの胸がコトコト時を刻んで それがアタシを安心させる。


「茜さん・・・。」
「ん」
「ずっと 僕だけのものでいてくれませんか?」
「・・・・・。」

やっぱり アタシは返事が出来ない。 返事の代わりにジュニの胸に頭をつけると
アタシの髪を撫でながら 言ってくれないかな・・と ジュニがつぶやいた。

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真由っぺがノートを買いたいと言うから 学校帰りに 渋谷に寄った。

センター通りで うるさく寄ってくる外人のお兄ちゃんを追い払っていると
視力2.0の真由っぺが 雑踏の中に 彼を見つけた。

「・・・ねえ あれ ジュニじゃない?」


本当だ。 そこだけ光が当っているように 人ごみの中を ジュニが歩いている。
人ごみに完全に埋没しているアタシたちは ちょっと まぶしい眼で見てしまう。
「どこ行くのかな? ね? 後をついて行って 驚かさない?。」
「え~? う~ん 嫌だよぉ・・・。」

こんなにいっぱい人がいるところで 「茜さん♪」なんて言われちゃったら
絶対周りに “なんであんなブスがくっついてるのよ”って 思われちゃうもん。

そうは言っても 真由は強引だ。 ずりずり尾行を開始する。
「あ?」
「げ・・。」


ジュニ。 あ・・あんた 一体 なんて所へ・・・。

真由が ちらりとアタシを見る。 アタシは いきなり顔から火が出ちゃって
まずい・・・・ これじゃ もう白状したようなもんだ。あ~あ。

「・・・お茶飲む?」
「ん・・。」
「茜が おごる?」
「ん・・。」
そして 真由はニタニタと アタシの腕を取って歩き出した。



「すみませ~ん。 紅茶とチョコレートバナナパフェとぉ・・・ 茜はなんにする? 
 それだけでいいの? じゃあ、カフェ・モカ 1つ。」
ココ高いんだよ。 真由のやつってば 口止め料を取るつもりだな。
とほほ・・とアタシは うなだれる。  渋谷になんか 来なけりゃ良かった。


「・・・さて 白状してもらおうじゃないの。 何で ジュニが 『コンドマニア』・・」
「しいぃ!! こ・・声がでかいよ!」
「・・何で 茜の婚約者が コンドーさんの専門店に行くのかな?」
「と・・と・・ 友達に ジョークでプレゼントでもするんじゃない?」


じゃあ明日美穂に感想を聞いてみよ~うっと。お願いだからそれだけは止めて。

「この真由ちゃんに 何か“告悔”することは?」
「・・・・・。」
「“茜さん?”」
「・・す・・すみません。 ・・・そういう仲に なりました。」

真由っぺはアタシに白状させて ものすご~く満足げだ。 彼女には大学生の彼氏がいて
“お先に失礼”状態だったから ついに茜も仲間入りか とニタニタ笑っちゃって・・もぉ。

「そうか・・じゃあ もう圭太は完敗か。」
ぽつりと言った真由の声に アタシの肩がピクリと揺れる。
その名前は アタシにとって ちょっぴり痛い。


「まあ 相手がジュニでは仕方ないか。 ・・・じゃあ 名実ともに婚約者だねぇ。
 短大だけ出て結婚とかって そんな感じ?」
「まだ・・ そんなんじゃないよ。  先のことは わからない。」
「どうして?  茜も 好きなんでしょ?」
「そりゃ 好きだけど・・。」


ジュニは 何て言ってるの?  ずっと一緒にいてくれって。 でもアタシ・・・

「真由っぺ? 俊ちゃんのこと どうして好きになった?」
「何よ いきなり・・・。」
真由と恋人の俊ちゃんは 去年の暮れに郵便局の仕分けバイトで知り合った。

う~ん・・郵便局でさ。 仕分けする時の手際が すっごく良くてさ。
アタシが怒られると“真由ちゃんガンバッ”とかって言ってくれて 優しいな~って・・・。
「そうでしょ? レンアイってそんなもんじゃん?」


伏せたまつげが長くてきれい。 手首で折り返したシャツの感じが素敵。
ちらっとこちらを見る眼が自分に気がありそう。 柔らかい声が 好き・・

「そんな小さなチェックから 恋って 始まるじゃない?」
「あーん・・まあねえ・」


でも ジュニはそうじゃない。
「初めて彼が声をかけてきた時 アタシは 『ただの通行人』だったんだよ。」
アタシが『高坂茜』だと知った瞬間から ジュニは トップギアになった。

「ジュニのママ 若いときに死んでさ。 アタシはその時 ジュニを慰めた・・んだと思う。」
「憶えてないの?」
「だって5つだよ? ・・泣いてるジュニを抱きしめたコトは うっすら憶えてる。」
「・・・・。」
「ジュニは その時抱きしめてくれた『茜さん』に ずーっと 恋しているんだよ。」

だってそれは 他の誰でもない 茜本人なんでしょ? うん・・・でもね。

「ジュニの眼に  本当のアタシは 映っているのかな って。」
「・・・・。」


ぴちょん・・・。

自分でも 思いがけなかったけど カフェ・モカに 一滴 涙が落ちた。
「アタシは 『高坂茜』っていう 『記号』なんじゃないのかな・・・って。」
「茜・・・。」


本気で好きになったんだ ジュニのこと。 うん ・・かなりヤバイかな。

「ジュニの恋する『高坂茜』だって 茜の一部でしょ・・。」
「それが 複雑なところだよ。」
「それでも そういう仲にはなった と。」
「・・・・だって ひとめ惚れだったんだもん アタシ。」


茜もま~あ フクザツな悩み方してるねえ。とりあえずバナナでも一口いかが?

「もっといっぱいチョコのついてる所を ちょうだいよ。」
「だめ。 このチョコ バカウマなんだみょん。」
「何よ。 その みょんってのは?」

ケチンボ真由に 結局チョコのあまりついてないバナナをもらって
アタシはそれでも少しだけ 気持ちが言えて 楽になった。

-----



ノートを見ているアタシの顎を ジュニの大きな手が つかむ。

そのまま上を向かされて いつもの すごいキスをされる。
「・・・ん・・。」
「茜さん。 この先も いいですか?」
「だめ。」
絶対 今日は拒んでやる。 ジュニが見る間にしおれて 恨みごとを言う。


「でも・・ この前も だめでした。」
「今日も 明日も 明後日も ずーっとだめ! 怒ってんのアタシ。」

僕が何かしましたか? ジュニは今日 渋谷で何買った?

「あれ? 見てたんですか? 声をかけてくれたら 一緒に選べたのに・・。」
「一緒にって・・・! あのね。」
「イチゴの香りとかあるんですよ。 店内に 女の子がいっぱいで 恥ずかしかったです。」


え? 真由ちゃんに見つかったんですか? すみません。注意が足りませんでした。
今度からは女子高生のいないような所で買いますと ジュニはまったく悪びれない。

「そんなもの 買わなければいいじゃない。」
「だめです。 僕の子どもを生んでくれるのは嬉しいですが 茜さんはまだ17ですから。
 母になるのは ちょっと若いと思います。」
「じゃあ 子どもが出来そうなこと しなければいいじゃない。」


ああ茜さん と ジュニがふんわりアタシを抱きしめる。 本当に ね。
「僕が もっと我慢できれば いいんですけど。」
茜さんが 愛しくて 抱きしめたくてたまらないんです。 困りましたね。


「茜さんは ・・嫌 なんですか?」

「・・・・。」
「僕は 茜さんが好きだから いつでもキスをしたり抱きしめたり それ以上のことも
 したいなって・・。 茜さんは そうじゃないんですか?」
「・・・・。」

茜さんが嫌なら我慢しますと 未練がましいジュニは 服の上から胸を触る。
ジュニ。それじゃ 袋の上から チーズの固さをみているみたいだよ。
あきらめの悪いジュニの手に アタシは じっと身体を預けている。



“もしも 名前を変えてしまったら ジュニは・・・愛してくれるのかな?”


アタシはなんだか悲しい気分で そんなことをぼんやり考えていた。

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