ボニボニ

 

JUNI 25

 



お正月。  ママはアタシに 晴れ着を着せた。


ジュニパパに 日本のお正月気分を味わわせたいんだそうだ。
じゃあママも 訪問着を着たら?
「だって 着物は苦しいんですもん。」
まったく もう。 娘は苦しくてもいいんかい。


「So beautiful! 素晴らしいです。」

アタシを見たジュニパパは すごく喜んでくれた。
一緒に写真を撮りましょう。アメリカの机の上に飾りますと言って
ジュニに カメラマンをいいつける。

ファインダーをのぞいて パシャパシャ撮っていたジュニが 
カメラの陰から 不満そうな顔を出す。
「アボジ! そんなにべったりくっつくことはないでしょう?」
「うるさいな。 いいじゃないか。 ・・・茜ちゃんは 僕の娘になるんだろ?」
「!」


あらら ジュニが赤くなる。 そうか~って 嬉しそうな顔してる。

あ・・ ジュニってば 良からぬコトまで妄想したな?
ふふふな お口になっちゃって。 アタシの方が恥ずかしくなった。


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せっかくきれいな着物を着たから 初詣に行きましょう。
「人ごみは疲れるから その辺の小さな神社にしようよ。」


ジュニは ざっくりしたアラン編みのジャケットにマフラーを巻いて  アタシに寄りそうようにして歩く。
今日は寒さも程ほどで きれいに乾いた 冬の空が明るい。


お正月の街って アタシは好きだ。

人があんまりいなくて 車もブワブワ走ってなくて
どの家もこざっぱりと片付いて しん としている。


その辺の小さな神社だったけど 結構人はお参りに来ていた。
アタシたちはおみくじを引いて  ジュニが中吉で アタシが 末吉。
何だか景気が良くないねえ・・と 細くたたんで枝に結んだ。


「茜さん?」
枝に御籤を結びながら 静かな声でジュニが言う。
「・・・ん?」

僕 春になったら ちょっと忙しくなるかもしれません。
「神岡の方に しばらく行くことにもなりそうだし・・。」
「神岡って・・どこ?」

富山から また奥に入ったところです。鉱山がある所です。
「そこの 宇宙素粒子研究所と東京を 行き来することになりそうです。」


「茜さん?」

どうしたんですか 茜さん? 問いかけるジュニの 声が 遠い。
ジュニが ・・・遠くに行っちゃうの?
今の今まで考えもしなかったことに  アタシ すごくショックを受けちゃったみたい。

しっかりしなよ。
アタシの中の理性が励ますけど だめだよ 気持ちの揺れが大きすぎて。


ぽろぽろぽろぽろ・・・

「茜さん!」
びっくりした?ジュニ?   アタシ 一皮むけばこんなに情けない奴なんだよ。
「・・・遠くに・・・行っちゃうの?」

アタシ 子どもみたいに 口がへの字だ。
だってずるいよ ジュニ。  ずっと僕のものだって 言ってたくせに。
「え・・・えっく・・・。」
「あ・・かねさん。」


ふんわり。 視界が全部アラン編み。

「えっく・・えっ・・えっく・・」
「茜さん。」
僕の 僕の茜さん。 寂しがって くれるんですか?
ぎゅうって・・抱かれる。 でも すごく悲しい。

「ずっと 行きっきりじゃありませんよ。 月に半分は東京にいます。
 僕 時間を調整して いっぱい戻ってくるようにしますから。 ・・・ね?」
「ぐすっ・・・えっく・・うっく・・・」

ああ もうだめだ。  もう・・・ 泣いちゃえ。
あ~ん あ~んああんあん・・・
「茜さん・・・。」

しっかりアタシを抱きしめたまま。 ジュニが途方にくれている。
アタシは 盛大に泣きながら ファンデーションが落ちちゃうなって思った。

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「そんなに食べて お腹こわしませんか?」

お汁粉に 安倍川もちに 芋ようかん。
アタシはむっつり 食べ続ける。


涙の中にはストレス物質が入っていて 泣くことでストレスが減るらしいって
どこかの本で 読んだ事がある。
しばらく号泣したおかげで アタシは ちょっとだけ気持ちが落ち着いた。

ジュニはアラン編みの胸の所に ファンデーションのしみをつけて
心配そうに見つめている。

アタシはさんざん泣き続けた後 神社の向かいに開いていた甘味処へ行く!と言った。


「その栗きんとん・・食べないの?」
「僕 こんなに甘いのはどうも・・。  茜さん 血糖値が上がっちゃいますよ。」
「いいんだ。 食べすぎで死んでやる。」
「少し 元気が出てきたみたいですね。」

アタシの前に 肘をついて ジュニが愛しげに見つめている。

「僕を ・・・好きですか?」
「嫌い。」
「僕がいなくなると 寂しいですか?」
「全然平気。」
「メールしますね。電話も。・・・手紙も書きます。」
「い・・ら・・ない・・。」


ちきしょう。 ぽとん と涙が落ちる。
「浮気してやる。」

だめですよ。ちゃんと良い子でいてください。
すうっと長い指が伸びて 親指が 涙をぬぐってゆく。
帰りましょうか。 撫で撫で・・と手の甲をさすってジュニが笑う。

「帰ったら キモノを着替えて ・・・姫初めをしましょう。」

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よくもまあ 姫初めなんて言葉を覚えたね。

ジュニの部屋のソファにあぐらをかいて アタシ まだかなり拗ねている。
遠くへ行っちゃうなんてことを 
アタシに黙って 勝手に決めたジュニに腹が立つ。


「茜さん。 僕だって 寂しいです。」
だけど僕 茜さんが自慢に思ってくれるような 立派な人にならないと。

「フン・・  トップ・サイエンティストになるんでしょ?」
「そんなことは わかりません。まだ将来を決めかねているから。 
 だから 今は 興味のあることを学ぼうと思っています。」


“やりたい事が見つからなかったら 何でもいいから 
 好きなものの方へまっすぐ歩いていけばいい。 きっと何か見つかるからね。”

ジュニパパの言葉が 頭に浮かぶ。 すごく大人に見えるけど
ジュニも・・ アタシみたいに模索しているのかもしれない。
それでもやっぱり アタシってば 置いてきぼりにされる気分だ。


アタシをなだめるように笑って ジュニが 柔らかくキスをする。
「・・この先も いいですか?」
「やだ。」
「そんなことを言わないでください。  僕 茜さんと 愛し合いたいです。」
「やだ! ジュニなんかアタシを抱きたいだけで 愛してなんかいないんだ。」


・・・ああ もうアタシ めちゃくちゃだ。

悲しさや 寂しさがぐるぐるしちゃって ジュニの心に爪を立てている。
だって ひどいじゃない。 一人ぼっちがこんなに悲しいくらい
ジュニのことを 好きにさせておいて・・。

ぱちん・・・

そうっと 頬を叩かれた。
「心から あなたを愛しています。 知って・・いますね?」
「ジュニなんか 大嫌い。」
「黙って・・。」


ジュニの手。

頬を包む 大きな手。

かすかな吐息 優しい唇。
「愛しています。」
切なげな瞳 撫でられる頬。 もう1度 唇 ・・愛しています。
「悲しんではだめです。 いつでも どこにいても あなたを愛していますから。」

少し 寂しそうな微笑。落とされたキスが うなじへ滑る。
「茜さんは 僕のものです。」
僕は全部 茜さんのものです。  だから 離れても大丈夫です。

いっぱい いっぱい 頬を撫でられる。
それから その手が脇へ差し込まれて アタシの身体を持ち上げた。

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固くなったジュニが入ってきた時 やっぱりアタシ 涙がこぼれた。

ジュニは涙を吸いとって 困ったように アタシを見下ろす。
「そんな顔をすると 置いていけません。」
「ジュニなんか嫌い。」
「茜さんは 甘えん坊です。」


あなたが可愛くて あぁ・・ 僕 胸が痛いです。

ジュニの片腕が アタシの膝を 下から持ち上げる。
「茜さんを 壊して・・持っていこうかな。」

はぁ・・と 愛しげなため息が聞こえて ジュニが動き出す。
「今日はいっぱい 泣かせます。」
筋肉の盛り上がった腕が アタシの腿を お腹に押さえつける。
アタシの身体はいっぱいに開かれて 痛いくらい奥まで ジュニになる。


ジュニ 不思議だね。

半年前まで 知らなかったジュニが 今ではアタシの全部になってる。
「・・あ・・あ・・・あ・・」
ぷん とそっぽを向いたのに アタシの口から甘い声がこぼれて散る。
ジュニの腕が包み込むように 今度は腰を引き寄せる。
こんなに強く抱かれたら アタシ ジュニの身体の一部になりそう。

「あ・・あっ!!」
いくつもいくつも ジュニが突き抜ける。  さあ もう一度です 茜さん。

「僕を 身体中で感じて 憶えていてください。 ・・心から 愛しています。」

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優しい眼。 ジュニが アタシを見つめている。

アタシも ぼんやり見つめ返す。
「大丈夫ですか・・? ちょっと 愛しすぎたかもしれませんね。」
茜さんを ぼろぼろに しちゃったかな。 
「今夜のおかずは 全部あげますから 許してください。」

それから これ・・。

ベッドサイドのテーブルから ジュニが何かを取り上げる。
いたずらそうに私の手を取って プラチナの指輪を挿すと 茜さんを逮捕ですと言った。
「ステディリングです。よそ見は だめです。」


そして キス。 大切そうな ジュニのキス。 
「茜さん ずっと 僕のものでいてくださいね?」
「・・ん・・・。」

うん・・ジュニ。   アタシ泣きたいくらいに ジュニが 好きだ。
「愛しています。」
「うん。」

「愛しています。」
「う・・ん・・。」


とろけるような疲労の中で アタシはずっと  ジュニの告白を聞き続けた。



Fin

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