ボニボニ

 

JUNI それからstory 16

 




プッ プッ・・!!


Humptyからバイトの帰り。 甘い物でも食べようかと 真由っぺと話をしていると
後から 軽くクラクションが鳴って 振り向いたら常務さんだった。
「真由ちゃんたち 今 帰り?」
「あっ ジョームさ~ん♪」

真由っぺは 開店パーティに連れて行ってもらって以来 
大人で 金持ちで スマートだわ~って “ジョームさん”が お気に入り。

けっ 節操無い奴。 男は「私のウソン」みたいな
マッチョで タフで ワイルドな ガテン系であらねばならんと言ってたくせに。


「真由ちゃんの家 ウエハラの方だろ? 通り道だから乗っけてくよ。」
「え? でもぉ・・。」
「茜ちゃんは どこ?」
そっちならついでだからって アタシまで一緒に誘われて
常務さんの派手な車の後部座席に 2人並んで座ることになった。



「ねぇ ジョームさーん? このクルマ屋根ないじゃーん。ビンボなのぉ?」

くっくっく・・。  真由っぺって こういう所が可笑しいんだよ。

「そうなんだ。 売上げ上がんないから屋根買えなくて。 ・・・寒けりゃ 幌出すけど?」
「いいえぇ~ せっかくオープンカーに乗せてもらったんだから ねっ 茜!?」
「そうそう。 風を感じさせていただきますよね。」

ジョシコーセーの分際で カブリオレなんか乗せてもらっちゃバチが当るねえって
真由っぺとワイワイ騒いでいたら 常務さんが大笑い。

“コイツは ちょい不良オヤジ仕様だから” 女の子が乗ると調子がいいんだって。



上原で真由が降りた後  常務さんは 助手席のドアを開けた。

「え?」
「運転手付きの後部座席がお好みなら そこでも かまわないけど?」

・・・あ そうか。

真由っぺと3人なら後部座席だけど 2人きりだと変だよね。だけど・・・ 
「こんな車の助手席は アタシの乗るところじゃない感じ。」
「そう? よく似合っているよ。」

常務さんは軽い動作で シフトレバーを操作する。 オートマじゃないんだ。
繊細そうな指がなめらかにギアを繰って 
アタシは ジュニの大きな手を 思い浮かべて較べていた。
「茜ちゃんって 大人っぽいよね。」
「そんなことないですよ。」

それは 聞き飽きたセリフ。 
アタシは背が高いから 大人っぽいとよく言われる。
まあ・・でも それだけじゃないな。 キャピキャピ 可愛い性格じゃないせいだ。

あと2年もしたら 茜ちゃんは すごくイイ女になるだろうなぁ。 
「モロ 俺のタイプ。」
「?」
えーと 常務さんは何を言っているのかな? 
これは 多分リップサービスだ。

まーまーどうもありがとうございますと オバサンくさく返したら 
常務さんが 肩をすくめた。



「あのーぉ これから何処へ行くんですか? 私 適当な所で降りますから。」

助手席が気詰まりになってきたので アタシはそろそろ 逃げに入る。
「ん? いいよ。 行き先は二子玉だけど 送ってあげる。」
出店依頼が来ているから 物件を見に行くんだ。
そう言いながら常務さんは 片手ハンドルで前車を追い越した。 



「物件って? 『Humpty』のショップ と言うことですか?」
「そ。」
「ふぅん? ニコタマ・・ 何か 似合わないの。」

二子玉川は おしゃれな人も多いし ショッピングにはいいけれど
『Humpty』はもっとこう 代官山とか南青山とか 
ちょっと尖った街のほうが 似合うと思うな。

なんか すっげー生意気言っちゃった。 アタシは自分の軽口を後悔したけど
常務さんは 面白そうにアタシの顔を覗き込んだ。
「な・・ん ですか?」
「なかなかの分析だね。」


そうだな。 
『Humpty』というブランドには 君の言ったエリアが相応しい。
「だけどさ・・。 二子玉には センスと金を持っているけど 代官山まで出て行くのが面倒だっていう客がいるんだ。」
「あ・・・。」
「彼女達にとって “ちょっと尖った”『Humpty』は 魅力だろう?」
「あ はい。」

ブランドイメージを守るだけなら 多店舗展開なんていらないんだよ。
「だけど俺は タカミの服を もっとたくさんの人に売っていきたい。」
「・・・・・。」




この時 アタシは多分 30秒くらい常務さんを見つめていた。

服を 売りたい。 
常務さんがいった言葉は アタシの何かに ストライキングだった。


うーん・・ 真由っぺ!
確かに君のジョームさんは なかなかイケテる かも しれない。
アタシは「ただのモード好きなジョシコーセー」だけど 
この常務さんは「モードをビジネスにしているプロ」だ。

ふわりと空中でカットソーの肩をきめて 見事に畳んだプロの手つき。
少し キザっぽい常務さんだけど 
きっと芯のある人なんだ。 アタシは 少し胸が弾んだ。

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あそこを歩いているの 彼じゃないのかな?

アタシの腿を ポンと叩いて 常務さんが顎をしゃくった。
「あ、ホント ジュニだ! じゃ アタシここで降ります。ありがとうございました。」

「うん。  ・・・・ねえ? 茜ちゃんって 彼と住んでいるの?」
「ち! 違いますよ! ジュニは うちが持ってるアパートに住んでいるんです。」
「へぇ君んち アパート経営してるの? お嬢だな。」
  

プ・プ・プッ・・!

クラクションに 立ち止まったジュニは アタシを見て一瞬 唖然としていた。

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「知らない男の車に乗るなんて 無用心もはなはだしいです!」

常務さんは 知らない人じゃないじゃん・・。


「あの方は 以前から 茜さんに気がありそうでした。」
「だぁ・かぁ・らぁ。 常務さんは 真由っぺのことを誘ったんだってば。」
「“茜さんと一緒の所を”誘ったのでしょう? 真由さんを 先に降ろせるからです。」



はあぁ・・・

ま。 ジュニとしては 面白くなかったよね。

アタシが いきなり派手な車から 目の前に降りたんだもん。
だけど別に常務さんは アタシの事なんか 何とも思っちゃいないよ。


見当違いな焼もちを焼くジュニに アタシは困って。 でも ちょっと嬉しい。 
アタシだって女の子だもん。 恋人の軽いジェラシーに 悪い気はしないよ。
「ウフフ♪ ジュニの部屋へ いこっか?」
「もうご飯の時間です。」

ママさんが待っていますから。  ジュニは プリプリにムクれている。

「じゃあ5分だけ。 部屋へ いこっか?」
「・・・5分だけでも・・。 行きません。」



ジュニはむっつりアパートの部屋へ入ると デイパックをソファに放った。

「・・・・・・。」
背中のまんまで黙っているから ねえねえねえって。
マウンテンパーカーの裾から背中に入って 二人羽織で抱きついてみた。

「止めてください。」
くっくっく・・  甘くて くすぐったい気分。 アタシたちってバカップルだ。
アタシごとマウンテンパーカーを脱ぎ捨てたジュニは 冷たい顔で振り返ったけど
ジュニのパーカを頭からかぶったアタシの姿に 不覚にも 口元が笑ってしまった。


「まったく もうっ!」

やぁい 笑ったモン負け。 
ジュニは自分に腹を立てて アタシを乱暴に抱きしめる。
「痛い、痛い。」 
あぎあぎあぎって。 口惜しがって ねえ 唇を噛まないで。


「ジュニ?」
「わかっています。 僕のつまらない独占欲です。」
「好きだよん♪」
「・・・嬉しそうですね。」

ジュニはドサリとソファに座って アタシを腿にまたがらせた。
まっすぐ立てた大きな手を 頬にそってすべらせて 耳の後ろで アタシをつかむ。
「“女房焼くほど 亭主モテもせず”って言葉が 日本にあるよ。」
「中国には “梨下に冠を正さず”と言う教えがあります。」


アタシが嬉しげにじゃれつくから ジュニも渋々 機嫌を直したみたい。
「簡単に 男の車に乗らないで下さい。」
片手で顎を引き寄せながら わかりましたねと 風紀の先生みたいに言った。



「ん・・。」

は・・ぁ・・  
なんだか ジュニのキスって どんどん凄くなってくるね。

最初から恐るべきシロモノだったけど この頃は 度を越している。
やっと唇を離したと思うと そのまま頬ずりで移動して まぶたやうなじへキスをする。
それからフイ・・と顔を引いて まっすぐ アタシを覗き込む。


「茜さん・・。」

まったく なんという眼かな。
ジュニの眼差しは 世界中のどんな人とも 全然違う。

愛しさが あえかな炎になって ちらちら眼の中で揺れるみたい。
ううん 違う。  
愛しさのせいで 悲しいくらいに透きとおってしまった沼みたい。
魅入られてじっと見ていると   ねえ ジュニ? アタシまで透明になってしまう。


アタシが涙目でぼうっとするから ジュニは お砂糖みたいに笑う。
愛してますってささやいてから もう1つ 別のキスをする。
「・・・っと。」

ああ 降参・・。 力が抜けて ズリ落ちるところをジュニに支えられた。
「誘ってはだめです。ご飯前なのに。」
茜さんは我がままだなぁ 5分だけと言ったのにって。 ・・・誘ってないです アタシ。


「しない しない しない。」
ジュニのヤローめ 機嫌が直ったと思ったら ソファへアタシを組み伏せる。
仕方がないから もう5分だけおつきあいします。

「もうだめ! ご飯に行こう。」

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モグモグモグモグ モグモグモグモグ・・


ジュニは このさい食欲に チャンネルを切り替えたみたいだった。
「茜さん。 おかわり下さい。」
「よく食べるね。」
「“飢えている”んです。」
アンタね・・・。

ママが 一番大好きなヒト。
それはおっきい口で美味しそうに いっぱいお料理を食べてくれる人だ。
ジュニが 大きく口を開けると ママの口までつられて少し開く。

モグモグモグモグモグモグ・・・

「うふふ 美味し~い~? ジュニちゃん。」

毎度のことながら ママってば 
受け手のタイミングを 完全無視した問いかけだ。

あの口の中には 今 箸で持てる限界値程の大量ごはんが 
ばっちりニンニクの効いた竜田揚げとともに入っている。

モグモグモグモグモグモグ・・・

おまけにジュニはしつけが良くて とってもよく噛んでものを食べる。
「美味し~い~?」
だから 喰ってるところだってば。 

ジュニは ピタリと咀嚼を止めて 口を閉じたままニッと笑った。

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“茜さんごめんなさい・・ 今日は抱いてあげられません”


夕食の後。 リビングでTVを見ている時に ジュニが耳元へささやいた。
「ばっ・・ 誰が! アタシは別にね!」
よしよしと頭を撫でて ジュニは申し訳なさそうだ。
「お夕飯を食べ過ぎました。苦しくて 動けません。」

ああ お腹がいっぱいです。

ジュニはアタシの手を取って 自分のお腹を撫でさせる。
筋肉で割れてるジュニのお腹が ポコンと丸く膨らんでいるから 
アタシは 思わず笑っちゃった。


「ね~え~。 ジュニちゃんは~ 今年はもう神岡に行かないんでしょう?」

番茶を注ぎながらママが言った。 
きっと暮れの大掃除に ジュニのお手伝いを考えているんだろう。
「ええ そのことなんですが・・・。」

お許しいただけるなら 神岡で年を越したいんです。
「えっ?!」
びっくりした。ママよりアタシが叫んじゃった。
「嘘! 何で?!」

ジュニは切なそうな顔で 柔らかくアタシの頬を撫でる。
「神岡の研究所 閉鎖になるかもしれません。」
「え?」
「資金援助が続かなくて 継続が難しいのです。」


大柴教授は 資金援助引き出しにかけてはぴかイチの実力者なんですけどね。
「それでも 規模の大きい研究ですから莫大な費用がかかります。」
「・・・・・。」

多分これで最後だから 打ち上げの年越しパーティをしようって
「三浦さんたちに 誘われているんです。」
「・・・・・。」

ジュニはずるい。 いつも大事な報告をぎりぎりになって言うんだ。
心づもりをしていたこと。 冬休みの計画は どうするの?
アタシ ママの前だけど 結構気持ちが顔に出たな。

だって ひどいじゃない。 ジュニとのお正月を思っていたのに・・。
ドナルドダックみたいな口で アタシがうつむいちゃったから
ジュニが おろおろしている。


“ね~え? じゃあ 茜も行けばぁ?”

ママが の~んびり声で言った。
「・・・・え?」
「パーティなんでしょ? 茜も連れて行っちゃだめなの?」
「い、いえ 奥さんや家族を呼ぶ方もいますし。 あの・・いいのでしょうか?」

じゃあ 大丈夫じゃな~い。 茜は一応婚約者なんだし。
「元旦にでも こっちへ戻ってくれば~?」
茜のふてくされた顔を見ながら ご馳走食べたって美味しくないも~ん。


食事は美味しく!
それがママのコンセプト。

かくて  アタシはジュニと一緒に 山奥で年を越すはめになった。

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