ボニボニ

 

JUNI それからstory 22

 




「茜ちゃんは会うたびにキレイになりますね。これじゃ ジュニも心配だな。」



ジュニパパは肉を噛んでいるのだろう。
うんうん と うなずきながら話をする。
その口調は やけにのんびりで  ・・・なんだか 気が抜けちゃうよ。

ジュニパパがリクエストしたので 
今夜のメニューは サムギョプサルになって
アタシたちは皆 ちょっとだけ深刻な顔で 自分のサンチュを巻いていた。

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「茜ちゃん・・・? 親バカですけれど 僕は息子を助けに来ました。」 

突然やってきたジュニパパは きゅっと ウインクをしてアタシに言った。


人を傷つけるのは いけないことですが。
あいつがそんな事をしたのには きっと 理由がありますね?
茜ちゃんにとって 言いにくいことなのかもしれません ・・・それでも。

「ジュニの為に。 あったことを全部教えてください。」


ジュニパパの眼が 優しかった。
パパともジュニともちょっと違う。 安心できる大人の匂い。
ジュニの ・・為に? 


彼の助けになれるのなら アタシに 言いにくいことなんかない。
アタシはすべてを正直に話して ・・・タカミさんの話も 言い添えた。



ジュニパパって 何だか 不思議。

パパにも ジュニにも言えないくらい 正直に気持ちを話すことができる。


近すぎない ジュニパパとの 微妙な距離感が
今のアタシには 心地いいのかもしれない。


「アタシは 勘違いをしていたんです。」

常務さんには アタシを育てる理由なんか全然ないのに。
滑稽ですよね。 何か・・見込まれたような気でいました。
「常務さんの下心がそんな事なんだとわかって すごく・・・・口惜しかったな。」
「・・・・。」


ジュニパパは アタシの肩を静かに撫でた。 とても 温かい掌だった。

少し 痛い目に遭いましたね。 
だけど あなたはそれを糧に出来る人です。
「こんなことで怖気づいて 夢を追うことを 諦めてはいけませんよ。」

茜ちゃんが諦めない限り 導く人は 必ず現れるから。

ジュニパパの腕が伸びて アタシはふんわり抱きしめられた。
その腕の中は少しだけ ジュニに 似ている匂いがした。 


茜ちゃん? 今日は 肉でも食べましょう。

元気になります と ジュニパパは笑った。

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パパはもちろん会社からすっ飛んで帰って ジュニパパと一緒にテーブルを囲んだ。

こんな時でも パパってば 親友に会えたのが嬉しそうだよ。
「なぁジウォン。 先方に謝りに行くなら 俺と・・。」
「謝りには 行きません。」「え?」


食卓の全員が ジュニパパを見る。
皆の視線を涼やかに受け止めて ジュニパパはもう1枚 サンチュを取った。


「コウサカ どうしました? 相手は告訴してきたんですよ。」
「ああ・・。 だから こっちも誠意を。」
「私は 息子を犯罪者にするつもりはありません。」

ジュニパパは とても優雅に肉を取る。 
豚バラ肉が まるで花びらに思えるほどだ。

真紀さんのヤンニョムは とっても美味しいです。
「ハルモニの料理番も腕がいいけれど ヤンニョムがもうひとつで・・。」
盛大にキムチを盛り上げて ジュニパパはサンチュを頬張っている。


・・・あの口の中が 空くまで 話は中断だな。

アタシもパパも ジュニパパのもぐもぐ動く口元をじっと見つめた。

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食事の後はお茶になって ジュニパパは オミジャ茶を飲んでいた。

「暴力沙汰など愚かです。人を殴るなんて ・・・ね? 高坂?」

「あ? うん・・・ そうだな。 ・・・ゴホン・・。」
ですが ジュニも将来がある身だし 相手に落ち度がないとは言えません。
「ここはお願いして 許していただきましょう。」


・・・そうは言っても。 
「はいそうですかと聞く相手なら そもそも告訴なんて話にならないだろう?」

うちのパパの問いかけに ジュニパパは ガキ大将のような笑顔を見せた。
「コウサカ? 忘れましたか。 言って通じない野郎には?」
[拳で・・・ おい! ジウォン。」
「これ位 イージーゲームです。」

とりあえず茜ちゃんに 告訴をしてもらって・・・



パパが固まって ママの眼が真ん丸になった。
は・・・? アタシ?
アタシはぼんやり口を開けて  ジュニは ゆっくりまばたきをした。

ジュニパパは皆の反応を全然見ないで オミジャ茶をかき混ぜるのが忙しそうだった。

「・・未遂であってもレイプは重罪です。被害者の精神的ダメージは 大きい。」
「・・・あ・・のぉ・・?」
アタシ・・そんなことはされていないけど・・。 常務さんは 暴力なんか。
「それを証明する人はいますか?」
「え?」


茜ちゃん。
大人はね 大事なものを守る為に 時に 狡猾になるものです。

「アメリカで裁判となれば こんな駆け引きくらいは当たり前です。」
つんと ジュニパパは顎をあげた。
僕の弁護士は パーフェクトです。 法廷で負ける事はありません。


「だめです! アボジ。」

告訴となれば いろいろ 嫌な事を聞かれたりするのでしょう?
「僕は茜さんに・・・ そんな辛い思いは させられません。」
「そうだね。 私も 茜ちゃんにそんなことはさせたくない。」

にっこり。

ジュニパパが 自信たっぷりに笑う。 
こんな時なのに 渋い唇に オミジャのかけらが付いていた。
もちろん法廷は茜ちゃんの行くところじゃない。

「・・話は 示談に持ち込みましょう。」


そして 事態は夢のように ジュニパパの言ったとおりになった。

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イ・ジウォンが 小柄な男性を連れてHumpty Connectionのオフィスに現れた時 

その場に居合わせた人たちは 存在感に息をのんだそうだ。


すらりとした長身。 
上質のスーツに身を包み ぴんと背筋を伸ばして立つ。
眼鏡の奥の眼は理知的で しかし 氷のように冷たく光る。

「Mr.安井に お会いしに来ました。」
魔物のように魅力的な声は 深く 少しだけ不機嫌で 応対の者を怖じさせる。
教授がまっすぐ歩を進めると 周囲の人垣が きれいに割れた。



「検察の心象を良くしようとして わざわざ謝罪に来られたのですか?」

薄笑いを浮かべた常務の声に ジュニパパは ゆっくり眼を閉じた。
もう1度開いた眼の底が光り その眼光は 相手をたじろがせた。


「・・・謝罪? それは 何のお話ですか? 」
私は 高坂茜の代理人として来ました。
「彼女は 貴方を告訴します。」
「はあっ?!」


弁護士がご説明します。 ジウォンが 連れに目配せをする。
心得た相棒は書類を繰り 事務的に 要件を述べ始めた。
「婦女暴行未遂と傷害です。高坂さんは あなたにホテルへ連れこまれ・・。」
ガタン・・と 安井が席を立った。 こいつら一体 何を言っているんだ?


「じ・・冗談じゃないぞっ!!」

悪夢のように状況を裏返す手口に 安井の背筋が 凍りついた。
落ち着き払ってとんでもない事を言う2人が まるで 化け物のように感じられた。

教授は静かにうつむいて 耳だけで弁護士の言を聞く。 
小柄な男は 先を続けた。


「駐車場の管理人が 車中で争う二人を見ています。」
女性は車から逃げ出したそうです。
泣きながら・・怪我もしていたようだと。 「酷い話です。」


「な・・泣いてなんかいなかったし 怪我もさせていない!!」

「こちらに管理人の証言を撮ったビデオがあります。ご覧に なりますか?」
「・・・・でっちあげる気か・・。」
「当日 貴方はレストランに席をリザーブされていますね? ダブルの部屋も。」
「・・・・。」


被害者は婚約中で 結婚を心待ちにしている可憐なお嬢さんです。

婚約者と彼女の仲の良さは 周囲にも広く認知されています。
「彼女の通う高校のシスターが証言します。婚約者イ・ジュニの真摯な人柄も・・。」
「・・・・お・・前ら・・。」


テーブルへ とん・・と肘をついて プロフェッサーが口を開いた。

「常務には余罪もありそうです。 たとえば・・御社のショップの 元販売員。」
こちらのケースには セクシャルハラスメントも加わるでしょう。
「私たちが協力するなら 告訴を考えると言っています。えーとお名前は 江波・・。」
「いい加減にしろ!!」


そ・・んな・・・世迷言が通ると思っているのか?

でまかせばかりの告訴なんか 受理される訳がないだろう。
怒りに燃える男は まだ腫れの残る頬を震わせる。
気の毒そうに安井を見て 弁護士は ゆっくり首を振った


「安井さん。検察が告訴を受理するか否かは 我々の関知することではありません。」

「何だと・・・?」

告訴と同時に マスコミは知るでしょうね。有名アパレルメーカーの重役が 
「まだ少女のような女性に手を出して その婚約者に殴られた・・。」
事件に関して “何故か”マスコミは 情報を沢山持つことになるはずです。

将来を嘱望される青年は 恋人のために 傷害罪で罰せられるでしょう。
青年には前科もなく情状酌量の余地は大いにある。 
「有罪でも せいぜい罰金刑です。」

・・・その経緯を世間がどう判断するか。それが 私たちには重要なんです。


安井の顔が 蒼白だった。
ここで出方を間違えると 社会的に抹殺されかねなかった。


「あなたは 軽い気持ちだったのかもしれません。でも・・。」
ジウォンは深く椅子に沈み 長い脚を高く組む。
「分別のある大人ならしてはいけないことがあります。 今回の事が そうです。」


そして 交渉の扉が開いた。

「当方には あなたとネゴシエイトする余地があります。 さあ・・どうしますか?」

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信じられない。


「ホントに? 本当に常務さんが 告訴を取り下げると言ったんですか?」

おやおや茜ちゃん 大きな目玉が こぼれ落ちますよ。 
ジュニパパが気取って肩をすくめる。 ものすっごく 笑顔がイカシてる。
「安井さんはいい方でしたよ。 将来ある青年を 傷つけてはいけないと仰って。」

一時の怒りで告訴はしたけれど 罪悪感も あったのでしょうね。


本当・・・かな?  
にわかには信じられないけれど 事態は 魔法のように変わったみたい。
常務さんは告訴を取り下げて ジュニがケガの治療費を払う。

そんな話が たった1回 話をしただけで決まったなんて。

ジュニパパって ・・・まるで セロのようなサプライズマジシャンだ。
手品のタネが解らないところも そっくりだね。
アタシはキツネにつままれた顔で だけど とても嬉しかった。



「アボジ・・・。本当に すみませんでした。」

ジュニは申し訳なさそうに ジュニパパへ 深くお辞儀をした。
ジュニパパは ゆっくりうなずいて 父親の顔で薄く笑う。 

「・・・そうだな。 お前はもっと 冷静になることを憶えなくてはいけない。」
世の中には 暴力で解決できることはない。 
これで わかっただろう?
「はい。」


だけどなあ・・。 

悪戯そうに うちのパパへ流し目をすると
ジュニパパは 唇の片方だけで笑った。
「アイツが茜ちゃんに何かしやがったんなら 歯の1本じゃ間に合わないよな。」

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パパたちが お酒を飲み始めるのを見て ジュニはそっと席を立った。


部屋に帰るの?
彼の後ろについてゆくと 門扉のところでジュニが振り返った。
「・・・茜さんは 安静にしなければいけません。戻ってください。」
「お仕事?」
そうですね。 先輩の為の準備が まだ少しありますし。


「邪魔をしないから ・・・ついて行っちゃダメ?」

沈んだ顔のジュニが心配で ちょっと甘えてねだってみる。
じっとアタシを見つめたジュニは ため息をついて 眼を閉じた。
「だめです。 僕の部屋へ連れて帰ったら 茜さんを抱きたくなります。」

茜さんが寂しいなら もう少し一緒にいましょうか。 2階のお部屋へ行きましょう。
「お仕事は?」「大丈夫です。」



部屋へ入ると ジュニの奴は 毛布をめくってアタシを促した。
「さあ 茜さんはここに入ってください。」
「だって まだ寝る時間じゃないよ。 身体は大丈夫だもん アタシ。」
だめです ちゃんと休まないと。 ジュニの眼差しが ・・・少々 恐いです。

仕方がないからベッドへ入って 枕を背中にあてて座る。
ジュニは ベッドの端に座って アタシの髪へ手を伸ばした。

「痛みませんか?」
ジュニの手が ゆっくり ゆっくり髪を撫でる。

アタシが眼をつぶると 手を止めて そっと触れるようなキスをした。
そのまま待っていたのに  あれ? ちっとも抱き寄せないね。
「?」
眼を開くと 目の前にいるジュニは 今にも泣き出しそうだった。


「ジュニ?」

茜さん? 僕は だめですね。 自分がアボジに守られる有様では。
「・・・茜さんを守ることなんて 夢の夢です。」
愛して いるのにな。 僕はまだ「こんなにも未熟で 無力です。」

ジュニは 切なげに視線を外す。 そんなに 自分を責めないでよ。


悲しいアタシが腕を伸ばすと ジュニは 困って目元をゆがめた。
「だめです。」
「お願い・・ジュニ。」
それでもアタシは ジュニの腕にしか 抱かれたくないんだもの。
「・・・茜さん。」


ふんわり ジュニがアタシを包む。アタシもジュニを抱きしめる。
ねえ ジュニ?
たとえ今は未熟でも アタシたちはこうやって 一緒に 明日になって行こうよ。

「アタシも 強い大人になるから・・。」

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ジュニが 階段を降りて行くと パパがちょうどリビングから出て来た。

「おう? ・・・2階にいたのか?」
「はい。 パパさんは?」
「俺は小便だ。 茜は 休んだのか?」
こくり こくり とうなずくジュニを パパは笑って 柔らかい眼で眺めた。

「随分 凹んでいるみたいだな。」
「・・・・・。」
まあな、暴力は絶対いかん。 ところでなぁ・・・



「お前 ジウォンがブタ箱に入ったことがあるのを 知っているか?」

「え?」
俺と一緒に酔っ払いを殴って あいつだけブタ箱に入れられたんだ。3日も拘留だぜ。
「殴・・・。」
ジウォンの奴 偉そうに父親面をしていたけどな。
「お前の血の気が多いのは ・・・遺伝だよ。」


さあて 小便 小便。

「あ?! お前 茜に手を出してないだろうな?」
あいつは 骨が折れているんだから近づくなよ。
パパは ひょこひょこ上機嫌で トイレのドアに消えてゆく。


ぽかん と小首を傾げたジュニは パパの背中を見送った。

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