ボニボニ

 

スジニへ 番外編 夜話(後編)

 



あ奴ら まさか聞き耳を 立てたりしていまいな。

タムドクはどさりと寝台へ腰を下ろし 上衣を脱いで 脇へ放った。
「参れ」
「・・え?」


寝台の上へ悠然と座り 王は 隆々とした胸をはだけた。

「淋しかったのであろう?」
「あ・・の・・・・」

ためらう間もなく腕を引かれて スジニは 王に抱き取られた。


男ばかりの野営暮らしで こちらもいい加減 飽いている頃だ。 
お前に そんな女の顔をされては いくら私とても辛抱が効かぬ。
「今宵は ここで休むが良い」
「・・で・も・・」


でも 何だ? 

妃の顔を覗きこんで 王は 柔い笑みを浮かべる。  

ためらう言葉とは裏腹に うつむくスジニは 嬉しげに見えた。


               *      *       *




野営の陣の閨とあって 二人寝には寝台が 狭かった。

スジニを下に組み伏せた王は 女の髪を指で梳いた。
「狭いな」
「すみません・・」

お前が 謝ることではなかろう? 王は笑って頬を撫でる。

「この寝床は 少しく窮屈なのだ。次には大きく直させねば」
「・・でもこの寝台は 雑兵と同じものではありませんか?」


せめて将の使う物をお誂えになればいいのに。 
「王様なのですから しかと身体を休めなければいけません
 大将がお疲れになっては 全軍を指揮するのも難しくなるでしょう?」



「それは ・・違う」
「え?」

この寝台に休めばこそ 私は兵の状態を身をもって知ることが出来る。
「自軍の兵が疲れ切っている時の 無理な戦さは命取りだ」

「!」


スジニは 言葉を失った。 

寝床一つの事であっても 王様はかくも深慮する。 
兵を思い 全ての知恵を張り巡らせて 戦場に立とうと試みる。 
それが敬愛する タムドクという王だった。


「しかしこれでは お前の背中が痛・・」

女を気遣うタムドクの声は 抱きつく腕に遮られた。 
突然すがりついて来た妃へ 王は 笑みながら 薄い困惑を見せた。
「・・それほど 淋しかったのか?」

戦にあれば致し方なきことだ。 我が妃ならば 辛抱せねばならぬ。
堪えよと 優しく言い聞かせる唇が 耳をかすめてうなじを這った。

薄物の衣を引き脱がせて 無骨な手が腰を引き寄せた。
淋しくて抱きついた訳ではなかったけれど スジニはそれを言えなかった。
湧きあがる想いに喉がつまり ただ唇がわなないた。

「・・・王様・・」
「うむ」


逞しい胸が目の前にあった。スジニは 頬をそっとつけた。
男らしい匂いが 今だけは 王が自分のものだと思わせてくれた。

「甘えた奴よ」
王はスジニの頭を撫でた。慕わしげに寄る妃が愛しかった。
たまにお前を可愛がってやれと 将軍どもにそそのかされるし。
「投げ置いて 他の男になつかれても困る」


抱いてやるかな。 仕方なしを装ってタムドクが女の腿を分ける。 

スジニは不服を言おうとしたが 王の唇がそれを封じた。




・・・女とは かくも可愛いものか。

震える腿を押し開けて 屹立をゆっくりと挿し入れる。
背をうねらせて動きながら 王は眼を細めて スジニに見惚れた。


白い裸身が朱を刷いたように染まり スジニは甘やかに喘いでいた。

自分の与えた恍惚に溶ける女を 見るのは楽しかった。



タムドクが動きを止めて見つめていると スジニが不安げな眼を向けた。

・・・あ・・の・・・?・・

「どうした?」
「私・・・何か・・粗相をしましたか?」
「気に病むな。 見ておるだけだ」


お前を こうして見てやることなど あまりないからな。 
タムドクは小さく鼻で笑い 女の額にかかる髪を分けた。

「夫としての私は お前に何もしてやらぬ 情の薄い男だな」

「そんな・・」

「チュムチなど舐めるが如くタルビを大事にしておる。羨ましくはないか?」
「それは・・。 王様には国を治める大切な仕事があるのですから」



こうしていられるだけでスジニは幸せです。
恥ずかしそうな告白に 王の瞳が柔らかく揺れる。

タムドクは腕を差し入れ 華奢な身体を抱き上げると 耳元へそっと囁いた。
「スジニ」
「はい」



本当に こうしているだけで良いか?

「・・え?」
「動いて欲しかろう?」

「!!!」


知りません。慌ててもがく細い身体を 素早い手が逃がさず引き寄せた。
笑うタムドクが強く動き始めて スジニの声が甘くなった。



         *      *       *




天幕の中を照らす明かりは 油に芯を立てたランタンだった。


焔が壁布へ影を作り 睦みあう姿を映し出した。
上下に重なる二つの影の 大きな方が泳ぐようにしなると 
下の小さな影からは 切なげな声が 切れ切れに聞こえた。

   

「スジニ」 
・・声が漏れる。 野営兵の耳にその声は毒だ。
「!」


王はわざと言ってみる。

慌てて唇を噛む女に 頬がゆるんだ。

そのくせ鳴かせてみたくもなって 声の出るまで責め上げると 
息を切らせたスジニの目元に こらえきれない涙が浮いた。


「泣くほど 耐えることはなかろう?」

・・・だ・・王様が・・・声・・漏れるって・・

「意外に素直だな」


だがスジニ。 今宵お前は チョロとチュムチに捕まったのだろう?
多分カンミ城主なら 気を利かせて周囲の者を遠くへ払っているはずだ。 
笑いを堪えて 言う王に スジニが大きく眼を見張った。


「・・・最初から 判っていたのですか?」
「赦せ。 堪えるお前が 可笑しくてな」




                  *       *       *


スジニ、スジニ。 こちらを向け。



拗ねてしまった寵妃の背中へ 王が 愛想の良い声をかけた。
逞しい腕が巻きつくのを 女は 肩を揺すって避けた。


「おい」

「・・・・」
「王に 背を向ける気か」


礼儀も知らずに育ちました。どうぞ 無礼討ちにしてください! 
本気で機嫌を損ねた女へ 王は 楽しげに眉を上げた。

肩をすくめて拒む背中を タムドクは 無理矢理抱きしめた。 
恋しい腕に閉じ込められて スジニの怒りも 動けなくなった。


「怒っておるのか?」
「・・・・・」
「赦すであろう?」
「・・・・・」



スジニは怒らぬ。
そうだろう?  お前と私は仲違いなどせぬ。 
「少し戯れてみただけだ」



抱いた妃を柔々と揺らし タムドクは耳元へ言い聞かせる。 
背中が温もり 愛しげに慰撫する声音に 拗ねた妃も溶けはじめた。



「・・・王様?」
「うむ」
「王様は スジニなど 容易に懐柔できると高をくくっているのでしょう?」


ああそうだ お前は私の妃だからな。安んじて高をくくることが出来る。
「・・・・・」

スジニ。 お前の養家の先代が かつて私に言うたことを知っておるか?

「フッケがお前を推した時 誓った言葉だ。
 “世界が転覆しようとて 私の娘は 陛下の味方です”とな 」
「な・・・」
「私は 部族長を信じておる。あぁ!良い妃を得られて満足だ」
「・・・もぅ・・・」


野営の夜は 更けてゆく。

高句麗王は今宵の閨で 寵妃に夜伽をさせている。

灯火の作る2つの影は離れてはまた睦みあい 
その夜タムドクの天幕からは か細い声がいつまでも聞こえた。

                  *       *       *



翌朝。 出立の陣頭に立ち スジニは顔を赤らめていた。


チュムチは わざとらしくそっぽを向き上機嫌でしたり顔をしている。
チョロはさすがに用心深く朱雀美人の視界を避けて やや後方へ位置を取った。


「・・・・・」

スジニは居心地悪そうに 首に巻いた布をかきあわせた。 
布に隠れた首元には 吸われた跡が残っていた。



「御成り!」

先触れが固い声を上げて 居並ぶ兵が一斉に背筋を伸ばす。

従者を従えたタムドクの甲冑が姿を見せると 周囲の空気がまたたくまに締まり 
男達は 高揚した顔で王の一挙一動を追った。 


ゆっくりと視線を巡らすタムドクは 清しく涼やかな表情をしていた。

その端整な佇まいに チュムチまでもが眼を奪われて 
この清廉な王の天幕へ女を投げ込むなど 下世話だったかと懸念した。



やがて出立を触れる角笛が鳴り 万兵が一斉に動き始める。

沿道には 名高い高句麗王軍の美麗な武者行列へ歓呼を送ろうと 
周辺の村落から 人々が集まり 祭礼の如く賑わっていた。

進軍する大隊は 今日中にも国内城を見られるだろう。 
出迎えの人出は 報告によると ここから城下まで続くらしかった。



・・・・ふぅ・・・

粛々と騎馬を進めながら スジニは小さく息を吐いた。


痺れるように甘い疲労が 全身を重く包んでいた。
彼女の王は眠りを知らず 戦いに飽いた身体は 慰めに餓えて貪欲だった。
スジニはやっと明け方になって その腕の中から放たれた。 


歓呼を送る人々の中には 若い女も多かった。王や勇将の目を惹こうと装い 
ひらひらと絹を振るきらびやかな様に 雑兵達は喜んだ。

スジニは皮の狩衣を着ていた。
美麗な女達の 艶やかな姿を見ると 自分の身なりが 粗野でみすぼらしく思われた。



「・・おい スジニ! ・・呼ばれているぞ」

横に並んだ白将軍が こそと声を掛けて来た。
慌てて見ると 前を行く王の手が小さく上がり 指先がスジニを呼んでいた。


「?」


何でしょうか? 
スジニは横へ馬を並べ 王の指示を仰ごうとした。
王が小声で囁くので聞き取ろうと耳を寄せた途端 身体ごと馬から抜き取られた。


ひぁっ!

「・・・同じ手に二度かかる愚者がおるか」
陽気に笑ったタムドクは 鞍の前へ妃を横抱きにした。
周囲を埋めた民衆から黄色い歓声が高く上がった。


「・・・お・・・王様?」
「夜伽で疲れたか? 今にも 馬から落ちそうな有様ではないか」



世話の焼ける妃だな。

王の声は朗らかに通り 行列がどっとさんざめく。
絹をまとった女達は 眼を丸くして2人を見つめた。
                                   


「お・・・降ろしてください」
「ならぬ」
「人が・・・見ます」
「見ておるな」

・・・見ておるな・・って・・・そんな・・


お前は 私の寵妃ではないか?
沿道の女が嬌声を掛けるからと 悋気な顔をするものではない。

「な・・! 私・・悋気なんて・・・」
「暴れるな。 落馬しても知らぬぞ」


タムドクは 片腕に妃を抱え 悠々と手綱を国内城へ向ける。


沿道を埋めた者たちは タムドクの晴れやかな笑いを見送っていた。 



 ― 了 ―

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