ボニボニ

 

JUNI それからstory 17

 




2007年の足音が 小さく聞こえてくる朝。 

アタシとジュニは東京駅から 「MAXあさひ」に乗り込んだ。



年末の 飛行機便なんて おいそれと取れるものじゃなくて
仕方がないから陸路で行く。 
越後湯沢で特急「はくたか」に乗り換えて 富山からは高山本線。 

・・・なんと 延々 4時間半もかかった。


「神岡って 遠いねぇ。」
ジュニってばアタシを置き去りにして こんなに遠くまで来ていたんだ。
「“置き去り”はひどいです。 でも たしかに列車で行くと遠いですね。」
帰りは飛行機だから すぐですよ。




神岡で年越しパーティをすると言ったら パパが チケットを取ってくれた。

行きが12月31日で 帰りは 開けて1日 午前の便。

ねえパパ・・。 
研究所で年越しのパーティなんだよ? これじゃ 実質0泊2日じゃん。



「正月元旦位 家族皆で挨拶しないとな! な? 帰って来い 息子!」
「はいっ! パパさん。」
息子と言われてゴキゲンな奴は パパの目論見に気づかない。 
いいけどね。 パパの思いが透けて見えて アタシは少し 恥ずかしかった。



長い道のりだったけど ジュニには もっけの幸いだ。
茜さんは窓際に座ってくださいって アタシを奥へ閉じ込めて
座席の間の肘掛を上げて びったり身体をすりつける。


「うふふ。 疲れたら 僕にもたれて寝ていいですよ。お弁当食べますか♪」
車内に半分背を向けて ジュニは 囲い込んだアタシと「2人の世界」。

・・これじゃ べったべたの新婚旅行だ。




列車の中は 帰省客やスキー客で混みあって 高揚した雰囲気だった。
誰もが これから向かう故郷やゲレンデに思いを馳せて 浮かれている。

そんな中 喧騒に穴を掘ってもぐりこんだみたいなアタシ達2人は
勝手にやってろとばかりに周囲から見捨てられていて。

人混みの中のエアポケット。 ジュニはアタシの肩を抱いて 本当に 幸せそうだった。  


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“ざっ・ぶぅ・い~~~~~!”



ママが心配するものだから 結構な装備で来たんだけれど 
神岡は 信じられない寒さ。
思わず歯を噛みしめちゃって 自然と身体に力が入る。 ブルブル・・



「・・・寒いですか?」


研究所の入口で立ち止まったアタシに ジュニは切なそうな笑顔を見せた。
僕について来てしまったせいで 茜さんが 凍えそうです。


ふわり・・・。 大きな腕がまわって ジュニの胸に抱き取られた。
「こんなに身体が冷えてしまいました。ごめんなさい。」
「寒いのはジュニのせいじゃないもん。 ・・ふわぁ ぬくぬくだ。」

ジュニの胸が 温かかった。 思わずぎゅうっと抱きついてしまう。 
巻きついたアタシの腕の冷たさに ジュニの身体が小さく震えた。



「おおいっ!  まーあ ちょっとは人目をはばかれよ 熱愛小僧!」

「!!」

げ・・・・ 三浦さんの声だ。 

ジュニの身体越しに ひょこりと顔を出したら
研究所のエントランスで 呆れ顔の三浦さんが腕組みをしていた。


「戸外で“原始的に”温め合うよりも あと数mを歩いて 暖房の効いた施設内に入れ」

それが 理性ある現代人の常識だと思うけどなっ。
久しぶりに会った三浦さんは いかしたコーデュロイのジャケットで
何だか? 少しだけ 機嫌が悪かった。


照れ笑いで振り向いたジュニは 視線をめぐらせて・・・ ぴくりと止まる。
「?」
ジュニの視線を辿ったアタシは 三浦さんがちょっと不機嫌な理由を知った。


今日のパーティのこと。 
アタシ よく考えないで来ちゃったな。

香織さん(・・たぶん)は  三浦さんの斜め後で 居場所のないような顔をしていた。




はかなげな感じの人だった。
髪が長くて 肌が 透き通るように白くて。 伏目がちな眼もとが 柔らかい。

“とても優しい方です。 お断りする時 申し訳なかったです。”
ジュニの言葉を思い出した。 アタシと同じ相手に 恋をした人。




す・す・す・・

ジュニにまわした腕を引っ込めて そっと離れる つもりだったのに。


あぁ ホンットーに情けない。 硬直して退くアタシってば
殿様に控えよと言われてかしこまる 時代劇の「ご家老」みたい。


そんなアタシへ少し眉を上げて ジュニは 香織さんらしき人に向き合った。



「お久しぶりです。」
今日 香織さんに会えて良かったです。 お元気でしたか?
「・・ええ。 ・・・ジュニさんも お元気になられましたね。」

良かったわ。 薄く笑む香織さんの声は か細くて。 だけど心からの音色だった。

壊れかけたあの時のジュニを すごく 心配したんだろう。
香織さんが小首をかしげて つややかな髪が さら・・と肩をすべった。


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“あー。 アタシ 何だかゾクゾクするなーあ。”

今日泊まる部屋へ荷物を置いて アタシは おでこに手を当ててみた。



「え? 困りましたね。 風邪を引きそうなのでしょうか?」
「そうかも。 あの さ。 悪いけどアタシ 今夜はここで休ませてもらうからさ。」

ジュニだけパーティに行っておいでよと言ったら ジュニは まじまじとアタシを見た。


じいっ と 見透かすような瞳。  


「具合が悪いなら 僕は あなたのそばについて看病をします。」
げ・・・・
「“本当に” 具合が悪いですか?」


やっぱ 無理矢理な展開だったか。 トホホ アタシには演技力がないよ。



「茜さんが気にすることでは ありません。」

ジュニは アタシを膝に乗せて  撫で撫で・・・と 髪を撫でた。
彼女に応えられなかった僕のせいです。 香織さんも わかってくれたはずです。

「僕は 生涯1人の女性しか愛せない とても 不器用な男です。」

そうですね?  アタシの頬をつかまえて ジュニが唇を食べにくる。
こんな僕よりもっとイイ男が 香織さんには相応しいですよ。

「あの通り美しい方ですし 研究所員の中にも 彼女に熱を上げている人はいっぱいです。」
「そっか・・・。」


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年越しのパーティは 研究等の食堂が会場だった。



ジュニとアタシが顔を出すと 
食堂には びっくりするほどたくさんの人がいた。



ここの施設ってガランとした感じだけど こんなにたくさんの人がいたんだ。
「外から協力を下さった方々もお呼びしたからです。神岡町の職員さんとか 大学関係とか。」
ああ それで外人さんとかもいるのか。 





研究員さんの家族もいて 年齢も何もごたまぜだった。 
パーティは質素だけど温かい感じで アタシは すごく気に入った。


大柴先生はお風邪で来られないそうで 「御大」のいない会は無礼講って雰囲気。
男の人がご~っそりいるから ばんばん ビール瓶が空になって
1時間もしないうちに 部屋の騒音が2倍になった。



男9割の「宴会」(「パーティ」だったのは最初の30分だけ)だから
アタシは一応 貴重な若い女って扱いだ。
せがまれたジュニが嫌々アタシを紹介すると 研究員さん達に取り囲まれた。


ひょうきんなお兄さんが は~ぁん♪と 桃色のため息をついて。
「ああ 女子高生って ピンクの匂いがするなー。」

このお兄さんはドガバシッと 周りの男に殴られて 後ろの方へ蹴り出された。




おっかしいの。 研究員の人たちは 皆 優しい。

部外者のアタシが気詰まりにならないように すごくちやほやしてくれて。
追いやられて ふくれ面のジュニには気の毒だけど 
香織さんもいる席だから 奴と離れている方が アタシとしては気楽でいられた。





「はいはいはい。 お雑煮できたわよ。」



食堂のおばさん達が 大きなお鍋で 一足早いお雑煮を運び込んで来た。



「何だよ おばちゃーん。 今日はおばちゃん達も客なんだからさぁ。」
「そうだよー。 そんなことするなよ。」
文句を言われたけど おばちゃん達は知らんぷりだ。
あたし達のご馳走よ有難いでしょって てきぱき手分けして お椀にお雑煮を入れてゆく。




“神岡の最後のお雑煮だよ。 忘れないでよね!”



おばちゃんの1人が陽気に言って。 ざわついていたその場が シン・・となった。




そうか・・ 研究所 閉鎖するかもしれないんだ。

皆が情熱を傾けた 地下1000メートルのスーパー・カミオカンデ。
キラキラの大きな瞳で宇宙線を見つめ続ける怪物は 
11200個の眼を ホントに 閉じてしまうの?




静まってしまったその場を浮かせようとして 三浦さんが 注文を出した。



「おばちゃん! 俺 栃餅3つ!」
「・・・馬鹿ねえ。 3つも椀に入らないよっ!」


え~ 渋チン言うなよぉ 美人のオネエさん! 
いかにも取ってつけたような三浦さんのお世辞に 周りも無理矢理 笑ってみせて
それを合図にしたみたいに いきなりざわめきが戻ってきた。




「はい “茜ちゃん”。 お雑煮。」
おばちゃんがにっこりお椀をくれた。 ・・・香織さんの おばあちゃんだった。


渡されたお雑煮は 飛騨地方に伝わるという栃餅雑煮。

「このお餅 ・・作るの大変なんですよね。」
いつだったか ママが1回トライして 手間の多さに呆れてたっけ。


渋くて食べられたものじゃない栃の実の アクを抜いて 抜いて お餅にする。

途方もない手間をかけても 皆に 最後に これを食べさせようと思った 
おばちゃん達の気持ちが沁みて アタシは 少し切なくなった。




「あの・・。 アタシ 来ちゃってごめんなさい。」
「?」
「ええと・・。 ここの人たちの お別れ会なのに。」
ふふ と おばちゃんが小さく笑う。 香織のことを言っているの? 

「来てくれた方が良かったのよ! なまじ期待の残る方が 罪作り。」

あーんなに嬉しそうなジュニを見れば 香織だって吹っ切るしかないでしょ?
あの子のためにも良かったわよ。 
おばちゃんは薄い笑顔で アタシの腕をパンと叩いた。


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“おーい! カウントダウンに行く奴は 出かけるぞー!”



年越しパーティでは 新年を カミオカンデの上で迎える。

呑んじゃって動くのが億劫だという人を置いて 30人位が動き出す。
アタシも ジュニに手を引かれて 真冬の夜の中へ出かけて行った。




スーパーカミオカンデは「池ノ山」っていう山の 地下1000mのところにある。
山の横腹に掘られた坑道を  奥へ 奥へ 2キロ近くも歩いて行くと
まるでピラミッド中心の棺部屋みたいに カミオカンデが鎮座している。




「うわ・・あ・・暗い。 あ・れ? 温かい?」
しんしん冷え込む夜の中なのに 坑道へ入ったら ふわりと空気が温かかった。

「はい 地中ですから。 坑道は 年間通して13度位です。」
ここは昔 鉱山だったので 側道が縦横に走っているんですよ。

「迷子になるといけないから 僕の手を 決して離してはいけません。」



ジュニはアタシの手を握って 暗い坑道の足元を 照らしながら歩く。

おうおうジュニが言い訳を作って 茜ちゃんの手を握ってるな。
ゾロゾロ歩く一団の中から 誰かがアタシ達を冷やかした。



わずかな照明しかない坑道の暗い道のりは とても長く感じられた。
壁を走るたくさんのパイプが 蛇のようにくねりながら 向こうの闇へ消えて行く。 




こんな所。 1人で歩いたら 恐いだろうな。
手を引かれて歩きながら アタシはぼんやり考えていた。



この1年。 
アタシとジュニは こんなだった。

ジュニに手を引かれて守られて。 アタシは とても幸せだった。 
だけど先もわからなくて ちゃんと1人にもなれなくて ・・・ジュニのお荷物になっていた。



「うふふ 茜さん? ヘルメット姿も可愛いです。」
ジュニが振り向いて アタシへ笑う。
アタシが後を歩くから ジュニはいつも 振り向きながら道を進むね。


誰よりも遠くまで行けそうな 長ぁい足があるというのに。
アタシのことを 振り返り 振り返り  ジュニはそれでいいのだろうか。



「・・・・。」

少し 歩を進めて ジュニの横へ並んでみる。
足元を照らす懐中電灯の 光の輪が2つになって 先が 明るく見える気がした。


「どうしました? そんなに急いで。 ・・お手洗いに行きたくなったんですか?・・」
「うるさい。 早く 新年に会いたいんだよ。」
「?」


来年はアタシ。 もうちょっとだけ 頑張って歩こう。
大好きなジュニのそばで 引け目を感じずにいたいから。

前に見えてきたコントロールルームの明かりを見ながら アタシは 小さく心に決めた。




カミオカンデって 例えるなら 円柱形のバカでっかーい水槽。


中身は高性能のセンサーだから 不純物が入らないように蓋が閉まっている。
年越しパーティの一群は その水槽の上に立って 100から カウントダウンを始めた。

「ねえジュニ? 蓋が閉まっているのに どうやってニュートリノを捕まえるの?」

茜さん・・・。 ジュニは コドモに教える顔だ。
「ニュートリノは “眼に見えないというレベル”をはるかに超えて 小さいのです。」
ニュートリノから見れば 僕たちの身体なんか 眼の粗いザルのようなものですよ。

「げ・・ じゃあ宇宙線は アタシの身体も この床も通り抜けて 下に行くってこと?」
「この上にある池ノ山を1000mも通り抜けて来るのですから。」
「へええ。」



カウントダウン 20からは 構内の照明が落とされた。
地下の巨大な空間に 人の息と声だけがして それは なかなかのすごい演出。


10、9、8、7、・・・
ジュニが そっとキスをした。


5、4、3、2、・・・・ Happy New Year!


ぱあぁ と構内の明かりがついて 銀色のドーム天井がまばゆく見える。
「明けまして おめっでとーう!」
華やいだ声が次々に上がって 子どもが はしゃいだ声で笑った。




「プリントアウトが出たぞ! 2007年1月1日 0:00:00 の記録。」

三浦さんが 何かをひらひらさせてやってきた。

「あ! 僕にもください!」
「や・だ・ね。 これは “ひげのお兄さんから茜ちゃんへ” 愛の年賀状♪」


はい と渡された紙は 何だかわからないけれど きれいなものだった。
黒い画面に ぽつぽつと赤や緑や黄色の点が飛んで
・・・これ なあに?


ミューオン・イベントです。 優しい笑顔で ジュニが答えた。
「カミオカンデが捕らえた宇宙線を 色に置き換えたものです。赤が強い光で青が弱い光。 
2007年最初の瞬間にこの場所へ降り注いでいた 宇宙からのメッセージです。」



「あ! こらっ! 俺が持ってきてやったんだろっ! イイトコ取りすんなよ!」
「ふん! 僕の婚約者です。三浦さんにはピッコロがいるじゃありませんか。」

あんだとコノヤロ 頭いいと思って 生意気だっ!
おあいにく様です。 脚だって僕の方が 倍くらい長いです。
「もーお 許せねえっ コノヤロ~!!」

ジュニとおひげの三浦さんは わあわあじゃれてプロレスをしている。



2007年が明けた瞬間 アタシとジュニに降りそそいでいた 幾千万の宇宙線。
ねえ ジュニ? 
ジュニがキスをした時には 宇宙線が 2人を貫いて行ったのかな。



スーパー・カミオカンデの上で アタシとジュニの 今年が 明けた。

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