ボニボニ

 

JUNI番外編2 ジウォン-高坂パパのほろ酔い話-:前編

 





“・・・ねえ パパ。
 パパとジュニパパって 親友なんでしょ?”


ああ 俺はジウォンの“チング”だ。 ひっく・・・

ジウォンもそう思ってくれているならば  俺達は 間違いなく“チング”だよ。

なんだ? 俺達の若い時の話を聞かせろって?
珍しいじゃねえか。 パパは酔うと話が長いって いつも逃げるくせに・・へへ

昔話するには もうちょっと ガソリンがないとなあ。
茜! 茜! ちょっとママの眼盗んで このグラスにここまで酒入れて来い。

飲みすぎよって? お前 最近その言い方 ママみたいだぞ。 
ええと・・

何の話だったかな。 あ・・ ジウォンか。

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まったくもってな・・  世界は 広いんだよ。


20になる歳まで 俺は
あれほどまでに頭が良くて あれほどまでに生活能力がなくて
あれほどまでに 魅力的な人間に あったことがなかったんだ。


1978年。 何だか 落ち着きのない年だった。

千葉県の成田に「東京」国際空港が出来たというので 過激派が大騒ぎしていたし
我が愛しのランちゃんは フツーの女の子なんかになっちまうし
資生堂とカネボウは 『時間よ止まれ』と『Mr Summertime』に分かれて

CM合戦をやっていた。

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「日本の鉄道改札の人は 神業のようなスピードで 切符を切りますね。」

最初に会った時 ジウォンはそう言った。


改札の駅員ってのは あれが仕事なんだからさ・・。
それより お前が切符買うのにかかる 膨大な時間の方がたまげるよ。
・・ああ 小銭を ジャラジャラぶちまけちゃって。
「韓国には 電車がないのか?」 


それが イ・ジウォンだった。

駅でまごまごしているところを見て 驚異的な手際の悪さに つい手伝った。
同じ学部の奴だと知ったのは それから半月後で
ジウォンの奴は それはそれは人懐っこい笑顔で「コウサカ!」と 俺を呼んだ。


男の俺が見ても カッコイイと思うほどのハンサムだったなあ。

自慢じゃないけれど 俺だってそこそこ 見た目がいいと言われていたんだ。
しかし ジウォンの奴は“別格”だった。
歩いているだけで周囲が振りかえる男というものを 俺は はじめて見た。


「高坂! コーヒーでも飲みに行きましょう。」
「悪いな。俺 ノート借りに行くんだ。 あ!お前 今日の数学出たか?」
出ましたけど・・・ ノートはメモ程度です。

しょうがない奴だな。 そんなんで大丈夫か? あの教授 テスト厳しいんだぜ。
「そうなのですか?」
僕 ノートは取っていませんが 講義内容は お教えできますよ。
「え・・・?」


そしてジウォンは 俺のノートに その日 黒板に書かれた数式を
すべて再現して見せた。
「はい。 これで ・・おしまいです。」

・・・天才っているんだな。
俺はその時 そう思った。

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ジウォンは 俺が乗り降りする駅から いくつも離れていない街に住んでいた。


自宅通学の俺には憧れの 1人暮らしだ。 しかし・・・
「お前・・・この部屋ってば 何?」

小汚い男子学生の部屋なんか 山ほど見ている俺でさえ
ジウォンの部屋の混乱ぶりには 驚いた。
それは 汚いとか 散らかっている というようなタイプの混沌ではなかった。

本・本・本・本・・・津波のような本が いたるところに置かれている。

訳のわからない機械が並び おまけに
「おい・・これ ひょっとして・・『AppleⅡ』か?」
「ええ そうです。」


Apple社からいただきましたと ジウォンが言う。 
去年 アメリカ中を沸かせた 車ほどもする値段のパソコンを 
「もらっただあ?!」

俺は 頭が痛くなってきた。こいつきっと・・・本物の天才なんだ。
しかし それにしてもこの部屋は 人間の住む所じゃない。

「いいか、ジウォン。 お前なあ こんな部屋には住めないぞ。」
「う~ん・・そうなんです。僕 この頃 寝る場所に困っています。」
「とりあえず座るところがないじゃないか。 ちょっと どけ!」

それから約1時間。
俺は ジウォンの部屋を片付け続けた。

怒涛の如き本の波を パズルのように積み上げて 散乱する衣類をしまう。
様々な小物が戻る場所を作って 入れてゆく。
最後に大きな黒いビニール袋2つのゴミを玄関前に置くと
やっと 人間の住む部屋らしきものになった。

それにしても この奇妙な生活感の無さ。 ここは・・研究室か?

「う・・わあ・・!」
ジウォンは 魔法を見た子どもの様に 室内を見回す。
「すごいですね 高坂! 僕の部屋が 夢のようにキレイです。」
「あのなあ・・・。」

付きあってみると ジウォンは 決して怠惰な男でも 不器用な男でもなかった。
複雑な機器の配線作業を難なくこなし 見ただけで様々なソフトをオペレートした。
ただ 多分 生活するという事に まったく興味がなかったのだろう。
片付けた 奴の部屋は広々とした2DKだった。


「お前・・・整理整頓ということを 知らないだろう?」

いいか 憶えろ。 
家中の「総ての物」に収納場所を作るんだ。紙1枚までな。
服はタンス、汚れた服は洗濯籠、書籍は本棚、靴は下駄箱、皿は食器棚、ゴミはゴミ箱。

「これが『整理』。この時点で どうしても収納場所が作れないものは処分する。
 それが出来なければ 部屋は 片付かない。」

それさえ出来ればシステムはOK。 後は『整頓』、 日常のオペレーションだ。
部屋が散らかったら “元の場所へ 元の場所へ” と言いながら
総ての物を 所定の収納場所に返していけばいい。返せないものが ゴミだ。

「ワ・・オ・・。」

いきなり ジウォンが抱きつく。 高坂は 素晴らしい。
僕は一度で 部屋の片付け方が 理解できました。

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俺は 決しておせっかいなほうじゃない。

むしろ周囲と 一定の距離を置いてつきあうようなところがある。
その俺が ついつい ジウォンに手を出してしまったのは
奴が 呆れるほど 人生に対して無防備だったからだろう。

ジウォンの顔色があまりに悪いので 聞いてみると
勉強していて 3日間ご飯を食べていないなどという。

「メシなんざ 食堂でもどこへでも行って 喰えばいいだろう?」
「そうなんですけど・・気がつくと セブンイレブンも閉まっているんです。」
「お前なあ・・じゃあ 今から学食行けよ。」
「う~ん・・・お腹が空きすぎて。 今日は 気持ちが悪くて・・食べられません。」

かー!!

俺は 頭から湯気が出た。
「そこに座れ!」
ワンゲル部の俺は 部室からコッヘルと料理用のストーブを持ってくる。
湯を沸かして 売店で買ったにぎり飯を投げ入れ 
だしの素を放り込んで煮ると 山男風の海苔雑炊が出来た。

「少しだけ喰え。胃が動き出す。 食事が出来なくなったら 動物は オシマイだぞ。」
「高坂・・。」
 
ありがとう。 高坂は 僕のチングです。
「チングってのは 何だ?」
「友達のことです。 そう思って いいですか?」
「チンでもグーでも 勝手に思えよ。」

この時 俺は 何だか嬉しかった。
多分俺は ジウォンという人間の魅力に 惹かれていたのだと思う。

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生活能力を別にすれば ジウォンという男は 掛け値なしの天才だった。
彼と一緒に受けた講義は まさに 「大学」の講義だった。

「授業」として教えられる理論に対して ジウォンが異論を唱える。

教授の眼が 面白そうに輝き 君の意見を聞こう と言う。
ジウォンの理論は明解で その考え方は 学生の耳にも斬新だ。
教授はどんどん真剣になって行き 教室は 見事にアカデミアとなる。

ジウォンと 同じ教室にいられることに 俺は 高揚感を憶えた。
この男のそばにいたら 新しい科学の黎明が見られるんじゃないかと思った。


俺は ジウォンの頭脳に感服し
ジウォンは 俺の生活力に感服していた。
俺達は いつか お互いを片割れと認め合っていった。



それにしても・・

ある朝 ジウォンを迎えに行くと ベッドの中に 女がいた。
「お・・・すまん! お邪魔したな。じゃあ。」
俺が慌てて帰ろうとすると 奴は さも不思議そうに引き止める。

どうして高坂が 帰るんですか? 一緒に大学へ行きましょう。
「だってお前 彼女が ほら・・。」
「彼女? 違います。頼まれて1晩おつきあいしただけです。もう帰る人です。」
「・・・・・・。」

お前な・・。そういうの 良くないぞ。
「僕も きちんと断りましたよ。 交際する気が 全くないって。」
それでも あの方が諦めてくれないんです。
他に好きな人いないんでしょ? 1度だけ どうしてもと すごく泣かれて仕方なく。
―・・・こいつ だめだ。

ジウォンは 呆れるほど 女や恋愛に興味がなかった。
その興味のなさが 彼を 女性関係に於いてとんでもない奴にしてしまっていた。
「お前なあ その気が無い相手を抱くなよ。結婚を迫られるぞ。」
「え? それは困ります。 じゃあ 断らなくては。」


それから数日後に遊びに行くと また違う女が ベッドにいた。
「お前なぁ・・。」
「断ったんですよ! 本当です! 交際する気もないし 
 結婚迫られても困るから そういうコトは絶対しませんよって。」
・・・だけどまた 何のかのと 泣かれて 言いくるめられたんだな。

「はぁ・・」


俺は ジウォンの部屋に 年中入り浸るようになった。
そうでもしないと 後から後から 女が 罠をかけにくる。
「いいか お前。 泣かれても すがられても 好きでもない女は抱くな!」
俺は このネジの一本緩んだ色男に オヤジみたいに説教をした。


「遊びでつきあいましょう というのもだめですか?」
僕だって男ですから そういう誘いは 拒否しにくいです。
「だめだ! いいか? 女ってのは “好きじゃなくてもいいから”と言うくせに
 つきあってるうちに好きと言え と言い出す生き物だ。」

自慢じゃないが 俺は そういう失敗が数回ある。

「あとナア・・ 何があってもコンドームだぞ!
 女の“今日は大丈夫”ほど 当てにならないものはない。」
「おお! 高坂・・ それもご経験が?」

いや 幸い俺も それはない・・・ ゴホン。


形の上では間違いなく俺が居候だけれど 2人の関係としては むしろ逆だった。
俺の生活に ジウォンという居候がいた。
「高坂がいるとすごくいいなあ。 勉強は出来るし ご飯も食べられる。」
「お前なぁ・・・。」

ご飯が食べられると言ったって 
俺が いつも作ってやっていた訳じゃない。

飯時になった時に 何か喰いに行こうと誘うだけだ。
それだけのことが ジヴォンには うまく出来なかった。


「高坂・・ 帰るんですか?」
「ああ 俺だって家があるからな。」
「・・・そうですね。」
「飯 喰えよ。ちゃんと朝も起きろ。」
「大丈夫です。」
大丈夫じゃなかった。 3日もしないうちに 俺が奴を救出する羽目になった。

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それでも 俺は ジウォンが大好きだった。
決定的に“惚れた”のは 大学4年の秋のことだった。


俺とジウォンは 新宿の飲み屋で 隣合った酔っ払いとケンカになった。
理由は何だか もう憶えていない。 かなり くだらない事だった。

売り言葉に買い言葉の罵りあいの中で ジウォンに向かって
うす汚く 差別的な言葉を吐いた奴を  俺は ものも言わず殴りつけた。

2対3で殴り合いになり 俺達は 相手をぼこぼこの フクロにした。

ジウォンは 優しげな風貌に似合わず えらく腕が立った。
俺はどちらかというと粗暴な奴らにからまれやすく ケンカ慣れしている方だけど 
ジウォンとタイマン張ったら負けるかもしれないなと ケンカしながら横目で思った。

大騒動になったので 店の人が警察を呼んで・・
そこで 俺の意識は 消えた。

気づいた時。   俺は 店の便所に叩き込まれていた。

「あんたの友達がさ。あんたに1発喰らわせて そこに隠したのよ。」
こいつは 就職が決まりましたので お願いしますってさ。
「僕は大学院に残るから平気なんですって いい友達ね・・。」

ジウォンは 1人でブタ箱に行った。
俺はもちろん警察へ行ったが 奴は 俺なんか知らないと言った。


外国人だったせいで2晩拘留されて ジウォンは 釈放された。 

俺は 中野の拘置所まで 彼を迎えに行った。
ぬぐってもぬぐっても 流れる涙に閉口しながら 彼を迎える。
「高坂! 拘置所はね 麦ご飯とお味噌汁です。おかずもちょっぴり。
 黙っていても出てくるから あそこで勉強させてもらえば 結構いいな。」

ジウォンは まんざら冗談でもなく そう言って笑い

俺は・・・ 馬鹿みたいに大声で泣いた。

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