ボニボニ

 

JUNI それからstory 9

 




ジュニが  神岡から帰ってこない。


三浦さんの学会論文が 何とかかんとかで とても 忙しいらしいんだって。
良かったね ジュニ。 きっと研究に 打ち込めているんだね?



RRRRRR・・・

「茜さん? 今 どこにいるのですか?」
「・・・・自分の部屋。」
茜さんの顔が 見たいです。 昨日も会えなかったですね。 ビデオチャットをしませんか?
「今夜は雨が強いし もう夜 遅いから。」

そうですか  それでは僕の部屋に行けませんね。 夜道は 危ないです。
「では・・ もう少し 電話をしてもいいですか?」
「見たいTVが あるんだ。」
「・・・・わかりました。」

茜の バカタレ。


アタシは 本っ当に 素直じゃないな。
だけど ジュニに会えないのが辛くって 顔を 見たくない。 

ねえ ジュニ。
どうして帰ってこないの? どうしてアタシのそばにいないの?
どうして。  ・・・どうして あの手紙を 取っておくの?
「あー! もうっ!!」


頭を掻きながら台所に行ったら ママが お菓子を作っていた。
ふんふん・ふ~ん♪ って いつもごきげん。 ホントに 幸せな人だ。
「珍しいね。 ジュニがいないのに ケーキを焼くの?」

うっふん。 今夜はね~ マドレーヌなの!
「ジュニちゃん 今週も帰って来られないって言うから 送ってあげるの~♪」
「送る?」
「だって~ジュニちゃんってば ママさんのケーキが食べたいですって 言ってたんだもーん。」

ヴィーン・・・

ママは にこにこボウルを抱えて 卵を盛大に溶いている。
「ケーキを食べたいって・・? あの ジュニから 電話が来たの?」
「うう~ん~。 ファクス。 ほら 電話だと忙しいかもしれないから~。」

こういうお手紙を送るのよって ママがいそいそ見せてくれた。
いい歳して文字のおしりをびょーんと引っ張って 先っぽに花がついてる ぶりっ子の丸文字。
庭の花が咲いただの 近所の猫がどうしたのと お気楽なことを 書き連ねてある手紙。
ママらしいや。 アタシの胸が 温かくなる。

「そしたら ほらね。 これがジュニちゃんのお返事。」 
“ママさんの ケーキが食べたいです”

どきん・・・。

なんだか 胸が締めつけられた。 端整なジュニの字から リアルに体温が伝わってくる。
ママはもうケーキに集中。 グラニュー糖を混ぜ込んでいる。
アタシは ジュニの書いた文字を見つめて じっと その場に立ち尽くしていた。

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午前1時。

リビングは しんと静まって 闇の中に沈んでいる。
こっそり足音を忍ばせて アタシは 電話の前に立った。

“何してるの?”
それだけ書いたコピー用紙を ファクストレーに差し込む。 
短縮番号を押すと 思いがけないくらい大きな音がポーッと鳴って 紙を飲み込んでいった。


ママ達に 聞こえちゃうかな・・?

大丈夫だよね。 ママ達の部屋 ここから遠いもん。
「・・・・。」
ねえジュニ。 部屋にいたら きっとこのファクスに気づくでしょう?
返事くれるかな。 アタシ ジュニの書いた “言葉”が欲しい。


トゥル・・

電話が一瞬だけ鳴って ファクスに切り替わる。
ヴーン・・と 鈍い機械音がして 紙が1枚吐きだされてきた。
“愛しています。 知っていますね?”

ジュニ!

RR・・
いきなり電話のコールが鳴った。  慌てて受話器を取って 音を止める。
「・・・茜さん?」
うん とだけ。 後は黙り込んでしまう。 電話線の向こうには 心配そうなジュニがいた。

「寂しくなって しまったんですか?」
「・・・・・・。」
「こっちの仕事、出来る限り早く終えて 帰ります。」

ぽろって 涙が出た。 あんなに決心したのに。 アタシって全然ダメじゃん。
「いい。」
「茜さん?」
「待てるから・・。 ジュニは研究をがんばって。 今日はちょっと 手紙が欲しかっただけ。」

もっと送りましょうか? 耳元で 優しいジュニの声。 きっと 辛そうな顔をしている。
「ううん・・もういい。 ママ達を 起こしちゃうから。」
「心から 愛しています。 僕は 全部茜さんのものです。」
決して忘れないでください。 離れていても いつも心で 茜さんを抱いています。


“じゃあ あの手紙は?”  喉元まで出て 凍った疑問。 
ごくん と飲み込んだら 食道を切り裂きながら 氷が 落ちて行った。 

-----


次の週。  思いがけない電話があった。


「・・茜ちゃん? 僕 三浦です。わかりますか?」

ビデオチャットで見るときの おちゃらけた感じが微塵も無い 三浦さんの声。
アタシは心臓がドキン と 大きく音を立てるのを感じた。
「おひげの? ・・・・ど どうしたんですか。 ジュニに 何か?」
「ああ。 奴はその 大丈夫だから ・・一応。  ちょっといいかな?」


茜ちゃん。 今週末に 神岡へ来る事はできませんか?

僕に 旅費を出させてくださいって。 三浦さんが なんでそんなことを言うの?
「奴。 ちょっと このままだと だめみたいだ。」
「だ・・め?」
「あいつ。 もうすぐ 過労で倒れる。」

信じられない勢いで 解析作業を進めているんだ。 4日も5日も眠らない。

もともと一人で出来る量を遥かに超えて作業をしているのに 空恐ろしいスピードなんだ。
ベッドに叩き込んでも すぐに起きて来て 憑かれた様にやっている。
「早く片付けて・・・君のところへ・・ 帰りたいんだと思う。」
「!」

もういいから一旦東京へ帰れと言ったんだけど まったく 言うことを聞かないんだよ。
「もちろん 彼が手伝ってくれなければ研究は出来ないんだが。 でも あれではもたない。」
「わ・・かりました。」

僕の方で所内に来訪者用の部屋を取るから 茜ちゃんが 来てやってくれないか? 
「・・・勝手をお願いして 申し訳ないね。」
三浦さんは 最後までシリアスな声を緩めなかった。
それが ジュニの状態が尋常じゃない証拠で。  アタシは すごく怖かった。



“行ってらっしゃい。”
話を聞くと ママは即座にそう言って 旅費を用意してくれた。

茜? ジュニちゃんの心には ちょっぴり 壊れている部分があるの。
「解っているわね?」
「・・・う・・ん・・。」

ひた とアタシを見据えるママの眼が 久しぶりに怖い。
「あなた。 最近ジュニちゃんに 何か 心配かけなかった?」
「・・・・。」

ああ・・・ママ。 アタシはうなだれる。 
アタシって 最低だ。
会えないからって 拗ねて連絡を避けたり 突然 夜中に泣きついたり。
ジュニが どこにいても 必死でアタシを抱いているってこと。 ちゃんと知っているくせに。
 
ぽろぽろと 涙が出た。

ママは ぎゅっと私を抱いて 気をつけなさい とそれだけ言った。

-----


土曜日。 富山空港には 三浦さんが迎えに来てくれた。

陽気で面白い顔しか見たことがなかった三浦さんが 今日は 大人の顔をしている。
アタシ。 きっと不安げな顔をしていたんだな。 
やれやれ やっと救いの女神が来たぞって 三浦さんは無理矢理 冗談を言った。


『関係者以外立ち入り禁止』のドアを開けて びくびくと部屋に入る。
ジュニは コンピューターのモニタが並ぶデスクに 向かっていた。
「おい! ジュニ・・・。 少し休め!!」
「・・・・・・・。」

まっすぐ前を向いたまま. 
振り向きも 揺らぎもしないジュニの 頑固で 神経質な背中。
三浦さんが 無言でアタシを見てうなずく。 ごくん・・ と 思わず喉が鳴った。
「・・・・ジュニ?」

カタカタと猛烈にキーボードを叩いていた音が ぴたり と止まる。
「ジュ・・ニ。」
ゆっくり ジュニが振りかえる。 アタシの眼に 涙が盛り上がった。


こんなのって あんまりだ。 

ジュニってば ものすごくひどい顔をしているよ。
眼がくぼんで 頬がそげて 少し髭も生えて。
疲労がべったり貼りついた顔で 眼の光だけが ギラギラしている。
「茜・・さん?」

ジュニがヨロリと立ち上がる。  アタシは 思わず駆け寄って 抱きついてしまった。
慌てて 抱きとめるジュニは
ケガをした所がないかと探る時みたいに 心配そうに アタシの背中を撫でる。

「・・どうしたんですか?」

大丈夫ですか?って ジュニが言う。 大丈夫じゃないのは そっちだよ。
ひどいよ。 ぼろぼろじゃない。 どうして どうして こんなにまで頑張っちゃうの?!

「ジュニ。 ジュニ。 お部屋へ行こう・・・。」

-----


茜さん。  ドアを閉めてはいけません。 他の皆が 良からぬ妄想をします。
「いい!」

バタン! と ドアを閉めた。

ベッドに並んで腰かける。 ジュニは アタシの頬を撫でて 戸惑うように見つめている。
「・・・辛くなりましたか?」

ぼろぼろと こらえようもなく涙がこぼれて 思わず ジュニを抱きしめる。
手を伸べて ジュニの頬をそうっと包むと ジュニが 不思議そうな顔をする。

擦り切れて 消耗して ひどい疲労の中で。  それでも ジュニは言う。
“茜さん。 ・・・辛くなったのですか?”

この人は本当に  悲しいくらいに 懸命なんだ。
ギリギリまで。 こんなに自分を痛めても 必死でアタシを 守ろうとしてくれる。
お仕事がんばってと言ったくせに 寂しそうにしてしまったアタシが
ジュニを こんなところまで追い詰めた。

「・・・・ご・・めんなさい・・・。」
「茜さん?」

うまく言葉が言えなくて 首に抱きついてキスをする。
ヘタクソな アタシのキス。   それでも 唇を離したら ジュニが嬉しげに笑った。
「僕のキスが 恋しくなったんですか?」

それでは・・と ジュニのすごいキスが来る。 頭の後ろを 大きな手が支えて
アタシの舌は誘い出されて ジュニの舌に巻き取られる。
「・・・は・・・。」

ふらりと 身体の力が抜けて ベッドに背中から倒れてしまう。
とっさに支え損ねたジュニが アタシの上に かぶさってくる。
「困ったな・・・・。 今日の茜さんは とても大胆です。」
こんな体勢になってしまうと 僕 ちょっと 理性が持たないです。

ジュニが アタシを抱きしめる。  ああ・・ 茜さんです。
「・・でも こんな昼間からは 抱いてあげられませんよ。 ここでは 皆に筒抜けです。」
「バカ。」

 
「・・・遠いのに よく来ましたね。」
嬉しいです と 優しい指が髪をすく。 くすぐったいアタシは ジュニの胸に埋まる。
「ねぇ ジュニ。 お昼寝したいよ。 一緒に・・。」

長旅で疲れたのですか? いいですよ。 
さあ と言ってジュニの腕が アタシを深く抱き直す。
アタシを 抱き枕のように ぎゅっと抱きしめたまま ジュニは 笑って眼をつぶる。
「寝てください。 ・・僕も 少し 寝たいと思っていました。」


スウ・・・。   スウ・・スウ・・・。

涼しい風が部屋の中を さやさやと洗う。 ゆっくり遅くなってゆく ジュニの呼吸。 
寝息をひとつ ふたつと数えて アタシはじっと動かない。
身体に回された腕と脚から 彼の緊張が少しずつ抜けて 重くなってゆく。 

眠ったのかな?  
薄目を開けて 覗いてみると 眼の前に ジュニの無防備な寝顔があった。
アタシは 声を こらえたけれど  涙だけは こらえられない。


切ないくらいに不器用で ブレーキの壊れた アタシのジュニ。  
アタシは なんて不用意に ジュニに甘えてしまったんだろう。
“ぴく! ”
ジュニの身体が少し跳ねて 身体に 緊張が戻ってくる。 ・・・夢を 見たの?
「ジュニ? アタシ ここだよ。」

そうっと 耳へ囁いてみる。  
腕をまわして抱きしめると 眠るジュニが ゆっくり笑った。

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ジュニが ぱっちり目を開いたのは もう暗くなる頃だった。

淵から浮くように目覚めたジュニは 腕の中にアタシを見つけて 少し 恥ずかしげに笑う。
「すみません。 ・・僕 ずいぶん寝てしまいました。」
ジュニの顔色が さっきよりかなり良くなっていて  アタシは それが嬉しかった。


「おお! お前 やっと人間らしい顔になったじゃねえか!」

ジュニに連れられて食堂に行くと 三浦さんが 大きな声で迎えてくれた。
ホッとして すごく嬉しそう。 この人は 本当にジュニのことを 心配してくれていたんだ。

「僕・・。 せっかく茜さんが 来てくれたのに ほったらかしで寝てしまいました。」

いやいやいや。 休めて良かったよ! お前 本当に壊れてたから・・・。
「茜ちゃん効果は 絶大だったなあ。」  
茜ちゃんが帰るまで お前の仕事は「出場停止」だ。 少し休め。
まだまだ頑張ってもらわなくちゃいけないんだ と笑って 三浦さんは去っていった。


「茜さん。 ご飯は 日替わり定食が美味しいです。」
ジュニは お盆を取り上げて カウンターを覗き込む。
「おばさん。 僕 ご飯を多くしてください。」
にっこり笑うジュニを見て 厨房のおばちゃんたちが 顔を見合わせた。

「あらあら まあ・・。 良かったよ! ジュニが“ご飯を多くして”だって。」
「食欲出たんだ。 おや! 茜ちゃんが来てくれたのかい? 良かったねえ。」
アタシがモジモジお盆を出すと おばちゃんの1人が じっと アタシを見た。

「・・・ジュニは 本当に茜ちゃんが・・・・好きなんだねぇ。」


今晩泊めてもらう宿泊室は 研究員の住む棟の続きにあった。
アタシを部屋に案内する時 ジュニは やっぱりドアを開けておく。
「お風呂の場所は このファイルに書いてあります。 ・・しばらく 1人で大丈夫ですか?」
「うん。 でもジュニは?」
「僕 少しだけ 研究室に顔を出さないと。 茜さんは ゆっくり休んでいてください。」

出口へと歩きかけて ひた と止まる。  振り返らないジュニが 小さな声で言った。



「ドアはロックしないでおいてください。 ・・・後で 茜さんを 抱きに行きます。」

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