ボニボニ

 

JUNI それからstory 19

 




ママが本気になった時  逆らえる人間は うちに いない。



それは 例えば 男に襲われそうになった娘が 
食欲を失くして帰ってきたとしても ・・・だ。



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歩けないと言った私に タクシーを拾え と ママは言った。




「そこ134号線でしょ? タクシーは拾えるわね?」
「だって、ママ。 ここ・・鎌倉だよ。」
「鎌倉だろうがドコだろうが道があるでしょ? そのまま 帰っていらっしゃい。」

迎えに行くよりそれが早いわ。 ママの声は のん気にすら聞こえた。




タクシーの料金は 14.580円だった。
こんな時にメーターを見る。 アタシってば ギリギリどこかで現実的だ。


ママは 運ちゃんにお金を払うと さっさと家へ入って行く。
とぼとぼと 後に付いて行ったアタシは
ダイニングテーブルを見て 息を飲む。  ママが ・・・本気だった。




テーブルの上には 津波のような料理。
 
ミートパイも、風呂吹き大根も、マリネも、カルパッチョも、筑前煮も、
ガドガドサラダも、ムル・キムチも、叩きゴボウも・・・




アタシが鎌倉から 帰ってくるまで 多分1時間半くらい。


ママはその間に 家中の食料品を使って ひたすら 料理を作り続けていた。




「マ・・マ・・・。」
「お夕飯 まだでしょ?」
「・・・・・・・・ママ。」



ぽろぽろと 涙がこぼれてきた。 テーブルいっぱいの ママの本気。
「いらない」なんて とてもじゃないけど言えなかった。



アタシ 一度だけ これと同じ光景を見た事がある。

いつだったかの誕生日。 あんなに約束したくせに パパが 帰って来なかった夜。
ママは 家中の食料品で料理を作ると 離婚届を置いて出て行った。



ガタン・・・。 椅子を引いて 食卓に座る。 

ものを食べたい気持ちなんか これっぽっちもなかったけど
機械仕掛けの人形みたいに スプーンを取り上げて スープをすすった。



ひと口 喉へ熱が流れる。 

これは ・・ママの取ったフォンだ。
カサカサに 乾ききったような口の中に それは しみじみと美味しかった。


フィッシュソースに持ち替えて 近くのお皿のムースをすくう。
これは・・ アタシが奥歯を抜いた時に 作ってくれたふわふわの魚。
ママは まだ料理を作っている。 お祝いする日の ラムの王冠。 
風邪を引きそうな時の風呂吹き大根。 これにはねぎ味噌を乗っけて食べる。



突き上げるような 想いが来た。


アタシ 壊されたりしちゃだめだ。 こんなに 大事にされてきたんだから。
「・・・ちっきしょう。」



拳固で ぐいっと涙を拭いた。

フォークを握ったら なんだか少し ドラゴンクエストが出来る気がした。

ミートパイを がしゃがしゃ食べる。
オーストラリアの学生をホームステイさせた時 ママが聞いて作ったパイ。
筑前煮はおばあちゃんの味で 筍だけ拾うと叱られる。



アタシは 何かに憑かれたように 次々と料理を食べてゆく。
本気で作るママの料理は 震え上がるほど おいしい。
ぴぃんと 味が張り詰めて ママの気持ちが伝わってくる。



ヴィーン・・・  
ママはバーミックスを使う。ケーキまで焼くつもりなんだろう。



“君も その気じゃなかったの?”

きざったらしいエロ常務。 誰が お前なんか相手にするもんか。
ガドガドサラダの厚揚げを 口いっぱいに頬張ってやる。



オーブンのタイマーが ピピッとなって 次の料理が出来たみたいだった。



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「バイト やめんの?!」

「ん・・・。」
やっぱさ あそこ地味じゃん。 ケンタの方がいいよね?


うーん・・・と いっぱいに背伸びして とびきり陽気に言ってみたけど
真由っぺときたら 思ったとおり ハムカツを刺したフォークを置いた。



「どうしたってのよ。」
「言いたくない。」
「・・・・・・ジョームさんだ。」
「言いたくないってば。」



茜は 自分でやり始めたことを そんな風に止めないじゃん。
アタシが風邪で休んだ日 2人で ショーに行ったんでしょ?
「次の日から風邪って嘘ついて 茜は バイトを休んでる。」


タカミさん、心配してたよ。
「・・・・。」
それだけが アタシを辛くする。
タカミさんの傍に もう少しだけ 居たかったな。



「茜・・・。」
「ん?」
「私 俊ちゃんと別れた。」
・・・・まじ?

だけどアタシ なんとなく知ってたな。 真由っぺと俊ちゃんのひびわれ。
「何で?」
「・・・・サイテー。 二股男。」
ふう・・・


女の子って 不思議だな。ちょっとずつ秘密をばらしあって 
2人の間のバランスとして ばらした秘密は 等価交換。



「ジョームさんに 告られたんだ?」
「・・・それ以下。 いきなり抱きつかれた。」
うそ・・・・。 それで?
「走って逃げて タクシーで帰った。14.580円。」
ふう・・・



アタシと真由は 二人揃って 弁当を見ながら情けない顔をする。
ちろりとお互いの顔を見て 相手のカワイソーさに 笑いあった。

「ジュニに ・・・ばれないようにしてあげなよ。」

トクン・・・

アタシの心臓が揺れた。
“ばれないように してあげなよ。”
真由の言うコトがひりひりしみる。 それが 一番の問題だよね。


自分の失態を隠したいとか 全然 そんなことじゃない。
ジュニが知ったら きっとあいつは アタシ以上に傷つくから。 
青い炎が吹き上がって 何をするかわからなくて。 それが 恐い。


だけど ジュニ・・。 アタシには 平静を装う余裕があるのかな。


「・・・真由っぺ?」

「ん?」
アタシ・・。ファッション関係の仕事とかさ。 そういうのに興味があったんだ。

「茜の眼 キラキラしてたよ。 なんだかアタシ羨ましかったもん。」
タカミさんとか常務さんといたら
「そういう事 いっぱい教えてもらえるんじゃないかって ・・思ったんだよね。」



なのに 煙草臭い口で ブチューだってさ。
「ばっかやろう・・・。」
「・・・・・。」



そうっと 真由がアタシの弁当箱に三河屋特製ハムカツをくれた。

ハムカツは あんたの命でしょ? 
まったくアタシの周りの奴らってば 慰め方がワンパターンで ・・・涙が出るじゃん。



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「閉鎖は本決まりではないのですが、僕は 1年で切り上げることになりました。」
「・・・じゃあ。」




ふわり。

四角いビデオビューアの中で 小さなジュニの笑顔が 柔らかく溶けた。
「ええ・・。 春からは ずっと一緒です。」


神岡を去るのは残念だけど 茜さんの傍に戻れるのだから やっぱり嬉しいです。
「この1年 寂しい思いをたくさんさせました。ごめんなさい。」
「・・・・・。」




ジュニが 帰ってくる。


神岡と東京に 遠く離れて過ごす日が終わる。
何だかそれはまだ奇妙に 現実感のない話だった。

寂しさに泣いた日。 アタシの為に ジュニが壊れた日。
嫉妬を知った日。1個になった日。
永遠のようで それでも過ぎればたった1年を カットバックで思い出す。

「嬉しいですか 茜さん?」

「ん。」
僕も嬉しいです。 帰ったらいつでも茜さんを抱きしめて キスができます。
「・・・・・。」



まだ今夜は ヴァーチャルキスで我慢してください。来週には帰ります。

「心から愛しています。 知って いますね?」
知ってる。 ・・・なのに ごめんジュニ。


?! 茜さん? という戸惑いの声に アタシは慌てて涙をぬぐった。
嬉しくてと言いつくろう顔を ジュニが 愛しげに見つめていた。

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常務さんが外国へ買い付けに行ったと聞いて アタシはHumptyに顔を出した。

電話で辞めるとは伝えたけれど 
やっぱり タカミさんに挨拶したかった。




「風邪・・。ずいぶんこじらせたわね。 もういいの?」
「はい。ご心配をおかけしました。」
それから そろそろ卒業だし バイトも終わらせてください。
「・・・・・・。」

タカミさんは 小首を傾げて じいっとアタシを見つめていた。

「・・ちょっと 聞きたいんだけど。」
常務と 何かあった?
茜ちゃんを横浜のショーに連れて行ったって スタイリストの子に聞いたけど。


「もしかして・・。」
「何も ありません。」


もう その話はたくさんだった。 口にするだけで 自分が汚れる気がした。

「今日はジュニが帰って来るんです。 もう帰ります。」
「そう・・。」




ごめんなさい タカミさん。

こんな言い方をしたくないのに アタシ タカミさんが大好きなのに。

「ねえ 良かったら これからもたまには顔を出してよ。」
茜ちゃんはセンスがいいから 楽しいの。

ありがとうタカミさん。そんな風に言ってくれて。
・・・でも ホントは「ジュニと一緒に来て」って 言いたいんだよね。




他の皆に挨拶をして アタシはHumptyのバイトを辞めた。 
タカミさんは まだ何か気になるみたいで 玄関の外まで送ってくれた。
「ねえ。 本当に また来てよね。」
「・・・・。」




“茜さん!”

空気をまっすぐに突き抜けてくる 陽気で 優しく響く声。
アタシとタカミさんが振り向くと ジュニが そこに立っていた。



「バイトだと思っていたけど 今日はもう終わりなんですか?!」
「ジュニ・・。」
待ち伏せをしに来て良かったな。 口いっぱいの笑顔のまま
ジュニは アプローチの階段を 3段飛ばしで一気に上った。



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「え? バイト辞めたんですか?」

「・・・うん。もう繁忙期が終わったし、アタシは卒業で進学準備もあるし、
 仕事も飽きたし、ジュニが戻ればお金とか そんなにいらないし。」
「・・・?・・。」



バイト辞めるくらいのことで こんなに理由はいらないよね。
アタシってば 少し動転している。

ジュニは揺らぐ花のように笑うと 僕の部屋へ行きましょうとささやいた。
「“ただいま”したいです。 いいでしょう?」



ちくん、 針が 胸に刺さる。

アタシね。 ・・・ふらふらと男について行って 遊び半分のキスをされた。
抱き寄せられて君だってその気なんだろうって 言われたんだよ ジュニ。



「茜さん?」
「ん・・。」

だけどそれをジュニには言えない。 言ってしまえば アタシが楽になる。 
ちゅっ・・。  ジュニがこめかみにキスをした。
「ねぇ茜さん。いいでしょう?  いいと言ってください。」



ジュニの部屋には キャリーケースが置かれていた。

引越し輸送で失くせないものを 先に運んで来たんだって。
だけど 中から出てきたものときたら。
ノートパソコンはいいとして アタシの手紙と 大小の フォトフレーム。

「・・・これが 輸送できないもの?」
「僕にとっては です。 ふふ これは・・ここかな。」

きれいな頬を薄く染めて ジュニは アタシの写真を並べる。
アタシ・・・。 そんなに大事にされる価値は ひとっかけらも ないのに。

フォトフレームを並べ終えると ジュニは アタシを抱き上げて
「これはここ」と冗談みたいに ベッドの上へ置いた。 





「あ・か・ね・さん♪」

アタシを脚の間に挟んで ジュニは うっとり覗き込む。
宝物をためつすがめつ 眺める少年のような眼。 アタシは その視線が痛い。


ジュニがすばやくキスに動いたので とっさに アタシは逃げてしまった。
空振りのキスに ジュニは驚く。 ・・・そして 悪戯そうな顔。
「いじわるするつもりですか?」



違うよ ジュニ。 
ジュニが 本気のキスをする相手に アタシなんかふさわしくない。 


戸惑いのままにジュニに埋まる。 温かい胸に おでこをつける。
もたれたアタシを抱きしめて あぁ と ジュニが小さく笑った。
「わかりました ・・そうか。 残念ですけど 仕方がないですね。」


ジュニは アタシの身体を倒して シーツへそっと沈ませた。
自分も横へ滑りこんで アタシを胸に抱き直した。

「じゃあ 今日は抱きしめるだけにしましょう。 お腹 痛くないですか?」
「え? ・・・ぁ・・。」

大きな手が アタシの背中を 大事そうに撫でさする。
女の人は大変ですって ジュニってば ・・・勘違いをしている。
「2人の赤ちゃんが出来る準備なのに 茜さんだけが 辛いですね。」


ぽろ・・。 我慢できない涙がこぼれた。 ジュニの優しさが辛かった。




どうしたんですか? 痛むのですか?

「・・・ごめん・・ね。」
「何を 言うんですか。 僕が謝りたいくらいです。」
柔らかな唇がまぶたに寄って アタシの涙を吸ってゆく。 ・・ジュニ そうじゃない。



顎を 指が持ち上げた。 ジュニが キスをしにやってくる。
アタシはやっぱり顔をそむける。 自分の偽りが 許せなかった。
「すみません 我慢します。 ・・・・少し寝ますか?」
「ん。」




僕の茜さん 今日は すごく大変みたいだな。

アタシをふんわり抱きしめて ジュニは優しい繭になる。
いっぱいの おっきな愛に抱きしめられて アタシは 悲しく切り刻まれる。

どうしよう。 
アタシの中の「告悔」が 出口を失くしてもがいている。




ジュニはアタシを刺激しないように 小さく 愛していますと言った。

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