ボニボニ

 

JUNI それからstory 12

 




“行ってきまーす!”





門扉を開けて見上げると 今朝は 見事に 空が高い。


あぁ 秋 なんだ。 
ジュニとアタシが 出会った季節。  あれから もうすぐ1年が過ぎる。 
そして 去年と較べたら 今のアタシは ・・・信じられないくらいに 変わった。


“将来”って  本当に 自分で 選べるものなのかな。

少なくとも アタシの場合、 
ある日 突然現れたジュニが ぴっかぴかの笑顔と 大きな筋肉コブコブの腕で 
アタシの人生を えいやっとばかり ひっくり返してしまった。


ねえ ジュニパパ?

こんなんで アタシはちゃんと 自分の人生を歩けるかしら。

-----


「人生の転機と言うものは 予期せぬ瞬間に 神から 与えられるものではないでしょうか。」


それは 例えば 一冊の本への感銘であったり
目標とすべき人との出会いだったり  或いは 転身の機会だったり。
その時 貴女がどう対応するかということが

「将来を選ぶ という事なのではないかと思います。」


ナルホドねえ・・。 さすがに宗教を持っている人は 説法が上手いもんだ。
進路相談のテーブルで アタシはシスターの話を 感心して聞いていた。


「高坂さんはこの頃  素晴らしく 学業にいそしんでいますね。」
これなら かなり狙える大学も多いと思いますって。
シスターは すっかり アタシを受験組だと思っているみたいだった。


「あの・・。 アタシ 受験はしません。」
「え?」
「美学科の方に・・ 進学しようと思います。」

シスターは 目をパチパチ。 困ったように笑顔を繕う。

そうだよね。 かくいうアタシだって 一昨日位までは 迷っていた。
「それでは どうして受験勉強を?」
「ええ・・。」


ジュニに 勉強のコツを教わって アタシは かなり成績が上がった。
これなら中堅私大も狙えるなって 入学案内を取ってみたりしたけれど・・。

偏差値的に入れるからって 入りたい大学がある訳じゃない。

ゆっくり ゆっくり 考えていたら くるんと廻って 初心に戻った。


美学科のある短大って そんなには 都内に多くない。
アタシが 柄にもなくクリスチャンの お嬢さん学校なんかに入ったのは
うちの短大へ エスカレーターで行けるからだったんだ。

「・・・ウチの大学なら 2年の修了時に4年制への編入試験も受けられるし。」
「そうですね。」
「まだ 将来何になりたいと はっきりはしないんですけれど・・。」


アタシは アートやテキスタイルやモードって言葉に ピピッと 反応するみたいだから 
「・・・美学を やってみようかと思うんです。」




茜! 茜! 茜! 茜!

教室を出たら 真由っぺが 廊下のすみっちょからブンブン手招きをした。
「どうすんのっ?!」
「このまま ・・・・ウエ。」

やったー!!!

ありがとう! それでこそ 茜は私の親友だって 
真由っぺ、 あんた 一緒にトイレ行くんじゃないんだからさ。
じゃあ アタシも美学を選ぼーなんか言っちゃって。  主体性がないこと この上ない。


「あのさぁ 真由っぺ。  ジンセーを、アタシに付き合って決めることは ないと思うよ・・。」
「いいの!! アタシ 別に 学問に好き嫌いはないから 何でも食べる。」
「何でも食べるって・・。」

―トホホ。 あんたの進路決定は まるでランチのレストラン選びだよ。



「じゃあさ! そんなにガリガリ勉強しなくていいじゃん? バイトしようよ!」
「バイトぉ?」
うんうんうん と 真由っぺは 激しくうなずく。

彼女の言い出すことは いつも その直前にしていた話と無関係で
一体どういう順序を踏めば そういう発言になるのか アタシには 見当もつかないことが多い。

「何で・・バイトするの?」
「金が無い。」
「至極 明解なご回答を ありがとう。」



―・・・ああ でもな。

考えたら アタシだって お金はあった方がいい。
またいつ何時 神岡に行くことになるかわからないから。
旅費だって結構かかるし ママが いつも出してくれるとは限らないもん。


「バイトかぁ・・。」

「お?! その気になってきましたね? ではでは 『ウェンディーズ』で これ!」
ゴソゴソと 真由っぺは サブバッグから雑誌を出す。
『an.』に『idem』、『フロム・エー』・・


「集めたねえ・・・。 何だ? 『ガテン』なんか どうすんの?」
「まっ 場合によっては 筋肉仕事もアリかなって へへへ。」

ガテン仕事だったら ひょっとして チョン・ウソンみたいな現場監督が いるかもじゃない。
「“お前 角材ひとつ担げないのか? 貸してみろ!” 
 “監督ぅ” “お前の分は・・俺が運んでやる”  なんちゃって きゃー!」


真由っぺは 右を向いたり左を向いたり 一人で『ウソン監督&私』をやっている。
・・・ホント あんたの 思考回路には 付いていけないよ。




午後4時半。 女子高生の強い味方『ドリンクバー』をオーダーして ソファに座った。

「ね~え? こういうのより “ケータイでモバイト”が 簡単じゃないの?」
「うんにゃ! じっくり吟味する時は 紙モノに限る。」
パケット代もかからない。 フンと鼻息を荒くして 真由っぺは 雑誌を手渡してきた。 
「まあ・・そうかな。」


女2人で向かい合って パラパラと マガジンをめくっていく。
アルバイト・マガジンって よく読むと 結構面白い。

「ね・ね・ね! 『簡単な接客業・時給2000円!・初心者大歓迎・高校生可』だって。」
「危ねー! 絶対ソレ 変なのだよ。 ほら~ぁ なんかイラストもエロいし。」
「おミズっぽい仕事かなぁ。」

勝手なツッコミを入れながら ページを繰る。
バイトするなら 勤務地はどの辺がいいだろう。  学校帰りなら 五反田、渋谷、原宿・・。
「あ?」


小さな そっけない囲み記事。

“それは 例えば 一冊の本への感銘であったり
 目標とすべき人との出会いだったり 或いは 転身の機会だったり・・・。”



『短期アルバイト募集 若干名 展示会用の商品管理 その他。』
 勤務地 原宿。  ― Humpty connection ―

「・・・・・。」


“その時 貴女がどう対応するかということが・・・・”
シスターの声が 脳裏に 響く。

“興味のある方へ まっすぐ 歩いて行けばいい。”
ジュニパパが どこからか 声をかけた。


「真由っぺ。 ・・コレにしよう。」
なになに?と 覗きこむ真由が げ・・ と小さく声を上げた。
そんなトコが高校生なんか 雇ってくれる訳 無いじゃん。

まだ何か言っている真由の声が 聞こえない。
アタシは 夢中で携帯の履歴を探して お目当ての番号を見つけ出した。

-----



「進路相談は どうしたのですか?」


神岡はもう 寒いのかな。 
ビデオビューアの中のジュニは けっこう 厚手のセーターを着ている。
「うん。 女ばかりは飽きちゃったから 男の子がいーっぱいの 工業大学に行きたいの♪」
「・・・・・・・・。」


ジュニが ワニ眼。

こういう事になると これっぽっちも冗談が効かない。 アタシは慌てて 白状する。
「ウソ。 このまま上に 進学するつもり デス。」
「・・・・本当ですか?」


やばい。 片方だけ 眉毛が上がって ジュニってば かなり怒ってる? 
 
ひ、ひょっとして 今は お仕事が大変な時 なのかもしれない。 
アタシは 急に心配になって 奴の機嫌を 取りはじめた。

「あのあの! 男ばっかの大学が希望なんて 嘘。 ・・ジュニに ・・やきもちを焼かせたくて。」
あぁ 赤面。 
だけどコレ位言わないと この際 危ないのかもしれない。


思いっきりのコビコビだけど 小首を傾げて 笑ってみせたら
あっさり。  ジュニは 機嫌を直した。 
「あぁ 茜さんときたら!  何て可愛いことを言うのかな。 抱いてあげたいです。」
うふふ 愛していますって もう 溶けそうな笑顔を見せる。



・・・こいつってば。 こういう所 呆れる位の“ド単純”。

それでも ジュニの嬉しげな顔は 胸が痛くなるほどイカシてて。
アタシってば ぽよぽよ湯気が出そうなくらい 赤い顔に なってしまった。

「茜さん? ずっと 僕のものですよ。」
「ん。」


繊細で 気難しくて 真剣すぎて。  ちょっと困った アタシのジュニ。
だけど 何より困ったことに
アタシってば  ・・・こいつに ベタ惚れだ。

「大学でやることも いくつかありますから 来週は必ず帰ります。」
「ん。」
「寂しく ありませんか?」
「だいじょぶ。」


は・・。 とジュニが切なげに笑う。 僕は“だいじょぶ”じゃ ありませんよ。
「茜さんが 恋しくて。 毎日 辛いです。」
「え? ジュニ?!  ちゃんと寝てるの? ご飯は?」

ふっ と ジュニは眼を閉じて ゆっくりと首を振りながら 笑う。
心配は 要りません。 茜さんが辛いということには 耐えられないけど。
「自分が辛いのは 平気です。」

僕は 結構 忍耐強いです。 
「茜さんが恋しい時は たくさん 運動をして 気分を変えています。」
げ・・・。
そうして 神岡にいるうちに  ジュニってば シュワちゃんになってしまうかも。



“それでは茜さん。 今夜は 絶対 僕の夢に出てきてください。”

ンなこと アタシに言われてもってコトを ジュニは 真顔で念を押すと
カメラに向かって ちゅっとしてから 茜さんが先に切ってくださいと言った。

-----



仕事となったら 甘やかさないわよ。

いたずらそうに 指を振って タカミさんは念を押す。
「もちろんです。 どうも・・ ありがとうございます。」
「仕事は当面 札付けとか検品なの。 アッコちゃんの指示で動いて。」


ぺこり と頭を下げて。  もう一度上げたら タカミさんはいなかった。
アッコちゃんと呼ばれた 社員の人が よろしくねと アタシ達に言った。

「まず箱の中の服に タグを付けて。 モヤシはなくなったら そっちの箱にあるから。」
「モ・・ヤシ?」
「あ、うん。 このタグ用のループ。 生地を傷めないように 洗濯表示のところへ打ってね。」


値札を留める このプラスチックの紐 「モヤシ」って言うのか。
言われりゃ 丸く留める前は モヤシに似てる。
「くっくっく・・。」
真由っぺと 2人。 目配せで笑っていたら アッコちゃんさんが 興味津津という感じで 聞いた。



「ね? あなた 冬物のポスターの子と 付き合っているんだって?」
「は?」
ジュニの こと?

「え・・。 まあ。」
そうか。 ジュニのポスター もう貼られているんだ。
「カッコいい彼よね?」
「・・はぁ。」

真由ってば ふんっと アタシを押しのけるように 出て来る。
「あの! ジュニは茜の“彼”じゃなくて “婚約者”なんです。」
「婚約者?」
「ええ! 20才になったら 結婚するんです!」

ま、ま、 真由っぺ。 



アッコちゃんさんが 行ってしまってから アタシは 彼女の袖を引いた。

「いつ アタシが 20才で結婚するって言ったよ!」
「今日 私が 決めました。
 茜ね。 あんた ジュニがベタ惚れだって 安心してるんじゃないわよ!」


不安の芽は スプラウトのうちに抜いておかなきゃいけないの! と
真由っぺったら 妙に 鼻息が荒い。

「真由・・・?  俊ちゃんと 何か あった?」 
「うるさい。 バイトは 無駄口きかずに 手を動かす!」
「・・・・。」

ポチポチポチ・・・

そして アタシ達は流れ作業で 商品に「モヤシ」を付けていった。



しかし・・ 死ぬほど量があるね これ。

2時間後 情けない声で 真由っぺが言う。
「そりゃあ 人手を募集する位だからね。」
平日は 2-3時間の約束だから これが終われば 上がりだよ。
「がんばろ。」

すごい単調な タグ付けの作業だけど アタシは 何だか楽しかった。

今 タグをつけているのは レーヨンサテンのバルーンっぽいスカートで
今年よく見るデザインなんだけど やっぱり 微妙に違って カッコイイ。
タカミさんのセンスって 甘さがなくて そのクセ可愛い。

ああ アタシは きっと 多分。 タカミさんのデザインの傍に 居たいんだな。



バタン!
「!」
「あれ? タカミは?」

びっくり。 いきなり男の人が 大股で 部屋へ入ってきた。
「・・チーフは こちらにはいません。」
タカミさんは 皆にチーフと呼ばれている。 アタシもそれの真似をして 答えてみた。

「ふぅん。 ・・君たち 新しいスタッフ?」
「あの バイトです。」
「バイト? あ! ポスターの奴の彼女か!!」

一体何なの この反応?
さすがのアタシも むっとする。 どうしてアタシとジュニの事が こんなに話題にされるんだろう?


「へえ・・・。」
男の人は 思いっきり不躾に じろじろ値踏みする。 アタシの何かがプチン と切れた。
「あのっ!」
「常務!! こちらですか?」

ぱくぱくぱく。 

アタシの出鼻はくじかれる。 男の人は「常務サン」らしかった。
ああと 男の人は いきなりビジネスオヤジに変身して もう バイトなんかに眼もくれなかった。

-----


お先に失礼しまーす!


ジョシコーセーバイトらしく 明るく挨拶をして帰ろうとしたら 奥からタカミさんが顔を出した。
「もう 帰り?」
「あ、はい。 また明日来ます。」
それじゃこれねって 丸めた筒を にこにこ笑って 手渡してくれる。


ジュニのポスター?

アタシ 結構 あからさまに 嬉しげな顔をしたかもしれない。
まずかったかな。 照れるアタシにタカミさんは ラフォーレへ寄っていきなさいよ と言った。



原宿、表参道。

表参道ヒルズが出来てからというもの この辺は 人通りがバカみたいに増えた。
ざわざわ歩く人波は まるで ひとつの 大きな機械みたいで。

笑いや 欲望や ケンカや 押し売りや 
セレブや チューボーやジョシコーセーが
どこへ行くのかもよく判らないまま うなりを上げて 攪拌されている。



そして 
そこに ジュニがいた。

奇跡のように涼やかに 幸せそうに 笑っている。 
“茜さん!”
ジュニの声がする。  う・・ん・・・  うん ジュニ。


「茜・・・・。 すごいね。 ジュニって。」
「そうだ ね。」
やばいよ 真由っぺ。 アタシ 息が出来ない。 なんだか涙がこぼれそうだ。


ラフォーレ原宿の 3.5F。

Humptyのショップを通る人は 必ず 壁に眼を留めて 時には 足を止めて行く。
「何メートルあるかなあ~ コレ?」
ええい と両手を大きく開いて 真由っぺが ジュニを計っている。

壁一面の ジュニの笑顔。


アタシは 何だか嬉しいのか  悲しいのか よく 判らなかった。

 ←読んだらクリックしてください。
このページのトップへ