ボニボニ

 

JUNI それからstory 20

 




洗面台で 顔を洗う。 


ごしごしと 皮がむけるくらいこすっても
アタシの愚かさは 染み付いたままだ。
何にもできない つまんない小娘は いくら洗ったってきれいになんかならない。



「そんなに力まかせに洗っていると・・鼻が取れちゃいますよ。」
「!!」
タオルから眼だけを出して見ると ジュニが 呆れ笑いをしていた。



「ママさんが呼んでいます。 朝ご飯が冷めます。」



-----




今回戻ったジュニは 忙しいみたいだった。



三浦さんがどこかへ研究発表をするらしくて ジュニは ずっとPC仕事をしている。
学校のマシンより自宅の方が高性能だから 自分の部屋で作業をしていて。
それでもジュニは アタシのために 試験勉強を見ましょうと言った。



「どうせ付属でエスカレーター進学なんだから 試験の成績なんかいいよ。」
「だめです! 高校最後のテストですから 一番いい成績を残しましょう。」

学ぶことは自分のためにやることです。ジュニはにっこりと 素敵に笑う。
アタシなんかが学んだって  何の 意味もないよ ジュニ。



カリカリカリカリ・・。


ジュニの机で 英作文を書く。 
アタシのために ジュニが選んでくれた例題。
書く手を止めて振り向くと ジュニは ソファでPCを覗いていた。


本当に 時間がないんだね。
普段アタシと一緒だと ジュニは 本すらあまり読まない。
2人でいられる時には 茜さんで時間をいっぱいにしたい と言う。



「・・・?」
アタシの視線を感じて ジュニがノートパソコンから顔を上げた。
「できない部分が ありますか?」

「ねえジュニ? ・・忙しいんでしょう?」 

アタシの試験なんか どうでもいいんだから 仕事して。
ジュニは怪訝そうに眉を上げると すいと立って傍へ来た。




大きな手がアタシの頬をつかまえる。 どうしても びく・・と 構えてしまう。

「茜さんは 少し変です。どうしたんですか?」
何でもない。 ただ ジュニは大変だから アタシなんかの。
「ほらそれです。 いつもの 茜さんの言葉じゃない。」
「え?」


成績なんか、勉強なんか、試験なんか、アタシなんか・・・。

「僕の茜さんは そんな風に 自分を投げて生きる人じゃないです。」
「!!」

僕の背中に隠れて 守られるのは嫌だと言う人。
僕のおまけみたいな人生は 送れないと拒む人。
僕に置いていかれないように 一所懸命歩くと言いました。

「あなたは。 “僕の茜さん”は そう言う人だったはずです。」
「・・・・・。」


「何か あったんですか?」

「・・・・・。」




・・・ああ だめだ。

あの男の前では 我慢できたのに。 
目元が緩まないように 精一杯 眼を見開いていたのに。
どんなに唇を噛んでも止まらない。 とうとう 涙がこぼれてしまった。



涙って  いっぺんに吹き出ると 頬を伝わないで落ちるね。


ぱたっ ぱたぱたぱた・・・。 
雨のような音が 鉄平石のフロアを跳ねる。
痛ましげな眼で見まもるジュニは 親指で アタシの涙を拭いた。



「・・・・どうしたんですか?」
「なんでも ない・・・。」
どんなにバレバレだとしても アタシは そう言うしかない。
ジュニは 悲しげに顔をゆがめたけれど もろい笑顔を 苦労して作った。




泣いちゃうなんて。 アタシは本当に 最低だ。

こんなの 理由を聞いてくれと言っているようなものじゃん。

“ジュニに ばれないようにしてあげなよ。”  真由っぺだってそう言っていたのに。


何にも 何にも出来ないくせに ジュニの負担になるだけは得意。
もう消えたい。 こんな風に生きたいわけじゃなかったんだよ ジュニ。



アタシの前にひざまずいて ジュニが そっと覗きこむ。
髪をすいては耳にかけて 探るようにアタシを確かめている。
「キスを してもいいですか?」
ふるふる・・ 頭を横に振る。 うなだれて顔が上げられなかった。


「茜さん?」
「・・・・。」
愛していますよ 知っていますね? お願いですから僕を見てください。
ジュニの深い 静かな声が アタシの顎を持ち上げた。
「何にもないなら それでいいです。」



・・だけど 忘れないでください。 僕が愛していることを。

生涯の中でただひとり 茜さんしか愛せない 不器用な僕がいることを。

「茜さんは 僕の宝石です。」
たとえ他の人にとって あなたが輝安鉱だとしても
僕にとって 茜さんは 宇宙に1つしかないダイアモンドです。



ダイアモンドが 何故価値があるか知っていますか? 硬度があるからです。
どんなに外部から傷つけられても 自分を すり減らさないからです。

「茜さんは 僕の宝石なのですから 安易に自分を傷つけてはだめです。」


永い一生を 生きていくうちに 
無傷でいられないことなんか いっぱいあります。


腕を失くしても 眼を失っても 身体に傷がついても そんなことは平気です。
「ただ・・ 茜さんが茜さんでいることだけは 諦めないでください。」
「・・・。」
「茜さんが自分をおとしめるのは あなたを愛し続ける僕への 裏切りです。」

「ジュ・・ニ・・・。」


ジュニの 大きな温かい手に アタシは頬を包まれている。
涙がアタシの頬をつたい ジュニの指をつたって 落ちる。


「しょうがないな そんなに泣いて。」 
せっかく可愛い眼が 腫れてしまいそうです。だめですよ。
ジュニは 柔らかく首を振って アタシを胸に閉じ込めた。




ジュニは それから長い時間 アタシの涙を胸で受けていた。

心の中には きっと 色々な推測があったのだろうけど
ジュニはそのすべてを封印して アタシに ただ愛していると言った。



「キスしますよ。 ・・いいですね?」


ジュニのきれいな顎がひるがえって 唇が アタシを食べに来る。
愛しい舌が悲しそうにアタシを探すから 逃げるアタシも 立ち止まって
んくんく吸っている誘いの中へ そっと自分の舌を入れた。


あぁ・・・ やっと 茜さんが応えました。

“おあずけ続きだったから 僕は 大変でした。”
ジュニは冗談めかして言う。 今日はいっぱい 茜さんを泣かせよう。



「さっき そんなに泣くなって言ったよ。」
僕が泣かせるのは いいんです。 悪魔のジュニはにっこり笑う。
僕が 茜さんを“研磨”して ぴかぴかに磨きあげますから。



「・・僕以外の どんなものにも 傷つけられないでください。」



-----




次の日。  15分の休み時間に 真由っぺが アタシをじいっと見た。


「ねえ 昨日泣いた?」
「・・・そんなに腫れてる? 眼。」
「『遮光土器』かと思った。」

ほんと・・・?
「ウソウソ。でも “気をつけて見るとばればれ”レベル。」



うーん・・・ 多分パパは大丈夫だけど ママは 気づいたかもしれない。
あれからジュニのヤローは 容赦なくアタシを“研磨”してくれて
結構 アタシは スゴイ眼にあった。


・・・だけど ジュニに抱かれたら いくら洗っても落ちなかったしみが
ホントに 少しだけ 削れたような気がした。




「あ~ しっかし、ジュニって。 ホントにハンサムよね~♪」
「?」
遅刻で登校してきた美穂が うっとり顔でやって来た。 急に 何?
「さっきJRに乗り換える所で会ったのよぉ。」
えへへ また遊びましょうって挨拶したら 憶えていたわ。


ド・・キン。
いきなり 胸が揺れた。 ジュニに・・会ったの 美穂?
彼女がJRに乗り換えるのは 「明治神宮前」・・・。 原宿!!


「ま・・真由っぺ、アタシ・・帰る。 先生に言っておいて。」
「はあっ?!」 
茜ってば ちょっと! ねえ!! 急に何?!



ガタガタとカバンを持つのもそこそこに 校舎の外へ走り出る。

門の脇の守衛さんが 怪訝そうだけど ごきげんようって言う間もなかった。

バス通りを全力で駆けて 駅へ走り込んだ。
スカートを蹴立てるように階段を上り 閉まりかけた電車のドアをこじ開ける。
乗客の人たちが呆れていたけど 全然 それどころじゃなかった。



行かなくちゃ。 
ジュニが 原宿に行くなんて 他の理由が見当たらない

Humptyへ 何の為に? アタシのいない時間を 選んで。


-----




窓に向かって立った男は やっぱり来たかと薄く笑った。



振り向くと 長身の青年は 水のように静まりかえっている。
まっすぐ見据える視線の強さに 男の目元が 痙攣した。
「言っておくけど。 俺 あのコに何もしていないから。」


「・・・そうでしょうか?」

ある日を境に 彼女の態度が とても奇妙に変化したんです。
明るい人が沈みがちで 何故だか 自分を責めている。


「誰かに ダメージを負わせられた気がします。」


他人から 理不尽なダメージを負わせられた時 
年若い者は それを 自分のせいだと思ってしまうことがあります。
自分が「そんな目に遭うような存在なのだ」と 自らを 貶めて考えてしまう。



「・・・は・・。 俺がそのダメージとやらを負わせたっていうわけ?」

「わかりません。 でも張り切ってやっていたバイトを 突然辞めました。」



推測ですが 他に 考えられる要因が見当たりません。
「Humpty の話題を避けています。 理由を ご存知ありませんか?」




「・・だから。 何もしていないって言っただろう?!」
ファッションに興味があるって言うから ショーに連れていってやったんだよ。
「すごく喜んでたぜ。 それからちょっと 飯に誘った。」




ひた と 眼鏡の奥の冷ややかな眼が 口ごもる男を射すくめる。

炎の如く上りたつ殺気に たじろぐ常務は 過大な疑いをかけられまいと弁明した。

「食事もしていないぜ。 その・・ちょっと 誘ってみたら逃げたから。」
「!」
愛想よく応えるから こっちも その気かと勘違いしたんだよ。・・わかるだろ?

そうだ。君のいない時に首にキスマークつけていたぜ 彼女。
意外と 知らない面があるんじゃない?


こんな若造を相手に 一体 俺は何をうろたえているんだろう。
男は 自らをいぶかしんだ。 青年の放つ狂気に 身震いがした。 



「解りました。 ・・・やっぱり 貴方だ。」



-----




「タカミさん!!」



事務所に 飛び込んだアタシは 息が上がって口がきけなかった。
デザイン室から出てきたタカミさんは びっくり顔で 制服のアタシを見た。
「茜ちゃん? ・・・どうしたの?」



ハァハァハァ・・・
「ジュニ 来て・・いませんか? 常・・・務さんの・・所へ。」
「常務? 今 来客中だけど。 ねえ? 常務のところへ来ているのって 誰・・。」




ガターン!! ガタガタッ・・
「!!」「?!」

派手な音が 商談室から聞こえた。
男の悲鳴と 何かが倒れて 壊れる音。
タカミさんの脇をすり抜けて 商談室のドアを開ける。

乱雑に倒れた椅子の間から ジュニの腕が 常務さんの胸倉をつかみあげた。



ボタボタと 常務さんの口から 血が出ていた。
ジュニの全身からは 獣神の様に 青い焔が噴き出している。
「ジュニ!!」
「ぐ・・ふ・・・。」
「何をしたかは問題じゃない。 貴方は・・・彼女の信頼を汚したんだ。」



まるでスローモーションのように ジュニの拳が空を切って 常務さんにめり込んだ。

ピィ・・ン と空中に血まみれの歯が 悪夢のように弾け飛ぶ。



ガターンッ!!
「ジュニ!」
「常務!」「安井さん!!」


アタシは 燃えさかるジュニの身体に タックルするみたいに飛びついた。
振り向いたジュニが狂気のままに アタシを 払いのけた瞬間
ジュニの瞳に ピントが戻った。
「・・・・茜・・さ・・・?」



ガチャーン! ガタガタガタッ・・
アタシは キレイに吹っ飛んで 椅子と一緒にひっくり返る。
「茜さんっ!!」




それから周囲は 蜂の巣を突く騒ぎになった。何人もの怒声が 乱れ飛ぶ。
救急車だ!! おい! 警察も呼べ!警察だ!
「警察は だめ!」
タカミさんの 声が飛んだ。 
「早く救急車を呼びなさい! 警察は 要らないわ!」


「だけど・・・タカミさん! こいつが!」
「私がっ!!」

タカミさんは息を呑んで 常務さんを見た。 常務さんは ぐったりしている。
「私・・が・・安井の妻よ。 私が 言うんだから。 警察は呼ばせない。」


え・・・?

タカミさん 今 何を言った?


アタシは どっかケガをしたみたい。 意識が すうっと引いてゆく。
そりゃそうだ。 ジュニの筋肉こぶこぶで ・・・・飛ばされたら ね。

アタシを抱える腕は ジュニ? 

「茜さん!!」 

“良かった。 ・・・ジュニを止められて。”




そして アタシは 気を失った。

 ←読んだらクリックしてください。
このページのトップへ