ボニボニ

 

JUNI それからstory 28

 




アタシを部屋の真ん中へ下ろして ジュニは 電気をつけに行った。

・・・・・・・・・・

スイッチの位置を教えるために 小さくともる蛍色の前に
立ち尽くしたまま ジュニは じっと動かない。
「・・・・ジュニ?」
「!」


は・・・
今日何度目かのジュニのため息。カチと小さな音がして 部屋が明るくなった。
「ありがとう 茜さん。」


僕の部屋に 「花嫁の茜さん」がいる光景を見たかったんです。だけど・・
「スイッチを点けるのが 不安になりました。」
この電気が点いたら 全部 夢かもしれないと思ってしまって。

もう 困ったジュニ。 アタシたちは結婚したじゃん。
ホラと パーの手で指輪を見せる。
ジュニは白い歯を見せて歩み寄り アタシをぎゅうっと抱きしめた。



「僕は この部屋がとても好きなんです。」

アタシを胸に入れたまま ジュニはゆっくり部屋を見まわす。
この部屋へ来られる日を ずっと 夢見ていました。
いつか茜さんの元へ行くんだ、茜さんに愛してもらえるように 頑張るんだって。

日本への留学が決まって この部屋の間取りが届いた時、 

「天国の平面図が届いたような気がして 手が震えました。」
「そう・・なんだ。」


初めてこの部屋に入った時も 茜さんがドアを開けてくれましたね。
「憶えていますか?」
「そうだっけ・・? あぁ ママがアタシに鍵を渡したからだ。」

間借り人を案内する大家の娘だったからね アタシ。
胸の中のアタシを覗いて ジュニは 切ない顔で笑う。
「間借り人・・ですか? 僕はあの日茜さんに会えて 天に昇るほど感動していたのにな。」
「スミマセン・・・。」


うふふ。 
ジュニは身体をかがめて こめかみに小さくキスをした。
でも今日からは ここが茜さんと僕の家です。
「茜さんはもう 僕の部屋から帰らない。」

「ケンカしたら わからないよ。」
実家に帰らせていただきますって 言っちゃうかも。
「そんなのダメです!」


痛い痛い痛い! ジュニってば馬鹿力。 お願いだからアタシを壊さないで。

-----



パチャパチャパチャ・・

ローションを叩くアタシの顔へ 鏡ごしのジュニが微笑む。
「あーあ・・ 茜さんと一緒にお風呂へ入りたかったな。」
もぉ まだ言っている。

今日は きっちりメイクをしたんだもん。念入りにクレンジングする姿なんて
恋人に見せたい女の子は いないよ。


ターバン風に巻いたタオルを解いて ジュニは アタシの髪にドライヤーをあてる。
「じ・・・自分でするから。」
「でも 僕はすることがありません。」


鼻歌まじりのジュニのブロー。やっぱり茜さんと お風呂に入りたかったな・・
「今日くらい どこかへ泊まれば良かったですね。」
夜景のきれいなホテルとか 行きたかったんじゃないですか?
「ううん。」

結婚式は挙げたけど アタシたちはハネムーンに行かなかった。
大学が始まったばかりだから 夏休みにでも行こうと思う。

「・・・さ できました♪」

乾いた髪をすきあげて アタシのうなじへキスをする。
後から腕をまわしたジュニが もう連れて行ってもいいですかって聞いた。




シーツへ深くアタシを沈めて ジュニはうっとり添い寝する。
「茜さん・・。」

首までブランケットに埋まるアタシは もう裸ンボで
アッパーシーツをめくりたい手と 小さないさかいをして遊んでいた。
「愛していますよ。 知って いますね?」
「・・ん・・。」


シーツの下でアタシを撫でる ジュニの大きな 温かい手。

時折 肌に金属を感じる。 多分これは マリッジリングだ。
「愛しています。知っていますね?」
「・・知ってる よぉ。」

くすくす身体をよじりながら ベッドの中で眼をあげる。
微笑みながらアタシを覗きこむジュニの眼に こぼれそうな涙があった。

ジュ・・ニ・・?

彫像のように端整な頬へ アタシはそっと手を伸ばす。
アタシの手に頬を撫でられて ジュニはゆっくり 眼を閉じた。
「・・・どうしたの?」
茜さん・・・?


“僕の 告悔を聞いてください。”

たくましい肩が盛り上がり ジュニはアタシへ覆いかぶさる。
肘で身体を支えたジュニは アタシの頬を両手で包んだ。



小さなキスをひとつして ジュニは 低く話し始めた。
「僕には 決して取り戻せない 悔いがあります。」
「悔い?」
「・・オンマのことです。」
死んじゃった ジュニのママのこと?

なかなか言葉を吐き出せなくて きれいなジュニの顔が 歪む。
どうしたの? 
震える胸に手を這わせると 思い直したジュニが もろく笑った。



茜さん? 僕はオンマが死ぬ時に 何も 言ってあげられなかったんです。

「オンマは最後の力をふり絞って 僕を 抱いてくれたのに。
 僕が この世を去るオンマに見せたのは 必死で泣きわめく姿です。」

ジュニのきれいな頬の上を はらはらと幾筋も 涙が伝う。
「だって・・・その時ジュニは子どもで 怖かったんだから・・。」
「そうです!」
「!!」

・・・そうです 僕は恐かった。鬼の形相で僕を抱くオンマがとても恐かった。
「7つ・・だもの。しょうがないよ。」
そうです・・仕方がなかったんだ。 何度も何度も 自分に言い訳しました。


だけど成長するにつれて “その時”が 外側から見えるようになるんです。
僕に見えない所で アボジは 時々1人で泣いていることがありました。

アボジは最愛の妻を たった1人で逝かせてしまったのです。

最後の時にありがとうとも 愛しているとも 言えないままで。
「僕が言えたのに。僕だけが それを言ってあげられたのに ・・できなかった。」



アタシの横へ身体を落として ジュニは静かに泣き続けた。
獣神のように大きな身体。 その中に あの日の 小さなジュニを見つけた。

「ジュニ・・。」

枕を背中に 身体を起こして アタシはジュニの頭を抱いた。
両腕にあまる鍛え上げたジュニの身体。 突然 アタシは 思い出す。 
あの時もジュニを抱くために アタシは 精一杯 ちいさな腕を広げたんだ。


「大丈夫・・だよ。」

胸の中で くしゅくしゅ揺れるジュニの髪を アタシはママみたいに抱きしめた。
「だってオモニは ・・ジュニのママだもん。」


ママの願いはきっと ジュニが いつも笑っていることだよ。
自分のために 後悔なんかして欲しくないに決まっている。

「・・・そう・・でしょうか・・・。」
「絶対そうだよ! アタシわかる。」
「!」

だってママはジュニのことを きっと誰よりも 愛していたんだから。
「親の愛の大きさを 舐めちゃいけないよ ジュニ。」
「茜・・さん。」


はらり・・
最後の涙が落ちて ジュニの涙は お終いになった。
呆然とアタシを見上げる顔が ゆっくりと微笑みになっていく。

「茜・・さん・・。」
「うん。」
「・・・・ずっと 僕のそばにいてくれますか?」
「約束だもの。 そのために ジュニのお嫁さんになったでしょ。」
筋肉コブコブのジュニの腕が伸びて アタシを 胸の中へ引き込む。
柔らかくため息をついたジュニは 僕 眠いな・・と子どものように言った。




くう くう くう くう・・

まったく どうよ。 このヤローは?
今夜は結婚初夜だと言うのに ジュニが 先に寝てしまった。

一糸まとわぬ花嫁を しっかり抱きしめてくれちゃって。
おかげで こっちは羽交い絞め状態で 寝返りもロクに打てないじゃない。
「ぐぐぐ・・ だめだ 動けない。 こん・・の筋肉男。」


ふふ・・って寝ながら幸せそうに ジュニのヤローが笑っている。

天使のように もつれる髪。 長いまつげと 口元の笑み。
仕方がないから ジュニの胸を枕に 抱かれたままで寝ることにしよう。

明日の朝 眼が醒めたら  「おぼえておきなさいよ ジュニ。」

-----



「ごめんなさい!ごめんなさい! 茜さんっ!」

「はっ 放せぇぇぇっ!」
「どうしよう・・茜さん! 茜さん! お願いですから怒らないでください。」


だから 体重をかけないでよ。 押しつぶされてしまうから。

ぴかぴか光る朝日の中で ジュニとアタシがもめている。
困り果ててあやまるジュニ。 本当は そんなに怒っていないよ。


“でも 結婚生活は 最初が肝心。”
女は 現実的じゃなくちゃね!  まずは 着替えてトーストだ。



ベッドの脇に脱ぎ捨てられた シャツを裸にさらりと着る。
奇跡のようなカッティング。 身体に吸い付いて でもとても動きやすい。

絶対これから世に出てくるよ。 アタシの 一押しブランドのシャツだ。
このシャツの背につけられたタグを見たとき アタシは あんぐり口を開けた。
『JUNI . 』



「タカミさん・・・こ・・れ・・?」

「私のミューズの名前なの。 文句ある?」

切ない程の透明さを もう絶対 忘れたくないから。 
「これを 私のブランド名にしたの。」
きっぱり。 笑顔が少しも揺れない タカミさんがそこにいた。



「あ・か・ね・・さぁん・・!!」

お願いです。 だって僕 すごく楽しみにしていたのに。


やっと僕のお嫁さんになったんだから ねえ 愛し合いましょう。
「初夜に 花嫁を置いて寝たのは どこの誰だった?」
「・・・う・・。」
「アタシには 朝食作りと言う家事があるのだ。」

うふふふん♪ 
新婚早々 アタシってば か・な・り・立場が強いじゃない?
ひょっとしたら 旦那サマを 手の中で転がせるタイプかも知れな・・・
「ん?」


身体が 前に進まない。 見れば ジュニがベッドから半分滑り出て
そのでかい手でアタシの足首を がっちりと捕まえていた。
「は・・なしてよ。」
「だめです! 朝食くらい 僕が作ります。」

言っておきますけど僕 オムレツだけは はっきり言ってママさんより上手いです。
げ・・・・・
「だから・・ ね?」


きゃあああああっ!

アタシの足を捕まえたジュニが 眼にも止まらないタックルで 
楽々とアタシを抱きかかえて ボンッと ベッドへ飛び込んだ。
「こらあっ! 反則!」
「ごめんなさい! 初夜を やり直させてください!!」


愛しています。 愛しています。 愛しています。
ねえ茜さん 知っているでしょう? この先も いいと言ってください!




必死でアタシを押さえ込むジュニに アタシは とうとう噴き出してしまう。

『JUNI . 』のシャツが 宙を舞って まぶしいほどの朝日に溶けた。

                                   

fin

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