ボニボニ

 

JUNI それからstory 21

 




・・・・ジュニ? 


どうして泣いているの? ママが 死んでしまったから?

アタシが代わりに抱きしめてあげるって あの日 約束したじゃない。



「・・・ニ・・。」
「茜・・さん? 茜さん!」
ジュニの涙へ伸ばした指を 大きな手がつかまえた。 この温もりは ジュニだね。


ゆっくりと世界のピントが合ってくる。 ここは 病院?
ふらつく視線を巡らせた。 ママとそれから タカミさん・・・。
「あ!!」


慌てて身体を起こそうとしたら いきなり鋭い痛みが走った。
「たっ・・・!」

「茜!」「茜さん!だめです!」
びっくり。 一瞬 息が出来なかった。 ・・アタシ どうしたの?
「動いちゃだめよ。肋骨が折れたんだから。」
「・・・肋骨?」


ああそうか。 アタシは猛り狂うジュニを止めて 飛ばされた。
「どう・・なったの? 常務さんの怪我・・・。」
いきなり映像がフラッシュバックして 獣神のようなジュニが蘇る。
常務さんの胸倉をつかんだ手。 たぎるように噴き上げた炎・・・。



「大丈夫よ・・・とは 言えないけれど。 幸い 命に別状はないわ。」

ため息のように タカミさんが言った。とても 微妙な表情だった。


「・・・すみませんでした。」
ジュニが 深々と頭を下げる。 きれいで 壊れた ラピュタのロボット兵。
タカミさんは悲しげにジュニを見て たまらない顔で かぶりを振った。

こんな事になるんじゃないかと 思っていたのよ。
「私にも・・多分 責任があるわ。」


これからの事は 少し面倒かもね。 ひっそりした声でタカミさんが言った。

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入院になるかと思ったけれど お医者さんは 帰宅していいと言った。



コルセットで脇を固定してもらって ママの運転で 家に帰る。
ジュニはずっとうなだれて アタシの傍に控えている。

車の中には 重い沈黙が 見えないゼリーみたいに満ちていた。




「・・・向こうの 怪我の様子は どうなんだって?」

早めに退社してきたパパは ネクタイをゆるめながらママに聞いた。
「顔の打撲が酷くて・・。 下の歯が 1本折れたの。」

「鼻は? 折れなかったのか?」
「うん。 ・・先生は 頬骨にひびが入ったかもしれないって。CTの結果はまだ。」
「そうか、ともかく見舞いと。 ・・・謝りにも行かないとなぁ。」


ジュニと並んで縮こまるアタシを パパは 部屋へ追いやった。
パパはジュニと話すから お前は 先に休みなさい。

ドアのところで振り返ると パパは ・・・・大人の顔をしていた。

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カチとライターが音を立てた。



ふーうと紫煙を吹くパパは 煙草を持った手で こめかみを掻いた。



「お前が殴ったという男。 茜に 何をしたんだ?」
茜に何かあったらしいとは ママから聞いていたけれど。
「そいつが 問題の相手なんだな?」

「・・・・・。」


ジュニは 長身をソファに折りたたみ じっと 自分の手を見ていた。
人を殴るには不似合いの 指の長い 繊細な手。
そこから腕へ視線を移すと 呆れるほどに筋肉質で 上腕が丸太のように盛り上がる。


「茜。そいつに何かされたのか?」

「・・・パパさんが言う意味のことは 多分・・なかったと思います。」
ですが あいつは茜さんの 将来への夢を利用しました。

いろいろ教えてやると 親切そうな顔をして 茜さんを引き寄せたのです。
導いてくれる人に会えたのだと 茜さんは思ったのでしょう。
だから 許せなかったんです。 人の向上心を そんな風に利用するのは卑劣です。



「・・・・・。 そんな罠なんざ いくらでもある。」
「え・・・?」

パパは 灰皿へ煙草を押した。 やっぱり 茜は 軽率だったよ。
相手がそれほど悪いわけでもない。 スケベ心でそれ位のことをする男は 多いさ。
「無事に帰れただけで もうけもんだ。」
「そんな・・パパさん。」
「親だから言うんだ。 茜は軽率だった。つけこまれる方も悪い。」


まあな・・・。 俺が言わなくても 茜が 今一番そう思ってるだろうよ。

お陰でお前が人を殴っちまって。 自分は ぶっとばされて骨折だ。
「・・・すみません。」



美しい獣神がうなだれる。 俺の娘を手中に抱いて 炎の中へでも行く男。

「・・なあ。 気持ちは判るけどな。その直情では 茜を守れないぞ。」
「!」
「今回の事は告訴になるかもしれない。場合によっちゃ お前は前科持ちだ。」
「そんなこと ・・全然かまいません。」
「それが直情だって言うんだ。」 


いつか お前の子どもが就職する時 
親の前科が理由で 希望の会社を蹴られたら?

「お前が子どもの将来を潰すぞ。 それが “全然かまわない”のか?」
「・・・・・。」

人を守るということは そう言うことなんだよ。
「もっと冷静に 慎重に 狡猾になれ。 大事にしたいものがあるならな。」
「・・・・・・。」


もう行け。 この件は 俺からジウォンに話す。
「茜の容態を見に行ってやれ。 ・・・あー・・。骨が折れてるんだから 手を出すなよ。」
「はい。 すみません・・・。」


パパは 2本目の煙草をつかむ。 偉そうに 説教をしてはみたけれど 
茜がどうにかされていたら 
俺が そいつを殴ったかもしれないな。

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鎮痛剤が効いているのか 何だか ぼんやりした気分。
これから ジュニはどうなるんだろう。
警察沙汰とかに なるのかな?


カチャ・・・。

静かにドアが開いて ジュニは 影のように入ってきた。
アタシを見る眼が赤くゆるんで。 怪我をさせたことで 自分を責めているでしょ?
「・・ジュニ?」
「・・・・・・。」

アタシがジュニへ伸ばした手に 奴は 怖じた顔を見せた。
自分の 抑えられない衝動が アタシを壊すんじゃないかって 恐いんだ。
差し出した手でジュニをねだる。 ジュニは ・・アタシを断われなかった。
「・・・痛みますか?」
「固定しているから 平気。」

ねえ ジュニ? ・・・ごめんなさい。 アタシ言えなくて。

「ちゃんとジュニに注意されていたのに 常務さんの車に乗って・・・。」

すっと 指が一本。 アタシの唇に封をした。
「止めましょう。茜さんは 悪くないです。」

悪いよ・・ジュニ。 それは アタシ自身が一番知っている。



「ジュニは。 警察に 捕まってしまうの?」

ふ・・と ジュニが初めて笑った。 心配してくれるんですか?


「・・・・茜さんを傷つけたのだから 懲役刑かもしれませんね。」
「どうして?!アタシは大丈夫なのに? アタシがいいと言ってもだめなの?」
「茜さん?」
そんなの変じゃない! ジュニがアタシの為にした事でも?それでも罪になるの?!
「茜・・さん。」

アタシ 警察に言いに行く。 常務さんは許さなくても アタシはいいんだもん。
調書とか証言とか ねえ どうすればいいの・・?!


勢いこんで身体を起こすアタシを ジュニが慌てて押しとどめた。
「だめです! 安静にしていないと。」



・・・ごめんなさい。大丈夫です。
茜さんが告訴しない限り。 茜さんのことで 僕は裁かれません。

「そうなんだ。 じゃあ 良かった。」
骨が折れたのに 怒っていないんですか? 

「・・僕以外に傷つけられるなって言ったじゃん。 ジュニにならいいんでしょ?」

ぽかんと ジュニの呆れ顔。 それは・・・意味が違うでしょう?と笑った。



ベッドの傍へひざまずいて ジュニは アタシの手を握っている。
祈るように手を包んで 時々おずおずと頬を撫でる。
「常務さんの歯 折れちゃったよね。 大丈夫かな。」
「・・・・・。」


あれから考えたんだけど 多分 常務さんは悪くない。
アタシが オトナの不文律ってやつに 無知で 無防備だっただけだ。


「違います。」

まっすぐ虚空をにらみつけて 横顔のジュニはきっぱりと言った。
あの人は 最初から茜さんを狙っていました。 
あなたを見る目で判っていました。


「でも・・・ひょっとしたら。 もっと別の要因があるのかもしれません。」
「別のって?」

「・・・いえ。ただの憶測です。茜さんは 休みましょう。」
アタシの手を布団に戻してジュニが微笑む。 
笑ったままだけど 泣き出しそうだ。



ねえ ジュニ? アタシは骨折なんて 全然 こたえてないんだよ。
「ジュニ・・。」

ジュニの腕を揺すってみた 愛しい気持ちがこみあげる。
「・・・だめですよ。 肋骨が  折れているんですから。」
ジュニの笑顔が柔らかくなった。 パパさんに 手を出すなと言われています。

「ジュニ。」
「もう 茜さん。」

困ったジュニは眼をつぶる。 口元がほどけて白い歯がこぼれる。
茜さんはいじわるです。 そんな顔をされると 我慢するのが辛いんですよ。
「ねぇ ジュニ・・。」
ジュニがすうっと笑いを引いた。 眉根が寄って・・うふふ 負けそうだね。


眼を開けたジュニは怒っていた。 あたしの勝ちだよ ジュニ。

「だめだな・・・僕は。」

茜さんは 時々 小悪魔みたいです。
ジュニはそうっと身体を伸ばして とても気をつけてアタシを抱きしめる。
「キスもして。」
フンと鼻をならしたジュニは わがままな額に唇をつけた。

「・・・ん。」
眼を閉じて 唇をねだる。 ジュニは 心底呆れた声で

「・・・いつから そんな悪い子になったんですか?」と言った。

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ジュニは 常務さんに告訴されることになった。

安井さんの代理人だという人が家に来て ものすっごく事務的に話をして行った。


これからどうなるのか よくわからないまま
アタシは コルセットをして学校へ通う。
原因は間違いなくアタシなのに すべてのことが アタシ抜きで進んでいた。


「・・・告訴って? どうなるの?」

真由っぺが ひそひそ声で聞いてきた。 
う・・ん・・。 
「ジュニは犯罪者だ」って常務さんが届け出て 検察がジュニを調べるみたい。 
慌てて図書館で調べた知識。 ・・半分ほども わかっていないけど。
ジュニは 罰を受けるのだろうか。 だけど ジュニの罪って 何だろう?

それはきっとアタシの罪で 「ジュニの罪」なんかじゃない。


苦しい時だけ 神だのみをしたい。 アタシはチャペルのドアを開けた。
・・・イエス様も きっと呆れ顔だね。
礼拝堂は冷え切っていて 空気がキンと硬質だった。

並んだ椅子を撫でながら歩いて 祭壇近くに 腰を下した。
アタシに祈る資格があるのか ・・あんまり 自信はなかったけれど。

せめて常務さんの傷が酷くないことを ジュニの為に 祈ることにした。
じっと祈り続けていたら ポケットの中が振動する。
携帯をそっと開いてみると 着信は タカミさんからだった。

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“ごめんなさい 私のせいなの。”

タカミさんはすごく疲れた顔で ぼんやり 指の煙草を見ていた。
会ったのは 以前タカミさんと話した恵比寿のカフェ。

あの時は こんなことになるなんて思いもしなかったな。


嫌がるジュニに ポスターが欲しいとだだをこねたのは アタシだ。
全部 全部 アタシのためで。 それなのに ジュニが裁かれる。

タカミさんの前なのに ぽろん・・と涙が出てしまった。 
「大丈夫?」
「大丈夫です。 アタシ ジュニに悪くて。」

あ・・・常務さんにも です。 すみません。
慌てて謝まると タカミさんは首を振って「私のせいなの」と もう1度言った。



「安井と私 離婚話がこじれていたのよ。」
「・・・?」
安井とは Humptyを立ち上げる頃に結婚したの。
彼のお父さんやっていたアパレル会社を 自分達の手で変えるんだって。

「一緒の夢に向かって・・楽しかったな。」


ブランドが軌道に乗るにつれて私たちは 次第に意見が食い違うようになった。
「彼がしたいのはアパレルというビジネス。 私が望むのは小さくてもモードにこだわるクチュリエ。
・・・道が 分かれてきちゃったの。」

そして 女性問題。 華やかな業界で 周り中が女性でしょう?
「彼にとって “不倫は文化”よ。」

私の後輩、友人、スタッフ・・。どうしてそんな事が出来るのかって思った。

離婚を言い出したら 彼 烈火の如く怒ったわ。
「そりゃね・・。私は 卵を産む鶏だもの。 仕事もからんで泥沼の調停寸前なの。」
「・・・・・。」



煙草を指にはさんだ手で タカミさんは口を押さえた。
どうして そんな辛い話を 聞かせてくれるのかわからなかった。

「私ね・・・ジュニを見たとき。 天啓みたいに感じたなぁ。」
「・・・・・。」
「あ! 恋とか そんな意味じゃないのよ。そうね・・・ミューズだと思った。」

彼のオーラに触れるだけで 私の中のイメージが花開く・・そんな感じ。
茜ちゃんと幸せそうに睦む姿は まるでダフニスとクロエみたいだった。


「安井は嫉妬したのよ 私がジュニに夢中になったから。・・自分勝手よね。」

イメージキャラクターの話だって 彼がどこかの専門店と勝手に話を進めてたのを
私が無理矢理ひっくり返したの。あれは ジュニじゃなくちゃいけなかった。
「彼は 見当違いな憎しみを ジュニに向けたわ。」


アタシは こっそりコーヒーをすすった。
タカミさんの口から出る話は 自分の全然知らない場所で起きたことみたいだった。
ひょっとして・・ これがジュニの言ってた 別の要因?

「・・・茜ちゃんって もろ安井のタイプなの。」

彼が ひと目であなたを気に入ったのが判ったから 嫌な予感はしていたの。
「多分 ジュニが大切にするあなたを 盗ってやるつもりだったのよ。」

今回のことで安井常務は タカミさん に交換条件を出したそうだ。
離婚をしないと約束するなら ジュニの告訴も取り下げるって・・・。
「・・・だって・・! タカミさんは 関係ないのに。」
「だからね。 安井の中では 話は つながっているのよ。」


かあっ・・と 頬に血が上った。 そんな卑劣さはないじゃない。
「タカミさん! ジュニは告訴されても平気です。条件なんて聞いちゃだめです。」
いいもん。
ジュニが監獄へ入ることになったら アタシも 一緒に入ってやる。

憤然としてアタシが言うと タカミさんはまぶしげに笑った。

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腹が立つ。 腹が立つ。 もー! 腹が立つ。
まんまと罠にかかる自分も馬鹿だけど 常務さんは ずるいと思う。

ぷりぷり 怒って家に帰った。
乱暴な足取りでリビングへ踏み込んだアタシは 
その場で ポカンと口を開けた。

「骨折したって聞いたけど・・・ 随分 元気が良さそうですね。」
茜ちゃんを見たら安心しました。やっぱり あなたの元気は最高です。

「・・ジュニは 仲良くしてもらえていますか?」



そう言って ジュニパパはとても素敵に笑った。

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