ボニボニ

 

JUNI それからstory 14

 




穴を掘って 埋まりたい。





茜さんも座ってくださいって ジュニがアタシをキッチンから連れ出すから
アタシ達は2人揃って パパの前に座るはめになってしまった。


「・・・・・。」

さりげなく視線を合わせない父娘と 1人 とてもハッピーなジュニ。
「茜さんのおつまみ おいしそうです♪ お醤油かけていいですか?」
「ぁ・・うん。」

油揚げを焼いて ミョウガとねぎとおかかとじゃこで「ちょっと合え」。
猫が作っても同じに出来そうな代物なのに パパってば いつだって
「茜の油揚げは最高だなあ!」と 親バカ丸出しで喜ぶ。

・・・ごめんね パパ。
アタシはやっぱり ふしだらな娘って奴に なるのかもしれない。



ふわり。 
 
いきなり大きな手が伸びて アタシの髪を柔らかく撫でた。

隣に座ったほろ酔いジュニが 片肘をついて こちらを見つめる。

“もお パパの前で! 止めてよね!”
キッとジュニをにらんだのに  アタシ  ・・・・鳥肌が立ってしまった。




は・・・・って。  ジュニは 小さくため息。



たった今恋に落ちた少年のように 切なげな瞳が揺れている。
幸せと戸惑いと愛しさと恥じらいが 混ざったような もろい微笑。
それは 信じられないほど繊細で
もしも 不用意な言葉を投げつけたりしたら ぱりんと割れて 砕けそうだ。


「あ・か・ね・さん。」

アタシって  今 かなり赤くなっているな。 
パパの前だ!と理性は怒っているけれど どうしようもなく ジュニに魅入られる。




はあぁ・・・・。


今度は パパがため息。 お前ってば その顔ジウォンにそっくりだよ。
「あのなぁ。そいつはまだ俺の娘なんだから あんまり そのぉ ベタベタすんな。」
「あ? すみません。」

パパに釘を刺されたので さすがのジュニも手を引っ込める。
「・・まあな。 お前は間違いなく 茜を大事にするだろうよ。」 

はあああぁ・・。 パパは諦め半分に 盛大なため息をついて焼酎をあおった。



-----



ポン!


トースターがパンを弾いて 指先でそれをつまみ取る。
我が家の朝のテーブルでは アタシがバターを塗る役目なんだ。


「俺は いいや・・。」
パパは昨夜飲みすぎたみたいで 今朝は スープだけにすると言う。
代わりに朝からご機嫌なジュニが パパのトーストを引き受けた。


「ねえ 茜ぇ~? 今日もバイトなの~お?」
パパがスープを残さないかと横目でチェックを入れながら
ママは アタシに聞いてくる。
「ん、休めないんだ。 終わったらすぐ帰ってくる。」



何を隠そう 今日は アタシの誕生日。

ママってば 料理の都合があるものだから こんな時だけは帰宅時間に厳しい。
ここ数年アタシの誕生日メニューは 大好きなラムリブを王冠に焼いたやつで。
ママはお肉の下準備について キチキチ 考えちゃっているんだろう。



誕生日と聞いたジュニは とても嬉しげな顔をした。
「じゃあ僕が ワカメスープを作ってあげます。」
ワカメ・・スープ?
「韓国では お祝いの時には ワカメです。」

牛スジ肉と野菜で出汁をとります。 
結構美味しいですよって ジュニが自慢するなら それはきっと美味しいよね。
だけどラムとワカメスープか。 その食べ合わせってば どうよ?って感じ。



「娘18かあ・・。」

パパが いきなりぽつりと言う。  アタシは タラリと冷や汗が流れた。


-----


真由っぺと 展示室の隅で検品をしていたら
常務さんとタカミさんが お客を連れてやってきた。


慌てて周囲を片付けるアタシ達に 構わないからって 常務さんが言って
打ち合わせデスクに座ったタカミさん達は 
何となく アタシ達の作業を見物するみたいに 商談デスクで話を始めた。


TVのCMなんかだと 「商談」って ビジネス会話がばんばん飛び交うけど
実際は 意外とラフに話しているもんだね。
ミラノに買い付けに行って車ぶつけられた話だとか
麻布のクラブで 誰それに会ったとか・・・。


「安井さんの所も あのプライスで よく売るよねぇ。」


今さぁ ラフォーレで月坪いくらくらい?  へぇ・・ 大したもんだよねって。
ドン小西みたいなおじさんが 話している。
ちらっと見たら タカミさんはつまらなそうな顔をしていて
その顔は 愛想のいい常務さんと なんだかとてもアンバランスに見えた。



「・・・おい。 そこの棚 誰が並べた?」
こちらを見ていた常務さんが いきなり カットソーの棚を指す。

「あの・・? 私たちですけど。」

「だめだよ それじゃ。」 

常務さんは席を立ち 大股で歩いてくると
棚に並べた商品を 手馴れた様子で直し始めた。
乱れたカットソーは空中で肩を決めて 器用にたたんで積み上げる
男の人がこんなことをする姿なんて初めて見るから アタシは 少し驚いた。


「商品は全部同じ高さで・・。 ウチの場合 あんまりひと山を重ねちゃ だめだ。」
この常務さん。  すごく 綺麗な手をしている。
スーツの袖口から 薄くてシンプルな時計がのぞいて ・・何か 大人な感じ。


「グラデーションに並べた所は 良く出来たけど・・。」
だけどほら と チャコールからライトグレーまでの色の間に
綺麗なサーモンとミントを挟む。
“整頓しました“って感じだった棚が  ふわり・・と 華やいで浮き上がった


「わ・・ぁ・・・!」

アタシ ・・・結構 感動しちゃったかもしれない。

「こういうのを フェイシングと言うんだ。 棚の“顔”作り。」
へええぇって 完ペキに素で驚いたら ドン小西みたいなおじさんがぷっと吹き出した。
「何? この子新人? 可愛いねえ・・。どこのショップ?」


バイトちゃんですよ 女子高生。
「うそっ! ジョシコーセー?!」
お・・おぢさんと 遊ばないって ドン小西の野郎がハフハフ言って
コラコラ抑えてと常務さんが 呆れた顔でクールに笑った。


-----



ね! ね! 茜!  あのジョームさんって 結構イケてると思わない?


打ち合わせの人たちが出て行ってしまうと 待ってましたとばかりに真由が言った。
「うーん・・・。 ちょっと キザっぽいけどね。」
「ファッション業界の人だもん。 でも 綺麗な手をしていたよ。」


それは アタシも思ったな。 あと 時計がシンプルでいい。
「そ・そ・そ・そ・・! あれ 多分オーディマ・ピゲだよ。」
「何それ 有名なブランド?」
「あれはね。 いいかぁ? コンマが2個だよ。」
げっ・・・・


真由は時計に詳しくて お兄ちゃんがいるから メンズ雑誌をよく読んでいる。
車位の時計を身に付ける人って やっぱり いるものなんだなあ。

だけど アタシはオーディマ・ピゲより 洋服を並べたあの技に見とれた。



----- 



バイトの帰りがけに 常務さんが声をかけてきた。


「ねえ? 君たち これから時間ない?」
友達のパーティに遊びに行くんだけど 一緒に行かない?
「若いコを連れて行くと 喜ばれるんだ・・。」


知り合いのショップのオープニングなんだよ。 変なトコロじゃないからさ。
真由はワクワクしているみたいで ねねねどうする?って 聞いてくる。
「・・アタシは 今日 誕生日だから。」
「あ! そっか。」


じゃあ彼氏とデートかい? 常務さんが薄笑って その言い方にカチンとする。
自宅で祝いだとむくれて言ったら あはははって 思い切り笑われた。
「高校生は健全だなあ・・。じゃあ 真由ちゃんだけでもどう?」

若いスタッフ誰かもう1人連れてくからと 常務さんが言って。
真由は にっこりうなずいた。


-----


知り合いのショップって ブティックなのかな。
そういう所のオープンって どんな感じなんだろう。


残念という程でもないけど 少しだけ 心を惹かれながら帰宅する。
ダイニングに入ると 色とりどりの風船が 天井から派手にぶら下がっていた。


「あ! 茜さん! お帰りなさい!」

ママとジュニは上機嫌。 
キッチンに嬉しげな顔を並べて おたまとミトンで手を振っている。
あんた達って本当に  幸せなプレーリードッグちゃんみたいだよ。


ママが 今日は「茜の大好きな」ベリーがいっぱいのケーキよぉーって言う。
いいけどさ。  でもママ ・・・それって 「ジュニの大好きな」ケーキだよね?



今日だけは パパも大慌てで帰ってくる。

その昔 私の誕生日に パパが急な用事で遅くなったことがあって
盛大なご馳走が冷めちゃった翌日。 ママは 離婚届を置いて実家に帰ってしまった。 

うちのママは 人生にほとんど不平不満を持たない人だけれど
料理の「喰い」が悪いことだけは 絶対 許さない。
だからママがご馳走を作る時 パパは 人生かけてスケジュールを調整するんだ。


ジュニとママは ある意味バカさ加減が シンクロしている。

毎年 ママの「ハッピーバースデー♪を歌え攻撃」に 我々父娘は閉口するのだけど。
今年はジュニが先に立って センイルチュッカハムニダ~♪と歌い出した。


2人は 堂々 ワンコーラスを歌いきって 
おめでとう!と拍手する。 トホホ これから毎年我が家では コーなるんでしょうか?
「・・・ありがとう・・。」



18本のローソクって 結構吹くのに苦労するね。

息が足りなくてじたばたしていたら ジュニが 横から手伝ってくれた。

「ふふ。 来年は もっとローソクが増えますね。」


でも大丈夫です。 僕 肺活量には自信があります。
これからはずっと 僕と一緒に 誕生日のローソクを吹き消しましょうって。
あのぉ・・ジュニ。  それってば ものすごい殺し文句なんですけど・・。



んなこと親の前で言わないで欲しいのに もちろん 奴は気にもしない。
アタシは顔をさりげなくそらして パパの方を 見ないようにした。


ジュニからもらったプレゼントは ポップなカラーのベビーG。

「僕が はめてあげましょう。」

奴はにこにこ手を取って アタシの腕に時計をはめる。

うつむいて手元を見ると ジュニの手首にはごついG-shockがあって。
・・・アタシは なんとなく 常務さんの 
スタイリッシュなオーディマ・ピゲを思い出した。

-----



“星の写真を 見ませんか?”


食事の後で 寛いでいたら
ジュニってば そんなことを言い出した。
げ・・・部屋へ来いっての?  ア、アンタこのシチュエーションで ナニを言う!!



「で・・でも もう遅いから ・・だめ・・・じゃないかな?」

アタシがドギマギうろたえてたら ジュニはうふふ と楽しそうに笑った。

「こちらのTVで見るんですよ。 ママさんパパさん いいですか?」
「いいわよお。今日は面白い番組がないもの。 なあに?ジュニちゃんが撮った写真?」

ええそうですと言いながら ジュニはデジカメを手早くTVにつなぐ。

準備を整え 壁にもたれて座った奴は 片手でアタシを抱き寄せた。
「ち、ち、ちょっと。」
アタシはコソコソ文句を言うけど ジュニのヤローは知らんぷり。 まったく もお。




「う・・あ! すごい。」



それは   画面いっぱいに拡がる 神岡の星空だった。
天空までぱあーっと星が散りばめられて 研究所が下に小さく見える。
ジュニと1個の細胞になって 銀河に抱かれた夜みたいで アタシは 胸がジンとした。



「・・・あれ? おい でもジュニ。 なんでこんな写真が撮れるんだ?」

ソファに寝転んで見ていたパパが 身体を起こして画面を見直す。
そういえば 研究所も写ってる。 この写真 一体どこから撮ったのだろう。
「山からです。」



空の広さを撮りたくて ジュニは 近くの山まで登ったと言う。
「まーあ そんなに遠くから撮ったのー?」
凝り性ねーとママは笑ったけれど  アタシは 波立つ気持ちになった。


ねえ ママ?

ママは知らないけれど 研究所の周りは 少し離れるとものすごく暗い。
夜に 山へ入るなんて 正気の沙汰じゃあ・・ないんだよ。

「おいおい。 夜に山登りなんて。 お前 ・・危ないぞ。」
さすがに昔ワンゲル部だったパパには その危なさが判っている。

「大丈夫です。昼間ルートを確認して ライトテープでポイントを作って登りました。」

「それでも 何が起こるか判らない。 夜の山行は 無謀だ。」
「・・すみません。今回限りにします。」
そうしろよな。 パパはやっと安心して ゴロリとソファに寝転がった。 



TVは その後も次々と 見事な星空を映してゆく。
むっつり黙ったアタシに気付いて ジュニは 困った顔をした。


“心配しましたか?”
アタシにだけ聞こえる声で ジュニがこそりと聞いてくる。
「・・・・・。」


何だか アタシ 怒っている。
ジュニの無謀さに 腹が立つ。
アタシに星を見せるために危ない事をするなんて 最低だ。
茜さん?って 囁かれながら アタシは ずうっと黙り続けた。

-----



じゃあ 僕 そろそろ帰ります。 

「茜さん?  門まで お見送りしてください。」

ジュニの悪魔。 わざわざそんな事を言って 下心ミエミエじゃん。
だけどアタシはむっつりと 言われるままについていく。


カチャン・・

門扉にそっと手をかけて ジュニはしばらくうつむいていた。

「心配 させてしまいましたか?」
「・・・・・。」
「本当に大丈夫だったんです。 僕 ちゃんと準備もしました。」

「アタシは 危険なことをしてまで撮る星の写真なんて 欲しくない。」
「・・すみません。」
呆れるくらいうなだれるジュニに アタシの肋骨がきゅうっと鳴る。

「・・・あの夜を 取っておきたかったんです。」
「・・・・・・。」
あの夜。 僕は茜さんと まるで1つの身体になったみたいでした。

「茜さんが僕のものだと しっかり憶えておきたかったから。」
「・・・・。」



いったい どれほどの証しがあれば ジュニの不安はなくなるのだろう?

“茜さん 茜さん 僕のものですよ。”


・・・・ううん。 たぶん きっと それは消えない。

平和なはずの ある一夜に ジュニのママは逝ってしまった。
その夜を忘れる事が出来ないジュニは アタシを失くす恐怖に 震え続ける。


「ジュニ?」

門扉をつかんでいたジュニが おずおずとこちらへ向き直る。
2.3歩進んで 胸の中へ入ると 慌ててジュニが抱きしめた。
「茜・・さん?」
「星空よりも “アタシ”の方がいいよ。」
「え?」
「しっかり 憶えておきたいんでしょ?」

茜さん! と ジュニの声は言葉にならなくて アタシは強く抱きしめられた。
ねぇジュニ? 憶えておくのなら“この温もり”を 持って行って。

アタシは絶対 ジュニのママみたいに 
突然 いなくなったりしないから。


ジュニの頬がアタシを撫でて 唇の場所を捜してる。

アタシはむちゃくちゃに抱きしめられながら ジュニの唇を迎えに行った。

 ←読んだらクリックしてください。
このページのトップへ