ボニボニ

 

JUNI それからstory 番外編2 -男 高坂総一郎 前編-

 





ふふふ。 パパさんとママさんの恋愛って どんなお話だったのですか?


「え~? ジュニちゃんったら。 ・・・ナイショ!」

へへーっ!  アタシ 聞いたことあるも~ん。
ママがバイトしていたケーキ屋さんにね パパが 買いに来たのが最初だよ。
「・・・パパさん 甘い物が 苦手なのに?」
「ジュニパパに だよ。 ケーキが好きだったんだって。 ジュニと同じだね。 」

カチャカチャカチャ  ヴィーン・・。
台所から ママと茜たちの 後生楽なおしゃべり。


おいおいおい・・・。

―聞こえてるぞ。 「バイト先のケーキ屋で会った」だあ?
プシュッ とパパは 風呂上りに ビールのタブを持ち上げる。

あいつってば・・・。 ホント キレイさっぱり 忘れてくれる。
ママ?  俺たちのなれそめは 電車の中だったんだよ。

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ぎゅうぎゅう詰めの 満員電車も 悪くないもんだ。

『7時32分の彼女』が 俺の胸に びったりと くっついている。
こんな嬉しい偶然があるなんて。 やっぱり 神は いるな。


1時間目の講義に出るために7時32分の電車に乗ると 時々会える 可愛いコ。
専門学校か何かの学生だな。 グリーンのフラノジャケットが 良く似合う。
たまに出会える 小さなラッキー。  その彼女が 今日はいきなり「完全密着 」状態だった。

「・・ふん・・・・ふっん・・。」

何だ? 
具合でも悪いのか? おい! ・・と 覗きこんで 俺は 危うく吹きだすとこ ろだった。
もぐもぐと切なそうに そりゃあもう 大変な 百面相。
“どうやら 彼女は 鼻がかゆいらしい。”


ぎゅう詰めの車内で 手も上げられずにいる彼女が 
可愛くて 可笑しすぎて 俺は まじで涙がこぼれそうだった。
「・・ふん・・・ふ・・。」
それでも次第に 彼女の顔が 苦痛にゆがむのが見ていられなくなる。
“・・・いっそ かいてやろうか?”

とは言え 見ず知らずの男が いきなり自分の顔を掻いたら 驚くよな・・・。
どうしたもんかと 途方にくれていると
彼女の顔が そーっと 僕の胸に倒れてきた。


コソ・・コソコソ・・・

ああ・・・ 神様は やっぱりいる。
つややかな彼女の髪がゆれて シャンプーが香る。 ・・・だあぁっ! コレは 『エメロン』かあ?!
俺は今日 洗ったばかりのGジャンを 着ていたのだ。
切羽詰った彼女は 俺のゴワゴワ布地に すがる決心を したらしい。

申しわけなさそうに彼女は 俺の胸に顔を寄せると コソコソと 可愛い鼻を擦 りつける。

かゆい所ってのはさ・・ かきはじめると 途中じゃ止められないんだよな。
幸せ一杯 満員電車。 
俺は 彼女のしている事に ぜーんぜん 気づかぬ振りをして
熱心に 『HotDog press』の中吊りを見上げて こみ上げる笑みを噛みしめてい た。

キイイッ!  
折り良く電車が 急ブレーキをかけて 彼女が んぷっと 俺に埋まる。
「ご! ごめんなさいっ!!」
「いいえ。 大丈夫ですか?」
鬼のように ラッキーな日だ。 ・・・彼女が すっぽり腕の中。

こうして 俺は 恋に落ちた。

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「高坂。 ・・・何だか 変ですね?」

普段 ナーンにも気のつかない奴が こんな時だけ 俺の変化に気づく。
「うるせえな!  俺は 普通だよ。 ジウォンの眼が 変なんじゃないか?」
「そうですか? でも・・その胸 痛いんですか? さっきからずっと 撫でて います。」
「えっ!!」

・・な、な、何でもねえよ!
「俺 ちょっと文学部のスロープで 壁のぼりしてくら。」


文学部の校舎は 長いスロープの先にある。
スロープの一番上は 横から見ると ゆうに5メートルはある岩壁で 
ワンゲル部員にとって そこは 絶好のフリー・クライミングの練習場になって いる。
このスロープを行く学生たちは 横から ヌッとクライマーが現れても 誰も  驚かなかった。  


「きゃあっ!!」

おわっ! でかい声に こっちがたまげる。 危ねえな・・足を滑らせたらどう す・・・
「わあっ!!!!」
ずるずるずるずる・・・ いきなりの滑落。  なんで彼女が ウチの文学部に いるんだ?


「ちょっとぉ、真紀が大きな声で脅かすから! あの人 落ちちゃったじゃない !」
えぇぇ・・・ だって。 どうしよう~。 
「あの~お~ 大~丈~夫ですか~?」

大~丈~夫ですか~って お前。 こっちは岩壁すべり落ちて 頬っぺたを擦り むいたよ。
しかしこの偶然は・・・。 神様が「ナンパしろ」って ご命令を下していると いう事だな。
俺は 世界最速の力で もう一度 彼女の所まで直登をして
いささか強引だったけど 彼女と連れを お茶に誘うことに成功した。


「どうしよう。 すごいスリ傷になってるぅ・・・。 本当に ごめんなさい。 」
「ああ いいのいいの。 こんなのは平気だから・・・。」


総ちゃんは 面の皮 厚いもんね~♪

カウンターの向こうから ママが ヒトの話に割り込んできやがる。
お茶に誘った先が『cafe.ティンカーベル』ってのは  俺の 人生最大の失敗 だった。
ワンゲル部のたまり場で ここじゃ気どりようもない。 こういう時に 気が廻 らねーな 俺。


それでもママが キャピキャピ話しかけるので 女の子たちは 気楽そうだった 。
文学部の大講義室でやった 公開講座を聞きにきたと言う。
「『台所の博物史』っていう講座。」
「台・・所・・?」
「私達 栄養専門学校の生徒なんです。」

痩せて背の高い“洋子ちゃん”は 栄養士になるんだと言い
俺の胸で鼻を掻いていた“真紀ちゃん”は 
パティシエになりたいと 砂糖菓子のように 笑った。

「パティ・・シエ・・?」
「菓子職人のことです。ケーキ屋さんで働く人。」
私 目白のケーキ屋さんでバイトしているんですよ。厨房じゃなくて 売り子で すけど。 
「チーズケーキが美味しいから よかったら来てください。」

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オトコ、高坂総一郎。

ここまで来たら 行くしかねえだろう。
俺は 目白の『ドルフィン』という ケーキ屋の前で 呆然としていた。
ただのケーキ屋と思っていたら そこはレンガ造りで喫茶店もついた 洒落た一 軒家だった。

俺 山用のネルシャツなんかで 来てしまって すごく場違いだけど 仕方がな い。
カラン カラン・・・♪
「いらっしゃいませ~。 あ・・ら・・?」

だあぁ!! 
ど真ん中ストライク!  何だよ その 男物みたいなシャツに黒いエプロン。
髪も その ポニーテールってのか? きゅっと上げちゃって。 
可愛いすぎるじゃねーか おい。

「チ・・チーズケーキが 美味いって言ってただろ? 俺の と、友達が 好き なんだ。」
「うふふ・・・ 彼女ですか? 優しいんですね。」

―違う 違う 違ーぁうっ!!

でも俺は ひと言も 言い訳ができなかった。
多分 俺はその時 火が出るほどに赤い顔をしていたはずだ。
その顔で「ケーキをくれ」と言ったんじゃ  ・・・女への贈り物と思われても  無理はない。
神様ってば 俺をからかってるのかも 知れないな。



「Wao! このチーズケーキ美味しいですねえ。天使の羽根のようになめらかです 。」

だいたい無神論者の俺が 「神様」なんて言葉を使うのは 間違いなくジウォン の影響だ。
「天使の羽根」 だあ? 
お前は その映画スターみたいな美貌で そんな単語を使うから
年がら年中 女に迫られて トラブっているんだよ!

「高坂が ケーキを買ってきてくれるなんて いったい どういう風の吹き流し ですか?」
「吹きまわしだよ・・。 美味いか?」
「すごく。」
「・・・また 買いに行こうか。」
「?」


ジウォンと一緒に『ドルフィン』へ行って 彼女に言おう。
こいつが こないだ言った ケーキの好きな 友人なんだ。 彼女なんかじゃ  ないよ。
「・・・・・・・・・・だめだな。」

ああ 俺。 つくづく情けない。 
誤解は解けても それで きっと俺の恋は 終わりだ。
真紀ちゃんは赤くなるだろう。 ジウォンに会った 他のすべての女みたいに・ ・。

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カラン カラン・・♪

1ヵ月後。
俺は ジウォンを連れて 『ドルフィン』へ行った。
どうしても。 たとえそれが最後でも  もう1回だけ 真紀ちゃんに会いたか った。

「いらっしゃいませ~♪」

あ~こんにちは~って  相変わらず 真紀ちゃんは少しとぼけてて とても  可愛い。
俺は せめてこれだけは言っておこうと 彼女に言った。
「真紀ちゃん。 こいつが この前言ってた ケーキ好きな・・・友達。」

あ~なんだ 彼女じゃなかったの~? って。  真紀ちゃんは どうでも良さ そうな顔。
もうすぐバイトが終わりだから お茶を飲んで行きませんか~って
「ジウォン」と俺に 笑いかけた。 トホホ・・


「韓国のお菓子って~ どんなものですか~?」

水出しコーヒーなんて言う 耳慣れない代物を飲みながら
真紀ちゃんは興味津津で ジウォンの顔を 覗いている。 
わかっているつもりの事だったけれど 俺の胸が チクリ と痛んだ。

ジウォンは・・・  真紀ちゃんを 気に入るかな。 


奴はちょっと ネジの抜けてるところがあるから 真紀ちゃんは 苦労をするか もしれない。
ジウォンと彼女が もしも 付き合いはじめたら 
俺がジウォンの周りから 女を全部引っぺがして 彼女が 悲しまないようにし てやろう。

ジウォンは韓国の伝統茶について 何だか 詳しく話している。
こういう所 こいつはすごいな。  俺は 番茶と麦茶しか 知らん。

うふふふ・・・。
楽しそうだな 真紀ちゃん。
俺 もういいや。 その幸せそうな顔を見られたから これで いいんだ。

「真紀さんは ・・・どうして そんなに 僕の顔を見て 笑うんですか?」
まったくジウォンは 機微にうとい野郎だな!  そんなこと・・・ 見りゃ  わかるだろう?  
「え~? ごめんなさ~い。 あのねぇ。 あのねぇ。」
「・・俺 ちょっと手洗い。」


俺。 用事を思い出して 先に帰ろう。

ザブザブ やけになって手を洗いながら 俺は 小さな決心をする。 
オトコ、高坂総一郎。   引き際こそが 恋の美学だ。

喫茶室に戻ったら ジウォンと真紀ちゃんが 大笑いをしていた。
ジウォンときたら 口をひねって すねたような甘い顔。
真紀ちゃんは そりゃあ嬉しげに ジウォンの腕を叩いて ご機嫌を取っていた 。

きゅっ・・・。
ほんの少しの 胸の痛みから  俺は コンマ5秒で回復する。
「あー 悪りぃ・・!  俺そろそろ 行くわ。 今日は 家に戻らないと。」


そうですか? じゃあ 僕は 研究室に寄ってから帰ります。
「真紀さんは もうご自宅に帰るそうですから  高坂が 送ってあげてくださ い。」
「はあっ?!」
「え・・・いいえ!  あの 大丈夫です! 私 一人で 帰れますから・・。 」
「だめです! もうそろそろ暗くなってきましたから。 女性の 一人歩きはい けません。」

どうせ高坂は 途中まで 同じ方向です。
「高坂は 決して『送り狼』などしません。 だから どうか安心してください 。」

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俺。 きっと キツネにつままれたような顔を しているな。
何がどうして こうなったのか。
俺は 真紀ちゃんと一緒に 山の手線に乗っている。

真紀ちゃんは クスクス 思い出し笑い。 ジウォンさんって 楽しいですね。

「ああ・・うん。 アイツ すごくいい奴なんだ。 ・・・頭だって 天才級な んだ。」
そうなんですか~? 
そんな風には見えな・・・いっけなーい。
「内緒にしてくださいね~! これ以上 失礼を言ったら 嫌われちゃうわ~。 」


・・・・内緒に しちゃうよ。
君が困ることなんか  絶対 あいつには伝えない。
ジウォンのことばっかり言ってたと ちゃんとフォローしておいて やるからな 。

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3日後に ジウォンの部屋に行くと ベッドの中に また 見知らぬ女がいた。
きゃー!
「きゃー!じゃねえぞ! とっとと帰れ! こいつには 決まった女がいるんだ !」

バカだのクズだのスケベだのと罵りながら イカれた女が逃げてゆく。
バン!と ドアを叩き閉めると ジウォンの野郎が コマウォヨ と言った。

「どうして僕が同じ事を言っても 女の人は あんな風に帰ってくれないのかな ・・。」

途方にくれる奴を横目に 俺は 心底 腹が立っていた。
この野郎は 真紀ちゃんを とても悲しませるんじゃないだろうか。
「・・・・お前なあ。 好きでもない女を もう抱くなよ!  恋人を悲しませ るぞ。」


そうですね・・。
「僕も 高坂みたいに ちゃんと ステディな彼女を見つけたいです。」
「は?」
「真紀さんは ちょっとファニーですけど とても愛らしいです。 高坂とお似 合いです。」

何の話だ? 真紀さんの話ですよ。 高坂の 「恋人さん」なのでしょう?
「高坂は真紀さんのことが大好きみたいです と言ったら 笑っていました。」

大好きみたいです・・って おい!


「お・れ・は・・・!  まだ 彼女に好きとか 何も言ってねーんだよ!」
「そうなんですか? でも会う時に あんなに赤くなっていては  僕でもわか ります。」
「げ・・・。」

真紀さんは でも すごく失礼な方です。
どうして僕を そんなにまじまじ見るのか 聞いたらね。
「昔飼っていた 犬に 感じがそっくりなんだそうです。」
名前も「ジョン」で 似てると言って。 僕は 「ジョン」じゃなくて「ジウォ ン」なのにな。


ガタガタガタガタ・・・・
「高坂!」

ジウォンの部屋に積みあがった 本が 頭から降ってくる。
ああ 俺・・ 今 ちょっと 気が遠くなっているんだ。

本をなぎ倒して倒れる 自分の足が スローモーションで 天井を指す。

「高坂!」
ジウォンの心配そうな呼び声を 幻のように聞きながら
この次 真紀ちゃんに どの面下げて会ったらいいかと 俺は ぼんやり考えて いた。

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