ボニボニ

 

JUNI それからstory 3

 




ジュニが 行く日。

アタシは 奴を見送りに行かない。 ジュニが それを許さないから。


「茜さんを後に残して 僕は 行けません。」
僕が去った後 茜さんが 家までしょんぼり帰るかと思うと 心が 切れます。
寂しげな茜さんに どこかの男が付けこみそうで 心配でたまりません。

「だから茜さんは 僕の部屋に 置いて行きます。」

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「あ・・・。」

離れる時。 ジュニはゆっくり身体を抜いて そっと アタシの頬を撫でる。


それから とてもしずかに服を着る。
身づくろいが終わると ジュニはもう1度 アタシの所へ戻ってきて 
アタシが伸ばす両腕の中に するりと滑りこんで 最後の すごいキスをくれる。
「・・疲れたでしょう?  眠ってください。」


うん・・ ジュニ。

アタシは眼をつぶって しばらくジュニに撫でられる。
半分夢の中でドアの音を聞いて それから 少しだけ眠る。
知らないふりして眠るうちに 

ジュニは ・・・アタシの世界から出て行ってしまう。

ジュニは 羽田から部屋に電話して それで アタシは眼を覚ます。
孤独の中で眼を醒まさないように ジュニは アタシを起こして行く。

「じゃあ 行きます。 僕を 待っていてくれますね?」
「・・・ん。」

待っているから早く戻って。 そう言いたいけど 言わない。
言えばきっと 声が揺れるから。  ジュニが 悲しむから。

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次の週。 アタシは 今の自分の空虚さが 尋常なものではないことを知って 呆然とした。


たった半月だ と言う人もいる。
けれどその人は 想いあう恋人同志の寂しさを 知らない。

毎日会っていても 会えないで電話する夜の数時間が 寂しい。
たとえ右手をつないでいても 触れ合っていない左手が 寂しい。
馬鹿馬鹿しいのは 百も承知。

でも ・・・どうしようもない。

1度戻ったジュニが また去って行く。 それがアタシには 想像以上に辛かったみたい。



「・・・・・・・・・・・・。」

「茜。 それ 目玉焼き。」
「え? あ・・・。」
アタシは ドレッシングに浸る目玉焼きに 呆然として
それからガタンと席を立つ。 ママの心配そうな眼が ・・辛かった。

アタシ こんなに弱くなかったはずだけどな。
学校のことや 自分の進路のことや 将来のこと。
考えなくちゃいけないことは たくさんあるのに
今は 頭の中に ジュニしかいない。



水曜日。  アタシの憔悴を見かねたのか ママが 誘った。
「ねえ 茜! ・・・・週末 ママと出かけようか?」

うーん いいよ・・・どうせ暇だし。
「立山黒部アルペンルートってのは どう?」
旅行? 旅行なんか 面倒だな・・・・
「ホタルイカでも食べてね。 ・・宇宙素粒子研究所を 見学しない?」
「!」

ママ・・ それって・・・。
「ママも日本の保護者として ジュニちゃんの暮らしを知っておきたいかなって。」

じんわりと 涙が出た。 
アタシ 結構クールな娘だったはずなのに。
恋する女は 弱いもんだ。

「ママ ・・・サンキュー。」

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羽田から飛び立って 上昇して平らになったと思ったら 下降する とアナウンス。
たった 1時間のフライトだった。


「近いわねぇ・・・。 ね? 茜。」
「う・・うん。」

アタシは ちょっと 気が抜ける。
アタシとジュニの間にあったはずの 膨大な距離が あっさり消えていった。

「行かない道は遠いけど 歩き出せば 案外どこへでも 簡単に行けるわね?」
「うん。」
「ジュニが北極に行ったって 会いたいなら 凹まないで会いに行けばいいのよ。」
「・・うん。」
なんてノー天気で  なんて パワフルなママ。
北極は海なんだから さすがにジュニも行かないよ。 行くなら南極でしょ? 


「あ ジュニよ! きゃ~ん!ワイルドなジャケット着ちゃって。ここよ~。」
富山空港には ジュニが 研究所の車で迎えに来てくれていた。
「茜さん!」


ジュニだ!
アタシは ママの眼も忘れ駆け出して ジュニに 高く抱き上げられる。

「茜さん 重くなりました。 僕が居ない分 ケーキを2個食べていますね?」
ジュニは 口いっぱいに 歯を見せて笑う。 
別れて1週間しかたたないのに  重くなるわけ ないでしょ?

「ママってば ジュニがいないと ケーキを作らないんだよ。」
それは良かった。 茜さんだけオイシイのは ずるいです。
ジュニは 抱き上げたアタシをすとんと落とし ちゅっ と こめかみにキスをした。



富山空港から 車で約一時間。
宇宙素粒子研究所は 研究員の宿泊棟もついた立派な建物だった。

ジュニが言っていた「スーパーカミオカンデ」は ギリシャ神話の怪物じゃなくて
ゴムボートも浮かべられる 大きな大きなプールだった。
破損事故で目玉をいくつか交換したんだって。目玉が多いと大変だねえ。

「大きな目玉よねえ・・。これで 何を見るの?」

とりあえず見学に来たものだから ママってば 一応 質問をしてみる。

「ここに5万トンの水を入れて チェレンコフ光のイメージを捕らえるのです。」
「ふぅん そう。 ああ もうその先は教えてくれなくていいわ。 ・・食堂は?」
「あははっ 研究宿泊棟のほうです。」

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「まあまあ この子が ジュニの『茜さん』かい? きっれいな子だねエ。」
「ほんとほんと。スタイルがいいわねえ モデルみたいだ。」
「ジュニものっぽだけど 茜ちゃんも背が高いよ。こりゃお似合いだ。」


ジュニは 食堂のおばさんに 可愛がられているみたいだった。

ママってば マザコンの母親みたいに愛想よく挨拶をして
好奇心丸出しで この辺のことや食事のことを あれこれと聞いている。
けっこうアットホームだね。 アタシの知らないジュニの生活が・・ここに 出来ている。

「茜さん? 僕の部屋・・見に行きますか?」 
そっとジュニが囁いて アタシは ちょっとどきどきした。



ジュニは部屋に入るとき ドアを 大きく開けたままにした。

・・な~んだ。
キスされるのかなって 思った自分が 恥ずかしかった。

宿泊室はコンパクトで まあ 小さな ビジネスホテルみたいな部屋。
机の上に写真立てがあって 
ジュニに肩を抱かれたアタシが笑ってる。

「感心感心・・ きれいなおねーちゃんの写真を 飾っているね。」
「ふふ・・もちろんです。  ほら ここにも。」
ポンと開くパソコンの モニターいっぱいにアタシの“イー”の顔・・・ 実物大だよ。

きゃー! 恥ずかしい。 これは止めて と振り向くと
ジュニがすばやくキスをした。
それから いたずらな眼で キーを パタパタタイプする。
「これは 僕の 秘密のアルバム。」
「ぎゃあ!」

ジ・・・ジュニ。 こんなの いつ撮った?
「茜さんが 気が遠くなって寝ているときです。 可愛いおしりですね。」
消してよ!と言ったら 慌ててフォルダを隠された。
「複雑に制限をかけているから 茜さんには開けられませんよ。」


「・・こんなおしりを見ちゃうと ふふ 茜さんを 抱きたいです。」
ちょっと赤くなる。 アタシも・・抱きしめられたいです。
「・・・ドア 閉める?」
「だめです。」

茜さん。 ここは とりあえず独りものの 男ばっかりです。
「皆さん 研究を離れれば ロクでもないことばかり考えています。」
「・・?・・」
「僕が この扉を閉めたら 彼らは必ず “ある想像”をします。」
「・・からかわれちゃうの?」

アタシが コソッと笑って聞くと そんなことはかまいません とジュニが言う。

「茜さんのことを 想像されるのが 耐えられません。」
僕以外の男には 茜さんのえっちな姿を 見せたくないです。
「それは だって想像でしょ?」
「・・・想像するのも だめです。 僕だけのものです。」
ジュニは 恥ずかしげに うつむいた。 
 

「・・お? おお!」
コンコン!   いきなり 素っ頓狂な声がした。 
大柄であごひげのある 人の良さそうなオジサンが 入り口の所から覗いている。

「おい? ひょっとして そちらは 茜ちゃんか?」
「ああ 三浦さん・・。」
茜さん。 研究員の三浦さんです。
「この研究所の中で 一番 性格の悪い先輩です。」
なんだとこのヤロ。アタマいいと思って 言いたいことを言いやがって。

大好きな先輩が 出来たみたいだね。
ヘッドロックで アタマをうりうりされて ジュニが嬉しげに笑う。

「うへぇ・・写真よりずっと美人だな。 茜ちゃん。本当に17歳? オトナっぽいね。」
「う・・ん。 アタシ よく オトナっぽいって言われる。」
「きゃー! その物言いが17だ。 可愛い~い! ・・年上は 好き?」
「三浦さん!」

ジュニってば。 
ぎゅっとアタシを抱きしめる。 僕の婚約者です! 変な事を言わないで下さい!
「ね? ここの人は 油断も隙もありません。」

三浦さんが わははって 豪快に笑った。
その後も おじさん達が ぞろぞろ覗きに来る。
わぁい 本物の女子コーコーセーだ!って ちやほやされて 照れちゃうな。

・・・しかし皆 お部屋が閉まっているかどうか 覗きに来たのかな? 
男ばっかりの世界って 粗野だけど温かくて 面白そう。 少し アタシは羨ましかった。

ママは 随分経ってから やって来て
開け放しのドアをチラリと見て 礼儀正しいのねジュニちゃん と笑った。

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神岡の近辺には ビジネスホテルの他は 小さな旅館しかなかった。

茜と2人の旅行なんて久しぶりね とママが言う。
ジュニは荷物持ちについてきて ママはお夕飯を3人分 宿に注文した。

「さ~あて・・と。 ママはご飯の前に お風呂に行っちゃおうかな~!」


・・・どうもありがとう。
アタシはちょっと赤くなる。 ママ ご配慮 すごくすごく嬉しいけれど 
もっと さりげなくしてくれないと 恥ずかしいです。

ママがお風呂に行ってしまうと 
茜さん ここへいらっしゃい とジュニが呼んだ。
壁にもたれて座るジュニの 脚の間に抱き取られて 大きな腕で閉じ込められる。
 
アタシとジュニの いつもの形。
同じ方向を見て 互いの鼓動を身体に感じあって・・・。

「急に 来るなんてどうしたんですか? 嬉しかったけれど 少し 驚きました。」
「ご・・めん・・・。」

ゆっくり頬を撫でる手が ああ ジュニの温もりだ。
背中から抱きしめられてもたれると ジュニの囁きが 耳元で聞こえる
「寂しくなってしまったのですか?」
「・・・うん。」


ジュニはアタシを抱いたまま じっと 空を見つめている。
「ママさんが心配するほど寂しくなるのでは ・・・困りましたね。」
アタシは 温かい胸に抱かれて ほんわり 気分をゆるめていた。

ジュニは 黙ってアタシを撫でていたけれど。 ・・やがて その手が止まった。

「では 僕は 帰ることにしましょう。」
「・・・え?」
「ここでの研究は あきらめます。 東京で出来る事を 探しましょう。」

・・ジュニ?

「茜さんに そんなに辛い思いをさせてまで 研究することはできません。 
 止めましょう。 僕は また別の研究テーマを 探せばいいだけですから。」
ちゅっ。  茜さんは 心配しなくて大丈夫です。


「・・・・ジュニ!」

アタシは すごく自分が情けなくなった。
いい先輩も 優しいおばちゃんもいるじゃない。 研究も 面白いんでしょ?
アタシの為に ジュニは また 大事な時間を捨てるって言うの?


大人のふりをしているけれど ジュニは アタシと たった2つしか違わない。
アタシは情けないヒヨコだけど ジュニだって きっと まだまだヒヨコなんだ。

それなのに。 羽もそろわない ヒヨコなのに。
ジュニは 生えかけのささやかな羽を抜いては 
アタシのための巣箱に 懸命に 敷いてくれる。


―アタシ こんなに情けない奴じゃ ・・絶対 だめだ。

ジュニ。  
それじゃ アニーさんじゃなくても  アタシが アタシを許せない。
身体に回された手をつかまえて 頬をつけてみる。
離れていたって  ジュニはいつだって アタシを抱いていてくれる。
ねえジュニ。  アタシ もう大丈夫 ・・になるよ。



「ジュニ?」
「何ですか?」
「アタシね。 寂しかったけれど もう・・・これからは 辛くならない。」

飛行機に乗ったら ここまで 本当に すぐだったから。
来たい時は いつでも来られるんだって わかったから。 
「もう大丈夫。 我慢できるよ。」 
「茜さん・・・。」

アタシはまだヒヨコだから ジュニに何もしてあげられないけど
せめて 自分でしっかり立てるようになろう。 
「寂しくなったら 合コンでもして 遊んでいる。」
「それは ダメです!」


わざと 心配させましたね?
「茜さん? 僕に 愛され足りないんですね?」
げ・・・・

あの・・十分です。 まだ 前にいただいた愛が 山ほどありますから。
まさか ママがいるからそんなコトはしないよね? アタシは ビクビク・・
「そうですか? 残念です。」 
ママさんが帰ってくるまで スリルと快楽を味わいたかったのに って。
ジュニの場合・・ 冗談じゃないあたりが怖い。

「じゃあ ママさんが戻ってくるまで キスをしましょう。」

茜さんが 僕を忘れないように。 
ずっと 僕を好きでいるように。
ジュニの手が アタシの頬を引き寄せる。そっと 唇がやってくる。
「・・ん・・」

ジュニの手が ゆっくり背中を撫で上がり 頭を支えて引き寄せる。
「茜さん ・・愛しています。 知っていますね?」


知ってる よ。 だからアタシは 強くなろう。

ジュニに んくんく吸われながら アタシは 小さな決心をした。

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