ボニボニ

 

JUNI番外編 ジュニと茜の韓国訪問:後編

 





まぶたの裏が明るいから きっと もう朝だ。


ぼんやり 眼を開けると 
すぐ目の前に はちみつ色のこぶこぶ。
「・・・。」
これは・・『ミスタードーナツ』の ポン・デ・リングだ。

だけど なんでこんなに大きいのかな?
アタシってば 寝ているうちに ネズミになったのかもしれない。
でもとりあえずは 朝食だわ。

“は・・む・・”

硬い。 なんじゃこらと思ったら 突然 ポン・デ・リングが私を締め上げた。
「ぐ・・・ぇ・・」
ぎゅうっと 力強く抱きしめる ジュニの腕。

大きな胸の中に抱き取られて 鼻がつぶれる。
長い脚が もう1つの腕になって アタシの身体を引き寄せる。
「・・遊んで 欲しいんですか?」 
「ジュニ。」



・・・ああ そうだ。

ここは 韓国のソウルホテルで 
アタシは昨夜 ジュニに抱かれて 眠った。
はちみつ色のポン・デ・ライオンみたいな 筋肉こぶこぶに しっかり抱かれて・・

思わず赤くなっちゃったアタシを見て
ジュニは 白い歯を見せる。
優しい笑顔の下へ目線を落とすと 怖いほど 筋肉の盛りあがる胸が見えた。


「僕が起きないので 寂しかっんですね?」

違うよ・・と言っても  ジュニは 聞いちゃいない。
やっと茜さんと朝まで一緒にいられましたねって ほくほく抱きしめる。
裸の身体が ぴったりくっついて
ねえジュニ? ・・ええと 元気な奴が お腹を触っているよ。

にっこり。 ジュニは上機嫌で アタシの髪を指で梳く。
「茜さん。 昨夜は大きな声が出ましたね? ふふ 隣まで聞こえたと思います。」


えっ!! ウソ! ま・・まじ?!
大慌てで 身体を起こすと ジュニのヤローが あははと笑った。
「嘘です。ここは一流ホテルですから。 ・・でも僕 嬉しかったです。」

こ・の・悪魔。 怒ったアタシが背中を向けても ジュニの有頂天は止まらない。
背中にそっと貼りついて 耳元で ・・良かったですか だとぉ?


バ~・カ~・ヤ~・ロ~!!

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「そろそろ 家につきますから 機嫌を直してください。」

困ったような笑い顔。
ハンドルを握るジュニが 横目で すがる。
「許してください。 茜さんとずっと一緒にいられたから 嬉しかったんです。」
「・・・・。」


信号が 赤になった。
「!!」
ちゅうっと ジュニがキスをして ビックリ顔のアタシを覗きこむ。
「本当に 怒っていますか?」
「ひ、人が見るよ!」
「・・本当に 怒っていますか?」

まっすぐな 笑わない ジュニ。 
ずるいよ そんなに強い眼で見るのは。 こっちには・・・惚れた弱味ってものがある。
「・・・そんなには ・・・怒ってない。」

ああ 良かった!
いきなり元気になったジュニは アタシの手をつかまえて
シフトレバーの上に乗せ アタシの手ごと ギアチェンジをした。



ハルモニさんの 住む家は ひとめでわかる高級住宅街にあって
純和風建築っていうのかな。 あ・・ 韓風か。
低い塀が廻って 立派な門のある お屋敷だった。


「わあ・・・ ジュニの家って お金持ちなんだねぇ。」

アタシ ラフな恰好で来ちゃったけど ヤバかったんじゃない?
「僕だって セーターにマウンテンパーカーです。 それに 僕の家じゃなくて
 ここは アボジの実家です。」
僕は中学まで よくここで過ごしました。 アボジが仕事で留守がちでしたから。
「ハルモニは 僕の母さん代わりもしてくれたんです。」


ふうん・・・

たった7つで お母さんを亡くしたジュニは
ジュニパパと男所帯で暮したそうだけど 
ちゃんと 助けてくれる家族もいたんだね。 なんか 良かった・・。

「あの・・。 茜さん?」
珍しくジュニは もじもじ 言いづらそうだ。

「ん?」
「あの・・。ハルモニは陽気ですごく面白い人間なんですけど 1つ 問題があります。」
「何?」
「傍目には まったくそう見えないんです。」 
「え・・・?」

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ものすごく立派な彫り物をした戸を開けると  ハルモニさんが 居た。

見事な 銀髪。
若い頃はきっと ぞっとする程の 美人だったろうな。
高く細い眉に 鋭利なナイフで切り出したような 切れ長の瞳。
渋い色合いのチマチョゴリを着て じっと アタシを見ている。


「ハルモニ。 茜さんです。」
「・・・・。」

無言のまま まっすぐアタシをみる ハルモニさん。
アタシは パパの言葉を思い浮かべた。


“なあ 茜。 どう繕っても お前は たった17歳の日本人だ。
 相手に合わせて いいとこ見せようなんて 思うこたぁない。
 日本人として相手に礼儀正しくすれば 先様だって わかってくれるさ。”

―そうだよね。どうせ アタシにはそれしか出来ないもん。


とにかく きちんとご挨拶しよう。
アタシは 学校のお作法の時間で習った通りに 進み出て
座布団みたいなのをそっとよけて 三つ指ついて頭を下げた。
「初めまして 高坂茜です。」

ハルモニさんが 韓国の言葉で何か言った。
ジュニが それに答えている。
「ジュニ・・? 何て 言ったの?」
「変わったクンジョルだねって。 “チョル”というのは 韓国のお辞儀です。」
「ええ~? アタシ 韓国式のお作法なんか わかんないからさ。
 日本のお行儀でやったんだけど まずかったかな?」


「大丈夫ですよ。 国柄は違っても 礼は礼です。」

ぎゃああ!!

いきなりハルモニさんってば 日本語で話すじゃないの!
アタシはどびっくりして ペタンと おばーちゃん座りになった。
「に・・日本語 出来るんですか?」

薄い笑いを浮かべて ハルモニさんが 笑う。
「茜さん。 ある年齢以上の韓国人は 片言の日本語が話せますよ。」
帝政時代に 小学校で教わったのです とハルモニさんが言う。

朝鮮の植民地支配だ。


社会科の教科書で読んだだけの事実が 目の前にあった。
「ご・・ ごめんなさい!」
アタシは 慌てて座りなおして もう1回深々と頭を下げた。
きっと こんな言い方じゃいけないのだろうけど 
考えるより先に 言葉が出ちゃった。 や・・やばい。怒らせたかな?


ほっほっほ・・

茜ちゃんの 知らない頃のお話ですよ。
「貴女やジュニは 未来を歩く人たちなんだから もう 手を上げなさい。」
「は・・あ・・。」

貴女を苛めたら 金輪際この家の敷居をまたがないと ジュニが言ってますからね。
「こうるさい孫を追っ払う いい機会だから 
 せいぜい貴女を 苛めてやろうと思ったんだけど。 うふふ・・。」

「ハルモニ・・。」
呆れた顔で ジュニがたしなめる。
「いい加減にしてください。 茜さんは ハルモニの冗談に慣れていないですから。」
「あぁうるさい。 嫌だねぇ・・この子は。 
 若い彼女にデレデレしちゃって。 それでも韓国の男かしら。」


やだやだ・・というと ハルモニさんは ごそごそ煙管を取り出して
スッパーッ かなんか吸っちゃってる。
なんか・・このハルモニさん。  第一印象と正反対なんですけど。

「茜ちゃん。 お腹空いたでしょ?」

プップー。
ハルモニさんは キセル片手に受話器を取ると ご飯用意してって 台所に言った。

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韓国のおもてなしは 「卓の脚が折れるほど」料理を出すものらしい。

お客さんが食べ切れないほど もてなすんだって。
ペロリと平らげたりしたら もてなしが足りないってことになるそうだ。


「そ・・そういうの・・・ は・・や・く言ってよね。」

多分アタシ 明日 体重が2キロは増えてる。
いつもママが 出されたものは残さず食べろって 言うから
失礼があっちゃいけないと思って 馬のように食べていたら
ジュニが 笑いながら止めてくれた。

「くくく・・  あの 茜さん。 残しても 失礼になりませんよ。」
「ほえ?」

その時 アタシの口からは モヤシが一本出ていたらしく
ハルモニさんったら膝を打って  あっはっはって 大笑いだ。


「面白いねえ・・この子は。 いや 細いのに良く食べるなあと思ったよ。」

お腹割れないかい? 口では心配そうに言うけれど
ハルモニさんてば 眼が 今にも泣きそう。 笑いをこらえてるね。

・・・・ここに ジュニ悪魔の源流があった。


正座して脚が痺れちゃったのと お腹がぱんぱんなのとで
アタシは 立ち上がれなかった。
ハルモニさんは アタシの背中にお座布団を 当ててくれた。

「大丈夫かい? ジュニが居るころはソファがあったんだけどね。」
「ああそういえば。 あれ 捨てちゃったんですか?」
「いんや あるけどねえ。 チビが気に入って使っているんだよ。」

チビなんか 来たら 追い出せばいいでしょう?
ジュニはそう言って 軽々アタシを抱き上げる。

「ジュ・・ジュニ!」

平気です。 僕のお嫁さんなんですから。 ジュニは ふんふん鼻歌まじり。
隣の間への戸を足で開けて アタシをソファにそっと下した。


「まあまあ アンタってば もうベタ惚れね。」
片膝立てたような座り方で ぷかぷか煙草を吹かしながら
ハルモニさんは 呆れている。

ねえジュニ・・ アタシ 大丈夫だから。
そっと囁くと 年の割に耳のいいハルモニさんが いいから座ってなさいと言った。 


「ジュニはね。 茜ちゃんが この家に来てくれたもんだから もう 
 嬉しくってしかたないのさ。」
ほーんのチビ助の頃からね。 アンタと結婚するんだって がんばっていたからね。
「本当に そういうことになって ・・・良かったよ。」

ふう・・と 唇を受け口に煙を吐いて ハルモニさんが しみじみと言う。

ジュニパパと 同じだ。
“ジュニの想いに応えてくれて ありがとう。”
口で 言われた訳じゃないけど ハルモニさんに言われた気がした。



「ああそうだ。 ねえジュニ! あんた お茶入れなさいよ。」

茜ちゃん? この子にはね 私が 伝統茶を仕込んだの。
けっこう上手に淹れるのよ。
「ハルモニのとっておきのお茶 使っていいからね。」 
はいはいと ジュニは二つ返事。 お茶は お腹ごなしにいいです。

ジュニが 道具を取りに行って
アタシと ハルモニさんは 座敷を隔てて 2人きりになった。
すぱーっ・・・
「・・・本当に ジュニのお嫁さんに なるのかい?」
「!」

アタシは ちょっと唇を噛む。
もじもじ ご馳走で膨らんじゃったお腹を見下ろす。
それから思い切って顔を上げて 宣言するみたいにハルモニさんに言った。
「アタシは ジュニが好きだから・・。
 いつかお嫁さんになれたらいいなって 思っています。」


すぱーっ・・・
まじまじと ハルモニさんが アタシを見る。
やがて にっこり眼を細めた。

ゴトゴトゴト・・・

重たげな 音を立てて 横の部屋の襖の陰から
巨大なピレニアン・マウンテン・ドッグが やって来た。
「ウォ・・。」
「チビ。 茜ちゃんだよ。 わかるかい? ア・カ・ネちゃん!」


ウォン!

いきなり 雪崩。 アタシの眼前が真っ白になる。
「チビ!」
ああジュニの声だ。 アタシはここよ と 雪を掻き分ける。
ふかふかの白い毛の間から やっと顔を出すと 
お盆にお茶セットを載せて ジュニが 立っていた。


「大丈夫ですか? 茜さん。」
何とか・・。 ごそごそチビから抜け出して 犬と並んでソファに座る。

隣のどでかい犬は 何が気に入ったのか アタシの膝に顔を載せる。
「どけよ! チビ。 茜さんが 重いだろう?」
「いいよ・・。 このソファ、チビ ( これがチビか? ) のなんでしょう?」

はあはあと チビは 膝で息を吐く。
ハルモニさんは 隣の座敷で 片膝立てて 煙草を吸う。
ジュニは きちんと背筋を伸ばして すごくきれいにお茶を淹れる。


そういえば 初めてジュニに会った日に
ジュニは お茶を淹れてくれたっけ。

こぽこぽという 優しい湯音を聞きながら
アタシは ぼんやりそんなことを 思い出して 微笑んでいた。

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