ボニボニ

 

JUNI それからstory 27

 




娘の結婚式を 教会なんかでやるもんか。




あれだろ? 一緒にヴァージン・ロードを歩いて行って。 大事な大事な愛娘を
憎っくきどこかの馬の骨に「さあどうぞ」って手渡すんだろ?

そ・ん・な・こ・と・がっ、 出来るかバカヤロー!

パパは 昔から言っていた。 “絶対 教会じゃ娘の式を挙げない!”



そして 今。 教会の控え室で パパはアタシと座っている。

チラリと横目で見るけれど パパは アタシと眼を合わさない。
ごめんね パパ。 
だってジュニは 敬虔なクリスチャンなんだもん。

「パパ?」
・・・・・・・・・
「ごめんなさい。 教会の結婚式になっちゃったね。」
・・・・・・・・・・


ママは アタシのヴェールを直して にっこりお砂糖みたいに笑う。
「可愛いわぁ・・茜。 ミニのウェディングドレスなんて ホント最高♪」

タカミさんの作ったドレスは ベリーショートのミニだった。
アタシは一瞬驚いたけど ママとジュニが狂喜した。「茜はいい脚してるのよ。」
さすがに一流デザイナーさんは 着る人の良い所を逃さないわねって ママは大絶賛。
ママだって10代の花嫁だったら こんなキュートなのが着たかったな。

「ねっ? 総ちゃん!」
「え? ・・・・・・・うん・・。」

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時間が来て パパとアタシはドアの前に立つ。


このドアの向こうは礼拝堂で 祭壇の前では ジュニが待っている。
パパが一番したくなかったこと。 
「憎っくき馬の骨」ジュニの元へ パパは アタシを連れて行く。


スーツの腕に 手を滑りいれると パパはピクリと身じろぎした。
「・・・パ・パ・・?」
パパはむっつり前を見ている。 いくら相手がお気に入りのジュニだとしても
娘を手放す父親の気持ちは やっぱり 寂しいんだろうな。



“お待たせしました。 花嫁の入場です”

司会の声は親戚の叔父さん。同じ街で 医者をやっている。
そう ジュニがアタシをゴーカンして 倒れた時に往診してくれた。


ぱあ・・・と ドアが開かれる。

礼拝堂の 不思議な違和感。
「?」
列席している人たちが一斉に すがるような眼で アタシたちを見た。



パパとアタシは周りを見回して 意外な展開にたじろいでしまった。

何? ・・・どうしたの? 
キョロキョロ左右を見回して  最後に 真っ赤な絨毯の突き当たり。
神父様の立つ祭壇へ眼をやって アタシは 思わず息を呑んだ。



そこに ジュニが立っていた。

真っ白なテールコートを着て 信じられないくらいきれい。
たった今 生まれた落ちた天使みたいに 途方にくれて立っていた。


きらきらきらきら光りながら ジュニは ゆっくりまばたきをしている。
ここがどこかも判らないような 戸惑いの中で 立ち尽くしている。

愛がその手に触れないと 砕けてしまうとでも言うように
不安と 少しの悲しさと 切なさをいっぱい眼にたたえて
・・・もろく震えるジュニの息づかいが 礼拝堂中を 沈黙させていた。


早く ジュニを助けてあげて。 誰もがそんな風に願っている。

パパとアタシはその中へ 扉を開けて 足を踏み入れたのだった。



「ジュ・・・ニ・・・。」
今にも焦がれ死にそうな ジュニと言う名前の愛。
その結晶が 祭壇で アタシを心から待っていた。

はっ・・・・・
アタシの隣で パパが笑った。
「あ・・の・・・・大馬鹿ヤロウ。」

待ってろ。 小さくつぶやくと パパはアタシに行くぞと言った。
しっかり 一歩ずつジュニに向かって 呼びかけるように歩いていく。
ベールの中に隠れながら アタシは涙がこぼれてきた。

困った人を放っておけない 誰よりあったかい 山男のパパ。
パパはザイルを担ぐように アタシの手を取ってバージンロードを歩いた。


パパが祭壇に着いた時。 はぁ・・と 皆が安堵した。

パパはまっすぐジュニを見て 唇の端を少し上げる。
腕にからむアタシの腕を外し その手を ジュニへ差し出した。
「・・・パパ・・さん。」
「しっかりつかめ。 自慢の娘だ。 ・・・幸せにしてやってくれ。」
「・・・・ありがとう ございます。」


ふぅ・・と 大きな 深い ため息。

突然 ジュニが光りだす。
頼りなげな薄い殻が砕けて 見る間に大きな 力強い羽根が拡がった
「茜さん。」

ジュニの手を取る一瞬前に アタシは パパを振りかえる。

さあ行け。 パパはまっすぐに アタシの眼を見て笑っていた。




アタシの隣に立つ男。 これは 一体誰だろう?

ジュニには違いないんだけれど ・・・何だか ジュニじゃないみたい。
神父様の言葉に薄く笑んで 深い声で愛を誓う。
祭壇の前でアタシを迎えたジュニは  いきなり 堂々たる男になった。

指輪を交換する時も ジュニには 自信が溢れている。
アタシの手が震えているのを見ると 大丈夫ですか?と小首を傾げた。



“花嫁のベールを上げて 誓いのキスを”

神父様のいざない。 ジュニのきれいな指が 愛しげにチュールを持ち上げる。
アタシは ジュニを正視できなくて 慌ててうつむいてしまった。
「・・茜さん?」

笑いを帯びたジュニの声。
「僕を 見てください。」
大きな手が そっと頬をすくい上げる。
もじもじと やっと眼を上げたら 白い歯のこぼれるジュニの笑顔が降ってきた。

・・・ん・・・


ジュ・・ジュ・・ジュニ~~~ッ!!

みんな見てるから! 真由っぺもいるから! シスターもいるから!
そんなに・・・本・・格的なキスを・・しないで・・ほしい。

・・・ああ 赤面。 
きっとアタシは キスをしながら ジタバタうろたえていたに違いない。
ふわりと上げたウエディングベールが ぱふ・・とまたかぶさってきて。
アタシはジュニごと もう一度 ベールの中へ隠れてしまった。


ジュニのヤローはまったく動じず 延々 ディープなキスをする。

「コホン・・ そろそろいいですか?」
かなんか 神父様に言われちゃって。
だけどジュニは にっこり笑って 「もう少し」と言ってのけた。

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学校チャペルでの結婚式だから 友達が ごっそり見物に来た。

招待した人以外にも みんなが ワアワア集まって。
アタシたちのライスシャワーは多分 この教会の最高新記録くらい
派手にお米や花びらが まかれたのに違いない。


「おめでとう! 茜!」
「きゃー! ジュニ!ジュニ!かっこいい!」
「ねえ! キスして!キスして!」


きゃーああああ!
クラスメイトが 黄色い声をあげる。
ジュニは派手なアクションで アタシを高く抱き上げた。

「やめて!やめて!やめて!  ジュニッ! 下ろして!」
あははは・・
「ダメです。 三浦さん! 写真撮ってください!!」


おお! まかせろ!

三浦さんが 張り切って でっかいカメラのファインダーを覗く。
「うっひゃー! いいアングルだね。」
おい!ジュニ! あんまり高く抱くと 茜ちゃんのパンツが見えちまうぞ。

“きゃああああああっ!!”




チャペルの後は車に乗って 目黒で ウエディング・パーティになった。


花房山の コロンビア大使館の近く。
イングリッシュ・ローズの名前が付いた 一戸建てのゲストハウスで。
シックなレンガのエントランスを入ったら 正面に ものすごい花が飾られていた。

直径30センチはありそうな それは見事な芍薬の花が7つ。
負けじと大きいバラと一緒に 眼がくらむほど豪勢だ。


「う・・わ・・・。 すごい・・・何?これ。」

コンシェルジェが にこやかに笑う。
昨日のうちに届きました。お祖母様からのお祝いだそうです。
「我々も ここまで素晴らしいアレンジは 初めて拝見いたします。」


ハルモニさんだあ・・。
片膝ついて ぷーっと煙草を受け口で吹く 美貌の老婦人を思い出す。
「あぁすごいな。 ハルモニは 派手好きだから・・。」

にこにことジュニがアタシの肩を抱く。一段落したら ハルモニに会いに行きましょう。
茜さんとの結婚のこと それは 喜んでくれましたけど。 

「飛行機に乗るのが嫌いなんです ハルモニ。」

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日曜日の昼下がり。 庭は 折りしもバラの季節。

このゲストハウスの名前にもなっている サー・エドワード・エルガーという
愛らしいイングリッシュ・ローズが 可憐な花を揺らしている。

ウエディング・パーティの会場は 光がいっぱいの温室で
お食事がひととおり済んだあとは 
明るい庭に出ての デザート・ブッフェになった。

「うふん・・・。 “愛情”と言うのよ。このバラの花言葉。」
「わぁ! それは素敵ですね。」

会場を決めたのは うちのママ。
ここのパティシエが お気に入りなんだって。

今日も ママのシュガークラフトを真ん中に置いて 
どっさりフルーツが周りを囲む それは素敵なウエディング・ケーキが出た。



“俺はさ 俺はさ こんなに早く 娘を手放す気はなかったんだよ。”

さっきの男気は どこへやら。
お酒が入って パパがめそめそし始めた。
パパさんの所へ行ってあげて。 ジュニが そっとアタシを押しやる。


・・・だけど パパにはもっといい慰め役がいるのだった。

「コウサカ・・。 でも2人のおかげで 僕たちは今日からファミリーです。」
「・・・?・・。 あ! そうか! 俺とジウォンは親戚かっ!」
そうですコウサカ とても嬉しい。

おおお!と ジュニパパと肩を組んで パパってばいきなり嬉しげだよ。

校友会じゃないんだからね 頼むから校歌なんか歌わないでよ。

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陽気なガーデン・ウエディングは 夕方近くにお開きになった。

そのまま友達と2次会で こっちはもっと賑やかで
笑いつかれて家に帰った頃には もうすっかり夜もふけていた。



「パパさん!ママさん! ただいま帰りました。」

ジュニは我が家の玄関で それは陽気なご挨拶をする。
結婚式が終わってから ずうっと アタシの手を握ったままだ。

「おうおう。 有頂天のムコ殿だ。」
フン・・と まだ少し口惜しげに パパはソファへふんぞり返る。
だけど ジュニパパが傍にいるから パパもご機嫌は悪くなかった。



「疲れたでしょう? 今日は もうお部屋へ帰ったら?」

ジュニパパのお茶を取り替えながら ママがアタシへ柔らかく言った。
“お部屋へ 帰ったら?”

・・・ああ そうか。
もう今日から アタシの住む所は ここ高坂の家じゃない。
30メートル先のジュニの部屋が ジュニとアタシの 家なんだ。

「そうさせていただきますか? 茜さん。」
「・・・・うん・・。」


“おやすみなさい。”

いつも ジュニを見送る玄関を アタシはジュニと一緒に出た。
ママは門扉のところまで アタシみたいに見送ってくれた。
「ゆっくり休んで。」

ママの笑顔が 少し ゆるんだ。
「ママ・・・・。」
「明日の朝食は ・・・自分で 作りなさい。」

ママ!
それは 娘を送り出すママからの お別れの言葉だった。
あなたは あなたたちの食卓を これから作っていきなさい。


ポロポロと こらえようもなく涙が出た。
ジュニの腕がふわりとまわって アタシの身体を温かく支えた。
「・・・おやすみなさい ママさん。」
「ええ。」

行きましょうか・・・。

ジュニに半分寄りかかるようにして アタシは 家の門を出た。
最後に振り返ったジュニは ゆっくりと ママへうなずいた。



「・・・悲しいですか?」

部屋までの道を歩きながら 心配そうにジュニが聞く。
悲しいのかな? 確かに今は 寂しい気もする。
だけど ・・・アタシは首を振った。

2人で上る アパートの階段。
階段を全部上ってしまったら なんだか気持ちが変わった気がした。


ジュニはアタシの表情を じっと見つめている。
「家へ戻りますか? 僕は それでもかまいませんよ。」
「ジュニ・・。」
「はい。」
「今日からここが アタシの家だよ。」


いっぱいに 見開いていたジュニの瞳が ほどけるような笑顔になった。
「・・・いいんですか?」
「うん。」

それでは。 ジュニが アタシを抱きあげた。
花嫁を連れ帰る日のお約束です。
「茜さん ドアを開けてください。」

ジュニの腕から手を伸べて 「我が家の」ドアの ノブを回す。



We are home♪

まだ灯りのつかない部屋へ ジュニの 嬉しげな声がひびいた。

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